587・みんなで集まって
第587話になります。
どうぞ、よろしくお願いします。
エルフの国を去ってから、10日が過ぎた。
僕らがシュムリア王国に帰還した時には、レクリア王女から直々に労いの言葉をかけられ、そして、しばしの静養を命じられた。
そう、静養だ。
つまり、いつでも動けるように、僕らは『冒険者の仕事』も強制的に休まされ、王都内に滞在するように命じられたのである。
(まぁ、仕方ないよね)
何もしないことに負い目も感じるけど、それが最善なんだ。
そんな訳で、僕らはこの10日間、平穏な日常を過ごしていた。
「――あぁ、いいお湯だぁ」
我が家の湯船に浸かって、僕は思わず声を漏らしてしまった。
戦場では、当然、こんなお風呂はなかったからね。
手足を伸ばして、ゆったり温かなお湯に沈んでいると、何だか全身がスライムになったみたいに力が抜けちゃうんだ。
「ふふっ、マールったら」
そんな僕の様子を見て、洗い場にいたイルティミナさんがおかしそうに笑う。
うん、もちろん一緒に入ってる。
(だって、夫婦だもん)
美人の奥さんとお風呂に入れるのは、旦那様だけの特権なのだ、えっへん。
もちろん、彼女は裸である。
白磁のような肌に、美しい深緑色の濡れ髪が張りついていて、本当に色っぽい。何度も見ているのに、今でもドキドキしちゃうんだよなぁ。
彼女が動くたび、重そうな胸がユサッと揺れる。
「…………」
なぜでしょうか?
堂々と見ていていいはずなのに、顔が熱くなって、ついつい視線を外してしまう。
ザパァ
やがて身体を洗い終えたイルティミナさんも、僕の隣の湯船に入ってきた。
肩と肩が触れ合う。
ドキドキ
その横顔をチラリと窺うと、気づいた彼女はニコリと優しく微笑んだ。
ま、眩しい。
その美貌の輝きに、目が眩んでしまうよ。
イルティミナさんは「ふぅ」と甘い吐息をこぼしながら、自身の白い首へと、手でお湯をかける。白磁の肌の上を、水滴が流れていく。
「ゆっくりできますね」
「うん」
彼女の言葉に、僕は頷いた。
ついこの間まで、命を懸けた戦場にいたのが嘘みたいだ。
…………。
でも、嘘じゃない。
それを知っているからこそ、今のこうした時間がとても大切で愛おしい。
そして、まだ戦場にいる人たちのことを思い出して、やっぱりどこか心苦しかった。
青い瞳を伏せる。
「…………」
「…………」
キュッ
(ん?)
お湯の中で、不意に僕の手が握られた。
目を開けてみると、そんな僕のことをイルティミナさんがジッと見つめていた。
――今は、私だけを感じて。
真紅の美しい瞳からは、そんな心が伝わってきた。
僕は微笑んだ。
「……うん、大好きだよ、イルティミナさん」
「私もです、マール」
イルティミナさんも少し頬を赤らめながら、はにかむように微笑んでくれた。
火照った肌と心。
お互いのそれを感じながら、僕らはもう少しだけ、2人きりのお風呂時間を楽しんだ――。
◇◇◇◇◇◇◇
その夜は、キルトさんの部屋に集まって、みんなで夕食を取る約束をしていた。
「おぉ、来たの」
冒険者ギルドの3階。
宿泊施設の一番奥にあるキルトさん専用の部屋を訪れると、キルトさんが笑顔で迎えてくれた。
「こんばんは」
「お邪魔します」
僕ら夫婦はそう言って、室内へ。
奥のリビングに入っていくと、そのテーブルには、すでにギルドスタッフの用意してくれた料理が並んでいた。
(わぁ、美味しそう♪)
思わず、表情を輝かせてしまった。
そんな僕に、キルトさん、イルティミナさんは顔を見合わせ、笑っていた。
15分ぐらい3人で雑談をしていると、ソルティス、ポーちゃんもやって来た。
「やっほー」
「お邪魔する、とポーは挨拶する」
そんな2人は普段着だ。
冒険者としての仕事がないから、それが当たり前なんだけれど、普段、そっちの方が見慣れてないから、なんだか新鮮だった。
特にソルティスは18歳にもなったので、ちょっと大人っぽい服装だ。
しかも、それが似合ってる。
…………。
「? 何よ?」
気づいたソルティスが怪訝そうに聞いてくる。
僕は「ううん」と首を振った。
僕も、もう18歳。
だけど、この肉体は不老の神狗だったからか、成長は遅くて、まだ13~14歳ぐらいの外見だ。
この差はこの先も縮まることはなくて、ドンドンと開いていく。
それが、なんだか切ない。
(僕も……みんなと一緒に年を取りたいのにな……)
そう思う。
と、そんな僕の頭を、イルティミナさんの白い手が優しく撫でた。
ほえ?
見上げると、彼女は優しく微笑んで、
「私は、今の可愛いマールが大好きですよ」
なんて言われてしまった。
…………。
僕はポカンとして、すぐに自分の心情を見抜いてしまった奥さんに、改めて惚れ直してしまった。
イ、イルティミナさ~ん!
