589・古代タナトスの魔法兵器
第589話になります。
よろしくお願いします。
獣国民の惨状を聞いた翌日、僕らは王都にある『王立図書館』にやって来た。
そこは、その名の通り、王国が運営する図書館だ。
シュムリア王国で最も多くの図書が集まる場所であり、学術書、歴史書、地図、日誌、文学小説、娯楽小説、絵本などなど、多種多様な本が収蔵されているんだって。
その数は、実に300万冊以上。
人類の叡智、それを後世に残すことを目的とした国家施設なんだそうだ。
そんな『王立図書館』を訪れたのは、僕とイルティミナさん、ソルティスとポーちゃんの4人だ。
キルトさんは、冒険者ギルドで『獣国と竜国に関する情報』を収集するために残っていて、今日は不参加だった。
…………。
さて、そんな僕ら4人が『王立図書館』を訪れたのには理由があった。
それは、
「ちょっと調べたいことがあるの」
と、ソルティスが希望したからだ。
…………。
実は『王立図書館』には多くの書物が集まるけれど、250年以上前の物は数が少ない。
理由は、400年前の神魔戦争だ。
それによって、それ以前の文明の記録などは、ほぼ全てが失われてしまったのだ。
人類文明の崩壊。
その後に起きた文明衰退と動乱期、それらが終わったのが、およそ250年前で、ようやくそこから人類の記録となる書物が再び存在するようになったそうだ。
この『王立図書館』は、一般開放されている。
王国民なら誰もが利用可能だ。
けれど、250年以上前の貴重な書物、また400年以上前の古代タナトス魔法王朝時代の書物などは非公開、あるいは一部が有料で閲覧可能となっている。
そして、非公開の書物。
その中には『禁書』と呼ばれる書物たちも存在するそうだ。
「禁書?」
聞き返す僕に、ソルティスは教えてくれた。
「いわゆる『負の叡智』って奴ね。その知識が、人類に大きな悪影響を与える可能性がある……って本たちよ」
「…………」
ずいぶん恐ろしい本みたいだ。
少女は言う。
「私はね、その『禁書』を調べたいの」
そうした『禁書』は、図書館内にある『禁書庫』と呼ばれる保管室で厳重に封印されているという。
その閲覧には、王家の許可が必要だった。
そんな許可、普通は下りない。
もちろん、それはソルティスも例外ではなく、いくら彼女が頼んでも閲覧することは不可能だった。
…………。
でも、彼女には姉がいた。
シュムリア王家の王女であり、次期国王となるレクリア様に後ろ盾になってもらっている『金印の魔狩人』である姉がいたのだ。
少女は笑う。
「悪いわね、イルナ姉」
「いいえ」
妹の言葉に、姉は苦笑した。
実はここを訪れる前、イルティミナさんは妹に頼まれて、ギルドを介してレクリア王女に連絡を取り、『禁書庫』に立ち入る許可をもらっていたのだ。
(持つべきものは、『金印』の姉……かな?)
笑い合う姉妹の様子を見ながら、そんなことを思う僕だった。
◇◇◇◇◇◇◇
僕ら4人は、王都ムーリアの行政施設の多い地区にある『王立図書館』の門扉を潜った。
大きな建物だ。
前世の国会議事堂みたいな感じで、荘厳で厳格そうな建物だった。
門前には、2人、警備兵もいる。
建物内の受け付けで、自分たちの住所氏名の記入をして入館する。
その時に、イルティミナさんが自身の右手にある『金印』の証である魔法印を輝かせながら、王女の許可を得ていることと『禁書庫』への立ち入りを求めた。
すでに話は通っていたらしく、すぐに館長さんが来てくれて、案内してもらった。
…………。
人気のない通路を歩いた先に、大きな扉があった。
扉の前には、警備兵が5人、更に近くの詰所に10人が控えていた。
(…………)
全員、しっかりした『圧』が感じられる。
警備兵だけど、実力は『白印の冒険者』、あるいは『王国騎士』と同じぐらいありそうだった。
それだけ重要な場所なんだね?
