562・夢幻の神友たち
第562話になります。
よろしくお願いします。
僕は、2人の元へと駆けだして、そのまま飛びかかるようにして抱きついた。
「おわっ?」
「まぁ、マール」
ラプトもレクトアリスも驚いた顔だ。
でも、触れられた。
いつかの夢みたいに、どれだけ走っても辿り着けないなんてこともなくて、拍子抜けするぐらいあっさりと2人に触れることができたんだ。
温かい。
そして、懐かしい匂い。
僕は、その存在に消えて欲しくなくて、ただただギュウ……っと強く抱きしめる。
2人は苦笑し、
「あぁ、マール。ようやっと会えたの」
「ふふっ、嬉しいわ」
そう言いながら、僕の背中をポンポンと宥めるように優しく叩いてくれたんだ。
…………。
しばらくして落ち着いたら、僕は2人から身体を離した。
改めて、2人を見つめて、
「えっと、ここは夢の世界なんだよね?」
「そやな」
確認する僕に、ラプトは頷いた。
レクトアリスが優雅な大人の微笑みを浮かべながら、教えてくれる。
「夢を見ている人は、肉体と精神、魂の繋がりが希薄になるのよ。だからこそ、こうしてお互いを結び合わせて、違った世界にいながらも存在を把握できるようになるの」
「…………」
ふ、ふ~ん?
ちょっと難しい話だ。
ソルティスなら興味深く聞いてくれるかもしれないけれど、僕には、ちょっと理解が難しいかな。
(まぁ、夢の中なら会えるってことだよね、うん)
僕は、自分をそう納得させた。
そんな僕のことを、ラプトが笑いながら肘で突付いてきた。
「見てたで、自分」
「ん?」
「あの仰山の魔物の蜂たちを、物の見事に追い払っとったやないか。さすがマールやわ。同じ神の眷属として、ワイも鼻が高いで~」
おや?
「見てたの? あの戦いを?」
驚く僕に、2人は頷いた。
レクトアリスは片目を閉じて、
「私たちのいる神界はね、色々なことがわかるのよ。それこそ、そちらの世界にいた時にはできなかったようなこともできるしね」
そう微笑んで、教えてくれた。
(そうなんだ?)
驚き半分、感心半分で、僕は彼女たちを見つめてしまう。
そんな僕を見返して、
「ありがとな、マール」
ラプトがお礼を言った。
ん?
「あの寺院の連中を助けてくれて。ワイらとしても、あの寺の周りから魔物の脅威がなくなって、ホッと一安心やわ」
そう吐息をこぼす。
その姿と言葉に、僕は笑った。
「やっぱり、あの寺院の人たちを助けるために、僕らをこの場所まで呼んだの?」
そう確認する。
「せや」
「それだけではないけれど、理由の1つではあったわ」
2人は頷いた。
やっぱりそうなんだ?
「2人とも優しいね」
2年前と全然変わらないところが嬉しくて、胸が熱くなった。
僕の視線に、ラプトは照れ臭そうにはにかみ、レクトアリスは余裕のある微笑みで応じている。
それから、レクトアリスが、
「当時はまだ心の整理はついていなかったけれど、私たちのために400年も尽くしてくれた一族の子孫だもの。見捨てるのは、さすがに寝覚めが悪すぎるわ」
と言った。
ラプトも『うんうん』と頷いている。
でも、ちょっと申し訳なさそうに僕を見て、
「けど、その役目をマールに押し付けたんわ、堪忍な。他に方法が思いつかなかったんや」
と付け加えた。
(あはは、そんなの気にしなくていいのに)
僕は笑って、
「いいよいいよ」
って、手を振った。
まったく気にしていない僕に、2人も安心したように笑って「やっぱりマールやな」、「えぇ、そうね」と嬉しそうに頷き合っていた。
そうして笑い合ってから、僕はふと聞いてみた。
「えっと……それで他にも理由があったみたいだけど、それは何だったの?」
2人は頷いた。
レクトアリスが長い紫色のウェーブヘアを耳の上にかき上げて、
「そうね。マールを呼んだ理由の1つは、こうして、ちゃんと話をするためね」
(え?)
「前にも、夢の中で交信を試みたけれど、上手くいかなかったでしょう? やはり世界の隔絶は大きいから、接続のための神術が、きちんと構築できなかったのよ」
「……それって、アスティリオでの夢の話?」
「そうよ」
頷くレクトアリス。
ラプトが周囲の世界を見回して、
「神界と人界で交信するには、どうしても世界の境界が緩められた場所やないと無理やったんや」
「境界が緩められた場所?」
「ワイらの門や」
あ……。
僕は理解した。
僕ら神の眷属を召喚するための『神界の門』は、人界と神界を繋ぐ装置だ。
何となくだけど、前世流にいうなら、それが中継基地みたいになって、そこを使って2つの世界に電波を通して、お互いの通話を成立させている感じかな?
