561・魔蜂激戦、決着!
第561話になります。
よろしくお願いします。
「迎え撃て!」
迫る魔物の群れに対して、キルトさんは毅然とした声で指示を出した。
即座に、僕らは動く。
僕は、右手首にある魔法発動体の腕輪にある魔法石が輝かせ、手にした『大地の剣』を空中に走らせた。
真っ赤に光るタナトス魔法文字が描かれる。
次の瞬間、そこから『炎の蝶』が留まることを知らない勢いで噴き出すと、巨大蜂の群れへと一斉に飛んでいった。
ドパパァン
魔法の蝶が触れた途端、炎の爆発が起きる。
血狂い大蜂たちは、即死はしないものの羽根や足、触覚などを吹き飛ばされ、次々と地上に墜落していく。
同時に、
「羽幻身・七灯の舞!」
「吹き荒れなさい、炎風の魔人よ! ――ヘル・フラィム・トゥルダード!」
「ポオオッ!」
イルティミナさんが白い槍から7本の『光の槍』を放ち、ソルティスが『炎と黒い風の竜巻』を巻き起こして、ポーちゃんが『神気の弾丸』を竜鱗の拳から撃ち出した。
全て遠距離攻撃だ。
それらの直撃を受けて、空を覆い尽くさんばかりだった巨大蜂の群れは、凄い勢いで数を減らしていく。
ブブブッ
それでも、相手は3000体以上もいる。
恐るべき魔物たちは、僕らの迎撃に怯むことなく押し寄せ続け、やがて、一部は僕らの攻撃の雨をかいくぐって接近に成功しだしていた。
(!)
今も僕のたくさんの『炎の蝶』をかいくぐって、1体の血狂い大蜂が襲ってきていた。
巨大な牙が、ガチリと開く。
それが僕の服部へと喰い込みそうになり、
「させぬ」
その寸前、青い雷をまとった剣閃が巨大な魔物を横殴りにして、その肉体を焼き潰しながら遠方へと弾き飛ばした。
長く豊かな銀髪がなびく。
(キルトさん!)
彼女は、遠距離攻撃をしている僕らを守ろうと、接近する魔物を次々と『雷の大剣』で斬り裂き、叩き潰し、焼き殺してくれていた。
クパルトさんも同様だ。
「はいっ! はっ! きぇええいっ!」
甲高くも鋭い気合の声を響かせながら、その手の棍棒を自由自在に操って、近づく『血狂い大蜂』を次々と叩き落していた。
強い。
時に槍のように、剣のように、短刀のように、鈍器のように、鞭のように、その扱い方で特性を変化させながら戦っている。
変幻自在だ。
棍棒はただの木の棒だけれど、極めれば、これほど恐ろしい武器になるなんて知らなかったよ。
そして今は、それがとても頼もしい。
おかげで僕、イルティミナさん、ソルティス、ポーちゃんは、何の心配もなく上空にいる蜂たちを攻撃できるんだ。
…………。
状況は有利に進んでいた。
まだまだ数は多いけれど、すでに3分の1は駆逐している。
残り2000体。
みんなの様子を横目で確認してみるけれど、誰1人、限界を迎えそうな様子はなく、全員に余力がありそうだった。
この戦局を維持すれば……。
そうすれば、きっと『血狂い大蜂』たちもいつか諦めて、この場から去っていくだろう。
(それまでの辛抱だ)
そう自分に言い聞かせ、集中を保持し続ける。
その時だった。
ギチギチギチ
上空に滞空しながら、他の『血狂い大蜂』の動きを見ていた女王蜂は、怒り狂ったようにその牙を打ち鳴らした。
その瞬間、2000体の蜂が一斉に、こちらに尾部を向けた。
そこにあるのは、毒液に濡れ光った赤黒い針だ。
長さは1メードほどもある。
そして次の瞬間、その尾部が爆発を起こすと、その赤黒い針がまるで砲撃のような威力で飛び出してきたんだ。
「!?」
僕は目を見開く。
クパルトさんがその前に立ち、棍棒でそれを受け流そうとした。
バキィン
「ぐあっ!」
けれど、その威力は凄まじ過ぎたのか、受け流し切れずに棍棒が折れ、クパルトさんの身体が吹き飛ばされてしまった。
「クパルトさん!?」
僕はギョッとする。
その尾針は、クパルトさんに直撃しなかったものの、地面を大きく吹き飛ばし、半分以上を地中に埋もれさせていた。
(まずいぞ、これ!)