彼女は、子犬を愛でるように『よしよし』と頭を撫でてくれる。
そんな僕らに、ソルティスは「?」と隣のポーちゃんと顔を見合わせ、キルトさんは苦笑を浮かべていた。
パンッ
キルトさんは手を打ち鳴らせ、
「よし、それでは食事にするとしようかの?」
「うん」
「はい」
「待ってました♪」
「了承した、とポーは言う」
僕らは笑顔で、それに頷いた。
◇◇◇◇◇◇◇
この10日間の間、こうして5人で集まることは何回かあった。
漠然とした不安があるからかな?
みんなの顔を見ると安心できて、それは他のみんなも同じなのか、自然と口実を作って集まるようになったんだ。
今回の食事会も、その1つ。
他愛もない話をして、一緒に笑い合いながら、楽しい時間を過ごしていった。
コトッ
そんな中、キルトさんがお酒のグラスをテーブルに置く。
僕らを見て、
「皆、聞け」
ん?
僕らは会話を止めて、彼女を見た。
銀髪の美女は言う。
「実はの、ギルドを通じて、シュムリア王家から幾つかの報告がきた。それをそなたらにも伝えようと思う」
「!」
僕らの表情が引き締まった。
お酒も少し飲んでいたんだけど、その酔いが醒めていくのを感じる。
そんな僕らに、キルトさんは頷いて、
「まずは、コロンに関する報告じゃ」
と言った。
コロンチュードさんに関する報告、それは、あの『魔力発生装置』の解析についての報告だった。
僕らが描いた装置中枢の魔力回路の図面。
それを調べた結果、
『……これは古代タナトス魔法王朝時代の次元の穴を開ける装置とは、役目の方向性は同じだけど、中身はまるで違う劣化品。……もっと言うと、使い捨ての消耗品だね』
ということが判明したそうだ。
(使い捨て?)
その言葉に、僕らは驚いた。
コロンチュードさんの話によれば、古代タナトス魔法王朝時代の次元の穴を開ける装置は、それこそ魔法王朝の技術の粋を凝らして作った最高の魔法道具なのだそうだ。
それを現代に再現することは不可能らしい。
だからこそ、あの『魔力発生装置』は、機能は同じでも劣化品という評価となった。
ただ、
『……現代においては、あの装置は最先端の技術の結晶だけどね』
とのこと。
まだ学会に発表されていない未知の技術も使われており、とても興味深い品であったそうだ。
そうして調べた結果、欠点もわかった。
耐久性だ。
『……この装置でも、次元の穴は開けられる。でも、永続的じゃない。……恐らく、1~2ヶ月の稼働で壊れる。そしてこの装置は、その前提で造られているみたいだよ』
なるほど。
(だからこそ、使い捨ての消耗品、か)
でも、言い換えたら、この装置は量産できるということ。
もしそれを成したのが、グノーバリス竜国ならば、その魔法技術力の高さは恐ろしいものだ。
ソルティスが呟く。
「……竜国の魔法技術、正直、ちょっと勉強させてもらいたいわね」
…………。
まぁ、気持ちはわかるけどね。
僕は苦笑してしまった。
コロンチュードさんは、今後、同じ装置が悪用されないように、対策として妨害波を送り込むための方法を考えてくれているそうだ。
ただ、それにはまだ時間が必要で、今後の報告を待って欲しいとのことだった。
(……うん)
でも、彼女ならきっとやってくれると思う。
長命なハイエルフにしてエルフの国の大長老の1人、そして、シュムリア王国が誇る『金印の魔学者』であるコロンチュード・レスタならば、きっと。
その笑顔を思い出し、僕はそう信じてしまうのだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「アルン神皇国の動向に関しても、報告が来ておったの」
キルトさんは、そう話を続けた。
今回の獣国アルファンダルの暴挙の裏に、グノーバリス竜国の暗躍があった可能性については、アルン神皇国にも伝えられていた。
そして、その竜国に『魔の気配』があることも。
その結果として、戦時下のエルフの国と隣接していたヴェガ国へと、救援要請に応じて20万のアルン軍が派兵されることとなっていた。
そんな中、その戦争が終わった。
本来なら、派兵は取りやめとなるのが普通だ。
だけど、
「アザナッド皇帝陛下は、そのまま20万の兵を送ることに決めたようじゃ」
とのこと。
つまり竜国の脅威、世界の危機はまだ終わっていないと判断されて、陛下は派兵作戦の継続を決断されたようなのだ。
無論、ヴェガ国のアーノルド新国王の許可も得た上でである。
ただ当たり前だけど、ヴェガ国内の一部国民や他のドル大陸にある国々から、アルンの侵略が行われるのではないかという不安によって反発、抗議があると思われた。
それでも、アザナッド陛下は自国の名声や利益より、世界の平和を優先したんだ。
(……陛下)
その決断は、当たり前のように思えて、なかなかできることじゃない。
それでも、その決断をしてくれた皇帝陛下に、僕は心の底から敬意を覚えた。
キルトさんも頷いて、
「まさに英断じゃの」
そう重々しい声で賞賛し、イルティミナさん、ソルティス、ポーちゃんも同意するように頷いたんだ。
…………。
それから報告は、現在のエルフ国の様子についての内容もあった。
「エルフたちは、自国の復興作業に入ったようじゃの」
焼け野原となった大地を精霊魔法で癒し、すでに植物の若葉たちが茂り始めているそうだ。
(さすが、エルフさん)
森の妖精と称されるだけのことはあるよね。
駐留しているシュムリア王国兵たちも復興作業を手伝って、多少なりとも、エルフさんたちと打ち解けた様子もあるとロベルト将軍の報告にあったそうだ。
…………。
……いいなぁ。
エルフさんと一緒の生活、共同作業……楽しそうだ。
(ちょっと羨ましいや)
エルフ好きとしては、そんな心境だ。
そんな僕の様子に気づいて、キルトさん、イルティミナさんは苦笑し、ソルティスは呆れた顔をして、ポーちゃんは小さな手で僕の肩を慰めるようにポンポンと叩いた。
またロベルト将軍から、シュムリア竜騎隊の報告も伝えられた。
「!」
竜騎隊の報告。
それはつまり、現在の獣国アルファンダルの様子について、その偵察結果の報告だ。
ある意味、一番知りたかった部分。
それによれば、
「現時点では、獣国の領土に『竜国軍』の姿は見られない。そして、それだけでなく獣国内の村や町などには、人の姿は全く見られず、完全な無人となっておるそうじゃ」
(……え?)
