603・がんばるコロンチュード
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皆さん、本当にありがとうございます!
それでは本日の更新、第603話です。
どうぞ、よろしくお願いします。
「あら、どうしたの?」
来訪した僕らを見て、ソルティスが驚いた顔をした。
王城近くの軍事施設、その建物の1つでコロンチュードさんが2つ目の『転移魔法陣』を作成していると聞いて、僕らはやって来たんだ。
ソルティスと出会ったのは、その建物の出入り口。
僕らは、ロベルト将軍の話を伝えて、来訪理由を告げた。
ソルティスは呆れた顔をする。
「何よそれ? 今更、コロンチュード様の偉大さに気づいたの? ……ロベルト将軍って、意外と馬鹿なのかしら?」
その言いように、思わず苦笑しちゃった。
でも、まぁ、ソルティスからしたらそうだよね。
コロンチュードさんを敬愛する彼女は、多分、誰よりも『金印の魔学者』のしていることの凄さをわかっていたはずだから。
そんな訳で、僕らはソルティスに案内されて建物に入る。
「あ、ポーちゃん」
「…………」
入るとすぐに、金髪の幼女に出会った。
出入り口に立って、見張りをしてくれていたみたいだ。
ソルティスも「お疲れ様」と声をかけ、そして、建物の奥へと視線を向けた。
建物内は、体育館みたいな広い空間となっていた。
その武骨な石床に、今、何人もの魔法使いが集まって、それぞれの杖の魔法石を輝かせ、その光で巨大な魔法陣を描いている最中だった。
天井近くには、コロンチュードさんが浮いている。
(え? 空、飛べるの?)
驚いたけど、相手は大魔法使いだ。
きっと、そういうこともできるのだろう。
上空から魔法陣を確かめて、コロンチュードさんは魔法陣の間違いやズレなどを指摘し、全体の調整作業をしているみたいだった。
「コロンチュード様!」
と、ソルティスが両手を口に当てて、彼女に呼びかけた。
ピクッ
ハイエルフさんの長い耳が反応して、眠そうな目がこちらに向けられる。
「……お?」
僕らを見つけて、その目が少し見開かれた。
コロンチュードさんは作業の中断を指示して、プカプカと浮かびながら、僕らの方へと降りてくる。
長い金髪が水中を踊るようにたなびいていた。
ストン
白い素足が石床に着地した。
「……どしたの、マルマル、キルキル、イルイル? みんなでやって来て……何かあった?」
そう首をかしげる。
その呼ばれ方に、キルトさんは少しだけ仏頂面になる。
僕は小さく苦笑した。
そして、キルトさんに代わって、ロベルト将軍の指示でコロンチュードさんの護衛になったことを伝えたんだ。
「……ふぅん?」
彼女の反応は、それだけだった。
自分が狙われるかもしれないことを気にしている様子もなく、いつも通りの眠そうな顔だ。
キルトさんが言う。
「そなた、自分の立場を本当にわかっているのか?」
「うん」
コロンチュードさんは頷いた。
当たり前のように淡々と、
「命を狙われるなんて……そんなの、ずっと前から覚悟してたよ。……その上で、色々とやってるんだから」
「…………」
「…………」
「…………」
その言葉に、僕らは驚いた。
……あぁ、そうか。
ちょっと思い違いをしていた。
命を狙われていることを理解していないんじゃなくて、とっくに理解して、覚悟を決めていたから、彼女の態度が変わらなかったんだ。
キルトさんも目を丸くしていた。
それから、決まりが悪そうに豊かな銀髪を手でガシガシとかく。
そして、
「あぁ……まぁ、そういう訳じゃ。そなたは、わらわたちが必ず守るゆえ、安心して自分の作業に集中しておれ」
「……うん」
コロンチュードさんは淡く微笑み、頷いた。
素直じゃない年下の子を、優しく見守るお姉さんみたいな感じだった。
(……まぁ、1000年を生きたハイエルフさんにしてみたら、まだ30代のキルトさんなんて、幼い子供みたいなものなのかもしれないね)
コロンチュードさんの視線に、キルトさんはそっぽを向く。
実に珍しい姿だ。
そんな鬼姫様の様子に、僕とイルティミナさん、ソルティスとポーちゃんは、つい4人で顔を見合わせてしまったよ。
◇◇◇◇◇◇◇
その後、僕らはコロンチュードさんの作業を見守った。
この『転移魔法陣』の作成には300人ほどの魔法使いが携わり、そこにはソルティスも加わっていた。
それから、およそ2時間。
魔法陣の四隅に配置する魔法球も設置され、最終確認も行われて、2つ目の『転移魔法陣』は完成となった。
「ふぃ~」
ソルティスも額の汗を腕で拭っている。
こんな巨大な魔法陣なのに、描かれる模様や文字はとても緻密で繊細だ。
ポーちゃんは、相棒の少女にタオルを渡していた。
僕も、床に座り込んでいるコロンチュードさんの元へと駆け寄って、柔らかなタオルを差し出した。
「お疲れ様、コロンチュードさん」
そう笑いかける。
彼女は「ん」と頷いて、タオルを受け取ってくれた。
適当に顔と髪を拭いている。
(…………)
