594・諸々の報告
第594話になります。
よろしくお願いします。
屋上に向かうと、何人も人が集まっていた。
その中央には、碧色の大きな竜がいて、その首を緑色の長い髪をした青年、竜騎士のシュナイダルさんが労うように撫でていた。
そして竜の足元に、座り込む女性がいる。
(……あ)
長い金髪に、尖った耳のエルフさん。
コロンチュードさんだ。
竜と2人のそばには、ロベルト将軍と竜騎隊隊長のレイドルさんもいて、労いの言葉をかけているみたいだった。
タタタッ
突然、ポーちゃんが走り出した。
ハッとしたソルティスが追いかけ、すぐに僕らも続く。
重そうに立ち上がろうとしていたコロンチュードさんが、こちらに気づいた。
眠そうな表情がパァッと輝き、
ドフッ
「……おうっ?」
そのお腹に、ポーちゃんがタックルするように抱きついた。
小さな両手がギュッとしがみつく。
コロンチュードさんは驚いた顔をしたあと、すぐに幼女の金髪を優しく撫でる。
「……よしよし」
そこにあるのは、母性溢れる微笑みだ。
ちょっと驚いた。
ソルティスはそんな2人に近づいて、ポーちゃんの背中に片手で触れる。
それから、
「お疲れ様です、コロンチュード様」
と、相棒の義母に笑いかけた。
コロンチュードさんも「うん」と微笑む。
それを眺めてから、僕らも近づき、彼女たちに挨拶する。
ロベルト将軍の話によれば、彼女には、これからすぐに『転移魔法陣』の構築作業に入ってもらうとのことだった。
(え、これから?)
僕は驚いた。
つまり、徹夜作業だ。
だけど、転移魔法陣の構築は、重要なことだった。
僕らのいる場所は、いつ竜国軍に襲われてもおかしくない。
襲われた場合、防衛戦になる。
でも、転移魔法陣があれば、物資の補給、兵士の増援、転移での撤退が可能になる。3万の王国軍の生存率がグッと変わるんだ。
それがわかっているから、
「……ん、了解」
コロンチュードさんもその要請を受け入れていた。
ソルティスは挙手。
「わ、私も手伝います!」
彼女は、若くても魔法の天才少女だ。
その提案はすぐに受け入れられ、
「よろしくね、ソルソル」
「はい!」
敬愛する人の言葉に、ソルティスは天にも昇りそうな表情だった。
(よかったね)
心の中で祝福する。
できれば、僕らも手伝いたかった。
でも、知識のない者には何もできない。
僕とイルティミナさんとキルトさんの3人は、申し訳ないけれど、今夜はそのまま休むことになった。
ただポーちゃんは、2人に付き合うことにした。
何もできなくても、そばにいたい――ということだった。
誰も反対しなかった。
そうして僕は、コロンチュードさんたちと別れて、自分たちの客室に戻った。
いつものように奥さんの抱き枕になって、眠る。
そして、また次の朝が来た。
◇◇◇◇◇◇◇
今日も僕らは、王国騎士2000人と共に『第1の拠点都市』周辺の探索を行うことになった。
ただし本日は、ソルティス、ポーちゃんがいない。
僕とイルティミナさんとキルトさん、3人だけでの探索になる。
「2人がいない分、昨日よりも慎重にの」
「うん」
「はい」
キルトさんの言葉に、僕とイルティミナさんは頷く。
人数が少ない分、戦力は減った。
とはいえ、元・金印の魔狩人と現役の金印の魔狩人がいるので、そこまで心配していないけどね。
そうして僕らは、街を出る。
街の北側では、昨日見つかった竜国軍の痕跡の調査が行われるそうだ。
なので僕らは、南側へと向かった。
500人ほどの王国騎士たちと共に、森へと入っていく。
昨日、保護した獣人の少女のように、獣国の民間人を見つけることができるだろうか?
(…………)
不思議なんだけど、見つけられる気がしない。
なぜかな?
