568・恋花の咲く誕生日会
第568話になります。
よろしくお願いします。
「マールの誕生会? 別にいいわよ」
2日後、予定通り、王都ムーリアへと帰ってきたソルティスに誕生日会のことを聞いたら、すぐに『参加する』と答えてもらえた。
ポーちゃんも「構わない」と頷いてくれる。
(よかった)
2人はクエストから帰ったばかりなので、その慰労も兼ねた食事会となりそうだ。
その日の夕方、僕らは、とある1軒のお店の前に集まった。
小さな食事処だ。
でも、ここには前に来たことがある。
金印の魔狩人だったキルトさんが通っていた食事処で、4年前ぐらいの僕らもここで食事会を開いたんだ。
店内に入ると、
「お、来たな!」
短髪に髭を生やした大柄な店主さんが嬉しそうな笑顔で出迎えてくれた。
その右目は義眼だ。
「久しぶりじゃな、ポゴ」
キルトさんも店主さんへと気の置けない笑顔を向けている。
彼は、ポゴ・アージリアさん。
若いキルトさんがアルン神皇国で盗賊団を率いていた時に仲間だった昔馴染みの人だ。ちなみに『冒険者ギルド・月光の風』の創立メンバーの1人でもあるんだよね。
僕らも、
「こんにちは」
「ご無沙汰しております」
「ども」
「…………(ペコッ)」
と挨拶。
ポゴさんは「よく来てくれたな」と笑って、それから、彼はその唯一見えている左目で、僕とイルティミナさんを見つめた。
(?)
「聞いてるぜ? 2人とも結婚したんだってな」
「あ、うん」
「はい」
「おめでとよ。初めて見た時から仲は良さそうだとは思ってたが、まさか結婚するとは思ってなかったぜ」
そう驚かれてしまった。
…………。
それは年齢差というか、外見差のせいだろうか?
僕とイルティミナさんは7歳違うけど、見た目は子供っぽい僕と大人っぽい美女なので、より大きな差があるように見られちゃうんだよね。
パパン
彼の大きな手が、僕ら2人を挟むように肩を叩く。
「キルトの今の仲間が幸せになっているなら、俺としても嬉しいもんだ。――ま、末永く幸せにな」
白い歯を見せ、ニカッと笑った。
ポゴさん……。
僕とイルティミナさんは顔を見合わせ、それから声を揃えて「はい」と答えたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
ポゴさんの店には、2階に個室があって、僕らはそこへと案内されることになった。
「お~い、頼むぜ」
ポゴさんが店の奥に声をかける。
すると、奥の方から「は~い」と女性の声で返事が聞こえた。
すぐに給仕のお姉さんがやって来る。
(あ)
懐かしい匂い。
そして、記憶よりも少し大人びた美貌と、お団子にまとめられた鮮やかな赤毛の髪が目に映った。
「レヌさん」
僕は笑った。
そこにいたのは、このお店で働いているレヌ・ウィダートさんだった。
かつて『闇の子』によって魔物に変身する刺青が刻まれ、そして、ソルティスの魔法で人間に戻されたテテト連合国出身のお姉さんだ。
イルティミナさんはかすかに瞳を細め、他の3人も懐かしそうな顔をした。
レヌさんも笑う。
「お久しぶりです、マールさん、皆さん」
キルトさんは「元気そうじゃの」と声をかけ、彼女も「はい、おかげ様で」と応えている。
うん、本当に元気そう。
出会った時には自殺しようとしたこともあったけど、今は、新しい人生をちゃんと歩んでいるみたいだった。
(……うん)
その事実が嬉しい。
そうして僕らは、給仕のレヌさんに案内されて2階の個室へと向かった。
席に着く。
窓からは、茜色に染まった王都の通りが見えていて、そこにはたくさんの人々が歩いていた。並んだ店たちも夜に備えて照明が灯され、街全体が輝き始めている。
(いい景色)
それを眺めていると、レヌさんが全員の前に水のグラスを置いていってくれる。
「ありがと」
僕はお礼を言い、レヌさんは微笑みで応えた。
その時、
(あれ?)
レヌさんの薬指に、綺麗な指輪が嵌められていることに気づいた。
「その指輪……」
もしかして?
僕の声に、みんなの視線も彼女に集まって、レヌさんは「あ……」と声を漏らす。
彼女ははにかみ、
「はい。実は、今、付き合っている人に頂いて……その、夏に結婚する予定なんです」
と答えた。
(おおおっ!)
「そうなのか?」
キルトさんも驚き、聞き返している。
イルティミナさん、ソルティス、ポーちゃんも驚いた顔で、レヌさんを見つめた。
「おめでとう、レヌさん!」
僕は心からそう言った。
レヌさんは、少し頬を染めてはにかむ。
イルティミナさんはかなり意外だったみたいで、「そうでしたか……」と彼女の顔を見つめていた。
レヌさんは瞳を伏せる。
「結婚はしますけど、マールさんは大切な恩人です。それは変わりません」
と呟いた。
ん?
