573・戦場前の7日間
第573話になります。
よろしくお願いします。
「これからどうする?」
王城からの帰り道、ソルティスがポツリと呟いた。
(……どうしよう?)
戦場に赴くまで、7日間の猶予が与えられたけれど、ゆっくり休める気がしなかった。
キルトさん、イルティミナさんもすぐには答えられない。
ポーちゃんも無言だ。
色んなことを考えて、
「――ベルエラさんに会いたい」
僕は言った。
みんな、僕を見る。
「エルフの国の現状を今一番知っているのは、ベルエラさんだ。だから、彼の話を聞きたいよ」
「ふむ、そうじゃな」
キルトさんも頷いた。
戦火に見舞われたエルフの国から、難民を率いて避難してきた大長老の1人ベルエラさん、彼から少しでも情報をもらいたかった。
「わかった、そうしよう。レクリア王女に頼めば、面会の許可も下りようぞ」
「うん」
「じゃが、会うのなら明日にせい」
(え?)
僕はポカンとなった。
そんな僕の身体を、イルティミナさんが背中側から抱きしめてくれる。
「私たちはクエストを終えて、そのまま強行軍で帰ってきたばかりです。今は気を張っていて感じないかもしれませんが、疲れはあるはず。まずはそれを癒しましょう」
「…………」
「それは、ソルたちも同じではありませんか?」
彼女は、妹たちを見る。
ソルティスとポーちゃんは顔を見合わせて、
「そうね。正直、疲労と聞いた話の重大さで、頭が回ってないのは感じるわ。今、ベルエラに話を聞いても、ちゃんと頭に入るかわかんないわ」
そう答えた。
(そっか)
無理をしても7日間の時間が短くなるわけでもない。
僕は「わかった」と頷き、イルティミナさんは嬉しそうに僕の頭を『よしよし』と撫でてくれた。
パンッ
キルトさんは手を叩き、
「では、明日。ギルド前に集合じゃ」
「うん」
「はい」
「オッケー」
「ポーは承知した」
その日の僕らは、その場で解散となったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
その夜は、イルティミナさんの抱き枕となって一夜を明かした。
言葉通りに疲れていたのか、彼女に抱きしめられてからの記憶がなかったりする。すぐ眠ってしまったみたいだ。僕もまだまだ体調管理が甘いみたい……そう反省したよ。
そして翌朝、僕ら5人はギルド前で再会した。
「王女の許可は得られた。面会に行くぞ」
昨日の内に、キルトさんはギルド長のムンパさん経由で話を通してくれたみたいで、僕らはすぐに移動を開始した。
ベルエラさんと300人の避難エルフさん。
彼らは、シュムリア王国が用意した国有の宿泊施設で保護されているそうなんだ。
それは湖沿いの綺麗な建物だった。
(……高級ホテルみたい)
本来は、異国の来賓をもてなすための施設だそうだ。
門番の兵士さんに声をかけると、すでに事情は伝わっていたみたいで、簡単な書類に署名するだけで中に入ることができた。
…………。
…………。
…………。
「こちらです」
案内係の人に連れられてきたのは、応接室だった。
中に入ると、美しい調度品があり、中央には多人数が座れるソファーと長机があった。
(……あ)
そこに、1人のエルフさんが座っていた。
見た目は20代ぐらいで、長身のエルフさんだ。長い金髪は三つ編みにされて背中に流され、その青い瞳が入ってきた僕らを見つけた。
「……やぁ」
疲れたような微笑み。
それはエルフの国の3大長老の1人、ベルエラさん。
でも、その顔は、僕の記憶にあったそれよりもずっとやつれているようだった。
彼は立ち上がり、
「すまないね。私たちエルフは、君たち人間のことを疎んじてきたというのに、恥知らずにもこうして助けを求めてしまった……。本当にすまない」
そう深く頭を下げてくる。
僕らは驚き、慌てた。
「そんな! 困っている時はお互い様ですよ。そんなことで謝らないでください」
「…………」
僕の言葉に、彼は苦しそうに微笑んだ。
エルフの国で出会った彼は、鎖国的な保守派のエルフ、人間との友好と開国を望む革新派のエルフがいる中、その両方に属さない中立派のエルフさんだった。
でも今は、そのような派閥なんて関係ない。
キルトさんも、
「故国の仲間と離れ、避難民を率いるを任せられたそなたの葛藤、苦しみも理解しておるつもりじゃ。そう自分を責めるでない」
「……すまない」
彼はもう1度、そう頭を下げた。
それから僕らは、ベルエラさんの対面のソファーに腰を下ろした。
「では、話を聞かせてもらえるかの?」