でも、そんな感覚があった。
「マールがそう感じるのであれば、今日は無駄骨かもしれませんね」
イルティミナさんは、そんな風に言う。
キルトさんも難しい顔だ。
とはいえ、そんな理由で探索をやめる訳にもいかないので、そのまま僕らは森を歩いた。
けど、結局、夕方になっても誰も見つからなかった。
何らかの痕跡もない。
「ここまでじゃな」
キルトさんの鉄ような声で、その日の探索は終わりとなった。
気落ちしながら、僕らは街へと帰還した。
◇◇◇◇◇◇◇
宿に入ると、キルトさんは『ロベルト将軍に報告に行く』とのことで別れ、僕とイルティミナさんは2人だけで自分たちの客室に戻った。
「ふんがぁ~」
部屋に入ると、大きないびきが聞こえてきた。
見れば、ソルティスがベッドに大の字になって爆睡している。
(……おやまぁ)
ちょっとびっくり。
ポーちゃんは、一緒のベッドで猫のように丸くなっている。慣れているのか、この騒音の中でも普通に眠っていた。
僕とイルティミナさんは、苦笑し合ってしまった。
でも、2人がいるってことは、
「もしかして、転移魔法陣、完成したのかな?」
僕の呟きに、イルティミナさんは「そうかもしれませんね」と頷いた。
そっか。
それなら、この拠点の安全性は格段に高まったろう。
(うん……2人とも、本当にお疲れ様)
彼女たちは、前日から30時間以上がんばったことになるんだ。
こうして爆睡するのも仕方ない。
(しばらくは、ゆっくり休んで欲しいな)
イルティミナさんも優しい表情で、2人のお腹にズレた毛布をかけ直してあげていた。
…………。
1時間ほどして、キルトさんも部屋に戻ってきた。
「お?」
眠っている2人を見て、驚いた顔をする。
僕とイルティミナさんは、揃って、口の前に人差し指を当ててみせた。
キルトさんは苦笑し、頷いた。
それから3人で、眠っている2人から離れた窓際のベッドへと移動し、腰かけた。
(……ん?)
キルトさんの手には、紙束があった。
僕の視線に気づいて、
「ロベルト将軍からもらった報告書じゃ」
と、小さな声で教えてくれた。
そして、
「どうやら、色々とわかったことがあっての。そなたら2人には先に伝えておこう」
と、言葉を続けた。
◇◇◇◇◇◇◇
「まずは、今回の探索についてじゃ」
キルトさんは、そう話しだした。
今回の探索では、新しい獣国の民間人は1人も発見できなかったとのことだ。
その痕跡も見つかっていない。
また隠れた竜国軍の存在も確認できなかったそうだ。
(…………)
つまり、収穫なしだ。
「いや、何もないとわかったのが収穫じゃ。現状を正しく把握できれば、次の行動も正しく決められるからの」
キルトさんはそう言う。
僕は頷いた。
続いては、昨日発見した竜国軍の痕跡についての調査報告だ。
それによると、
「街を襲った竜国軍は、およそ100~300人ほどの人数だったようじゃ」
とのこと。
(は……?)
僕は唖然とした。
たったそれだけの人数で、1万人規模の暮らす街が陥落してしまったの?
イルティミナさんも驚いた様子だった。
キルトさんは言う。
「恐らく『竜国の武具』を使ったのじゃろう。タナトス武具の模倣品とはいえ、威力は絶大じゃ。対抗策がなくば、その実戦力は10倍だと思え」
「…………」
「…………」
僕らは何も言えなくなる。
竜国軍が恐ろしい相手なのだと、強く再認識させられた感じだ。
…………。
イルティミナさんが紅茶を淹れてくれて、僕らは心を落ち着け、次の報告に移った。
キルトさんは報告書をめくり、
「次は『転移魔法陣』についてじゃな。もうわかっておるかもしれぬが、先程、無事に完成したそうじゃ」
と正式に伝えられた。
コロンチュードさんとソルティス、それに魔法知識のある王国騎士さん300人ほどが協力して、1日もかからず完成させてくれたそうだ。
ハイエルフのお姉さんは、現在、この部屋の2人と同じく爆睡中だそうである。
(本当にお疲れ様でした)
心の中で労う。
すでに転移魔法陣は稼働を始めていて、この街への物資の転移、搬入も行われているそうだ。
続いて、明日の予定だ。
「明日から『竜国の武具』と『魔法兵器』の対抗装置の建造が開始される。完成するのは、5日後の予定じゃ」
5日?
そんなに早く作れるの?
「すでに装置の設計自体はできておるからの。加工した部品を転移させ、こちらでは組み立てと最終調整のみで済むようにしてあるそうじゃ」
驚く僕に、キルトさんはそう教えてくれた。
(そうなんだ?)