ピトッ
ラプトの手が、僕の胸に当てられる。
「そやから、こうして話せるし、触れられる」
「……うん」
僕も、自分の胸に置かれたラプトの手に触れた。
温かいし、ちゃんと感触がある。
うん、ここにいる。
そう思えるぐらい、ラプトの存在が伝わってきていて、僕は笑ってしまった。
ラプトも笑った。
そんな僕らにレクトアリスも微笑む。
それから、
「それでね、そうしてちゃんと話をできる状況にして、私たちは、マールに伝えておきたいことがあったのよ」
と言った。
◇◇◇◇◇◇◇
(伝えておきたいこと?)
僕は首をかしげた。
ラプトとレクトアリスは、視線で確認する僕に大きく頷いて、真面目な表情になった。
そして、ラプトが口を開く。
「魔の気配があるんや」
「え?」
僕は目を瞬いた。
一瞬、何を言われたのか、わからなかったんだ。
2人を見つめる。
でも、その表情には冗談を言っている様子はなくて、とても真剣なものだった。
胸の中に、不安が湧き上がる。
「どういうこと?」
僕は聞いた。
ラプトは言う。
「そっちの世界に、グノーバリス竜国っちゅうんがあるやろ? そこから、強い『魔の気配』が感じられるんや」
グノーバリス竜国!?
その名前は、これまでに何度か聞いたことがある。
(確かドル大陸の北部にあって、竜人だけが住んでいて……それで、戦争の兆しがあるって話だったよね?)
そこに、魔の気配……?
唖然としている僕の前で、レクトアリスが口を開く。
「すでに『闇の子』はいない。けれど、その残滓というにはあまりに大きな『魔の気配』があるの。それはきっと世界に大きな災いをもたらすわ」
「…………」
僕は、すぐに何も言えなかった。
だって、『闇の子』は倒して、その計画も壊して、世界は平和になったんだ。
まだ『封印された悪魔』はいるけれど、そこから新しい『闇の子』が生まれたなんて話は聞いていないし、そうならないようシュムリア、アルン両国が見張っている。
少なくとも、今はもう『魔の脅威』はなくなったんだ。
そう思っていた。
(……それなのに?)
そんなやっと手に入れた平和な世界に、また『魔の気配』があるっていうの?
僕は2人を見る。
ラプト、レクトアリスは、少しだけ痛ましそうに、悔しそうに僕のことを見ていた。
…………。
その表情を見ただけで、それが真実なのだとわかる。
「そっか」
僕は頷いた。
ラプトは、小さな指で金髪の中の額をカリカリとかく。
「ワイらも人界に行けたらいいんやけどな。『悪魔の欠片』が現れたわけやないから、門が開かんのや。だけど、ただ放っておくわけにもいかんやろ」
そういうことか。
つまり、
「そのことを僕に警告したかったんだね」
神帝都アスティリオで見た夢の中で、2人が言っていた『伝えたいこと』っていうのは、このことだったんだ。
ラプトとレクトアリスは、大きく頷いた。
…………。
僕は、大きく息を吐く。
それから顔をあげて、2人に笑いかけた。
「教えてくれてありがとう。そうして伝えてもらえてなかったら、僕らは何も知らないまま、後手後手になってたかもしれないから」
でも、教えてもらえた。
そのことをシュムリア、アルンの大勢の人に伝えれば、色んな対応や対策ができるはずだ。
もしかしたら、戦争を回避できるかも?
回避できなくても、被害をできる限り抑えられるかもしれない。
そして、もし本当にそうしたことの裏に『魔』に関係する何かがあるとするならば、『神狗』として僕は立ち向かわなければならないんだ。
僕の笑顔とお礼に、2人は申し訳なさそうに微笑んだ。
「警告しかできなくて、すまんな」
「ううん」
「マールにも何か災いがあるかもしれないから、伝えておきたかったの」
「うん、ありがとう」
2人にそう言って、
ギュッ
僕は、そんなラプトとレクトアリスにまた抱きついて、お互いの頬を合わせてみた。
2人は驚いた顔だ。
「そうして気にかけてもらえて嬉しい。僕は2人が大好きだよ」
「っ」
「……マール」
笑って言うと、2人は少し泣き笑いになった。
それから、ラプトとレクトアリスも力を込めて僕のことを抱きしめてくれる。
「ワイもやで!」
「私もマールが大好きよ」
「うん」
僕は頷いた。
遠く離れた神界にいても、こうして僕のことを気にかけ、心配してくれる友人たちに心が満たされていた。
(大丈夫、がんばる)
だから、負けない。
2人の言う『魔の気配』が何かはわからないけれど、そんなものには負けてたまるものか。
僕らは、あの『闇の子』にも勝ったんだ。
今度だって、
(必ず勝ってみせる!)
