062・クエスト受注2
第62話になります。
よろしくお願いします。
「――申し訳ありませんが、このクエストの受注許可は出せません」
(はい?)
ギルドの受付に行ったら、そんな予想外の返答だった。
ちょっと唖然とする。
「えっと、なんででしょう?」
「この『ゴブリン15体の討伐クエスト』は、赤印5名以上、あるいは、青印3名以上のクエストです」
紫色のウェーブヘアで右目を隠した、色っぽいギルド職員のお姉さんは、僕の顔を見る。
ジロジロ
(…………)
そして、彼女は言った。
「マールさんは、赤印ですね? そして、お仲間は3名だと伺いました」
「はい」
「つまり、赤印4名です。受注許可はできません」
「いや、でも」
僕が言い募ろうとすると、彼女は、白い手をこちらに向けた。
「例外は、認められません。それとも、パーティーに青印の方がいらっしゃる?」
「……いませんけど」
「では、やはり許可はできません」
きっぱりと彼女は告げる。
僕も告げた。
「でも、金、銀、白はいます」
「……は?」
「キルトさんと、イルティミナさんと、ソルティスです。あの、知ってますか?」
「知ってますが……」
ポカンとしながら口にして、彼女は、ハッとする。
紫の髪をひるがえし、慌てて、手元の資料を漁りだした。
「あった」
ポツリと言って、それを凄い速さで読む。
数秒の沈黙。
そして、僕の顔をゆっくりと見た。
「マールさんは、当ギルド長のムンパ・ヴィーナにお会いしたことは、ございますか?」
「あ、はい」
「…………。失礼しました」
彼女は、突然、椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。
(え、えぇ!?)
「当ギルドに多大なる貢献をしていただいた、マール様だったのですね。ムンパ様より、マール様のご意向は、できる限りお応えするよう、申し付かっております」
「は、はぁ」
「すぐに受注許可をいたします」
彼女は椅子に座ると、テキパキと書類をかき集める。
(ま、周りの視線が……)
大人の女性に頭を下げさせる子供……周囲の人たちは、不可解そうに僕らを見ていた。
やがて、職員のお姉さんに渡された書類に、僕は署名する。
名前やメンバー名。
リーダーの住所、年齢、性別。
(これがギルド宛てで、こっちが保険ギルド? これは、依頼者に、かな?)
ふむふむ。
意外と何枚も書くので、大変だ。
「あの、これは?」
「マール様の控え用です」
なるほど。
なんか、複写技術が欲しいと思ってしまった。
やがて、書類を書き終える。
すると最後に、冒険者の登録をした時のような、水晶みたいな透明な魔法石が用意される。
「こちらに、冒険者印を出しながら、手をかざしてください」
「手を?」
「はい。そして、ご自身の名前とパーティーメンバーの名前を、おっしゃってください。印の魔力紋と音声が、この魔法石に登録されます。ご帰還時の本人確認にもなります」
へ~。
僕は頷き、右手に意識を集中した。
「…………」
「…………」
出ない……く、くそぉ。
グルグル
腕を回し始めた僕に、ギルド職員のお姉さんは怪訝な顔だ。うぅ、見ないでください……。
ポゥ
やがて、冒険者印が輝き、
「あぁ」
お姉さんは、納得した顔と、とても生暖かい目をこちらに向けた。
しくしく。
気を取り直し、僕は、魔法石に赤く輝く右手をかざす。
「赤印の冒険者、マール。仲間は、キルト・アマンデス、イルティミナ・ウォン、ソルティス・ウォンの3人」
「はい、登録いたしました」
紫色のウェーブヘアを揺らして、お姉さんは頷いた。
「クエスト期日は、5日間です。どうか、お忘れなく」
「はい」
「無事の帰還を、お待ちしております。――勇気ある若き風に、祝福があらんことを」
最後にお姉さんは、とびっきりの笑顔をくれた。
(…………)
あぁ、これがギルドってことなんだ。
そう思った。
湧きあがる思いと一緒に、僕は笑った。
「行ってきます!」
同じギルドの一員として、僕は胸を張って言い、そして、3人の仲間の元へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇
イルティミナさんたちは、ギルド2階のレストランで、僕を待っていた。
「みんな、お待たせ」
声をかけながら、同じテーブル席に座る。
彼女たちも、すぐに笑った。
「おかりなさい、マール」
「おかえり~」
あれ?
