593・森の獣人少女
だいぶ日が過ぎてしまいましたが、皆様、新年明けましておめでとうございます。
今年初のマールの物語、どうか楽しんで頂ければ幸いです♪
それでは、本日の更新、第593話です。
どうぞ、よろしくお願いします。
城門を出た2000人の王国騎士たちは、『第1の拠点都市』を中心に円状に探索を行っていた。
草原の丘や森などに、竜国軍の伏兵がいないか?
何かしらの痕跡がないか?
10人1組、計200の部隊に別れて隊列を組みながら、丁寧に周辺状況を確認していく。
一方、僕ら5人は、自由行動を許可されていた。
どの方向の探索に向かうかは、
「マールが決めよ」
と、任されてしまった。
僕は少し考え、
「じゃあ、北西で」
と、何となく思った方向を提案した。
4人とも反対はしない。
むしろ、イルティミナさんからは、
「マールが選んだ方向なら、きっと何かが見つかりますね」
と、なぜか期待と信頼の眼差しを向けられて、妙なプレッシャーを感じてしまった。
(…………)
ま、まぁ、いいか。
そんな感じで、僕らは王国騎士たちとは別行動で、北西の森へと入っていった。
◇◇◇◇◇◇◇
獣国アルファンダルにある森は、何と言うか『普通の森』だった。
シュムリア王国でも、よく見るような感じ。
やっぱり木の種類は違っているみたいだけど、別大陸の森だからといって、特別な違いなどは何もなかったんだ。
ただ、博識なソルティスは、
「ふ~ん?」
と呟きながら、珍しそうに足元の茸を見ていたりする。
どうしたんだろう?
聞いてみると、
「これ、シュムリア王国だと自生してなくて、ドル大陸から輸入してる300リドもする高級茸なのよね」
だって。
(この茸1本が、3万円!?)
僕はびっくりだ。
よく見たら、その3万円茸は、森の木々の根元のあちこちに生えている。
うはぁ……まさに金のなる木だ。
ソルティスは苦笑する。
「こういう状況じゃなかったら、集めて回りたいわね」
うん、本当だね。
そんなこともありながら、僕らは森の奥へと進んでいく。
…………。
王国騎士たちは人数も多く、規律を守りながら丁寧に探索を行っているので探索速度は遅かった。
なので、僕らの方が先行してしまっている。
「あまり騎士団から離れぬようにせねばな。ロベルト将軍からも『森の奥まで行き過ぎないように』と強く言われておるからの」
と、キルトさん。
(そうなんだ?)
それは僕らを心配してのことなんだろう、素直に頷いておく。
その時、ふと獣臭がした。
「ん……?」
僕は、鼻を引くつかせる。
気づいたイルティミナさんが「どうしました、マール?」と聞いてきた。
「魔物がいる。多分、あっち」
僕は、風に運ばれてきた臭いの方向を指差した。
キルトさんの黄金の瞳が細まる。
「種類は?」
「ゴブリンとか爬虫類系じゃなくて、獣系かな。そんな強そうな感じはしないけど……」
「ふむ」
「行ってみる?」
僕は聞いた。
キルトさんはしばし考え、
「マールはどうしたい?」
と、逆に聞かれてしまった。
(……僕?)
他の3人も、こちらを見ている。
えっと……、
「うん……じゃあ、行ってみようか」
視線の圧力に負けたような感じで、つい頷いてしまった。
そんな訳で、そちらに向かう。
背の高い木々の間を通り抜け、草木を散らしながら、凹凸のある土の地面を歩いていく。
すると、
(あ、いた)
30メードほど前方、少し坂を下った先の草むらに、3体ほどの豹みたいな魔物の群れが集まっていた。
体長は2メード弱。
耳が長くて、細長い尻尾は2本も生えている。
豹柄の体毛は美しい。
上顎の牙は長く突き出していて、その額には、キラキラ光る宝石みたいな真っ赤な石があった。
「あれは……『紅玉の大牙豹』ですね」
僕の奥さんが、そう呟いた。
シュムリア王国にはあまり生息していないけど、ドル大陸ではよく目撃される魔物だそうだ。
額にある石は『魔法の発動器官』としての役目があるらしいんだけど、これが王侯貴族の間では、魔物由来の珍しい宝石として意外と高値で取引されるんだって。
ちなみに金額は、
「1つ、3万リドはするでしょうね」
「…………」
300万円だって。
もしかして、獣国アルファンダルの森はお宝の宝庫なのかな?