キルトさんは問う。
ベルエラさんは頷いて、僕らを見つめた。
「あぁ、私にわかることならば、包み隠さず全てを伝えるよ」
◇◇◇◇◇◇◇
「まずは確認じゃ。獣国アルファンダルがエルフの国に侵攻したというのは、間違いないのじゃな?」
「あぁ」
最初の問いに、ベルエラさんは頷いた。
「宣戦布告も何もなかった。国境に面したエルフの村が焼かれ、生き延びたエルフたちの報告によって、私たちもそれを知った」
「ふむ」
本当に奇襲だったんだ。
そして、攻めてきたのは間違いなく獣人たちであり、軍勢に掲げられた戦旗も間違いなく『獣国アルファンダル』の物だったそうだ。
報告を受けたエルフたちも、すぐに軍を編成し応戦した。
エルフの女王ティターニアリス様も前線に立って、その大いなる精霊使いとしての力を示したそうなんだ。
だけど、
「それでも、奴らの侵攻の勢いを止められなかった……」
「…………」
「…………」
人数差もあった。
戦力差は、およそ6~7倍もあり、ただそれを差し引いても獣国軍の士気は高く、その勢いは圧倒的だったそうだ。
僕は聞いた。
「あの……獣国軍の武器は、魔法の武器だったって聞いたんだけど……」
ベルエラさんは顔をあげる。
そして、
「あぁ、その通りだ」
と、はっきり肯定した。
「奴らの武器は、私たちの召喚した精霊たちを『魔法の力』で容易く斬り裂き、こちらの攻撃を防いでいた。それは、あの忌々しいタナトス時代の武具に似ていたよ」
彼は神魔戦争の時代を生きて目にした長命のエルフだ。
見間違えることはないだろう。
(ってことは、本当に獣国はタナトス魔法武具を量産したってこと……?)
正直、信じられない。
博識のソルティスも『そんなことあり得るの?』と不審そうな顔をしていた。
けど、ベルエラさんが嘘をつく必要もない。
キルトさんは問う。
「その武装は、獣国軍の全員がしていたのか?」
「いや……あの武具を持っていたのは、一部の部隊だけだったよ。けれど、それでもその数は1万は下らなかったと思う」
1万って……。
そんな数のタナトス魔法武具を用意できるなんて、常識ではあり得ない。少なくとも、遺跡から発掘しただけでは、そんな数はとても用意できるはずないんだ。
「ふぅむ」
キルトさんも唸ってしまった。
全軍ではないとしても、1万ものタナトス魔法武具が用意されていれば、獣国軍にエルフ軍が押し切られたのも頷ける。
…………。
室内には沈黙が落ちた。
その時、
「1つお聞きしたいのですが、その獣国軍の中に『竜人』の姿はありませんでしたか?」
僕の奥さんがそう口を開いた。
ベルエラさんは少し考え、
「いや、敵は『獣人』だけだったよ。ただ戦場でのことだから、少数の竜人が混じっていたとしても気づかなかったかもしれない」
「そうですか」
「なぜ、そんなことを?」
逆に聞き返された。
僕らは顔を見合わせ、キルトさんが答えた。
「今回の獣国アルファンダルの蛮行の裏には、グノーバリス竜国の暗躍があった可能性があるのじゃ」
「……な……っ」
ベルエラさんは呆けた。
それから悔しそうに表情を歪ませ、「そうですか……」と唸った。
「コロンチュードが私たちに訴えていたことは、本当だったのですね。それなのに、私たちはすぐに決断できず……こうして手遅れに……なんと愚かなっ」
額を手で押さえ、項垂れてしまう。
(…………)
僕らは何も言えなかった。
しばらくして、ベルエラさんは戦争が始まってからのことも教えてくれた。
戦況は、日々悪化していったこと。
国の中心である『聖なる森』まで侵攻されるのは、時間の問題となったこと。
女王が『聖なる森』を放棄する決断をしたこと。
彼らの神ともいえる『精霊王の御魂石』は別の土地へと移動することになり、『転移魔法陣』も破壊することが決定したこと。
そして、
「ティターニアリス女王様は、私に戦えない者たちを連れて人間たちに助けを求めるよう命じられました」
彼は辛そうに言った。
ベルエラさんはきっと残って、死を賭して仲間と共に戦いたかったんだろう。けど、彼には大長老としての責任があり、女王の決断に逆らうことはできなかったんだ。
(辛かったよね……)
その心情を思うと、僕も苦しくなる。
そこからは、僕らも知っての通りだ。
ベルエラさんによって、獣国アルファンダルの蛮行とエルフの国の危機は、シュムリア王国にも伝えられることとなった。
そして、僕らが招集された。
その間に、コロンチュードさんは戦場となるエルフの国へと向かい、新たなる転移魔法陣の構築をしてくれる手筈になったのだ。