短期建造が可能なことに、軍の確かな計画性を感じる。
また建造の全体指揮は、開発者のコロンチュードさんが行うそうだ。
キルトさんは、僕らを見る。
「予定通りに行けば、わらわたちは6日目にこの街を発ち、北上して再び竜国との国境を目指す。それまでに心身は万全に整えておくのじゃぞ?」
「うん」
「わかりました」
僕とイルティミナさんは頷いた。
…………。
キルトさんは報告書を眺めて、紅茶を一口飲む。
唇を湿らせてから、
「最後に、この街の名称がわかった。ここは『ベイルナアド』という街だそうじゃ」
と言った。
(え……?)
思わぬ情報に、僕らは驚いた。
どういうことかと聞くと、
「わらわたちが街の外を探索したように、この街の内部の探索も行われていての。そうして判明したことの1つが、この街の名前じゃったのじゃ」
とのことだ。
それ以外にも、獣国アルファンダルの文化、政治、人々の暮らしぶりなどが判明したという。
キルトさんは報告書を確認しながら、
「情勢としては、国王を中心にした王制で安定していたようじゃ。民の暮らしも悪くなく、鎖国状態ではあったが、国としては良好と評価できよう」
(そうなんだ?)
民に犠牲を強いる独裁国家などではなくて、安心したよ。
ただ、
「選民思想は強そうじゃな」
とのこと。
獣人がこの世で最も優れた種族であると考え、人間、エルフ、ドワーフ、竜人、その他の混血などなど、獣人以外の種族を劣等種と見下す傾向はあったみたいだ。
結果として、鎖国。
とはいえ、国内は獣人のみなので差別などはなかったみたいだって。
(…………)
見下す対象が外にあったから、中は団結して安定してたのかな?
なんか複雑。
「もしかしたら、そういった高度な政治手腕の1つかもしれぬがの」
と、キルトさんは言う。
僕とイルティミナさんは何とも言えない表情で、お互いの顔を見てしまったよ。
…………。
そんな感じで、本日のキルトさんからの報告は終わった。
◇◇◇◇◇◇◇
「んん……おはよぉ」
夕食の時間になって、ソルティスは目を覚ました。
料理の匂いに反応したのかな?
(さすが、食いしん坊少女)
これには僕も、ちょっと感心してしまったよ。
ポーちゃんも起こされて、僕らは5人で配膳された料理を食べることになった。
ハグハグ モグモグ
寝起きでも少女の食欲は変わらない。
食べながら、2人も僕らがキルトさんにされた報告を聞かされた。
「ふ~ん?」
ソルティスは呟いて、
「じゃあ、明日も私ら、コロンチュード様の手伝いに行っても大丈夫かしら?」
と聞く。
現状、困ることはないと思う。
むしろ、装置の建造が早まるなら、そちらの方が大事だと思った。
「ふむ、よかろう」
キルトさんもそう判断したみたい。
ということで、明日も僕らは2組に分かれて、それぞれ別行動となった。
その夜は、そのまま就寝。
再び朝を迎えて、朝食を食べたあと、
「それじゃあ、行ってくるわね」
「…………」
やる気に満ちたソルティス、ポーちゃんは、先に部屋を出ていった。
3人で、それを見送る。
そして、僕らも今日の探索に向かうため、準備をして立ち上がった。
「よし、行くぞ」
「うん」
「はい」
キルトさんの号令に、僕とイルティミナさんは頷く。
その時だった。
コンコン
突然、客室の扉がノックされた。
え?
思わず、3人で扉を振り返り、それから顔を見合わせる。
「誰じゃ?」
代表してキルトさんが扉を開けた。
扉の向こうに立っていたのは、王国騎士である獣人の女の人だった。
彼女は一礼し、
「朝早くに失礼します。実は昨夜未明に、保護したあの少女が目を覚ましました」
と報告してきた。
(あの子が?)
驚く僕ら。
女騎士さんは、そんな僕らを見て、
「少女からは色々な話を聞くことができました。ただ……最後に、自分を助けた少年に、マール様に会いたいと言っておりまして」
その視線が、僕に定められる。
(……え、僕?)
なんで?
イルティミナさん、キルトさんもこちらを見る。
早朝だからか、女騎士さんも遠慮した言い方をしていた。だけど、できれば会って欲しそうな雰囲気だった。
(…………)
現時点では、獣国で確認されたただ1人の生存者だ。
僕は目を閉じる。
すぐに開いて、
「わかりました。すぐに、その子に会いに行きます」
と頷いた。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、来週の月曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