その大牙豹たちは、クンクンと地面の匂いを嗅いでいて、何かを探しているような行動をしていた。
「どうする? 狩る?」
金額を聞いたからか、ソルティスが少しだけ期待するような瞳で聞いてきた。
(どうしよう?)
別に、魔物を狩りに来たつもりはないんだけどな。
特に悪さをしている訳でもないみたいだし、今回は見逃してもいい気がする。
そう思ったせいか、
ピクッ
3体の魔物は、一斉に顔をあげた。
迷ったことで、こちらの気配に気づかれたみたいだ。すぐに周囲を警戒した顔になり、そのまま足音を殺しながら『紅玉の大牙豹』たちは草むらの奥に消えてしまった。
「あぁ……行っちゃった」
悲しそうに呟くソルティス。
僕は苦笑する。
キルトさん、イルティミナさんも殺していた気配を解き放って、ゆっくり立ち上がった。
僕も腰を上げ、
(ん……?)
その途中で、ふと気づいた。
魔物は消えた。
でも、まだ別の匂いする。
これは……魔物とは違う匂いだ。
むしろ、魔物の強い臭いに隠されていたもう1つ別の匂いが、魔物がいなくなったことで、ようやく露になった感じだった。
僕の様子に、みんなも気づく。
「マール?」
イルティミナさんが聞いてくる。
僕は言った。
「近くに、誰かいる」
◇◇◇◇◇◇◇
みんな、驚いた顔をする。
「どこじゃ?」
キルトさんが潜めた声で聞いてきた。
僕は、鼻に意識を集中する。
(ん……多分、あそこだ)
それは、ここから坂を下った先の草むら、そこに埋もれている倒木の裏からだった。
僕の指は、そこを示す。
キルトさんは頷き、背負っている大剣の柄に手をかけた。
イルティミナさんも白い槍の翼飾りをカシャンと開いて、内側に隠されていた刃と魔法石を露にする。
ソルティスも白い『竜骨の杖』を胸の前に構えて、ポーちゃんはそんな少女を守るように、少女の前に立った。
(まさか、竜国軍?)
その可能性が頭をよぎった。
でも、グノーバリス竜国にいるのは、皆、竜人だという話だった。
だけど、僕が今、感じているのは、そうした爬虫類系のものではなくて、もっと獣のような……そして、儚くて、か弱いような匂いだった。
だから僕は、1人でそちらに向かう。
「マール?」
イルティミナさんが驚いた顔をした。
すぐに、あとを追いかけてきてくれる。
キルトさん、ソルティスも驚いていて、ポーちゃんも一緒に顔を見合わせると、3人で僕ら夫婦に続いてくれた。
…………。
僕は、倒木に近づく。
匂いが強くなる。
もしかして、さっき魔物が探していたのは、この匂いだったのかもしれない……そう、ふと思った。
「…………」
一度、深呼吸。
それから、僕は思い切って、倒木の裏に回った。
(!)
そこにいたのは、幼い獣人の少女だった。
年齢は、10歳ぐらいか?