彼女の瑠璃色の瞳が、僕を見た。
「もし私が『闇の子』の仲間のまま、人に戻してもらえていなかったら、きっとどこかの戦いで死んでいたでしょう」
「…………」
「テテトの故郷の村に行けなければ、心の区切りもつけられなかった。例え生きていても、ただ死んでいなかっただけで本当の意味で前を向いてはいなかったはずです」
彼女は息を吐く。
そして、その手で自分の胸元を押さえ、
「今の私があるのは、マールさんのおかげなんです」
その声には、真摯な響きがあった。
本気でそう思っている……それが伝わった。
レヌさんは微笑む。
「だから、マールさんにもらった人生で、私、ちゃんと幸せになりますね」
その笑顔が眩しかった。
僕は青い瞳を細めてしまう。
……正直、僕がレヌさんに人生を与えたつもりもないんだけど、でも、彼女のために何かしらできていたのなら良かったなと思えた。
僕は頷いた。
「うん。レヌさんなら、もっともっと幸せになれるよ」
「はい!」
レヌさんも嬉しそうに頷いた。
イルティミナさんはそんな彼女の横顔を見つめて、何かを受け入れたみたいな顔をしていた。
それから、僕の奥さんと他の3人も「おめでとう」と祝福の言葉を贈って、レヌさんは恥ずかしそうに「ありがとうございます」って頭を下げていた。
(食事の前に、おめでたい話が聞けてよかったな)
なんだか心が温かいや。
すでに料理は予約してあったので、レヌさんは注文は取らずにそのまま下がっていく。
その背中を見送る。
すると、
「レヌは未来に向けて、しっかりと生きているのですね」
ふとイルティミナさんが呟いた。
キルトさんが「そうじゃな」と応じて、ソルティス、ポーちゃんは黙ったまま、彼女が消えた方を見つめていた。
僕はふと思って、
「結婚式、呼んでもらえるかな?」
と、口にした。
レヌさんの花嫁姿、見てみたいって素直に思ったんだ。
4人が僕を見る。
イルティミナさんが優しく笑って、
「きっと大丈夫ですよ。その時は一緒に参りましょうね」
「うん」
僕も笑顔で頷く。
(その日が楽しみだ)
みんなも笑って、そうして食事が来るまでの時間、僕らは、レヌさんのことも含めた懐かしい昔話などをしながら過ごしたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
やがて、豪華な料理がテーブルに並び、僕らは談笑しながらそれを味わった。
(ん、美味しい♪)
レヌさんの幸せな話を聞いたからか、そのあとに食べる料理はまた一段と美味しく感じられている気がしたよ。
そんな僕に、イルティミナさんは笑っている。
キルトさんは、ポーちゃんにお酌してもらったグラスのお酒を愉快そうに飲んでいた。
ソルティスも料理を食べて、一息つき、
「……でも、レヌも結婚かぁ。ちょっと羨ましいわね」
なんて呟いた。
みんなの視線が、何となく少女に集まる。
キルトさんは苦笑して、
「そなたも、そんな風に思う年頃になったか。しかし、そういう相手になりそうな男はおるのか?」
「いないわね~」
ソルティスは、肩を竦めてそう答える。
「ぶっちゃけ、恋文なんかはもらったりするのよ? でもさ、そういう大事なことって直接、言ってもらいたいじゃない? だけど、会いに来るような奴がいないのよ」
(そうなの?)
でも、恋文はもらうんだ? なんて思ってしまう。
まぁ、ソルティスは美人だもんね。
キルトさんも「そうか」と呟き、
「そのような骨のない男は、相手にしない方が良いの。そうした連中ならば断ってしまえ」
「もちろん」
ソルティスは大きく頷く。
…………。
う~ん?
でも、僕は少し考え込んでしまった。
「? マール、どうかしましたか?」
気づいたイルティミナさんが問いかけてくる。
他の3人の視線も集まった。
あ、いや、
「僕はちょっと、そうした男の人たちの気持ちもわかるなぁ……って思えて」
「ほう?」
「そうなの?」
キルトさん、ソルティスは驚いたように僕を見る。
僕は頷いた。
「普通に考えて、ソルティスって高嶺の花だからさ。みんな、気後れしちゃうんだと思うんだ」
みんな、目を丸くした。
「高嶺の花? 私が?」
ソルティスは自覚がないのか、その大きな瞳をパチクリさせている。
内心で苦笑しながら、僕は「うん」と頷いた。
「ソルティスって美人でしょ? それも最近、凄く大人っぽくなってさ。それだけでも大変なのに、更に『銀印の魔狩人』で博識の魔法使いで、凄腕の剣士でさ」
「…………」
「…………」
「…………」
「だから何て言うか、普通の人から見たら、もう遠い存在なんだよ」
そんな女性に、簡単に声かけられる男性なんて、きっとそういないよね?