相当な威力だ。
よく見たら、尾針を放った血狂い大蜂は、爆発させた腹部を失い、絶命して地上に落ちていっていた。
まさに命懸けの攻撃。
その覚悟と敵意に、僕の背筋は冷たく震えてしまった。
「手を止めるな、マール!」
キルトさんが叫ぶ。
「こちらの弾幕を減らせば、すぐにでも奴らが殺到する。そうなれば、さすがに勝ち目はない。そなたは魔法を撃ち続けよ!」
ガシュッ バチィン
叫びながら、彼女は迫る大蜂を斬り裂き、飛んできた赤黒い尾針を叩き落した。
(でも……)
見上げれば、2000もの針がこちらを向いている。
その全てが同時に放たれれば、それこそ防ぎようがない。
ギチギチ
こちらの心理がわかったのか、女王蜂が笑うように牙を擦り合わせ、不快な音を鳴らした。
(くっ……)
迷いながら、僕は『炎の蝶』を生み出し続ける。
ソルティスも『どうするの!?』と視線でキルトさんに問いかけ、イルティミナさん、ポーちゃんも攻撃しながら、彼女の答えを待っていた。
そしてキルトさんは、
「5秒、耐えよ」
と短く言った。
(5秒?)
怪訝な表情で見返した先で、銀髪の美女は足を止め、手にした『雷の大剣』を高く振り被っていた。
あれは!
僕は気づく。
そして真意を確かめる前に、その言葉に従って、とにかく『炎の蝶』を生み出し続けた。
ギチチッ
けど、キルトさんという護衛がいない、その間隙をついて、1体の血狂い大蜂が接近してくる。
(舐めるな!)
僕は右手で魔法を放ちながら、左手にある『妖精の剣』を鋭く振るった。
ヒュコン
魔物の頭部を断ち、絶命させる。
剣技と魔法を同時に使うのは、本当に難しい。
とてもじゃないけど、そうした戦い方は長く維持できない。
でも、5秒なら。
それぐらいなら、必死にやれば、維持できるのだ。
キルトさん、クパルトさんという盾がいなくなっても、まだ僕という矛盾が残っていると知って、他の血狂い大蜂の動きが僅かに鈍った。
ほんの数秒。
でも、僕らにとっては、天の恵みにも等しい時間だった。
ヒィン
キルトさんの手にある『雷の大剣』の正面に、青い雷が集束し、小さな球状になっている。
青い輝きが、彼女の美貌を照らす。
そして、5秒の溜めの時間を手にした鬼姫キルト・アマンデスは、その最終奥義を解き放った。
「鬼神剣・絶斬」
リィン
静かな声と共に、大剣が振り下ろされる。
青い三日月のような光が上空へと飛んでいき、その進路上にいる血狂い大蜂を何匹も切断していった。
そして、その先にいるのは女王蜂。
青い光に照らされながら、けれど、その魔物の女王は逃げることなく、真っ向からその赤黒い針を青い三日月とその先のキルトさんに向けて、その尾部を爆発させた。
ゴパァアン
誰よりも長く大きな尾針。
それが、恐ろしい速さで撃ち出され、大気を斬り裂きながら僕らに迫った。
キィン
けど、それは何の抵抗もなく、鬼神剣・絶斬の青い三日月に斬り裂かれ、そして女王蜂の巨体も真っ二つになってしまった。
紫の血の花が空中に咲く。
そして、2つになった女王蜂の肉体は、青い空から落下して、眼下のアラクネの森へと音もなく落ちていった。
(やった!)
それと同時に、他の『血狂い大蜂』たちの動きが止まった。
ブブブッ
羽音だけを響かせながら、全ての個体が、女王蜂の落ちていった地上の方を見ている。
「…………」
不思議と僕らの攻撃の手も止まっていた。
奇妙な空白の時間。
やがて、何体かの蜂たちが、この戦闘空域から離脱する。
すると、それを皮切りにして、他の蜂たちも一斉にこの場から離れるように、青い空へと飛んでいってしまったんだ。
僕は、呆然とした。
キルトさんは「ふむ」と呟き、構えを解いて息を吐く。
僕の視線に、
「統率者がいなくなれば、群れの意思統一もできなくなるものじゃ。どうやら狙い通り、戦意を失わせることができたようじゃの」
と答えた。
そっか……。
戦況は悪く、奥の手を使う前に女王も倒されてしまった。
残された蜂たちには、その後、誰かが代わりに指揮をとって僕らと戦おうというほどの意思は持てなかったんだね。
「よかったわ~」
ソルティスが『竜骨杖』を抱え、安堵の息を吐く。
ポーちゃんは、その背中を労うようにポンポンと優しく叩いていた。
僕とイルティミナさんは顔を見合わせ、無事に戦いが終わったことに微笑み合ってしまった。
(あ)
そうだ、クパルトさんは?
思い出し、慌てて彼の方を見れば、どうやら大きな怪我はないみたいで、クパルトさんは自力で立ち上がっていた。
「クパルトさん」
僕は小走りで近づく。
すると彼は、その場に跪いた。
え?
