578・決戦前、頼もしき援軍
第578話になります。
よろしくお願いします。
シュムリア王国軍が来るまでの10日間に、『白輝の砦』では急ピッチでその受け入れ態勢を整えていた。
(そりゃ、5万人も来るんだもんね)
砦には充分な広さがあるけれど、居住の準備は必要なんだ。
またその間に、コロンチュードさんは砦の各部を回って、そこに魔法的な防御を施していった。
「……相手の武具は強力だからね」
砦は、通常兵器ならば充分耐えられる堅牢さだけれど、『獣国軍の武具』の強力な魔法には籠城戦で耐えられない可能性があったんだ。
そのための備えだ。
その作業は、ソルティスも手伝った。
「相手の魔法威力を、5分の1以下に減少させる防御結界みたいね。これだけの減衰率だなんて、さすがコロンチュード様だわ!」
なんて感動していたよ。
キルトさん自身も砦の構造などを確認して、
「ふむ、さすが神魔戦争のための砦じゃの。思った以上に頑丈そうじゃ。敵の魔法さえ防げれば、相当に耐えられそうじゃの」
と評価していた。
エルフさんたちも大長老アービタニアさんを中心に籠城戦での戦い方を考えて、それを全軍に共有させていく。
すでに食料などの備えも万全だ。
こうして、籠城戦に向けての準備は着々と進んでいった。
◇◇◇◇◇◇◇
それから3日後、ついに逆探知に成功した。
獣国軍の要となる『魔力発生装置』の所在がわかったのだ。
「……ジウニの丘、だね」
広げられた地図の上に白い指を滑らせて、コロンチュードさんはそう言った。
ジウニの丘。
昔に亡くなったエルフの大長老ジウニさんが愛した草原の丘で、かなり標高の高い場所なのだそうだ。
ジウニさんは、そこに埋葬されているという。
そして、そこは獣国アルファンダルとの国境にあり、その丘は獣国側にも続いていて、その国境線を越えてすぐのところに逆探知の反応はあったそうなのだ。
(…………)
僕らは、そこに奇襲をしかけるんだ。
地図を見ながら、その事実を改めて心に刻む。
キルトさんも地図を確認して、「ふ~む」と唸った。
「周辺は、草原か」
そう呟く。
イルティミナさんも頷いて、
「見晴らしが良すぎますね。これなら装置に接近する者があれば、すぐに発見されてしまうでしょう。通常ならば、奇襲には向かない地形ですね」
と見解を述べた。
確かに。
近くには身を隠せる森などもないし、装置は丘上にあるから死角もない。
(よく考えられてる)
それだけ獣国軍も装置の重要性をわかっているんだろう。
でも、僕らが考えているのは、通常ではあり得ない空からの少人数での奇襲戦法だ。向こうもそこまで予測しているとは思えない。
きっと大丈夫。
僕らの作戦は成功すると信じている。
そう伝えれば、みんなも頷いた。
「そうじゃな。高高度から雲に紛れて接近、そこから強襲すれば、まず間違いなく虚をつけるじゃろう。今はそれに賭けるしかあるまいな」
キルトさんも断言する。
「じゃが、気をつけよ」
「え?」
「装置のそばには、必ず防衛部隊が配置されておるはずじゃ。奇襲が成功したとしても、速やかに装置を破壊し、脱出せねばならぬ。そこまでして初めて作戦成功じゃ」
あ……。
(うん、そうだね)
装置の破壊が目的じゃない。
装置を破壊して、みんなで生きて戻る――そこまでが目的なんだ。
僕は「うん」と頷いた。
キルトさんは微笑み、
クシャクシャ
その手で僕の髪をかき混ぜるように撫でてくれた。
ちなみに、魔法装置に詳しいコロンチュードさん、ソルティスの見解によれば、装置が高台に造られたのは、魔力波をより遠くまで届けるためでもあるだろうってことだ。
つまり、防衛のためだけではないみたいだね。
何にしても、向かうべき場所はわかった。
僕らは地図を見ながら、実際にジウニの丘まで向かうルートも何度も確認する。
道を間違えるなんて初歩的ミスは、絶対にごめんだからね。
そんな風にして時間を過ごし、シュムリア王国軍が来るまでの10日間はあっという間に過ぎていった。
◇◇◇◇◇◇◇
転移魔法陣が輝き、そこから赤い鎧に身を包んだ兵士たちが次々と現れた。
シュムリア王国兵だ。