僕自身もそうだ。
たまたま縁があって、昔からの付き合いだから普通に接してるけど、もしそうじゃなかったら、きっと話しかけることもできなかったと思う。
それはソルティスだけじゃなくて、イルティミナさんやキルトさんでも同じだ。
3人とも美人で、社会的立場も凄くて。
(もし転生した時に出会ってなかったら……きっと自分とは縁がないと思って、僕は、3人に自分から関わろうとはしなかったと思うんだ)
そんな気がしてる。
僕は言った。
「だからソルティスは、もっと自分が女性として魅力的すぎるんだって自覚していいと思うよ」
その言葉に、
コクコク
ポーちゃんは、なぜか訳知り顔で何度も頷いていたりする。
「…………」
一方で、ソルティスは呆けたように僕の顔を見つめていた。
イルティミナさんとキルトさんは、お互いの様子を窺うように顔を見合わせていたりする。
「ふ~ん?」
ソルティスは呟いた。
「マールにそんな風に言われるなんて、なんだか妙な気分ね」
「そう?」
彼女は「ええ」と頷いて、
「でも、悪くないわね」
なんて、ちょっと誇らしそうに笑った。
キルトさんは苦笑する。
そしてイルティミナさんは、僕のことを見つめて、こう言った。
「マール。私は、私とマールはどのような状況であったとしても、きっと出会い、こうして結ばれていたと思いますよ」
え?
思わず、自分の奥さんを見つめてしまう。
「例えアルドリア大森林で出会えなくても、別の形で、別の出会いをして、今のような関係になっていたでしょう。私たちの出会いは運命だったとそう信じていますから」
彼女は、そう微笑んだ。
…………。
高嶺の花だとか、遠い存在だとか関係ない。
自分はどのような場合でも、マールと結ばれるのだという強い意思と覚悟みたいなものを感じた。
(……あぁ、そっか)
きっと僕が一般人で気後れして関わろうとしなくても、きっと彼女の方から関わってきてくれるのかもしれない……そうした状況が想像できてしまった。
それが僕らの運命だと、イルティミナさんは語ったんだ。
僕は笑った。
「うん、そうだね」
僕自身も、どんな状況であってもイルティミナさんと結ばれる自分でありたいな、と願ってしまった。
そんな僕に、イルティミナさんも「はい」と嬉しそうに微笑む。
ソルティスとキルトさんは、そんな僕ら夫婦の様子に軽く嘆息して、困ったように、でもどこか優しく笑ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「ま、私が高嶺の花かどうかは別として、私自身は、しばらくそういうのはいいわ」
食事を再開して、ソルティスは言った。
結婚するレヌさんは羨ましいけど、無理してまでそういう相手は求めてない……って感じかな?
それにもう1つ。
ソルティスは半年前に、彼女を好きだという男に付きまとわれ、怖くて嫌な思いをしたばかりだった。だから、その影響もあるのかもしれない。
そして彼女は、
「それにポーと暮らしてると楽しいしね。それで充分だわ」
と、隣の金髪の幼女を見て笑った。
…………。
そ、そっかぁ。
確かに彼女は今、ポーちゃんと同居をしていて、その甲斐甲斐しいお世話の恩恵を授かっているのだ。
もしソルティスと付き合いたい人がいたなら、そんなポーちゃんを上回れるほどの男性でなければいけないのだろう。
つまり、ポーちゃんがライバル。
そして、世話焼きポーちゃんを越えるのは、大抵の人には至難の業に思えた。
イルティミナさん、キルトさんもそれに気づいたのだろう、2人して『これは当分、無理だ』という顔をしている。
ポーちゃん自身は、キョトンとしていた。
僕らの表情に、ソルティスは気づく。
「何よ?」
「いや別に」
僕はとぼけた。
そんな僕を軽く睨んで、ソルティスは「ふん」と鼻を鳴らす。
「別にいいじゃない。キルトだっていまだ独身なんだし、焦ってそういう相手を探す必要はないでしょ?」
なんて言った。
突然名前を出されて、キルトさんは驚いた顔だ。
「まぁ、焦る必要はないじゃろうが……しかし言っておくが、わらわは結婚できないのではなくて、しないだけじゃぞ?」
そう強めに言う。
あはは……。
僕は曖昧に笑った。
けど、
「それはわかっておりますが。しかし今の生活が楽しいからと続けている内に、本当に婚期を逃してしまうのではないかと心配ではありますね」
なんて、僕の奥さんは口に出しちゃった。
わあっ?