こげ茶色の髪から大きな獣耳が生えていて、スカートの下からは先の白い太めの尻尾が覗いている。
服装は、土と泥に汚れていた。
手足も痩せていて、かなり弱っている印象だ。
そんな獣人の少女は、全身を恐怖でガタガタと震わせながら、怯えた顔で僕のことを見ていた。
目には、涙が滲んでいた。
(…………)
予想外のことに、僕は呆けてしまった。
他の4人も、そこに少女の姿を見つけて、目を丸くしてしまっていた。
キルトさんが声をかけようと、1歩、前に出る。
「……ひっ」
獣人の少女は、悲鳴を漏らす。
両手で頭を抱えるように縮こまった。
それを見たキルトさんは、動きを止め、困った顔で1歩下がった。
(……もしかしたら、人間が怖いのかもしれない)
その怯え具合に、僕はそう思った。
そして、少し考える。
……うん。
僕は心の中で頷いて、
「神気開放」
そう呟いた。
体内の力の蛇口を開くと、神なる力が全身を駆け巡る。
僕の茶色い髪の中からはピンと立った獣耳が、ズボンの切れ目からはフサフサした毛並みの尻尾が生えていった。
4人は驚いたように僕を見る。
神なる狗。
その『神狗』の姿は、一見、獣人との違いが見られなかった。
僕は4人に頷く。
そして、獣人の少女の前で、地面に片膝をついてしゃがんだ。
気配に気づいて、両腕の隙間から、彼女はこちらを見た。
「……あ」
涙に滲んだ瞳が大きく見開かれる。
そんな彼女に、僕は獣耳と尻尾を見せながら、その心を安心させようと微笑んだ。
パチ パチ
周囲では、神気の白い火花が散っている。
呆けたような少女へと、光をまとった僕は右手をゆっくりと差し出した。
『――もう大丈夫だよ』
そうドル大陸の公用語で語りかけた。
すると、その少女の目から涙がこぼれた。
幼い頬を伝っていく。
そうして彼女は泣きながら、その痩せた幼い手のひらを、僕の手の上にゆっくりと重ねてくれたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
手を重ねた直後、その獣人の少女は、意識を失ってしまった。
(わっ?)
慌てて、小さな身体を抱き支える。
ソルティスが診てくれたけれど、どうやら空腹による衰弱だろうって。
安心して気が緩んだことで、緊張の糸が切れ、限界を迎えてしまったみたいなんだ。
とりあえず、回復魔法はかけてもらった。
ただ、
「応急処置みたいなものだから、街でちゃんと休んで、しっかり栄養を摂らせないと駄目よ」
とのこと。
僕らは話し合い、すぐに『第1の拠点都市』まで戻ることにした。
残りの周辺探索は、王国騎士たちに任せよう。
イルティミナさんが獣人の少女を背負ってくれて、僕らはこれまで歩いてきた森のルートを逆走していった。
…………。
街まで戻ると、すぐにロベルト将軍に報告する。
ロベルト将軍は驚き、その獣人の少女を休ませるために、ホテルの一室を確保してくれた。
介抱を担当するのは、王国騎士たちが請け負ってくれた。
シュムリア王国は多人種国家だから、王国騎士の中には少数だけれど、獣人の女性もいるんだ。その人たちが担当をしてくれるみたいだね。
あの子は『人間が怖い』みたいだってことも報告したから、ロベルト将軍は、その辺も考慮してくれたんだろう。
(さすが、ロベルト将軍)
細かい気配りもできる人なのだ。
獣人の少女のことは気になるけれど、あとは王国騎士さんたちに任せて、僕らは自分たちに割り当てられた部屋へと戻った。
装備を外して、一息。
イルティミナさんが淹れてくれたお茶を飲んで、みんなが落ち着いたところで、僕は口を開いた。
「あの子、やっぱりこの街の子なのかな?」
その可能性を口にする。
キルトさんは「ふむ」と頷き、
「まだ断定はできぬが、その可能性は高いじゃろうな」
と認めた。
ソルティスはお茶をすすり、首をかしげる。
「でも、どうして森にいたのかしら?」
「わかりませんが、もしかしたら、街を襲った竜国軍から逃げていたのではないですか? 戦時下であれば、街を捨て、森に逃げた民間人もいたのかもしれませんし」
妹の疑問に、イルティミナさんはそう答える。
森に逃げる……か。
言葉にすると簡単だ。
でも、その森には、さっきも見た通り、危険な魔物も生息しているんだ。
実際は簡単なことではない。
それでも竜国軍を恐れて、危険な森に隠れ続けたのだとしたら、あの子の心にはどれだけ深い傷を負わされてしまったのか……それを思うと、胸が痛い。
「マール……」
うつむく僕を心配して、イルティミナさんが髪を撫でてくれる。
僕は、小さく笑い返した。
みんな、沈黙する。
やがて、キルトさんが吐息をこぼして、
「生き残った街の住人が、まだ森に隠れている可能性もある。ロベルト将軍は人数を増やして、数日間、探索を続行するとのことじゃ」
民間人の人命優先の方針だ。
僕らは頷いた。
できるなら、僕らもそれに参加したい。
それについては、キルトさんが「あとで、ロベルト将軍に確認してくる」と約束してくれた。
「……それにしてもさぁ」
ソルティスがぼやきながら、僕を見る。
(ん?)