銀髪の美女がいない。
キョロキョロする僕に、待っている間に頼んだらしいアイスを食べながら、ソルティスが教えてくれる。
「キルトは、外にいるわ」
「外?」
「ここにいたら、他の人が集まってきて、大変になっちゃうもの」
あぁ、なるほど。
(有名人ってのも、大変だ……)
納得する僕に、イルティミナさんが言う。
「無事、受注はできましたか?」
「うん」
ちょっと緊張したけどね。
「それはよかった」
「一応、このクエストにしてみたよ」
依頼書をテーブルに置く。
『どれどれ?』と、姉妹は身を乗り出す。いやいや、ソルティスさん、スプーンを咥えたままは、やめなさい。はしたない。
「なるほど、ゴブリン討伐ですね」
「つまんな~。竜退治とか、もっと、すっごいのにしなさいよ?」
「……あのね」
もうソルティスは、無視だ。
「イルティミナさん。これで、いいかな?」
「はい」
彼女は、笑った。
「自分の実力を知った上での、正しい選択です。問題ありません」
「よかった」
「それに、ちゃんと場所も考えましたね?」
「もちろん」
日帰りで行けるように。
「結構です」
イルティミナさんは、満足そうに頷いた。
どうやら、ここまでは合格を頂けたようだ。
(よかった)
安心した僕は、席を立つ。
「じゃあ、キルトさんも待たせてるし、さっそく行こう」
「はい」
「そーね」
2人も立ち上がる。
と思ったら、イルティミナさんが、僕の方に何かを差し出した。
(ん?)
白い手には、銀色の硬貨がある。
1千リド硬貨。
つまり、10万円だ。
「マール。このお金を、貴方に渡します」
「え?」
「冒険者としての心得を、覚えていますね? まずは、これで準備をしてください」
……冒険者の心得?
(あ! 荷物の準備だ!)
一番最初に、クエストに持っていく物を、選ばなきゃいけないんだ。
「このお金は、赤牙竜ガドの討伐における、マールの貢献分から用立てました。どうか遠慮なく」
「う、うん」
そんなお金を用意してくれてたのかと、びっくりだ。
でも今は、ありがたく使わせてもらおう。
「いいな~。ねぇ、少し奢ってよ?」
「…………」
スプーンを咥えながら言う、ソルティス。
まったく、この子は……。
「必要な道具は、1階の商店施設で、ほとんど手に入りますから、行ってみましょう」
「うん」
というわけで、僕らは1階に向かった。
◇◇◇◇◇◇◇
武器屋、防具屋、道具屋などがギルドの1階に並んでいる。
(へ~、色々あるなぁ)
この剣、格好いいな。
……でも、2千リドか。
こっちの鎧は、軽そうだけど……うわ、5千リド!?
(う~ん、装備系は高いんだね)
まぁ、今の僕には、必要ないかな?
だって武器は、『マールの牙』がある。
防具も、イルティミナさんに買ってもらった『旅服』と『白銀の手甲』があるんだ。
となると、今は道具だ。
そして、それを持ち運ぶためには、
「まずはリュックかな?」
「はい」
イルティミナさんは、僕を褒めるように笑った。
「リュックは、背中への攻撃を防ぐ防具にもなりますね。金属板がついている物は丈夫ですが、重いです。今のマールなら、革製でも充分かと思います」
「そっか」
「あとは、防水性を確認してください」
そう言いながら、彼女は、道具屋の壁に並んだリュックを触る。
「雨水が沁みて、中の道具が使えなくなったら意味がありません。多少高くても、防水性だけはしっかりした物を選びましょう」
「うん」
でも、どれがいいんだろう?
彼女は、適当な1つを選んで、僕の背中に当てた。
「この辺が、いいですね」
「そう?」
「値段は500リドですが、悪くありません」
そう言いながら、彼女は、別のリュックも手にして、
「こちらも捨てがたい。マールの茶色い髪に、とても似合いますね?」
「そ、そう」
「いや、こちらの可愛い方が……いえ、思い切って、こちらに? それとも、ちょっと大人っぽく、これを……」
イ、イルティミナさん?