本来、綺麗なはずの長い金髪はボサボサになってしまった。
……なんか勿体ない。
僕は、コロンチュードさんの手からタオルを奪って、代わりに丁寧にその髪を撫でるように拭いてやった。
「……お?」
コロンチュードさんは驚いた顔だ。
でも、疲れていたのか、されるがままだ。
気持ち良さそうに目を閉じて、
「……ありがとね、マルマル」
「ううん」
彼女のお礼に、僕は笑って首を振った。
ふと気づいたら、僕らの後ろにいたイルティミナさんが唇を尖らせ、羨ましそうにコロンチュードさんを見ていた。
(あはは……)
心の中で苦笑い。
あとでイルティミナさんの髪も、いっぱい撫でてあげよう。
そう思う僕でした。
…………。
2つ目の『転移魔法陣』は、石化した獣国民をより多く移送するための人道目的で作られたという。
完成した『転移魔法陣』はすぐに稼働を開始して、王国騎士たちによって、黒灰色の石像が何百体も運び込まれ、転移が行われていた。
「…………」
僕に髪を拭かれながら、コロンチュードさんはぼんやりとそれを見ていた。
やがて、目を閉じる。
しばらくすると、その身体が後ろにいる僕の方へと寄りかかってきた。
(……え?)
慌てて支える。
覗き込めば、ハイエルフのお姉さんは眠ってしまっているようだった。
規則正しい寝息。
それに合わせて、意外と豊かな胸が上下している。
色々な重圧を背負いながら、連日、失敗のできない大変な作業に追われているんだ。
疲れも人一倍溜まっていただろう。
明日からだって、竜国の『魔法兵器』の威力を減衰する対抗装置の作成をしなければいけない。
休む暇なんて、なさそうだった。
……でも、今だけは。
ゆっくりと休んで欲しかった。
(おやすみ、コロンチュードさん)
そう心の中で呼びかけて、腕の中の彼女の重さを、僕はしっかりと支えたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
あのあと、眠ってしまったコロンチュードさんは、僕の奥さんが背負って運んでくれた。
客室のベッドに、彼女を寝かせる。
「くぅ……すぅ……」
その寝顔は安らかで、起きる気配はなさそうだった。
ソルティスは、少し心配そう。
そんな少女の背中を『大丈夫だよ』と、コロンチュードさんの義娘が優しく叩いていた。
時刻は、夜の9時を回っていた。
5人で遅い夕食を食べ、僕らもベッドに横になった。
護衛なので、コロンチュードさんと一緒の部屋で眠ることになったんだよね。
眠る前には、
「ん……マール」
イルティミナさんにせがまれて、その髪を優しく撫でてあげました。
彼女はとても気持ち良さそうで、甘い吐息をこぼしていた。
ドキドキ
おかげで心臓が高鳴って、大変だったよ。
そんな僕らに、キルトさんは苦笑していた。
やがて灯りも消して、就寝だ。
昼間の疲れもあったのか、より艶やかになったイルティミナさんの髪に触れながら、彼女の抱き枕になって、僕はあっという間に眠りに落ちてしまった。
…………。
…………。
…………。
……ん?
ふと夜中に目が覚めた。
周囲は暗く、窓の外には紅白の月が遠く輝いているのが見えていた。
(……あれ?)
コロンチュードさんのベッドが空っぽだ。
気づいた僕は、慌てて起きる。
他の4人は、みんな寝ていた。
みんなも起こして、コロンチュードさんを探さなければ――そう思った時、ふと客室の隅に、小さな灯りがあることに気づいた。
そこに、ハイエルフのお姉さんが座っていた。
頭から毛布を被り、その下でランタンの灯りを頼りにしながら、何かのメモを書いていた。
「…………」
僕はそちらに近づく。
「コロンチュードさん?」
「!」
ビクン
彼女の肩が面白いぐらいに跳ねた。
まるで悪いことをしているのが見つかった子供みたいな反応で、でも、それが僕だとわかって安心したような顔になった。
「……なんだ、マルマルか」
うん、マルマルです。
笑う僕に、彼女も笑った。
それから申し訳なさそうに、
「ごめんね、起こしちゃった? 起こさないよう、こっそりやってるつもりだったんだけどな」
と謝られた。
僕は「ううん」と首を横に振る。
それから、何をしていたのかと、彼女の手元を覗き込んだ。
そのメモに書かれていたのは、たくさんの計算式と魔法陣、それから何かの回路みたいな図案だった。
「それは?」
僕の問いに、
「……対抗魔法装置の改良案。より威力を減衰させたくて、ふと夢の中で思いついたから、そのアイディアを忘れないよう、今の内にメモを取ってたんだよ」
と教えてくれた。
僕は目を丸くして、彼女を見つめてしまった。
すでに対抗装置はできている。
でも、それをより高性能にして、より多くの人の命が安全になるように彼女は改良を続けていたんだ。
しかも、それを夢で見るほどに思い続けて……。
(…………)
その思いの強さに、僕は驚いてしまった。
僕の視線に、コロンチュードさんは、少しくすぐったそうだった。
やがて、彼女はその瞳を伏せて、
「……マルマルのせいだよ」
と呟いた。
(え?)
