565・突然の救援要請
第565話になります。
よろしくお願いします。
「では、またの」
翌朝、冒険者ギルドの建物前まで来てくれたキルトさんに見送られて、僕らは自分たちの家への帰路についた。
「またね~、キルトさん」
「お疲れ様でした」
「ばいば~い」
「…………(ペコッ)」
僕ら4人は笑顔で手を振って、ギルド前の通りを歩いていく。
キルトさんの姿は遠くなり、すると、他の冒険者たちがその存在に気づいたのか、彼女の元へと集まっていくのが見えた。
(相変わらずの人気者だね)
それは冒険者を引退しても変わらない。
そのことに、僕はついクスッと笑ってしまった。
しばらく右手にシュムリア湖の煌めく水面を眺めながら歩いていくと、やがて、ソルティスたちの家への分かれ道にやって来た。
「それじゃあね、ソルティス、ポーちゃん」
「2人ともお元気で」
僕ら夫婦は、そう笑いかける。
ソルティスも笑顔で、
「イルナ姉も元気でね。マールも、あんまイルナ姉に迷惑かけんじゃないわよ?」
なんて言う。
それはこっちの台詞。
「そっちこそ、ポーちゃんに迷惑かけないようにね」
そう言い返したら、ポーちゃんは僕を見つめて、
「ポーは、ソルに迷惑をかけられたことは1度もない。そしてポーは、ソルの世話をするのが大好きだと感じている」
「…………」
「…………」
僕とソルティスは顔を見合わせ、それから吹き出すように笑ってしまった。
イルティミナさんは苦笑している。
「ポーは良い子ですね」
そう言いながら、彼女になら妹を任せられる……と安心しているような雰囲気だ。それが夫である僕には不思議とわかった。
ポーちゃんだけは、
「???」
そんな僕らの反応にキョトンとしていたけどね。
◇◇◇◇◇◇◇
「ただいまぁ」
ソルティス、ポーちゃんと別れた僕らは、自分たちの家へと帰ってきた。
イルティミナさんも「ただいま帰りました」と言いながら、僕のあとに続いて家の中に入ってくる。
懐かしの我が家だ。
旅の間とは違う安心感が湧いてくる。
でも……うん、ちょっと埃っぽいね。
5ヶ月間も留守にしていたから、それもしょうがないだろう。
僕らは旅荷物を下ろすと、
「それじゃあ、いつものやりますか」
「はい」
頷き合って、すぐに家の掃除を始めた。
家中の窓を開けて換気をしながら、箒やハタキでたまった埃を家の外へと追い出していく。窓や床も水拭きして、庭の雑草も刈った。
やがて、午前中いっぱいかけて、掃除も終わった。
「ふぅぅ」
中々の大仕事だった。
でも、見た目的にもはっきり綺麗になったのがわかるので、ちょっと嬉しい。
イルティミナさんも、
「お疲れ様でしたね、マール」
と微笑みながら、そう柔らかな声で労ってくれる。
ううん、イルティミナさんこそ、お疲れ様。
それから僕らは、汚れてしまった身体を洗うために、一緒にお風呂に入った。
…………。
久しぶりの2人きりのお風呂。
旅の間は、そういう機会もなかったので、僕らは存分に2人きりのお風呂を堪能した。
「ふふっ、私の可愛いマール」
イルティミナさんはとっても優しくて、気持ち良くて、素敵でした。
色んな意味で、僕はのぼせてしまったよ。
掃除の疲れを癒すつもりだったけど、ある意味、より疲れてしまって、でも、しっかりと癒された感じでした。……えへへ。
お風呂のあとは、昼食だ。
イルティミナさんが手早くオムライスを作ってくれて、その味を堪能した。
「ん、美味しい」
「ふふっ、よかった」
僕らは、笑顔を交わし合う。
食事のあと、午後は食材の買い出しに王都の商店区画へと買い物デートをすることになった。
アルン神皇国への5ヶ月間の旅、そこから帰ったばかりなので、3日間は完全休養をもらって、4日目からはまた冒険者としての活動を再開する予定なんだ。
なので、3日分の食料が必要だ。
季節は冬。
それでも午後の日差しは柔らかくて、僕ら夫婦は、その中を買い物に出かけた。
王都ムーリアには、たくさんの人がいて、とても活気に満ちていた。
旅立つ前と変わらない。
遠い異国の地で戦争が起きるかもしれない、なんてことは、やはり王都民には関係なくて、いつも通りの平和で明るい日常が溢れていた。
(…………)
こうした風景が、世界中でずっと続いてくれたらいいのに。
そう思ってしまう。
見れば、イルティミナさんは商店の野菜を選び、店主さんと値段交渉をしていた。
何だか、普通の若奥様だ。
恐ろしい魔物を倒してしまえる凄腕の魔狩人だなんて、とても思えない。
(……なんか不思議)
でも、そんなイルティミナさんの姿も似合っていて、僕は、そんな自分の奥さんにますます惹かれて、いつだって惚れ直してしまうんだ。
「お待たせしました、マール」
輝くような笑顔で、奥さんが戻ってくる。
僕は「ううん」と笑って、その手から重い荷物の袋を受け取った。
「あら、持ちますよ?」
「ううん、いいのいいの。僕が持つから」
だって、僕はイルティミナさんの旦那様だからね。
彼女は僕を見つめる。
それから頷いて、
「わかりました。それではお言葉に甘えますね、マール」
「うん」
微笑むイルティミナさん。
夫を立ててくれる本当に良い妻ですね。
それからも、あちこちの店舗で買い物をして、最後に喫茶店でのんびりお茶を楽しんでから、僕らは自宅への帰路についたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
家に着いた時には、空は茜色だった。
夕暮れだ。
もうすぐ西の地平に夕日が完全に落ちて、夜の帳が訪れる。
僕は、イルティミナさんと一緒に買ってきた食材を床下の倉庫にしまって、それから2人で夕食の準備に取り掛かろうとした。
「今日は何作るの?」
「さて、どうしましょうかね」
イルティミナさんは、長い髪が邪魔にならないように軽くまとめて、頭の後ろでお団子にしている。
僕を見て、
「マールは何か食べたいものはありますか?」
と聞いてきた。
う~ん?