真剣なのはわかるんだけど、ちょっと趣旨が変わってるよ。
「あのさ、イルナ姉? ちゃんとマールに選ばせないと、試験にならないわよ?」
「……はっ」
妹の突っ込みに、ようやく気づくイルティミナさん。
彼女は、しょんぼりと「す、すみません……」と下がっていった。
僕は、苦笑する。
「じゃあ、僕。イルティミナさんが、最初に選んだ物にするよ」
「は、はい……」
「何でもいいわ。キルト、待ってるんだから、早くしなよー?」
そうだったね。
僕は頷き、ささっとリュックを購入する。
そして、他のお店にも足を運んで、必要だと思える物を買い込んでいった。
まず携帯食。
日帰りだけど、もしもを考えて、2日分。
毛布。
これも、もしもの野宿のため。
ロープ。
何かに使えるかも?
2リオンの水筒。
もちろん、まだ水は入ってないよ。
薬と包帯。
怪我の治療のため。
薬は、『癒しの霊水』みたいな魔法の品ではなく、ただの軟膏。
ちなみに、『癒しの霊水』もお店で売ってたけど、200ミリリットルぐらいの小瓶でも、1000リド(10万円)もするみたい……お高い薬だったんだね。
(確かに、竜車酔いで飲む金額じゃないなぁ……)
あとは、魔法石。
火の魔石を、3つ。
水の魔石を、5つ。
風の魔石を、2つ。
とりあえず、安かったので、これだけ買ってみた。
「照明は、いらないかな?」
「いえ、ゴブリンは、洞窟に巣をつくることもあります。また討伐が長引けば、夜になる可能性もありますよ?」
「あ、そっか」
じゃあ、ランタンも追加。
そして、燃料の油も。
僕の買い物を眺めていたソルティスが、口を挟む。
「あのさ、ちゃんと荷物がリュックに収まるか、確認しなよ?」
「あ、うん」
「あと、重さも。10時間以上、背負って歩くこともあるんだからね?」
なるほど。
アドバイスに従って、試しておく。
(うん、ちゃんと入るね)
リュックには、まだ余裕もありそうだ。
でも、重さは、
(……これ以上は、やめた方がいいかな?)
と思った。
正直、そこまで重くない。
だけど、これから行くのは、戦場なんだ。
単純な登山とは違う。
全力で走ったり、戦ったりすることを想像したら、これ以上は、僕の体力だと厳しい気がした。
(持っていくのは、この荷物だけで、問題ないかな?)
もう一度、確認する。
あ……。
「発光信号弾を忘れてた!」
慌てて購入する。
イルティミナさんが『うんうん』と愛弟子を見る目で笑って、何度も頷いていた。
――そうして、僕の買い物は終わった。
「……遅かったの」
来た時と同じように、玄関の白い壁に寄りかかって待っていたキルトさんは、ちょっと不満そうだった。
「ごめんなさい」
「ふむ?」
謝る僕の背中に、黄金の瞳は、真新しいリュックを見つける。
キルトさんは、苦笑した。
「なるほどの。そういうことか」
「うん」
「ならば、仕方がないの。荷物の確認は、時間をかけて、じっくりとやるべきことじゃ」
ポンポン
白い手が、僕の頭を軽く叩く。
そして、彼女は1歩下がって、僕の全身を上から下まで眺める。
太陽の光に銀色の髪を煌めかせ、キルトさんは、大きく頷いた。
「うむ。そなたの格好も、なかなか、一端の冒険者らしくなったの」
「…………」
あはっ。
なんか嬉しいな。
僕は照れながら、みんなを見る。
キルトさんの横には、あの大きなサンドバッグみたいな皮袋が置いてある。イルティミナさんの背中には、あの大型リュックが、ソルティスも、小ぶりなリュックを背負っている。
(なんか、ようやく仲間って感じ……)
もちろん、まだ試験中だけど。
でも、今の僕は、同行者でもなく、ただの足手まといでもない、と思えた。
3人も僕を見ていた。
そして、キルトさんが言う。
「では、我らが若きリーダー殿? そろそろ、参らぬか?」
「うん」
僕は、大きく息を吸う。
「じゃあ、ディオル遺跡近くの森へ、ゴブリン討伐に出発します!」
「はい!」
「うむ」
「おー!」
僕らの声が、青い空へと木霊する。
大きく拳を突き上げて、やがて僕ら4人は、王都からディオル遺跡へと向かう馬車に乗り込んだのだった――。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。
※また次回では、ついに成長したマールが、がんばります! もしよかったら、見てやってくださいね。よろしくお願いします。




