559・2人の友の代わりに
第559話になります。
よろしくお願いします。
(魔物っ!?)
クパルトさんの言葉に、僕らは驚いた。
お互いに顔を見合わせ頷くと、それぞれの装備を手にして、先に行った僧兵さんを追いかけるように走りだした。
扉を抜け、石垣の外へと出る。
ビィィ……
遠くから低く何かの振動する音が聞こえる。
なんだ、この音?
そう思いながら走っていくと、寺院から300メードほど離れた場所で、4~5人の僧兵さんが棍棒を手に戦っている姿があった。
その上空には、巨大な蜂がいた。
体長は3メード弱。
黒と赤の体色をしていて、鋭い牙と長い足、太い尾の先端からは液体に濡れた真っ黒な長い針が突き出されていた。
「むっ、『血狂い大蜂』か」
キルトさんが眼光を鋭くする。
その『血狂い大蜂』と呼ばれる魔物は、透明な翅をビビビッと激しく動かして、周囲の空気を振動させていた。
ビュッ
上空から、僧兵さんたちに襲いかかる。
(速い!)
あの巨体でも俊敏性は、普通サイズの蜂と変わらないみたいだ。
僧兵さんたちは棍棒でその攻撃を受け、すぐ反撃に転じようとするけれど、その時にはもう蜂の魔物は上空に逃れていた。
棍棒では、手が出せない。
そんな感じだった。
クパルトさんは「防御に徹し、隙ができるのを待ちなさい」と僧兵さんたちに指示を出す。
彼らは「はっ」と頷いた。
でも、そんな必要はないと思う。
だって、こっちには対空攻撃も可能な『魔狩人』が揃っているんだからね。
「イルナ」
「はい」
キルトさんの一言に、現役の『金印の魔狩人』は頷いて前に出ると、手にした白い槍を大きく振り被った。
ヒュボッ
投擲。
気づいた血狂い大蜂は、即、回避しようとしたけれど、その素早さでも間に合わなかった。
ドパァン
白い槍は、その蜂の足2本と巨大な翅を吹き飛ばす。
翅を失い、蜂は落下する。
その落下地点へと、すでに僕は走っていた。
イルティミナさんが白い槍を投げる瞬間から、こうなることを予測していたんだ。
「やっ!」
ヒュココン
左右の手にした『大地の剣』、『妖精の剣』を振り抜いて、落ちてきた魔物の巨体を斬り刻む。
手足、頭、胴体、翅、全てがバラバラになった。
僕は、その下を走り抜け、すぐに振り返ってそちらに2本の剣を構える。
残心だ。
そして、バラバラになった魔物の肉体は動きを止め、草の地面に紫色の体液が広がっていくのみとなった。
「ふう」
それを確認して、僕は、ようやく息を吐いて緊張を解いた。
キルトさんは頷く。
「うむ、さすがの連携じゃな」
僕とイルティミナさんを見て、そう笑った。
ソルティスはいざという時に備えて構えていた『竜骨杖』を下ろし、その前に護衛として立っていたポーちゃんも拳を下ろした。
僧兵さんたちは唖然としていた。
自分たちの苦戦していた魔物をあっさり倒されて、驚いているみたい。
クパルトさんは、
「ご助力、ありがとうございます」
と僕らに手を合わせ、頭を下げてきた。
敬意のこもった眼差しだ。
ちょっと照れ臭い。
僕とイルティミナさんは顔を見合わせ、思わず、小さく笑い合ってしまったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
僧兵さんの中には、多少の怪我をしている人たちもいて、ソルティスが回復魔法をかけてあげていた。
僧兵さんは「かたじけない」と恐縮している。
ソルティスは、
「大した手間じゃないわ」
と肩を竦めて治療を続け、ポーちゃんは、そんな少女の背中を優しく見守っていた。
その一方で、キルトさん、イルティミナさん、僕、クパルトさんの4人は、倒したばかりの『血狂い大蜂』の死体のそばに集まっていた。
キルトさんが死体を確認している。
「ふむ」
少し難しい顔をした。
(?)
「どうしたの?」
僕は聞いた。
キルトさんは立ち上がって、
「この『血狂い大蜂』は、群体で生きる魔物での。こやつはどうも働き蜂のようじゃ。そうなると、近くに巣があるかもしれぬ」
と言った。
(え、そうなの?)
僕は目を丸くし、クパルトさんは表情を少し険しくした。
イルティミナさんも冷静な口調で言う。
「この魔物のサイズですと、相当、成長していると言えます。となれば、巣もかなり大規模なものになっているかもしれませんね」
大規模な巣、か。
ちなみに彼女の予想だと、数千匹の巣じゃないかってことだ。
……え?
この巨大サイズの蜂が数千匹も集まっているの?
(何それ?)