その人たちの見張るような視線を感じながら、館長さんは大きな鍵を取り出し、扉の鍵穴に入れて回した。
ガッチャン
重そうな開錠の音。
同時に、魔法的な施錠もかかっていたのか、扉の表面に青く光る魔法陣が生まれ、その構造が変化して、やがて消えていった。
館長さんが僕らを振り返る。
「どうぞ、お入りください。ただし、中の書物の持ち出しは禁止です。書庫内でのみ、ご閲覧ください」
と注意した。
他にも、書き写しの禁止。
もしもに備え、30分ごとに警備兵が中を確認すること。
閲覧は、午後4時半まで。
退室時に、身体検査が行われること。
などが伝えらえた。
もちろん、僕らはそれを了承する。
「じゃ、行きましょ?」
扉の前に立ったソルティスが、僕らを促すように言った。
表情はいつも通り。
でも、その大きな紅い瞳は、好奇心の輝きを灯していた。
(あはは……)
やっぱりソルティスだ。
少女の手が扉に当てられて、
ゴゴォン
重そうな音と共に、奥へと開いていく。
そうして僕ら4人は、『王立図書館』の誰も立ち入れないという『禁書庫』に足を踏み入れた。
◇◇◇◇◇◇◇
僕らの入室に合わせて、室内の魔光灯が自動で点灯していった。
室内の様子が明らかになる。
「……わぁ」
思わず、声が出た。
目の前に広がっていたのは、体育館ほどもある空間だ。
中央に閲覧用の机と椅子が用意され、それ以外は、背の高い本棚が整然と並んでいる。奥には移動式の階段が4つ設置されていて、上方の本も取れるようになっていた。
本も製本された物だけでなく、巻物や木簡、獣皮紙のような書物も存在していた。
「凄いわぁ」
ソルティス、目がキラキラしている。
イルティミナさん、ポーちゃんも、広がる書物の空間を少し呆けたように眺めていた。
僕ら4人は、本だらけの世界を歩いていく。
コツ コツ
通路に足音を響かせながら、ソルティスが言った。
「ここで調べたいのはね、古代タナトス魔法王朝の時代に使われていただろう『魔法兵器』についてなの」
「魔法兵器?」
聞き返す僕に、彼女は「そ」と頷いた。
並んだ本棚を見つめて、
「獣国アルファンダルの人たちが石化したのってさ、多分、タナトス時代の魔法兵器が使われたからだと、私は予想しているの」
「……どういうこと?」
僕は、より詳しい説明を求めた。
ソルティスは言葉を選ぶようにしながら、
「つまりね、古代タナトス魔法王朝の時代にはさ、今じゃ考えられない大威力と広範囲への魔法兵器が存在していたのよ。例えば……ほら、アルン神皇国にある『隕石都市ロンドネル』って覚えてる?」
「うん」
その問いに僕は頷いた。
5年前、初めて飛行船に乗った時に訪れた街だ。
その大地には、巨大なクレーターがあって、隕石都市ロンドネルはそのクレーター内に造られた大都市だった。
でも、そのクレーターは、隕石の落下でできた訳じゃない。
300年前、初めてこの世界に現れた『悪魔の欠片』を倒すため、人類は、僕ら『神の眷属』ごと古代タナトス魔法王朝の魔法兵器を撃ったんだ。
その結果、あのクレーターが生まれた。
直径10キロ以上の大穴だ。
その威力がどれほどのものであったか、想像は難くないだろう。
「そうした魔法兵器たちが、古代タナトス魔法王朝には当たり前のように存在していたはずなのよ」
「…………」
「そして、その兵器の中には、それこそ獣国アルファンダルの国土全てを範囲として発動できる『石化の魔法兵器』もあったんじゃないかって思ったの」
……それは、
(確かに否定できないかもしれない)
ソルティスは言う。
「グノーバリス竜国は、どうも現代にタナトスの魔法技術を、一部とはいえ復活させることができているみたいだわ。だから、そうした兵器を調べておきたかったの」
「…………」
そっか。
竜国の造った『魔力発生装置』と『魔法武具』、どちらも古代タナトスの魔法技術の模倣だ。
獣国民の石化も、確かに同じ模倣によるものかもしれないよね。
イルティミナさんも納得した顔で、