「皆様の戦いぶりは驚嘆に値するものでした。その勇ましき戦いの記録は、我が一族が後世まで、子々孫々に渡って伝えていきたいと存じます」
そう深く頭を下げられてしまった。
僕らは目が点だ。
でも、クパルトさんは大真面目な顔だった。
……多分、最後の『鬼神剣・絶斬』で女王蜂を倒し、2000体もの魔物を追い払ったことが、彼の中では強く印象的だったみたいだ。
(でも、仕方ないか)
僕らは見慣れてる。
だけど、初めて目にする人にとっては、キルトさんの強さって凄く惹きつけられるんだよね。
僕だってそうだったもの。
僕、イルティミナさん、ソルティス、ポーちゃんの視線がキルトさんに集まる。
彼女はたじろぎ、
「ま、まぁ、皆、無事でよかったの」
指で頬をかきながら、そう呟いた。
それに僕らは、クパルトさんを除いて、つい笑ってしまった。
そうしてヒュパルス寺院に迫っていた魔物の脅威は、僕らのがんばりによって、なんとか回避することができたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
ヒュパルス寺院に戻って報告すると、みんな大喜びしてくれた。
みんな本堂に避難して隠れていたらしいんだけど、遠いここまで、あの3000体もの巨大蜂たちの羽ばたきの音はずっと聞こえていたらしいんだ。
(それは怖かったよね)
でも、その脅威は去った。
抑圧されていた分、感情の爆発は大きかったみたいだ。
「マー君、すげえ!」
「やるじゃん!」
「ありがと、マー君!」
子供たちにもペチペチと身体を叩かれて、手荒に祝福と感謝を送られてしまった。
ちょっと痛い。
けど、やっぱり嬉しいな。
イルティミナさんたちも喜んでくれている皆に、満足そうな顔をしていた。
うん、これぞ魔狩人の醍醐味だ。
その夜は、質素倹約を是とするお寺だけど、ちょっとだけ食材を多めに使って、豪勢な料理を作ってくれた。
(わぁ……)
光る水だけだった時と大違い。
鶏肉と野菜の炊き込みご飯に、獣肉と茸の鍋、デザートには果物の入った冷えた寒天もあって、ソルティスも「ヒャッホウ♪」と喜んでいたよ。
そして、お酒も解禁。
今回の勝利の立役者であるキルトさんは、寺の人たちに次々とお酌をされて、とっても幸せそうだった。
(よかったね)
僕とイルティミナさんも少しだけ嗜ませてもらって、楽しい時間を過ごしたんだ。
ただ、お酒を飲んだからかな?
その夜は凄く眠くなってしまって、欠伸が止まらなかった。
ポーちゃんも珍しく欠伸をしている。
そんな僕に気づいて、
「私たちは先に休ませてもらいましょう。――キルト、あとは任せますが、あまり飲み過ぎないように気をつけてくださいね」
「うむ! 任せよ、任せよ!」
席を立った僕らに、キルトさんは赤ら顔で盃を掲げていた。
僕らは苦笑する。
ポーちゃんは、食いしん坊ソルティスに付き合って、まだ残るつもりみたいだ。
そうして僕とイルティミナさんの夫婦は、寄り添い合いながら、2人だけで先に借りている平屋へと戻っていく。
夜空の星々がとても綺麗だ。
平屋に入ると、優しい奥さんが、すぐに寝床の用意をしてくれた。
「ありがと、イルティミナさん」
「ふふっ、いいえ」
僕らは笑い合う。
そのまま薄着になって、いつものように僕は彼女の抱き枕にされながら、まぶたを閉じた。
柔らかくて温かい。
そして、いい匂い。
大好きな人の身体を感じつつ、そのこぼれる綺麗な髪に頬や首をくすぐられながら、僕の意識はゆっくりと眠りの世界に落ちていった。
…………。
…………。
…………。
気がついたら、真っ白な世界に来ていた。
足元は、ただただ白い煙に覆われていて、それが地平の果てまで続いている。
空は青く、雲もなく、純粋に澄み渡っていた。
(……ここって)
それに気づいた時、
「――お、ようやく繋がったな」
「――よかったわ。そして、色々とお疲れ様だったわね」
そんな2種類の声がした。
ドックン
その声を聴いた瞬間、僕の心臓は大きく跳ねた。
声の1つは、男の子のもの。
もう1つの声は、大人の女の人のもの。
(まさか、まさか……)
息を飲みながら、ゆっくりと声が聞こえた方を振り返った。
ドクン
ドクン
そうして振り向いた先では、
「よ、久しぶりやな、マール」
「会いたかったわ」
片手を上げる金髪碧眼の少年と、紫色のウェーブヘアと赤い瞳をした美女が、並んで僕へと笑いかけていた。
僕は震えた。
それから、泣きそうになりながら、笑う。
「ラプト! レクトアリス!」
神界に帰ってしまった友人たちの名前を、必死に大きな声で呼んだんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
少年マールの転生冒険記は、現在、毎週金曜日の更新です。
次回更新は、来週8月12日の金曜日0時以降を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