キルトさんはムッとし、けれど、すぐに余裕の表情になる。
「ふん。忘れておるかもしれぬが、わらわは今、アーノルドに求婚されておるしの。どうしてもとあれば、9年後にその想いに応えてやらぬでもないわ」
そう自信たっぷりに笑った。
アーノルドさんは、ヴェガ国の新しい王様だ。
4年前、初めて会った時から、当時、王子だった彼にキルトさんは求婚され、去年も『10年待つ』と熱烈な告白をされたばかりだった。
僕とソルティスは顔を見合わせる。
ポーちゃんは無反応。
そしてイルティミナさんは、小さな吐息をこぼした。
「9年後の約束ですか。……しかし、人の心は移ろいやすいもの。もし途中でアーノルドが心変わりをしたらどうします?」
そう突っ込んだ。
その可能性はない訳ではないけど、
(でも、アーノルドさんは真っ直ぐな人だから、そんなことないと思うけどなぁ)
僕は大丈夫だと思ってる。
まぁ、確かに絶対とは言えないけどさ。
そして、イルティミナさんの言葉は、キルトさんの心に刺さったのか、彼女は「むむ……っ」と唸った。
その時、ふと僕と視線が合う。
すると、キルトさんは妙案を思いついたという顔をした。
「そうじゃな。その時は、マールの愛人にでもしてもらって、その後の人生を楽しく過ごさせてもらおうかの」
なんて言いだした。
(はい?)
僕は目を丸くしてしまった。
イルティミナさんとソルティスは、ポカンと口を開けて、ポーちゃんだけはそんな僕らの顔を見ながらモグモグと食事を続けていた。
「……キルト?」
そして僕の奥さんは、美しい笑顔でとても怖い声を出す。
め、目が笑ってない。
キルトさんは悪戯っぽく笑いながら、
「いかんかの?」
と、からかうように言った。
イルティミナさんは「当たり前でしょう!」と怒っている。どうやらキルトさんの冗談は、僕の奥さんには通じなかったみたいだ。
それでもキルトさんは、
「では、マールはどうなのじゃ?」
今度は、そのからかいの矛先を僕へと向けてくる。
え、僕?
気づいたら、イルティミナさん、キルトさん、ソルティス、ポーちゃんの視線が僕に集まっていた。
ちょっとたじろぐ。
キルトさんは、どこか熱のこもった眼差しで、
「マール、そなたはこの鬼姫キルトを……わらわを愛人としてみたいと思わぬか?」
と、甘く問いかけてきた。
…………。
僕はしばらく考え込んだ。
そして、
「わかった、いいよ」
と頷いた。
予想外だったのか、キルトさん、ソルティスは驚いた顔をして、イルティミナさんは「マール!?」と悲鳴のような声をあげた。
僕は笑って、
「愛人は無理だけど、でも、キルトさんは僕にとって大事な家族だから。だから、もしもの時は僕が一生、ちゃんと面倒を見るよ」
そう続けた。
みんな、呆けた。
それから、3人で顔を見合わせる。
ポーちゃんだけが1人モグモグと食事続行中だ。
やがて、キルトさんが嘆息する。
「そういうことか」
と苦笑した。
ソルティスは「マールらしいわ」と呆れたように呟き、イルティミナさんは大きく息を吐いた。
困ったように僕を見つめて、
「マールは、本当にマールのままですね。いつまでも本当に私の大好きなマールのままです」
ギュッ
唐突に抱きしめられてしまった。
(わっ?)
戸惑う僕の耳に、
「そうですね。キルトはもう、私たちにとって大事な家族です。もしもの時は、一生、私たちで面倒を見てあげましょうね」
「う、うん」
そう囁く自分の奥さんに、僕は頷いた。
キルトさんは苦笑し、そんな彼女の脇腹をソルティスが肘でつついて「よかったわね、キルト」なんて、からかうように笑いかけていた。
銀髪を揺らして、キルトさんは息を吐く。
「一生……マールの家族、か」
何かを噛み締めるように呟き、そして、なんだか嬉しそうに微笑んだ。
(???)
少しだけ、キルトさんの頬が赤い気がする。
お酒のせいかな?
イルティミナさんに抱きしめられたまま首をかしげる僕に、ふと見たら、ポーちゃんがグッと親指を立てた小さな手を突き出したんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
実は週1回更新としていたおかげで、ある程度、ストックを溜めることができました。
そこで10月からは、更新を月、金の週2回にしようと思います。
もしよかったら、どうかこれからもマールたちの物語を楽しんで頂ければ幸いです♪
※次回更新は、来週の月曜日10月3日になります。どうぞ、よろしくお願いします。