「だから、禁書を調べたいと言い出したのですね?」
「そういうこと」
少女は姉に頷いた。
「もしかしたら竜国は、他の魔法兵器も開発してるかもしれない。だから、過去にどんな兵器があったか、先に把握しておきたかったのよ。そうすれば、もしもの時に対策が打てるかもしれないでしょ?」
と、ソルティスは続けた。
僕らも頷く。
戦いにおいて、相手がどんな攻撃をしてくるか把握しておくのは大事なことだ。
それが生死を分けることは多い。
そのことは、魔狩人をやっている僕らは良く知っている。
ソルティスは昨日、獣国の状況を聞いて、その対策を誰よりも早く始めようとしていたのだ。
僕は笑って、
「さすがだね、ソルティス」
「ふふん、尊敬していいのよ?」
彼女も得意げに笑顔を返してくれる。
そんな妹に、イルティミナさんも優しく微笑み、ポーちゃんは『うんうん』と頷いていた。
それから、ソルティスは表情を戻して、
「古代タナトス魔法王朝時代の兵器関連の書棚は、ここら辺みたいね。みんなで手分けしながら、確認してみましょ?」
「うん」
「はい」
「ポーは承知した」
僕らは頷く。
そして4人で、本棚に収められていた古い書物たちを1つ1つ確認していったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
古い書物の多くは、古代タナトス魔法文字で書かれていた。
僕らには簡単に読めなくて、解読するには、辞書を片手に結構な時間がかかったし、その多くはソルティスが担当してくれた。
確認した書物は、50冊以上。
その間、警備兵の巡回も何回か行われ、かかった時間は7時間以上だった。
…………。
結論から言う。
古代タナトス魔法王朝には、『石化の魔法兵器』が存在していた。
いや、それ以外にも、国を丸ごと飲み込むほどの大炎、洪水、毒の大気、重力異常を発生させるような恐ろしい魔法兵器たちが存在していたみたいなんだ。
(何だ、これ……?)
こんなの前世の大量破壊兵器と変わらない。
いや、もしかしたら、それ以上だ。
これらの魔法兵器によって、古代タナトス魔法王朝は、当時の敵対国家を次々と滅ぼしたそうだ。
更に言うと、古代タナトス魔法王朝には、これらの魔法兵器の攻撃を無効化するための防御システムも構築されていたらしい。
毒のある生物は、自分の毒では死なない。
同じように、仮に自国の兵器によって攻撃されても、古代タナトス魔法王朝には利かなかったみたいだ。
つまり、特別な物ではない。
獣国アルファンダルを滅ぼすほどの魔法兵器も、古代タナトス魔法王朝にとっては、大量に運用される通常兵器みたいなものだったということだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
僕ら4人は言葉がなかった。
その魔法技術の凄さは知っていたつもりだったけど、現実はそれ以上だ。
(……本当に凄い文明だったんだなぁ)
改めて、そう思い知らされる。
かけていた眼鏡を持ち上げて、ソルティスはため息をつきながら、自分の両目を指で揉んだ。
「こりゃ……禁書になる訳ね」
「…………」
「現代に、こうした魔法兵器を1つでも甦らせれたら、世界征服も簡単だもの。……ううん、違う。きっと世界崩壊が簡単……かしらね」
そう苦笑する。
いや、僕は笑えなかった。
イルティミナさんは、妹に聞く。
「こうした魔法兵器の模倣を、グノーバリス竜国はできると思いますか?」
その瞳は真剣だ。
ソルティスは少し考える。
「簡単にできることじゃないと思うわ。でも、可能性がないとは言い切れない。少なくとも獣国民は石化させられたんだもの」
「…………」
「…………」
「…………」
重い答えだ。
「ただ、そう何度もできることじゃないわ」
ソルティスはそう続けた。
「魔力発生装置が使い捨てであったように、石化の魔法兵器も使い捨てだったと思うの。だって完全再現は不可能で、だから模倣なんだもの」
「…………」
彼女は、僕らに説明する。
