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570・護りの輝石

第570話になります。

よろしくお願いします。

 晩冬の昼下がり、僕はイルティミナさんと一緒に竜車に乗って、街道を南下していた。


 討伐クエストのためだ。


 誕生日会の翌日には、僕らはクエスト受注をして、そのまま王都ムーリアを発っていたんだ。


 ゴトゴト


 車輪の振動が、座席に伝わっている。


(……ん?)


 窓からの景色を眺めていると、対面の席に座っているイルティミナさんの視線に気づいた。


 その視線は、僕の右耳――そこで揺れている菱形の魔法石の耳飾り『護りの輝石』に向いているみたいだった。


 えっと、何だろう?


 そう思っていると、彼女は頬に手を当て、吐息をこぼした。


「はぁ……本当に似合っていますね、マール」


 どこかうっとりした声だ。


「そうした身を飾る物をつけている姿は、滅多にありませんでしたが、今のマールは何だか色気が出ているようです。とても愛らしく、美しい……」

「…………」


 そ、そうですか。


 褒められて嬉しいけど、でも、ちょっと怖いです……。


(イルティミナさんって、本当に僕を贔屓して見てくれるよねぇ)


 そう苦笑しちゃう。


「ありがとう、イルティミナさん」


 でも、そうお礼を言っておいた。


 イルティミナさんも嬉しそうに笑ってくれる。


 それから彼女は表情を正して、


「ところで、マール? その『護りの輝石』の力は、まだ使ったことがありませんよね。実戦の前に、1度、試しておきませんか?」


(え?)


 その表情は、歴戦の魔狩人のそれだった。


 言われてみれば、確かに『護りの輝石』がどういう風に力を発動するのか、僕はまだ知らない。確かに、もしもの時に備えて、先に経験しておいた方がいい気がした。


 僕は「うん」と了承する。


 そうして御者さんに頼んで、魔物のいそうな林の近くで竜車を停めてもらった。


「では、行きましょう」

「うん」


 僕らは、林の中へと入っていく。


 王都近郊には、無数のゴブリンが生息している。それこそゴブリン討伐のクエストは、王都の各冒険者ギルドに常設されているほどだ。


 だから、きっとこの林にもいるはず。


 案の定、


「足跡ですね」


 イルティミナさんがすぐに痕跡を見つけて、それを追いかけていく。


 …………。


 …………。


 …………。


 15分ほどすると、林の奥からゴブリンの体臭が感じられるようになった。


(……いた)


 ゴブリンだ。


 数は3体。


 子供ぐらいの体長で、赤銅色の肌をした人型の魔物だ。


 2体は棍棒を持ち、1体は錆びた直剣を握っていた。


「…………」

「…………」


 イルティミナさんと視線を交わして、頷き合う。


 長く一緒に戦ってきたので、言葉を交わさなくてもお互いに何をしたいのか、どうするのかを把握できたりする。


 今は、イルティミナさんは『サポートします』って言っていた。


 つまり、


(僕の自由にやっていい……ってことだ)


 僕は息を吐き、心を整える。


 チリン


 右耳で揺れている菱形の魔法石を軽く指で揺らして、それから、その右手で『大地の剣』の柄を握ると、シュランと鞘から抜き放った。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 茂みから飛び出し、僕は2回、鋭く剣を振るった。


 ヒュッ ヒュコン


 軽い手応えと共に、棍棒を手にしていた2体のゴブリンの頸動脈が『撫でる剣』で切断されて、大量の紫の血が噴き出した。


 2体は首を押さえ、驚いた顔で振り返る。


 けど、その途中で力を失い、そのまま地面に崩れ落ちて絶命してしまった。


『ゴギャア!?』


 残された錆びた直剣を持つゴブリンは、仲間の返り血を浴びて悲鳴のような雄叫びを上げた。


 すぐに僕に気づく。


 イルティミナさんはまだ茂みに隠れているので、いるのは、子供みたいな体格の僕1人だけだ。


『キシャアア!』 


 そこに勝機を見たのか、ゴブリンは吠えた。


 仲間の仇とも思ったのかもしれない。


 僕は構えていた『大地の剣』を下段に下ろし、わざと頭部をがら空きにしてみせた。


『シャアッ!』


 ダン


 案の定、ゴブリンはその隙に誘われて、手にした錆びた直剣を振り被って飛びかかってきた。


 頭部へと振り下ろされる、赤錆だらけの刃。


 直撃したら、かなりまずい。


 でも、それぐらいでなければ、実戦で使えるかの試しにはならないだろう。


(正直、怖いけどね)


 その恐怖をグッと飲み込む。


 そして、意識を右耳に提げられている『護りの輝石』へと向けて、あらかじめ教えてもらっておいた発動のキーワードを口にした。


「――護光の加護を!」


 ピカッ


 途端、菱形の魔法石が輝いた。


 イルティミナさん曰く、その時、魔法石の中で古代タナトス魔法文字が浮かんでいたらしい。


 そして、僕を包むように球形の光が発生した。


(おおっ!?)