ベルエラさんは立ち上がった。
僕らの方に近づくと、目の前で床に膝をつく。
「どうか……どうか、我が同胞たちを助けてください。その力をお貸しください……神なる子らよ……」
そう願われた。
(誇り高いエルフが、ここまでするなんて……)
驚き、そして、その思いに震える。
僕はしゃがんで、
「うん、できる限りを尽くします」
彼の手を握った。
ギュッ
ベルエラさんの手は縋るように強く、強く、僕の手を握り返した。
◇◇◇◇◇◇◇
話を終えて、僕らは応接室を退室した。
ベルエラさんは憔悴した様子だった。
安全なシュムリア王国にいるからと言って、祖国と同胞のことが心配じゃない訳がない。その心労は戦争が終わるまで続くのだろう。
「…………」
帰る前に、他の避難民エルフさんたちの様子も覗いてみた。
やはり、皆、憔悴していた。
聞いた話によれば、ここにいるは500~600歳という若いエルフがほとんどだという。年長のエルフは皆、危険な状況であっても国に残ったそうだ。
未来のため、若いエルフだけを逃がしたんだ。
あとは、手足のないエルフさんも何人かいた。
戦場で失ったのだろう。
エルフたちにも精霊を使った回復魔法があるという。けれど、それもタナトス魔法同様、万能ではなく、やはり手足の再生が叶わない状況もあったみたいだ。
――これが戦争。
彼らの姿を見て、その事実が突き刺さる。
やがて、僕ら5人は、その国有の宿泊施設をあとにした。
…………。
そのまま僕らは大通りまで戻ると、手近なレストランに入って昼食を取ることにした。
食欲は、あまりない。
でも、6日後には戦場に立つかもしれないのだから、しっかり栄養は取っておかないといけないよね。
いつもなら楽しい食事。
だけど今日は、少しだけ重い空気だった。
キルトさんが食前酒を口にしてから、
「大した情報は得られなかったの。しかし、ベルエラたちの思いはしかと受け止められた。戦場に行く前に、それを得られたことは大事であったかもしれぬ」
そう口にした。
僕は「うん、そうだね」と頷いた。
ウォン姉妹とポーちゃんも頷いている。
そしてソルティスは、ステーキの肉を噛み千切り、モグモグゴックンと嚥下した。
「しっかし、戦争かぁ」
「…………」
「それって、つまり相手は魔物じゃなくて、人なのよね」
そう呟く。
(人……そう人同士が殺し合うんだ)
それが戦争。
そして僕らは、そこに向かうんだ。
「獣国アルファンダルは、どうして戦争なんて起こしたんだろう……?」
うつむき気味に、僕は言葉をこぼす。
キルトさんは、
「わからぬの」
「…………」
「じゃが、言葉が通じても、価値観や理屈が通じぬ時もある。それが人と人というものじゃ。皆、己の大事にしている物が違うからの」
「…………」
「戦場に着いたなら、獣国のそれを知ることも必要かもの」
「……うん」
僕は頷いた。
なぜ、獣国はこのような暴挙に及んだのか、その理由が知りたかった。
そんな僕の髪をイルティミナさんの白い手が慈しむように撫でてくれて、ソルティスは「アンタって、本当に真面目ねぇ」と苦笑いを浮かべていた。
ポーちゃんだけが無言で1人食事を続けている。
やがて、食事も終わって、僕らはそれぞれの帰路についた。
キルトさんは冒険者ギルド、ソルティスとポーちゃんは自分たちの家、僕とイルティミナさんも僕らの自宅へと帰っていったんだ。
その夜は、2人でいっぱい愛し合った。
戦争に行くのが怖かったからか、あるいはそういった本能か。
いつも以上に僕はイルティミナさんを求めて、彼女もその全てを受け入れ、受け止めてくれた。
やがて、疲れた僕の髪を指で弄びながら、
「ふふっ、私の可愛いマール。……大丈夫、貴方の事はこのイルティミナが必ず守りますよ。だから、何も心配しなくていいですからね」
そう額にキスしてくれたんだ。
…………。
それからは、平穏な日常だった。
2人きりの穏やかな時間を楽しみ、時にキルトさん、ソルティスたちと会って食事をしたり、稽古をしたりという何気ない、けれどだからこそ貴重な時間を過ごしたんだ。
その6日間は、あっという間に過ぎた。
そして――ついに、僕らが戦争へと向かう日がやって来た。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、今週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