そう心に強く誓ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
伝えるべきことを伝えてもらったあとは、他愛もない話もした。
こっちでの近況。
僕がイルティミナさんと結婚したことも伝えたら、2人とも「おめでとう」と祝福してくれて、ちゃんと神界から結婚式を見ていたって言われたんだ。
キルトさんが冒険者を引退したこと。
ソルティスとポーちゃんがコンビを組んで、冒険していること。
フレデリカさんが皇女様付きの近衛騎士になったこと。
将軍さんが後進の育成を始めたこと。
それ以外にも、2人がいなくなってからのことをいっぱい、いっぱい話したんだ。
「さよか」
「そうなの」
2人は笑いながら、話を聞いてくれた。
でも、神界にいると色々なことがわかるって言っていたけど、本当にそうみたいで、2人は僕が話した内容を本当はすでに知っているみたいだった。
…………。
なんか、本当に神様みたい。
あるいは天使?
神界にいる本来の『神の眷属』って、本当はこういう感じなのかなって思ったよ。
2人の神々しさが、ますますアップした感じだね。
そうして、いつまでも話していたかったんだけど、
(あれ?)
話している途中で、僕の身体が半透明になり始めたんだ。
2人も気づく。
「時間やな」
「神術の効果が切れたのね」
少し悲しげなラプトとレクトアリス。
(そうなんだ?)
僕も悲しい。
でも、2人に会えて、話せるだけ話したから、ちょっと満足もしていた。
僕は笑って、
「あのさ。僕は先に眠っちゃったけど、ポーちゃんはこのあとに眠ると思うんだ。だから、あとでポーちゃんにも、夢の中で会ってあげてくれないかな?」
そう頼んだ。
2人は驚いた顔をして、すぐに破顔した。
「せやな」
「えぇ、わかったわ。術の再構築、やっておくわね」
そう頷いてくれた。
うん、よかった。
そうして気がついたら、僕の身体は、ほぼほぼ透明で見えなくなっていた。
視界がぼやけ始める。
「みんなにも、よろしく伝えておいてくれや」
ポン
ラプトが僕の胸を軽く叩く。
レクトアリスは優雅に微笑みながら、その白い手で僕の頬に触れて、
「いつでも、どこでも、私たちは貴方たちを見守っているわ。どうか、それを忘れないで」
そう教えてくれた。
僕は笑って、2人に「うん!」と大きな声で答えた。
それに2人も笑う。
明るくて、美しくて、頼もしくて、心地好くて、それは2年前と変わらないラプトとレクトアリスの笑顔だった。
それを心に焼き付けて、
(……あ)
その瞬間、世界が白く染まって、全てが光の中に飲み込まれた。
…………。
…………。
…………。
気がついたら、真っ暗な部屋の中にいた。
ヒュパルス寺院で借りていた平屋の一室だ。
僕の身体には、イルティミナさんの白い腕が回されていて、その柔らかな肉体と胸の弾力が背中に押し付けられている。
落ち着く、甘やかな彼女の匂い。
僕の髪に押し付けられた美貌からは、
「すぅ……すぅ……」
規則正しい寝息が聞こえていた。
(…………)
暗がりの中で、僕は目を開いたままだった。
2人の夢を見た。
でも、それがただの夢ではないことを、僕はわかっていた。
(……うん)
この胸に満たされた思いは、決して幻ではないんだ。
キュッ
自分の手を握る。
窓から見える夜空には、美しい紅白の月が輝いていて、まだまだ深夜であることを示していた。
明日になったら。
(うん、みんなに今見た夢のことを話してあげよう)
それが楽しみで仕方がない。
僕は小さく微笑みながら、愛しいイルティミナさんの腕に自分の手を触れさせて、ゆっくりとまぶたを閉じていった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
少年マールの転生冒険記は、毎週金曜日の更新です。
次回更新は、来週8月19日の金曜日0時以降になります。どうぞよろしくお願いします。