 光球の表面には、たくさんのタナトス魔法文字が白く輝き、それは神牙羅レクトアリスの使う赤い結界神術にも似ていた。


 その魔法の障壁に、錆びた直剣がぶつかる。


 パキィイン


 致命の斬撃は、けれど、その白い光球によって完全に防がれていた。


『アギョッ!?』


 驚愕するゴブリン。


 そして、その衝撃によって、錆びていた直剣は半ばからバキンと折れてしまっていた。


(凄い)


 僕は目を見開き、感嘆していた。


 攻撃を完全に防いだ。


 しかも、感覚的にわかったけれど、もっと強い衝撃でも耐えられそうな感じだった。


 それに、光球は僕を完全に包んでいる。


(つまり、全方位からの攻撃に対応できるってことだ)


 これは優秀な魔法具だぞ。


 その事実を実感する。


 そして、ゴブリンの攻撃を防いだ白い光球は、そのままガラスが砕けるように壊れ、光の粒子となって風に流され、林の中に消えてしまった。


『……アヒ』


 呆然と折れた直剣を見つめるゴブリン。


 ヒュコン


 その首を、僕の『大地の剣』の白銀の美しい刃が刎ね飛ばした。


 頭部は地面に転がり、首無しの胴体も仰向けに倒れた。


 血だまりが広がっていく。


(ふう……)


 僕は息を吐く。


 剣を振って血を払い、それを鞘に戻した。


 チィン


 小さな音が響き、それと同時にイルティミナさんも茂みの中から姿を現した。


 3体のゴブリンの死体を眺め、


「お見事」


 そう微笑む。


 僕も笑った。


「思ったよりも『護りの輝石』の力は凄いかもしれない。ゴブリン程度の攻撃じゃ、絶対に傷つけられない感じだったよ」

「そうですか」


 イルティミナさんは頷く。


 そのまま僕へと近づいて、その白い指が僕の右耳に触った。


「マールを守る役に立ちそうで、よかった」


 そう安心したように呟いた。


 ……イルティミナさん。


 僕のために、これを選んで、誕生日プレゼントに贈ってくれたことを本当に感謝したくなった。


「ありがとう、イルティミナさん」


 心を込めて言う。


 それを受けて、イルティミナさんは嬉しそうにはにかみ、ギュッと僕の身体を抱きしめてくれたんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 竜車に戻って、移動を再開する。


 ゴトゴト


 その振動に揺られながら、僕は『護りの輝石』を耳から外して、両手で包むように持っていた。


 魔力の補充のためだ。


 この魔法の装身具は、あの魔法の障壁を生み出すために魔法石の魔力を全て消費するらしく、1回使うごとにちゃんと魔力補充をしなければいけないのだ。


(僕の場合は、魔力が少ないので神気で……)


 そう思いながら、力を注ぎ込む。


 …………。


 …………。


 …………。


 ちょっとちょっと?


 なんか際限なく吸い込まれているみたいで、全然、魔力の満タンになった感覚がしないんだけど……?


(え、どういうこと?)


 僕は、ちょっと焦った。


 イルティミナさんも驚いた様子で、でも、すぐに思い出したように、


「そういえば、ソルが最初に魔力補充をした時にもかなり時間がかかっていましたね。ソル自身もかなり消耗してしまって、『エネルギー効率悪っ!』とぼやいていました」


(そ、そうなんだ?)


 力を注ぎながら、僕は呆然だ。


 だけど話によれば、この力はゴブリンの攻撃どころか竜種のブレス攻撃でさえも防ぐそうだから、それだけ魔力が必要なのも当たり前なのかもしれない。


(んん~っ!)


 そんなことを思いながら、10分ほど。


 ようやく『護りの輝石』に溜まった魔力が満タンになったような手応えがあった。


「ふぅぅ」


 僕も、ようやく一息だ。


 イルティミナさんが「お疲れ様でした」と微笑み、労ってくれる。


 それに笑顔を返しながら、思った以上に体内の『神気』を持っていかれたことを感じていた。


(これは、ホイホイと簡単に使える力じゃないね)


 そう思った。


 性能は抜群だ。


 だけど、そのために必要な魔力は、恐らく普通の魔法使いだったら2~3人がかりで行って、ようやく満タンになるレベルだと思えた。


 古代タナトス魔法王朝時代の宝物。


 なるほど、それに相応しい。


 気軽に何度も使えたら、それこそ無敵な性能だけど、そんな虫のいい話はないみたいだね。


 補充時間を考えたら、戦闘中の魔力補充も難しい。


(うん、これは使いどころを、ちゃんと考えないといけない奴だ)


 そう理解する。


「試しておいてよかった」


 僕は呟いた。


 こうして確認してなかったら、実戦で痛い目に遭っていたかもしれない。そして、それはもしかしたら致命的なものだったかもしれないんだ。


 イルティミナさんも頷いた。


「そうですね。ですが、使うタイミングを間違えなければ、その力は大きな助けにもなると感じました」

「うん」


 そうだね。


 1度の戦闘で、1回だけできる絶対防御。


 それは大きな手札だ。


 補充が終わった『護りの輝石』を僕は自分の耳につけようとして、イルティミナさんが「あ、私が」と代わってつけてくれた。


 ……ん。


 身体が近づいて、僕の奥さんの甘やかな匂いが強くなる。


 すぐに離れて、


「はい。終わりましたよ、マール」


 彼女は微笑んだ。


 僕も笑って「ありがとう、イルティミナさん」とお礼を伝える。


 チリン


 指で軽く、菱形の魔法石を弾く。


 車内に光が散る。


 その輝きに新しい力を得たことを噛み締めて、そんな僕とイルティミナさんを乗せた竜車は、晩冬の街道をゆっくりと南下していった。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、来週の月曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ 『護りの輝石』も効率無視ではあるものの、能力的には充分なモノを持っていたようで何より。 ……効率無視ですが(苦笑) しかしマールでもイルティミナの贔屓に怖い…
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