「正直、イルティミナさんの作ってくれる料理って全部美味しいから、作られた物は何でも食べたいんだよね」
「まぁ」
「でも、そう言われるとイルティミナさんも困るよね?」
僕が言うと、彼女は苦笑した。
それから、
「困りますが、でも、マールにそう言ってもらえるのは嬉しいですよ」
チュッ
僕の頬に、軽くキスしてくれる。
(わ?)
驚き、こちらを見つめる彼女の真紅の瞳に、何だかキスされた頬が熱くなってしまう。
照れる僕に、イルティミナさんは優しく微笑んだ。
それから、形の良い顎に白い指を当てて、
「そうですね。それでしたら、今夜はビーフシチューにしましょうか? 今日は質の良いお肉が、意外と安く買えましたからね」
と提案した。
もちろん僕に反対する理由はない。
「うん、そうしよう!」
「はい」
笑って頷く僕に、イルティミナさんも笑顔で応えてくれる。
それから僕ら夫婦は、実際に調理に入ろうとした。
その時、
カラン カラン
玄関に設置された来客用の鐘が鳴らされた。
僕らの手が止まる。
(こんな時間に誰だろう?)
思わず、イルティミナさんと顔を見合わせ、それから家主である彼女が「はい」と返事をして玄関に向かった。
僕もついていく。
少し離れた廊下で、僕は待機。
その視線の先で、イルティミナさんは玄関の扉を開けた。
カチャ
「イルナ姉ぇ、助けてぇ!」
途端、そんな叫びをあげて、紫色の髪をした少女がイルティミナさんの首に抱きついてきた。
って、ソルティス?
予想外の来客に、僕は目を丸くする。
イルティミナさんもさすがに驚いていて、慌てて妹を受け止めながらも「ソル?」と困惑した声をあげている。
すると今度は、ソルティスの後ろから金髪の幼女が入ってきた。
「ポーちゃん」
「や」
ポーちゃんは、シュタッと片手を上げる。
ポーちゃんは、自分の相棒が姉に抱きついている姿を見つめ、それから嘆息する。
僕を見て、
「迷惑をかけてすまない」
「…………」
い、いや、いいんだけどさ。
でも、いったい何事?
そんな視線を向けると、しっかり者の幼女は頷いて、
「実は2人に……特にイルティミナに助力を願いたい事象が起きた。どうかポーたちの家まで救援に来て欲しい」
なんて言われたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
とりあえず事情を説明してもらおうと、2人には家の中に入ってもらった。
リビングのソファーに座ってもらう。
2人の対面の席に僕とイルティミナさんも座って、「それで、どういうことなのですか?」とソルティスの姉が聞いた。
泣きそうな顔のソルティス。
そして、
「……実は、コロンチュード様が今夜うちに泊まることになったの」
と呟いた。
(え?)
僕とイルティミナさんは驚いた。
「コロンチュードさん、あの森の木の家から出てきたの? それも、こんなの人の多い王都に今、いるの?」
「…………」
コクン
ソルティスは頷いた。
コロンチュードさんはハイエルフで、シュムリア王国が誇る伝説の『金印の魔学者』だ。
いつもは王都から離れた森にある木の家に1人で暮らしている。
人付き合いが下手で、会話がちょっと苦手。そして、魔法の研究で万が一の時に、周囲に被害を出さないためにって、1人森の奥で隠遁生活をしてるんだ。
ちなみに、ポーちゃんの義母。
イルティミナさんも、
「彼女が王都まで来るなんて、珍しいこともあるものですね」
なんて驚いていた。
ソルティスは肩を小さくしながら、ボソボソと喋る。
「理由はまだ聞いてないんだけど、コロンチュード様は今、冒険者ギルド・草原の歌う耳で生活してるんだって。それで私たちが王都に帰ってきたって聞いたらしくて……」
なるほど。
つまり、久しぶりに義娘のポーちゃんに会いたいってことで、ソルティスの家に泊まることにしたのか。
(…………)
それの何が問題なんだろう?