僕らがエルフの国に来てから12日目、ついにシュムリア王国軍が『白輝の砦』へと派遣されてきたんだ。
エルフさんたちががんばってくれて、獣国軍はまだ砦まで来ていなかった。
そして、シュムリア王国軍を率いていたのは、
「ロベルト将軍!」
僕は、その姿を見つけて、笑顔で呼びかけてしまった。
かつて、暗黒大陸へと赴いた際、開拓団を率いる総大将を務めてくれたシュムリアの大将軍ロベルト・ウォーガンさんが来てくれたんだ。
僕らを見つけて、彼も笑った。
「おぉ、マール殿!」
ギュッ
将軍さんの手が、僕の手を握った。
「久しぶりだな。第2次神魔戦争以来か? ずいぶんと逞しくなったようだ」
そう瞳を細めている。
(えへへ)
褒められて嬉しい。
ロベルト将軍は「神なる君と共に、また戦えることを誇りに思うよ」なんて言ってくれた。
それからキルトさんを始め、他のみんなとも挨拶を交わす。
そうしている間にも、5万人のシュムリア兵が次々と転移魔法陣から現れて、すぐにエルフさんたちの案内で別の場所へと移動していった。
…………。
エルフさんの中には、まだ人間たちを厳しい視線で見る人もいる。
だけど、直接、何かを言うことはなかった。
目前にいる脅威、獣国軍に立ち向かうためには、今はシュムリア王国と手を組むしかないとわかっているからだ。
……最初は仕方ない。
(でも、これをきっかけに、もっと両国が仲良くなってくれたらな)
そう願ってしまう。
やがて、大長老のアービタニアさんもやって来て、ロベルト将軍と顔合わせをした。
仲介役として、キルトさん、コロンチュードさんがそばにいる。
4人はそのまま、今後についてを話し合うとのことで、奥の部屋へと行ってしまった。
残された僕、イルティミナさん、ソルティス、ポーちゃんの4人は、他のエルフさんを手伝って、転移してくるシュムリア王国兵の案内を手伝った。
そして、転移してくる王国兵の最後に、
ズズゥン
巨大な2頭の竜が現れた。
エルフたちから「おぉ……」と畏れと驚きの声があがる。
間近に現れた世界最強種の1つである竜種の迫力には、理性では受け止めきれないだけの圧力があるんだよね。
ソルティスもちょっと表情が引き攣っている。
僕としては、
(格好いい!)
って思っちゃうんだけどね。
そして、その2頭の竜のそばには、2人の女性騎士が立っていた。
(あ……)
「アミューケルさん!」
その1人は、何度か一緒に竜の背中に乗せてもらった竜騎士さんで、思わず声が出てしまった。
灰色の髪を揺らして、彼女がこちらを向く。
軽く目を見開き、それから微笑んだ。
「うっす、マール殿」
紅い瞳が優しく僕を見つめている。
前に会った時は、少年っぽさのあるアミューケルさんだったけれど、すでに20歳を超えて女性らしい艶っぽさが感じられた。
僕は笑って、
「来てくれたんですね、アミューケルさん」
と話しかける。
彼女は肩を竦めて、
「まぁ、任務っすからね」
と、澄まして答えてくる。
すると、もう1人の女性竜騎士さんが、アミューケルさんの首にたおやかな手を回して、軽く引っ張った。
「もぅ、素直じゃないわぁ」
そう笑ったのは、とても美人の竜騎士さん。
香水の匂いがして、亜麻色のウェーブヘアが色っぽく揺れ、プロポーションも抜群だった。
そして、彼女にも僕は覚えがあった。
「ラーナさん」
僕は笑った。
彼女は、ラーナ・シュトレインさん。
4年前の暗黒大陸での調査に一緒に行ってくれた竜騎士さんの1人だった。
彼女は紫のルージュが塗られた唇を笑みの形にして、「ふふっ、こんにちはぁ、神狗様ぁ」と甘く微笑んだ。
それから、後輩竜騎士の頬を指でプニプニとつついて、
「こんなこと言ってるけどぉ、この子、神狗様がいる戦地だからって、今回の任務に自分から立候補したのよぉ?」
「ちょ……っ!?」
アミューケルさんは顔を真っ赤にした。
パシッ
ラーナさんの腕を払いのけて、「それ以上は黙るっすよ!」「おほほぉ♪」なんて追いかけっこをする。
……うん、速い。
2人とも王国最強の竜騎士だけあって、その動きはエルフさんたちも呆然とするほどの速さだった。
(いや、呆然って言うか……呆れてるのかな?)
