601・獣国首都アル・ファンドリア
第601話になります。
よろしくお願いします。
草原の彼方に、巨大な都市があった。
高さ30メードはある城壁は左右へと長く伸び、地平線へと消えていく。
その城壁には、大砲も設置されていた。
そして、城壁の向こう側、遥か遠方には、お城のような建物の先端がかすかに覗いている。
「……でっかい」
思わず、僕は呟いた。
獣国アルファンダルの首都アル・ファンドリアは、シュムリア王国の王都ムーリアより敷地面積が大きかった。
周囲の王国騎士さんたちも驚いた様子だ。
上空を飛ぶシュムリア竜騎隊からは、すでに『街中や周辺に竜国軍の姿は見られない』と報告を受けていた。
それを信じ、僕らは前進する。
(……?)
近づくにつれ、城壁の周囲に黒っぽい『何か』があることに気づいた。
何だ、あれ?
100や200ではない、それこそ何万個もあるようだ。
「……何よ、あれ?」
ソルティスも首をかしげた。
キルトさん、イルティミナさんはその黄金と真紅の瞳を怪訝そうに細めている。
ポーちゃんが呟いた。
「……人だ」
(え?)
一瞬、その意味がわからなかった。
けど、近づいたことでそれを理解する。
「っっ」
黒っぽいそれは、石化した獣人だった。
アル・ファンドリアの周辺には、何万人もの獣国の人々が黒灰色の石像となって、無数に立ち並んでいたんだ。
風雨によってか、壊れた石像もある。
息が……苦しい。
僕は、自分の心臓の上を強く押さえた。
「マールっ!」
よろめく僕を、慌ててイルティミナさんが支えてくれる。
ソルティスも口元を押さえていて、ポーちゃんの小さな手は、そんな少女の背中に当たられていた。
キルトさんも厳しい表情だ。
周囲にいた王国騎士さんたちも、顔色が悪い。
震えながら、僕は石像の1体に触れた。
硬く、冷たい。
生身では決してあり得ない、ただの石の感触だった。
…………。
石化を解いたなら、それは生身の感触を取り戻すのだろうか? だが、石化中に亡くなっていたとしたら……?
現れるのは、死体だ。
僕は、ゆっくりと指を離す。
ギュッ
その手を強く握り締めた。
そうして僕らは、何万もの黒い石像の中を進み、やがて開け放たれた大門から街中へと入っていった。
◇◇◇◇◇◇◇
街は、美しい景観だった。
清流の流れる整備された水路、街路樹や公園など緑豊かな空間、獣国文化の施された建物たち。
大通りの正面には、華美で勇壮な城が建っていた。
まさに1国の首都に相応しい、立派な都市だった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
でも、そこにも無数の黒い石像が並んでた。
通りに。
建物の中に。
まるで巨大なジオラマで、住人の代わりに人形を置いてあるみたいだった。
でも、彼らは人形じゃない。
石化する前は、本物の生きた人だったんだ。
(……心が苦しい)
僕は強く唇を噛み締める。
やがて、ロベルト将軍の指揮の下、アル・ファンドリアの探索が行われた。
僕らも加わる。
結果、石化していない生存者はゼロだった。
また、この街の内外で見つかった石像の数は、およそ50万体――獣国アルファンダルのほぼ全ての国民が、ここで石化しているのではということだった。
「……酷い」
僕の隣で、ソルティスが呟く。
僕らは何も言えなかった。
話には聞いていた。
けど、実際に目にする光景は、想像以上に重く僕らの心を押し潰してきたんだ。
(……許せない)
こんな非道をする竜国を。
そして、竜王を。
僕は青い瞳に強い怒りを灯して、グノーバリス竜国のある北の空を睨むのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
翌日、竜騎士シュナイダルさんに連れられ、コロンチュードさんが到着した。
