569・心のこもった贈り物
第569話になります。
よろしくお願いします。
料理のあとは誕生日ケーキも用意されていて、イルティミナさんが切り分けてくれたそれを、僕は美味しくいただいた。
一緒に出されたお茶もいい感じ。
香ばしさとかすかな渋みが、ケーキの甘さをより引き立たせ、飽きさせないようになっているんだ。
(うん、最高の組み合わせだよ)
ムグムグ
僕は夢中でケーキを平らげていく。
ソルティスも幸せそうに、自分の分のケーキを頬張っていた。ポーちゃんは、そんな少女のためにお茶のおかわりを淹れている。
イルティミナさんは、そんな僕らに紅い瞳を細めていて、
「イルナ、そろそろあれを」
キルトさんが、不意にそう声をかけた。
何かの合図だったようで、気づいたイルティミナさんは「はい」と頷くと、手荷物のバックから何かの包みを取り出した。
(?)
何だろう? と見ていると、それが僕へと差し出された。
「お誕生日おめでとうございます、マール。少し遅れてしまいましたが、こちらは皆で選んだ誕生日プレゼントです。どうか受け取ってください」
(えっ?)
僕の青い目は丸くなった。
見つめ返すと、4人とも微笑んでいて、ソルティスが「ほら、早く受け取りなさいよ」と促した。
う、うん。
驚きながら、受け取った。
布の包みにはリボンがかけられていて、片手で持てるぐらいの大きさだ。
「開けていい?」
「はい」
イルティミナさんが頷いてくれたので、僕は丁寧にリボンを外し、布を開いていく。
中から現れたのは、長方形の木箱だ。
パコッ
蓋を外すと、その下には『菱形の魔法石』のついた耳飾りが納められていた。
……わぁ、綺麗だ。
魔法石は、まるで深海みたいな濃い青色をしていて、照明の光に煌めいている。
僕は顔をあげた。
「これは?」
僕の奥さんは「ふふっ」と微笑んで、
「これは『護りの輝石』と呼ばれる魔法の装身具になります。この魔法石には1度だけ、魔法の障壁を生み出して、身につけた人物を守る力が備わっているのですよ」
そう教えてくれた。
ちなみに、魔力を補充すれば何回も使えるんだって。
(なんか凄いや)
驚いていると、キルトさんが白い歯を見せて笑った。
「そなたも『銀印の魔狩人』として、手強い魔物と戦うことも多くなったであろう。ゆえに、実用的な品を渡してやろうと思うての」
他の3人も頷く。
ソルティスがケーキを食べるのに使っていたフォークで『護りの輝石』を示して、
「言っとくけど、それ、古代タナトス魔法王朝の宝物の1種なんだからね? 結構、お高い物なんだから大事に使いなさいよ」
と忠告した。
(そうなんだ?)
ソルティスの話によれば、1度だけ命を救う『命の輝石』ほどじゃないけれど、古代タナトス魔法王朝時代の遺跡からたまに発見される希少な魔法具なんだって。
正確な金額は教えてくれなかったけど、でも、1000万円ぐらいしそうな感じ……。
なんか、背筋がゾクゾクしちゃった。
「こんな凄い物、僕がもらっていいの?」
思わず聞いてしまった。
そんな僕に、イルティミナさんは微笑みながら「はい」とはっきり頷いた。
「私たちは、マールだからこそ、その『護りの輝石』を贈ろうと思ったのですよ。どうか、その心と共に受け取ってください」
他の3人も笑顔で頷いていた。
……うん。
「ありがとう、イルティミナさん、キルトさん、ソルティス、ポーちゃん。これ、大事に使わせてもらうね」
僕はそう笑った。
4人も嬉しそうに笑ってくれた。
イルティミナさんが手ずから、僕の右耳に『護りの輝石』という耳飾りをつけてくれる。
少し離れて、
「ん……とてもよく似合っていますよ、マール」
僕の奥さんは、そう褒めてくれた。
キルトさんも「良いではないか」と笑い、ソルティスは「まぁまぁね」と辛口で、ポーちゃんは満足そうに『うんうん』と何度も頷いていた。
(えへへ)
ちょっと照れるね。
それからケーキを食べるのを再開しながら、プレゼントを用意するまでの顛末も教えてもらった。
実は、僕の誕生日プレゼントについて、イルティミナさんは事前に、何を贈ったらいいかをキルトさんと相談していたんだって。
そこで思いついたのが『護りの輝石』。
銀印となったことで、僕の戦う魔物も強くなり、比例して僕自身に降りかかる危険も大きくなった。
皆と違って、僕は『魔血の民』じゃない。
身体能力に劣る分、魔物の攻撃に被弾する可能性は高くて、しかも僕は華奢だったから、万が一の時のために、こうした身を守る魔法具にしようってなったそうなんだ。
探すのは、キルトさんが担当してくれた。
イルティミナさんは、僕と一緒にずっとクエストをしていたからね。
やがて、人脈の広いキルトさんが、その伝手を使って『護りの輝石』を発見してくれて、4人でお金を出して購入してくれたそうだ。
その時は、『護りの輝石』の魔力は空っぽで、
「だから、この私が魔力を補充してやったのよ」
と、ソルティス。
自慢げに胸を張る少女の肩を、ポーちゃんが労うように揉んでいる。
ちなみに、そのポーちゃんがこの包みの布とリボンを用意してくれて、イルティミナさんが丁寧に木箱を包んでくれたそうだ。
(…………)