僕は苦笑してしまう。
ソルティスは『何やってんだか?』って顔をしていて、ポーちゃんは相変わらずの無表情。
イルティミナさんは嘆息して、
カァンッ
「2人とも、それぐらいに。――まずは、その竜たちを移動させてください。エルフたちが困っていますよ?」
槍の石突で床を叩き、そう叱った。
2人の竜騎士たちの動きが止まる。
アミューケルさんはバツが悪そうな顔で、ラーナさんは甘く笑ったまま「はぁい」と返事をして、自分たちの竜の所へと向かった。
僕は言う。
「来てくれて嬉しいです、アミューケルさん。ありがとう」
「っっ」
アミューケルさんは顔を赤くする。
バッと視線を逸らして、
「……うっす」
と短く答えると、エルフさんの案内に従って、ラーナさんと一緒に自分たちの竜を移動させていった。
ズシン ズシン
竜の足音が響き、その背中を見送る。
すると、そんな僕の頭の上にイルティミナさんの白い手が乗せられて、ゆっくりと茶色い髪を撫でられた。
(ん?)
見上げると、彼女もこちらを見つめていた。
「来てくれて、よかったですね」
「うん」
僕は即答した。
「アミューケルさんの実力は知ってるし、竜騎隊がいてくれるのは本当に頼もしいよ。ロベルト将軍が来てくれたのも心強いしね」
「はい」
「竜も格好いいし」
「…………」
「アミューケルさん、またあとで竜に触らせてくれないかなぁ」
ボソッと、つい本音が漏れてしまった。
イルティミナさんは呆気に取られた顔をして、それから苦笑する。
「マールは本当に竜やエルフが好きですね?」
「? うん」
だって、どちらも異世界の象徴だもんね。
(転生した身としては、当たり前だよ)
イルティミナさんはなんだか安心したように息を吐いて、
「そうですね。それでは、竜たちとも力を合わせて、エルフたちのためにもがんばりましょうね」
と微笑んだ。
僕は「うん、がんばる」と大きく頷いた。
そんな僕らに、ソルティスとポーちゃんは顔を見合わせ、『やれやれ』といった感じで一緒に肩を竦めていた。
◇◇◇◇◇◇◇
5万人のシュムリア王国軍も間に合って、こちらの迎撃準備は整った。
シュムリア王国兵とエルフさんたちの間には、まだぎこちない空気はあるけれど、今のところ問題などは起きていないようだった。
「複雑な連携は、まだ無理であろうの」
その夜、キルトさんはそう言った。
戦場での連携には、相手に背中を預ける信頼が必要だ。
だけど、両国間にはそれがない。
下手に連携させるよりは、エルフ軍、シュムリア王国軍とも個別に行動させる方が良いと昼間の話し合いで決まったそうだ。
「それで大丈夫なの?」
ソルティスが心配そうに聞いた。
キルトさんは頷く。
「シュムリア兵には、砦にこもっての籠城戦を任された。エルフたちは砦の外で、森に隠れながら戦うつもりのようじゃ」
「…………」
「持ち場を分けた方が、お互い戦い易いじゃろう。今はそれが最善じゃ」
そっか。
もう少し時間があれば、シュムリア兵とエルフさんたちも仲良くなれたかもしれない。
(でも……)
僕は、部屋の窓を見る。
窓の外に広がる夜空は、今日も真っ赤に燃え上がっていた。
「…………」
近い。
これまで見えていなかった地上の炎が、今は山の稜線に沿ってチラホラと見えていた。
(もう時間はないね)
獣国軍は、すでに目と鼻の先だ。
これまで遠かった戦場が目に見える位置まで近づいて来て、少し心が緊張しているのを感じる。
「もうすぐですね」
隣のイルティミナさんが、ふと呟いた。
僕の様子に気づいたみたい。
イルティミナさんの声で、キルトさん、ソルティス、ポーちゃんの視線も集まり、自然と窓の外へと向けられた。
燃え上がる赤い夜の空。
キルトさんは黄金の瞳を細める。
「あと数日の内じゃろうな」
そう頷いた。
あと数日。
それで獣国軍との戦争がここで起きるんだ。
ソルティスは不安そうな顔で、隣のポーちゃんと手を繋いでいた。
イルティミナさんも僕の頭をその柔らかな胸に抱くようにして、白い指で優しく茶色い髪を撫でてくれる。
「大丈夫」
「…………」
「私たちならば、必ず作戦を成功させられます。だから、大丈夫ですよ」
「うん」
その腕の中で、僕は頷いた。
エルフさんたちのために、世界のために、自分たちのために、必ず成功させるんだ。
不安を飲み込み、自分に言い聞かせる。
真っ赤な夜空を見つめ、そして、僕はゆっくりと青い目を伏せた。
…………。
…………。
…………。
それから4日後、僕らが籠城している『白輝の砦』の前に、ついに20万の獣国軍が姿を現した。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の月曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