意味がわからなくて、僕は、ハイエルフさんの美貌を見つめてしまう。
彼女は言う。
「元々、私は1人が好きだったんだ。……人に関わると、大変なことばかり。好き勝手なことを言われて、嫌な思いをさせられて……だから、森の奥に引っ込んだのに」
「…………」
僕は黙って話を聞く。
コロンチュードさんは僕を見る。
少し恨みがましそうに、その唇を尖らせていた。
「それで……ずっとよかったのに。ある日、マルマルがやって来ちゃったんだ」
5年前のことか。
僕が、精霊さんとの交信方法を知りたくて、彼女を訪れたあの日。
コロンチュードさんは息を吐く。
「そこから、私の日常が変わっちゃった。イルイルのために王都に出て、ポーと暮らすことになって、そして、世界のためにがんばるマルマルを知っちゃって……」
「…………」
「そうしたら、マルマルを放っておけなくなっちゃった」
彼女は、そう苦笑した。
だって放っておいたら、マルマル、死んじゃいそうだったんだもん……だって。
そ、そうなんだ?
(……意外と心配かけちゃってたんだね)
初めて自覚した。
そこからコロンチュードさんは、僕と一緒にドル大陸で『闇の双子』と戦ってくれて、『神霊石の欠片』のためにエルフの国まで交渉に行ってくれて。
本当に色々と助けてくれたんだ。
「最初は、ちょっと手伝うだけのつもりだったんだよ?」
「…………」
「でも、気がついたら、私は色んな人と関わって……そうしたら、その人たちのためにも、1人で森にいることもできなくなって」
そう言いながら、彼女の視線は手元のメモに落ちる。
…………。
それは、その人たちのためのメモだ。
コロンチュードさんは、どこか嬉しそうな、でも悲しそうな微笑みを浮かべた。
「人との繋がりって、大変だよね」
「…………」
「温かいけど面倒で、知らなかったら平気だけど、知ってしまったらそれを失うことが怖くて堪らない。……あぁ、昔の私はどこに行っちゃったんだろう?」
両手を広げ、そう大袈裟に嘆く。
そんな彼女を、僕はただ見つめた。
コロンチュードさんは、僕へとゆっくり視線を向けてくる。
「全部、マルマルのせいだ」
ツン
その白い指で、僕の鼻を軽く弾いた。
僕はびっくりして、その鼻を手で押さえてしまう。
彼女はおかしそうに笑った。
「だから、私はマルマルを許さない。……でも、ありがとう」
僕も笑った。
正直に、
「ごめんなさい。でも、僕はコロンチュードさんと繋がれて、嬉しいよ」
そう気持ちを伝えた。
コロンチュードさんは、翡翠色の瞳を丸くする。
すぐに可笑しそうに肩を揺らして笑いを堪え、「そう」と頷いてくれた。
…………。
それから、彼女は10分ほどでメモを完成させた。
僕らは再び就寝することにする。
すると、その時、
「マルマル? 今夜はちょっと、マルマルを抱き枕させて」
「え?」
「イルイルがやっているのを見て、実は、ずっとやってみたかったんだよね。……お願い?」
「…………」
そう言われてしまったら、なんか断れない。
イルティミナさんには、本当に申し訳ない。
でも、がんばってくれているコロンチュードさんのために、抱き枕になることで少しでも報いれるのなら、今夜ぐらいはと思ったんだ。
そんな訳で、
ギュッ
ベッドに横になったコロンチュードさんに、強く抱きしめられた。
彼女は表情を輝かせる。
「……おぉ、いい感触。……それにお日様の匂いだ」
クンクン
匂いを嗅がれる。
ち、ちょっと恥ずかしい。
寝ぐせのついた長い金髪が、僕の身体にこぼれてくる。
イルティミナさんとはまた違った大人の女性の身体の感触に、少しだけドキドキしてしまった。
それを我慢して、目を閉じる。
すると、
「――おやすみなさい、マルマル。どうか、良い夢を」
優しく耳元に囁かれた。
その声は、まるで魔法のように僕の心を安心感で満たしてくれた。
僕は、ゆっくりと息を吐く。
…………。
その夜の僕は、ハイエルフさんの腕の中で眠りについたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、今週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




