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597・魔炎の襲撃

第597話になります。

よろしくお願いします。

 対竜国用の装置の建造が始まって、4日が経った。


 作業は順調で、予定通り、明日には完成する見込みとのことだ。


 この間、ソルティス、ポーちゃんはコロンチュードさんの手伝いで、ずっと現場に通っていた。


 装置には、細かい魔力回路の調整が必要で、それはコロンチュードさんがやっていたのだけれど、その一部はソルティスにも任されていたようだ。


(へぇ……)


 それを聞いた時、思わず、感心しちゃった。


 この装置は、王国にとって、とても重要だ。


 コロンチュードさんもそれをわかっている。


 なのに、その作業を一部でも任されるということは、それだけソルティスの実力が認められ、『金印の魔学者』から信頼されていたという証だった。 


(凄いな、ソルティス)


 同い年の冒険者として嬉しくて、でも、正直、少し嫉妬しちゃったよ。


 ちなみに、ポーちゃんは力仕事をがんばっていたそうだ。 


 …………。


 一方で、僕とイルティミナさんとキルトさんの3人は、連日、『第1の拠点都市』の周辺探索を王国騎士たちと行っていた。


 残念ながら、民間人は見つかっていない。


 探索範囲を広げることも検討されたけど、ここは敵地でもあり、街を離れすぎるのは危険が大きいということで却下となった。


 ここ2日間は、竜国軍がいないかの哨戒任務となっている。


 そして、竜国軍の姿はなかった。


「…………」


 僕らにとっては、何もないまま、ただ森や草原を歩くだけの日々となってしまった。


 …………。


 そうした日々の中、リマちゃんには日に1度は会いに行った。


 カウンセラーでもある獣人の女騎士さん2人からも、彼女の精神ケアのためにそうして欲しいとお願いされたからだ。


 もちろん、僕に異論はない。


『獣神様、来てくれたんですね!』


 顔を見せるたび、リマちゃんは嬉しそうに笑ってくれた。


 僕も嬉しい。


 ただ、その笑顔の裏にはとても深い傷があり、少しでもそれを癒せればと願わずにはいられなかった。


 また、明日、リマちゃんの移送が決まった。


 行き先は、シュムリア王国だ。


 移動方法は、もちろん『転移魔法陣』である。


 ここは戦場だ。


 民間人のいていい場所ではなく、その存在は、王国軍にとっても負担となる可能性があった。


 リマちゃんの疲弊していた肉体は、ここ数日の食事と回復魔法、女騎士さんたちのおかげで回復した。それもあっての移送決定だ。


 また女騎士さんたちの勧めでもあった。


 この街は、リマちゃんに辛い記憶を思い出させる環境だ。


 だからこそ、新しい場所で新しい時間を過ごして欲しい……その方が彼女の心のためにもなるだろうから、と。


 幸い、リマちゃんは幼い。


 獣人至上主義の考えは、今なら矯正は可能だろうし、シュムリア王国にいる多人種の同い年の子らと過ごせば、より多くの価値観を覚えられるはずだ。


 移送の件を伝えると、


『獣神様が、そうした方がいいって言うなら、私、そうします!』


 リマちゃんはそう言ってくれた。


 そんな彼女の頭を、僕の手は、ゆっくりと慈しむように撫でたんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 5日目、ついに装置が完成した。


 転移魔法陣からは、明日、出立する僕らに代わって『第1の拠点都市』を守るための王国軍1万人が派遣されてきていた。


 街には、王国騎士が溢れかえっている。


 そして、僕は、リマちゃんとのお別れだ。


 倉庫のような建物、その中に隠れるように造られた巨大な転移魔法陣の前で、僕はリマちゃんの小さな身体を抱きしめた。


『行ってきます、獣神様』


 腕の中で、リマちゃんは笑う。

 

 僕は「うん」と頷いた。


 僕らのそばには、獣人の女騎士さん2人も立っていた。


 実は、リマちゃんに付き添って、お世話をしてくれた王国騎士さん2人も王国に帰ることになっていた。


 誰も知る人がいない異国の生活は、リマちゃんの心への負担が大きい。


 そう思っての、彼女たちの志願だった。


 2人に視線を向ける。


 彼女たちは『任せてください』と頷いてくれた。


(うん、お願いします)