改めて聞いたら、僕のためにそんなに色々してくれたんだと驚いてしまった。
なんだか申し訳ないような気持ちで、でも、正直に嬉しかった。
贈られたのは、物だけじゃなくて、4人の心も含まれているみたいで……余計に大事にしたいなって思えたんだ。
僕は改めて、4人を見る。
「みんな、本当にありがとうね」
そう心から言った。
イルティミナさんたちは嬉しそうに顔を見合わせ、そして、心地良さそうに笑ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「それじゃあ、またね」
楽しい時間はあっという間に過ぎて、お別れの時間となってしまった。
ポゴさん、レヌさんにお礼を言ってお店を出たあと、僕は、キルトさんへと別れの挨拶を口にした。
ここで別れるのは、キルトさん1人だけ。
キルトさんはポゴさんのお店でもう少し飲んでいくそうで、ソルティス、ポーちゃんとはしばらく帰り道が一緒なんだよね。
「今日は楽しかったぞ」
キルトさんは銀髪を揺らし、そう笑う。
その表情には嘘がなくて、僕も嬉しかった。
「それでは」
「またね、キルト」
「さらば――と、ポーは告げる」
イルティミナさんたちも次々と別れの挨拶を口にして、そうして僕ら4人は、王都の通りを歩きだした。
見上げる空は、もう夜だ。
王都ムーリアの建物たちは、無数の照明を輝かせ、それは地上の星々となって世界を照らしている。
通りには大勢の人たちが歩いていて、店前で見送ってくれるキルトさんの姿は、それに飲まれてあっという間に見えなくなった。
「マール」
ギュッ
迷子にならないように、イルティミナさんが手を繋いでくれる。
温かな手だ。
出会ってから、ずっと変わらない優しい手。
僕は笑いかけ、僕の奥さんも微笑みを返してくれる。
少し先では、ソルティスとポーちゃんが並んで歩いていて、眠気が襲ってきたのか、紫色の髪をした少女は小さく欠伸を噛み殺していた。
(大丈夫かな?)
そういえば彼女たちは、今日、クエストから王都に帰ってきたばかりなんだっけ。
疲れが溜まっているのかもしれない。
もしかしたら、今夜の誕生日会では無理させちゃったのかな……なんて思ったけど、
「美味しかったわね~、あの料理」
「…………(コクン)」
でも、見える2人の横顔には笑顔が浮かんでいた。
…………。
ちょっと安心した。
それから僕らは4人で他愛もない話をしながら、人の多い通りを抜けて、やがて人の少ない住宅街へと向かう通りにやって来た。
ソルティス、ポーちゃんともここでお別れだ。
「それじゃあね、2人とも」
「また会いましょう」
「うん。イルナ姉もマールも元気でね」
「またいつか――と、ポーは言う」
僕らはそう挨拶を交わして、手を振りながら、道の分岐をそれぞれの道へと歩いていく。
仲良さそうな2人の背中を、少しだけ眺めた。
(…………)
それから小さく微笑んで、僕はイルティミナさんと一緒に自分たちの自宅への道を歩き始めた。
コツ コツ
靴音が石畳の床に響く。
紅白の月の柔らかな光が、歩く僕らを照らしている。
「今日は楽しかったですね」
ふとイルティミナさんが呟いた。
見上げた白い横顔は、とても穏やかで優しい表情をしていた。
「この私が、こんな時間を過ごせるなんて、マールに出会う前なら想像もできませんでした。マールのおかげで、今の私は本当に幸せをもらっています」
「…………」
突然言われて、驚いた。
そんな僕を、彼女は足を止めて振り返った。
白い美貌は、とても綺麗だ。
そこに微笑みを湛えて、
「生まれてきてくれてありがとう、マール。そして、私に出会ってくれて、本当にありがとうございます」
そう甘やかな声を響かせた。
…………。
心が痺れた。
なんだか泣きたいような気持ちになって、でも、それも違うと思うから、一生懸命に笑った。
「僕こそ、ありがとう、だよ」
それだけを言えた。
伝えたいことはたくさんあるのに、それが言葉にならなくて、もどかしい。
だけど、イルティミナさんには、そんな声にならない僕の声も届いているみたいで、なんだか嬉しそうに笑ったんだ。
月明かりの下で見つめ合う。
「…………」
「…………」
どちらからともなく身を寄せ、唇を重ねた。
数秒。
でも、もっと長く感じる幸せの時間だった。
やがて、唇と身体が離れる。
小さく吐息がこぼれて、ふと気づいたら、イルティミナさんの頬が赤く染まっていた。
きっと僕も同じだろう。
「ふふっ」
「あはは」
僕らはお互いに笑い合った。
それから改めて、手を繋ぐ。
5年間、そうしてきたように今日も……そしてこれからの日々もきっと、ずっと。
(……うん)
今日はいい誕生日会だったな。
そう思いながら、僕らは自分たちの家を目指して、月光の中の夜道を歩いていく。
ふと、夜空を見上げる。
すると拍子に、僕の耳に提げられた『護りの輝石』が揺れて、月の光を反射しながらキラキラと輝きを散らしたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、今週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