竜国軍がいないのはわかった。
でも、獣国の人々までいないっていうのは、どういうことなんだろう?
イルティミナさん、ソルティスの姉妹も驚いた顔だ。
ポーちゃんだけは、安定の無表情。
イルティミナさんが呟く。
「竜国軍によって、獣国の民間人が捕虜となり、どこかに移送されたということでしょうか?」
「わからぬ」
銀髪を散らし、キルトさんは首を振る。
彼女は、手元の報告書を見つめ、
「町や村に戦闘などの痕跡は見られなかったそうじゃ。また街道などを見張っても、行き交う馬車や竜車の1台もない状況らしいの」
と言う。
(何だそれ?)
人の気配がまるでないなんて、なんか不気味だ。
思わず、ソルティスと顔を見合わせちゃったよ。
キルトさんは吐息をこぼす。
顔をあげて、
「獣国アルファンダルの領土は広い。そう簡単には全土を確認できず、今は竜国軍がいても見つからないよう注意しながら北上、まずは獣国の首都を目指しているそうじゃ」
と、竜騎隊の報告を締め括った。
(そっか)
獣国アルファンダルの状況、そして竜国軍の動向、それらを把握するのには、まだもう少し時間がかかりそうだ。
ソルティスが唇を尖らせる。
プスッ
目の前の鶏肉の丸焼きにフォークを突き刺して、
「私らの出番、まだ先かしらね?」
と呟いた。
声には少しだけ不満が滲んでいた。
いつ戦場への呼び出しがかかるかわからない不安定な精神状況は、これからもしばらくは変わらない。そのストレスもあるのかもしれない。
そんな妹を気遣うように、イルティミナさんが妹の髪を指で梳く。
「……ソル」
「…………」
優しく名前を呼ばれて、ソルティスは甘えるようにイルティミナさんの方へと身を寄せた。
ポーちゃんも優しく、相棒の少女を見つめている。
キルトさんは頷いた。
「そうじゃな。もうしばらくは待機しているしかなさそうじゃ」
「うん」
僕も頷く。
それからソルティスを見て、
「だからさ、また明日からもみんなで集まろう? のんびり買い物したり、料理したり、稽古したりしてさ」
そう笑いかけた。
その提案に、イルティミナさんも「いいですね」と微笑んだ。
キルトさんも笑う。
「秘蔵の酒もある。せっかくじゃから、開けるかの?」
「…………」
ソルティスも顔をあげた。
ポムポム
その背中を、ポーちゃんがいつものように軽く叩いた。
紫色の髪をした少女も、ようやく笑う。
「そうね。だったらキルト、今夜、開けちゃいなさいよ? なんだか私、今はすっごく飲みたい気分だわ!」
お?
ようやく調子を取り戻したみたいだ。
キルトさんも「そうするか」と白い歯を見せて笑い、その秘蔵のお酒を取りに椅子から立ち上がった。
「…………」
「…………」
僕とイルティミナさんは顔を見合わせ、微笑み合った。
落ち着かない平和の日々は続く。
だけど、みんなと一緒なら、きっと大丈夫。
その夜、キルトさんに飲ませてもらった秘蔵のお酒は本当に美味しくて、僕らは楽しい時間を過ごせたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
サッカーW杯、日本は予選グループを1位通過しましたね♪
ついに決勝トーナメント、次はクロアチア戦です。
ドイツ戦、スペイン戦で見せたような粘り強く、諦めない戦いで、日本代表にはぜひ勝利して欲しいですね。
次も全力で応援します!
もしよかったら、皆さんも一緒に応援しましょうね♪
がんばれ、ニッポン!
※次回更新は、今週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。
 