イルティミナさんも、
「良いことではありませんか」
と言った。
でも、ソルティスはバッと顔をあげて、
「良くないわよ!」
って叫んだ。
(わぁっ?)
僕はびっくり。
イルティミナさんも目を丸くしていて、ポーちゃんは興奮している相棒を宥めようと、その背中を小さな手で撫でていた。
ふぅ、ふぅ……。
ソルティスの呼吸が落ち着く。
それに合わせて、その表情も落ち込んだものになっていく。
「……良くないのよぅ」
「…………」
「…………」
僕とイルティミナさんは顔を見合わせる。
それから、
「えっと、ソルティス? 何が良くないのかな?」
僕は聞いた。
ソルティスは姉と同じ真紅に輝く大きな瞳で、ジロリと僕を見据えた。
……おう、ちょっと怖い。
「良くないに決まってるでしょ!? コロンチュード様、うちで夕ご飯を食べてくつもりなのよ。でも、私、コロンチュード様をもてなせるような料理作れないもの!」
「…………」
「…………」
「…………」
「……え? それだけ?」
思わず、言っちゃった。
途端、そんな僕の襟首をソルティスの手が掴んで、ガックンガックン、揺らされる。
「それだけって何よ、超大事でしょ!? コロンチュード様が来てくれるのよ! 最高の料理でもてなせないなんて、一生自分が許せないレベルの最悪の事態じゃない!」
「わ、わわわっ?」
わかったから、手を離して。
(く、苦しい~!)
ソルティスの目は本気だった。
慌ててイルティミナさんとポーちゃんが協力して、ソルティスの手から僕を引き剥がしてくれる。
ソルティスは肩で息をしている。
でも、すぐに表情が崩れて、
「うわ~ん、今夜は外食のつもりで買い出しもしてないから食材もないし、もうどうしたらいいのよぅ? イルナ姉ぇ、助けてよぅ~!」
と泣き出してしまった。
成人した女性の大泣きである。
「…………」
「…………」
「…………」
僕はイルティミナさんを見る。
それに気づいたイルティミナさんは、短くため息をこぼした。
「はぁ、仕方がありませんね」
ピクッ
姉の声に妹が反応する。
顔をあげて、
「助けてくれるの?」
「そんな情けない姿を見せられたら、さすがに放ってはおけませんよ。……全くもう」
確認する妹に、苦笑するイルティミナさん。
ソルティスは、
「イルナ姉ぇぇええっ!!」
大きな涙の粒を散らしながら、またイルティミナさんに抱きついた。
イルティミナさんは、そんな妹の背中をポンポンとあやすように軽く叩く。
「とりあえず、うちの食材を持ってソルの家に行きましょう。私とマールもコロンチュードに会いたくなったという口実で、共同で料理をして食事会をすれば良いでしょう」
それでソルティスの面目も保たれる。
姉の提案に、ソルティスは「うん、うん」と頷き、
「ありがとぉ、イルナ姉ぇぇ!」
と感謝を叫んだ。
(やれやれ)
そんな少女の姿に、僕は苦笑する。
でも、敬愛する人に精一杯のもてなしをしたいし、いい格好をしたいというのも気持ちはわかるんだ。
ふと見れば、ポーちゃんがこちらを見ていた。
「…………」
ペコッ
視線で感謝を伝え、頭を下げてくる。
(ううん)
僕は笑った。
相棒の可愛い意地のために、一緒に頭を下げれるポーちゃんの優しさが微笑ましかった。
(ん?)
気づけば、イルティミナさんが申し訳なさそうにこちらを見ている。
…………。
2人きりでの食事の時間でなくなって、ごめんなさい……かな? そんな気持ちが伝わってくる。
だから僕は、
(大丈夫。今はソルティスのためにがんばろう?)
そう微笑んだ。
気持ちが伝わったのか、イルティミナさんもようやく微笑んでくれた。
と、ソルティスがハッとした。
「こ、こうしちゃいられないわ。コロンチュード様が来るまで時間がないの。早く行きましょ、イルナ姉! ついでにマールも来ていいから、ね! ね!」
グイ グイ
彼女は立ち上がると、姉の手を強く引く。
「はいはい」
イルティミナさんは困ったように吐息をこぼして、妹の求めるままにソファーから立ち上がった。
僕とポーちゃんもあとに続く。
食材を集め、外出準備と戸締りを済ませて、家を出る。
「さぁ、行くわよ!」
玄関で、ソルティスが元気に号令をかけた。
僕らは「おー」って拳をあげた。
そうして僕らは、今夜はソルティスたちの家で、コロンチュードさんと一緒に食事会をすることになったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
週1回更新となっていますが、こうして読みに来て下さり、本当に感謝です。少しでも皆さんに楽しんで貰えたのなら幸いです。
もしよかったら、次回もどうかまた読んでやって下さいね♪
※次回更新は、来週の金曜日9月16日の0時以降を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