 僕は軽く頭を下げる。


 それからリマちゃんを見て、


『約束、忘れてないからね。僕もがんばるから、精一杯がんばるから。……だから、リマちゃんもがんばって。きっと周りの人が助けてくれる。だから大丈夫だからね』


 そう言った。


 彼女は一瞬、泣きそうな顔になった。


 でも、それを堪える。


 そして、笑顔になって、


『はい、私、がんばります!』


 そう言った。


 僕も笑って、もう1度、彼女のことを抱きしめた。


 女騎士さん2人は、少し涙ぐんでいる。


 イルティミナさん、キルトさん、ソルティス、ポーちゃんは、そんな僕らを優しい眼差しで見守ってくれていた。


 そして、リマちゃんと2人の女騎士さんは、転移魔法陣の光の中に消えていった。


 リマちゃんは最後まで笑顔で、こちらに手を振ってくれた。


(……本当に強い子だ)


 彼女が心から笑える日々が取り戻せることを、僕は、強く、強く願った。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 太陽が沈み、夜になった。


 空には、異国でも変わらない紅白の2連月が輝いている。


 対竜国用の装置は、完成後、試運転も行われ、つい先程、正式に稼働が開始したとのことだ。


 これで、周囲数十キロの範囲で『竜国の武具』や『魔法兵器』を無効化、減衰できる。


 そして僕らは、その範囲内の街を目指して、また北上するのだ。


 それを繰り返して、


(いつかはグノーバリス竜国へ辿り着き、そこにいる『魔の存在』を狩り殺す)


 それが最終目標だ。


 この『第1の拠点都市』を発つのは、明日の早朝だ。


 僕ら5人は、宿の客室で旅立ちの準備を整えながら、他愛もない会話をして過ごしていた。


「装置の探知機能はね、大規模な歪にしか反応しないの。個人の使う魔法は、小さな歪しか生まないから、だから装置の範囲内でも私らの魔法は使えるのよ」

「ふ~ん?」


 ソルティスの難しい説明を聞いて、僕は曖昧に頷く。


 コロンチュードさんの開発した装置に触れて、彼女なりに色々と勉強になったみたいだ。


 それを、いっぱい話してくる。


 まぁ、僕には理解できない内容も多い。


 けど、彼女もそれがわかった上で、そうした興奮を誰かに語らずにいられないみたいだった。


「魔法兵器の生み出す歪みは、とてつもないわ。個人の魔法では、絶対に不可能な規模なのよ。だから、その差異で区別してるわけね」

「へ~、そうなんだね」


 だから、僕も曖昧に相槌を打つ。


 それでお互いに満足しているという、何だか不思議な感じだった。


 僕らの会話を聞いている他の3人も、穏やかな表情だ。


 出立を明日に控えても、皆、落ち着いている。


 油断はなく、気負いもない。


 全員、何があっても対処できる落ち着いた精神状態になっているみたいだった。


(うん、悪くない)


 頭の片隅で、そう頷く自分がいる。


 そうして時間を過ごして、


「そろそろ眠るかの」


 キルトさんの言葉で、お喋りに興じるのも終わりとなった。


 みんな、ベッドに横になろうとする。


「さ、マール」


 イルティミナさんは、いつものように優しく笑って両手を広げ、僕を抱き枕にしようと誘ってきた。


 僕は「うん」と笑って、そちらに向かう。


 チリッ


 その時、首の後ろに嫌な感覚が走った。


(?)


 思った直後、


 ボバァン


 僕の全身が炎に包まれた。


「えっ!?」


 遅れて発生した強い熱に、これが夢ではないことを自覚する。


 ぐ……っ!?


 慌てて歯を食い縛り、痛みに耐える。


「……くっ」

「ぬっ」

「熱っ!?」

「…………」


 見れば、僕だけでなく、他の4人の全身も炎に包まれていた。


(な、何がっ!?)


 混乱していると、イルティミナさんが燃えたまま、水差しの水を毛布にぶちまけ、それで僕の全身を包み込んだ。


 うぷっ。


 パシパシと全身が叩かれる。


 炎が消える。


(……あ)


 それで、イルティミナさんが僕を消火してくれたのだとわかった。


 って、イルティミナさん!?


 彼女だって燃えていたのに、僕を優先させたのか!


 慌てて毛布を剥いで、今度は僕がイルティミナさんを濡れ毛布で包んで、火を消してやる。


 パシパシ


 早く消えろ、消えろ。


 一生懸命にやっていると、


「もう大丈夫です。ありがとう、マール」


 毛布から顔を出して、微笑むイルティミナさんの美貌が見えた。


 彼女を蝕む炎は消えている。


 ……あ。


(よ、よかった) 


 僕は安堵の息を吐いた。


 見れば、キルトさんも同じようにソルティス、ポーちゃんの火を消していて、最後に自分の火を消していた。


 全員、鎮火する。


 僕は大きく息を吐いて、でも、すぐに気を引き締めた。


 今のは、いったい?