タナトスの時代においては通常兵器でも、現在においては、その模倣だけでもとてつもない技術が必要だ。
模倣品であろうと、作成には、莫大な労力が必要になる。
作成日数は年単位だろうし、材料も貴重な素材ばかりで有限だ。
もしグノーバリス竜国が複数の『魔法兵器』を作成していたとしても、それは決して量産できるとは思えない。
「あったとしても、あと2~3機」
それがソルティスの見解。
(つまり、あと2~3回、竜国は国を亡ぼす攻撃ができる)
それは、恐ろしい事実だ。
でも、言い換えれば、それを防げれば、僕らにも勝機が存在するということだった。
少なくとも、一方的な蹂躙はない。
獣国アルファンダルに起こったような悲劇は避けられるのだ。
「その魔法攻撃を防ぐ方法って、あるの?」
僕は聞いた。
ソルティスは、机に広げられた古い書物を見る。
難しい顔で、
「そうね……対抗する属性の魔素をぶつけて、魔法を消滅させるのが古代タナトス魔法王朝での防御システムだったの。でも、現代の技術で同じことができるかしら?」
「…………」
できないの?
僕の視線に気づいて、彼女は嘆息した。
「正直、わからないわね」
「…………」
「だけど、今、コロンチュード様が魔力発生装置の魔力波を無効化する装置を作ってるでしょ? その応用で可能かもしれないわ」
「本当に?」
「えぇ」
ソルティスは頷いた。
「すぐに報告書を作って、コロンチュード様に確認してもらいましょ? 私より、実際に研究しているコロンチュード様の方が、実現可能か判断できると思うから」
「うん、そうだね」
僕も頷く。
また1つ、希望が生まれた。
それが嬉しくて、つい笑顔がこぼれてしまった。
そんな僕を見て、ソルティス、イルティミナさんも笑ってくれて、ポーちゃんの小さな手もポンッと僕の肩を叩いた。
その日の閲覧は、それで終わった。
たくさんの禁書を本棚に戻して、館長さんにお礼を言って『王立図書館』をあとにする。
その足で冒険者ギルドに向かった。
キルトさんに事情を説明すると、
「ふむ、わかった。すぐに王城に使いを出し、コロンの奴に確認してもらえるよう手配しよう」
と言ってくれた。
ギルド長のムンパさんを介して、王城にいるレクリア王女たち王国上層部にも連絡。
それからすぐ、エルフの国に滞在しているコロンチュードさんにも情報が伝達されて、3日後に返事が来た。
答えは、
「……完全には無理だけど、大幅に威力を弱めることは可能。……それで致命的なものは防げるので、あとは回復魔法などで対処すれば、問題ないと思うよ?」
とのことだ。
(やった!)
その報告に、僕らは手を取り合って喜んだ。
コロンチュードさんも魔力発生装置の無効化と同時に、他の魔法兵器の攻撃に対する対抗属性の魔素をぶつける装置も作ってくれることになった。
似たような装置なので、同時進行で作成できるんだって。
それを聞いたソルティスは、
「簡単に言ってるけど、本当はとんでもないことなのよ!?」
と言っていた。
彼女が言うなら、きっとそうなのだろう。
あのハイエルフのお姉さんは、当たり前じゃないことを当たり前にしてしまうような人だから。
何にしても、今は、彼女だけが頼みの綱。
(……がんばってね、コロンチュードさん)
夜空に浮かぶ美しい紅白の月を見上げながら、遠い異国にいる彼女のことを応援した。
それからも、僕らがシュムリア王国で過ごす日々は続いた。
そして、20日目の早朝、僕らは冒険者ギルドに呼び出され、キルトさんの部屋を訪れた。
銀髪の美女が僕らを見回す。
そして、
「昨夜、コロンから装置が完成したとの報告が入った。よって明日、わらわたちはエルフの国へと転移し、シュムリア軍と共に獣国アルファンダルへと入るぞ」
と、鉄の声で告げたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、今週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