その半日後、『転移魔法陣』が完成すると、必要物資の搬入と並行して、アル・ファンドリアの石化した人々を転移させる作業も始まったんだ。
それは、石化を解除するため。
生存率1パーセントとはいえ、5000人ほどを助けられる見込みだった。
ただ、ここは戦場だ。
さすがに5000人を保護しながら、竜国軍と戦うことはできない。
なので、彼らは石化した状態で、エルフの国、あるいはシュムリア王国に運ばれて、その解除が行われることになったのだ。
(……できるだけ多くの人が助かって欲しい)
そう強く願う。
必死に祈る僕のことを、イルティミナさんは背中からギュッと抱き締めてくれた。
…………。
石化した人々の転送作業を見ていると、ソルティスが石化解除についての話をしてくれた。
解除自体は、難しくないという。
ただ石化を解除した時、すでに死亡状態だったら手の施しようはない。
けれど、多少なりとも息があれば、回復魔法によって助かる可能性はまだあるのだそうだ。
例えば、砕けた石像があった。
それが手足だった場合、本体と折れた手足の部位を同時に石化解除し、更に回復魔法で接合することで助かる場合もあるのだとか。
「もちろん、頭とか粉々だったら無理だけどさ」
それでも、そうでなかったら希望はあるのだそうだ。
彼女の話に、僕は頷いた。
治療してくれる人たちも、きっと必死にがんばってくれる。
それを信じようと思った。
…………。
それから僕らは、これまでと同じように獣国の首都アル・ファンドリア周辺の探索を行った。
ソルティス、ポーちゃんは、コロンチュードさんの手伝いで街に残った。なので、探索に参加したのは、僕、イルティミナさん、キルトさんの3人だけだ。
探索に動員されたのは、王国騎士2000人。
でも、見つかるものは何もなかった。
生存者も、竜国軍も。
もっと言うと、石化した獣国の民間人も見つからなかった。
キルトさん曰く、
「獣国アルファンダルの全国民は、竜国軍によって操られ、このアル・ファンドリアへと集められたのじゃろうな。そして獣国軍を従わせるための人質とされたのじゃろう」
とのこと。
他の街や村が無人だったのは、そのためだ。
また精神干渉が強力だったからこそ、皆がアル・ファンドリアに集まり、この周辺にも石化した人が誰もいないのだろう、と。
(…………)
獣国の兵士たちは、いったいどんな気持ちだっただろう?
愛する家族が。
友人が。
守るべき人々が皆、敵の手に落ちて、非道な行いと知りながら、他国に侵略戦争を仕掛けなければならなかった、その心境は……。
2人のお姉さんも苦しげな表情だ。
イルティミナさんは吐息をこぼし、言う。
「では、現状は、獣国軍の敗北によって人質の価値がなくなり、石化した人々だけが放置された……ということですか?」
「恐らくな」
キルトさんは頷く。
その黄金の瞳は、遠い夕焼けの空を見上げた。
「無念と共に散った獣国の騎士と民のためにも、わらわたちは負けられぬぞ」
「うん」
「はい」
僕とイルティミナさんは強く頷いた。
やがて、探索の時間は終わり、僕ら3人は王国騎士2000人と共にアル・ファンドリアの街へと帰還したんだ。
…………。
街に入った僕らは、ソルティスたちの所に向かおうとする。
すると、
「キルト様!」
「む?」
僕らの方へと、1人の王国騎士さんが通りを駆けてきた。
息を切らせた彼は、僕らの前で敬礼する。
手を下ろして、
「ロベルト将軍が皆様をお呼びです。大事な話があるとのことで、すぐに将軍の元にお向かいください」
と伝言を伝えられた。
僕らは顔を見合わせる。
「わかった」
キルトさんは了承し、王国騎士さんはまた敬礼して、どこかへ駆けていった。
大事な話って何だろう?
急ぎみたいだったので、僕らはソルティスたちとは合流せずに、その足でロベルト将軍の元へと向かったんだ。
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