 そう思っていると、同じ宿の中が騒がしくなっていることに気づいた。


「消えたか!?」

「あぁ!」

「今の炎は何だ!?」

「わからん」


 そんな声が壁を抜け、あちこちから聞こえてくる。


 ……まさか。


(今の現象は、宿にいる王国騎士、全員に起こったことなの?)


 そう気づく。


 ソルティスも呆然だ。


 イルティミナさんが険しい表情で、「キルト」と銀髪の美女を見る。


 キルトさんは頷き、


「――攻撃を受けたな」


 鉄ような声で告げた。


 攻撃!?


 僕は、愕然と彼女を見る。


 キルトさんは、黄金に輝く瞳を細めた。


「恐らく、竜国軍の『魔法兵器』によって、この街にいる王国軍全体が攻撃されたのじゃ。じゃが、コロンの装置によって威力が減衰され、この程度で済んだのであろう」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 その言葉に、僕らは言葉をなくした。


 だって……何の兆候もなかった。


 攻撃されるまで、何もなくて、気がついた時にはもう攻撃されたあとだったんだ。


 これまで、周辺の哨戒は絶やさなかった。


 つまり、その兵器はそれほどの長射程。


 こちらに気づかせぬほどの距離から、竜国軍は攻撃をしかけられるのだと、僕らは今、改めて思い知らされたのだ。


「やってくれる」


 キルトさんの声には、強い怒気があった。


「コロンチュードの装置がなければ、わらわたちは一瞬で焼死体となっていたじゃろう。王国騎士3万も全滅しておった。……これが竜国の力、か」


 ……竜国の力。


 それは、まさに異常な力だった。


 想像はしてたつもりだった。


 だけど、まさかこれほど一方的に相手を攻撃できるだなんて、これほどの威力だったなんて。


(僕は甘かったかもしれない)


 心のどこかで、相手は人であるつもりだった。


 でも、違う。


 その奥にいるのは、『魔の存在』なのだ。


 その脅威は、あの『闇の子』によって散々わかっていたはずなのに、そのことを本当の意味で理解していなかったんだ。


 獣国アルファンダルの状況を思い出せ。


 敵は、それほどの相手なんだ。


 イルティミナさん、ソルティス、ポーちゃんの表情も、その思い違いを正そうとしている感じだった。


 その時、ポーちゃんが顔を跳ね上げた。


 ゾワッ


「!」


 同時に、僕も強い悪寒を感じた。


 心臓を鷲掴みにされたようなプレッシャーが突然に与えられ、呼吸ができなくなる。


 ……悍ましい魔の気配。


 それが異常に高まり、感じられたんだ。


 バンッ


 僕は、窓を壊すような勢いで開いた。


 人間である3人は、驚いたように僕の行動を見ていた。


 僕は、顔をあげる。


 窓の外には、紅白の月が輝く、美しい夜空が広がっていた。


「――――」


 そこに、小さな影が浮かんでいた。


 人だ。


 黒い鱗に包まれ、背中に漆黒の金属の翼を生やした竜人だった。


 その黄金の瞳が、闇夜の中でも光って見える。


 ゾクゾクッ


 背筋が震えた。


 その竜人から、恐ろしいほどの魔の気配を感じたんだ。


(何者だ!?)


 強い恐怖。


 そして『神狗』の本能から生まれる、凄まじい怒り。


 それが僕の内側で膨れ上がる。


 ヴォン


 ポケットの中の『神武具』が僕の意志に反応して、光の粒子となって砕け、そして僕の背中に虹色の金属翼を形成した。


 僕は窓枠を蹴り、空へと飛びだす。


「マールっ!」


 悲鳴のようなイルティミナさんの声が背中に聞こえた。


 でも、止まらない。


 止められない。


 あれは……この世界にいてはいけない存在だ!


 今すぐアイツを消さなければ!


「うぉおおあああああっ!」


 僕は咆哮をする。


 その漆黒の空に現れた『魔の存在』へと、虹色の軌跡を残しながら、一直線に襲いかかったんだ。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、今週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ まさかの急展開! 竜国軍の襲撃かと思いきや、『魔の存在』そのもの攻撃だったとか。 果たしてマール単独で対処する事が出来るのかが気になる所。  しかし幼いリマ…
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