「マールの直感って、ほんと、意味わかんない。今回だって、探索したいって言い出したら、あの子を見つけちゃうし……アンタって、いったいどうなってんの?」
「…………」
みんなの視線が集まる。
(いや、そんなこと言われても……)
僕はただ思ったことを、そのまま実行しているだけなのだ。
未来を知っている訳でもない。
だから、僕自身は、ただ偶然が重なっているだけと思っているんだけど。
「……偶然ねぇ?」
ソルティスはジト目だ。
ポーちゃんまで、相棒を真似てジト目で見てくるのはやめて欲しい。
キルトさんは苦笑する。
イルティミナさんは笑いながら、
「まぁ、マールはマールですから。この子は、そういうものなのですよ」
と、僕を背中から抱きしめてくる。
背中に柔らかな弾力が当たって、甘やかな匂いが間近から感じられる。
…………。
ま、まぁ、自分ではよくわからないけれど、イルティミナさんがそう思いたいのなら、それはそれでいいかな?
大好きな奥さんには弱い僕なのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
日が沈み、夜が来る。
獣人の少女は眠ったままで、いまだ目覚めることはなかった。
探索に出ていた王国騎士たちも、今は『第1の拠点都市』に戻ってきている。
でも、他にも獣国の民間人が発見されることもなく、竜国軍と遭遇することもなかったという報告だった。
ただ竜国軍のものらしい行軍跡は見つかったとか。
後日、その痕跡を精査して、街を襲った竜国軍の規模や、どの方角から来てどう行動したのかなどを把握する予定だという。
そんな感じで今日は終わり。
そのまま就寝して、僕らは明日を迎えるつもりだった。
けど、日付も変わろうという時刻、
(……うん?)
ベッドに入っていた僕らは、廊下からの物音や人の声に気づいた。
なんだか騒がしい。
一緒のベッドで寝ていたイルティミナさんも、少し寝ぼけたように、まだ僕を抱き枕にしながら身体を起こした。
少し寝癖ができてしまった彼女の長い髪が、僕の首を撫でる。
「……何事です?」
呟くイルティミナさん。
ソルティス、ポーちゃんも眠そうな顔だった。
キルトさんがベッドを降りて、「確かめてくる」と廊下に出ていった。
バタン
客室の扉が閉まる。
それから5分ほどして、銀髪の美女は戻ってきた。
ちょっと微妙な表情。
「キルトさん?」
僕は問いかける。
みんなも彼女を見ていた。
キルトさんは片手を上げ、
「大したことではなかった。つい先ほど、エルフの国との国境に向かっていたシュナイダルが、思ったより早く帰投したようでの」
と言う。
(竜騎士のシュナイダルさん?)
僕は目を瞬く。
両腕に僕を抱いたまま、イルティミナさんも「ほう?」と呟いた。
そして、ソルティスとポーちゃんの2人は顔を見合わせ、すぐにその表情を輝かせた。
それは、その日の深夜、この『第1の拠点都市』に、あの金印の魔学者コロンチュード・レスタが到着したとの報告だった。
今年もご覧になって頂き、本当にありがとうございました。
読んで頂けて、とても嬉しいです。
本年が皆様にとって、健康で笑顔と共にある良き1年となりますようお祈りしております。
どうぞ本年も宜しくお願いいたします。
月ノ宮マクラ
※次回更新は、今週の金曜日を予定しています。もしよろしければ、また読みに来てやって下さいね。よろしくお願いします。