それって、もはや軍隊と一緒だよ。
キルトさんが、この地に詳しいだろうヒュパルス寺院の僧院長さんに訊ねた。
「クパルト、この辺に崖はあるか? 土ではなく岩肌で、相当量の重量がかかっても崩れぬ、しっかりとした岩盤の崖じゃ」
彼は少し考え込む。
やがて、
「ここより南東方向の崖ならば、その条件に合うかもしれません」
と頷いた。
キルトさんも頷き、「よし、様子を見に行こう」と言う。
ヒュパルス寺院の平和のためにも、そんな巣が本当にあったら大変だ。ちゃんと確認しなければいけない。
僕らも大きく頷く。
クパルトさんは、他の僧兵さんたちには寺院に戻り、警戒しておくようにと伝えて、崖までの案内は自らが買って出てくれた。
「では、参りましょう」
「うむ」
僕らは頷き、歩きだした。
…………。
…………。
…………。
草原にまばらな木々の生えた場所を歩いていく。
やがて、前方に大きな崖が見えてきた。
何十メードもあるような岩の崖で、その上は、また山頂へと通じるなだらかな草原の斜面となっているみたいだった。
ここはちょうど山の外殻部なので、崖の壁面は奥に進むにつれて大きく曲がり込み、僕らの位置からは、その反対側の壁面は見えなくなっていた。
と、その時、
「むっ。皆、隠れろ」
キルトさんが鋭く言い、僕らは慌てて近くの草むらに身を潜めた。
(……何事?)
そう思いつつ、息を殺す。
すると、どこか遠くの方からビィィ……と、先程聞いた低く振動する音が聞こえてきた。
(……あ)
崖周辺の空に、あの赤黒の巨大蜂が十数匹、編隊を組んで飛んでいた。
青い空を背景に、その巨体がよく映えている。
その血狂い大蜂たちは、僕らには気づかずに、そのまま頭上を越えて上の階層の草原へと行ってしまった。
気配と音が消える。
僕らは大きく息を吐いて、草むらから立ち上がった。
「やはり、近くに巣があるようじゃな」
キルトさんが呟いた。
それから、その金色の瞳は蜂が飛んできた方向――すなわち、ここからは見えない崖の反対側へと向けられた。
(この崖の裏側に、巣があるんだ?)
見えない分、何だか余計に恐ろしく感じる。
ソルティスは、ふと寺院があった方を振り返って、
「あのヒュパルス寺院って、やっぱり『血狂い大蜂』の活動範囲の内側に建っちゃってるわよね? ってことは、かなりまずくない?」
と美貌をしかめた。
キルトさん、イルティミナさんは頷く。
あの魔物の蜂は肉食であり、幼虫を育てるために周辺の動物を狩って、肉団子にして幼虫に与えるのだという。
そして人間は、
「奴らにとって、鈍重で格好な獲物であろうな」
とキルトさん。
巣の近くにあるヒュパルス寺院は、格好の狩場となってしまうとのことだった。
クパルトさん、表情は落ち着いて見えるけど、顔色は良くない。
棍棒を握る手にも、強い力がこもっている。
(……クパルトさん)
その心情を思うと、僕も心が苦しい。
それにしても、あの血狂い大蜂とかいう魔物も、本当に悪い位置に巣を作ってくれたものだよ。もっと別の場所に作ってくれたらよかったのに……。
でも、作ってしまったものは仕方ない。
僕は言った。
「キルトさん、蜂には悪いけど、その巣は壊さないと」
そうでないと、寺院の人たちが危ない。
クパルトさんは、ハッとしたように僕の顔を見た。
キルトさんは「そうじゃな」と頷いたけれど、何だか反応に気迫が感じられないというか、少し悩んでいる感じだった。
「キルトさん?」
僕は首をかしげる。
彼女は沈黙し、やがて息を吐く。
「巣を壊したいのは山々じゃが、その方法をどうしたものか……。何しろ、ここから見えぬ位置にあるようじゃからの」
「……あ」
言われてみれば、そうだった。
ここから巣は目視できない。
目視できなければ、イルティミナさんの白い槍の砲撃も、ソルティスの魔法も、キルトさんの鬼神剣・絶斬も、ポーちゃんの神気を放つ拳も当てられないんだ。
「最悪、崖ごと崩壊させる手もあるが……」
とキルトさん。
鬼神剣・絶斬や爆破の魔法で、崖崩れを起こして、巣ごと地上に落とす方法だって。
でも、それはリスクが伴う。
実はヒュパルス寺院も、山の中腹にある崖の上に建立されているんだ。
もし近くで崖を崩したら、その地盤の変化で、ヒュパルス寺院のある崖にも影響が出てしまい、最悪、その崖も崩れてしまう可能性もあるらしい。
博識のソルティスも、
「それはやめた方がいいわ」
って、その方法を止めていた。
…………。
じゃあ、どうしたら?
僕らは悩んだ。
巣が見える位置まで崖にしがみついて移動するとしても、そんな足場もない場所で、もし血狂い大蜂に襲われたらどうしようもない。
なら、
(……あ)
僕は閃いた。
「僕は空を飛べるんだから、僕1人でその巣を破壊しに行けばいいんだ」
うん、いいアイディアだ。
みんな、驚いたように僕を見る。
クパルトさんは「空を飛べるのですか?」と目を丸くして聞いてきた。
僕は「うん」と笑った。
ポケットから『神武具』を取り出して、「これが翼になるんです」って教えてあげた。
コロコロ
虹色の球体は、自己アピールするように僕の手のひらを転がる。
(あは)
ちょっと可愛い。
でも、そんな僕へとイルティミナさんが詰め寄って、
「いけません」
と、そのアイディアを否定した。
え?
キルトさんも難しい顔で頷いて、
「確かに、その方法ならば巣にも攻撃できるじゃろう。じゃが、マール。その巣には、その巣と群体を守ろうとする数千体もの『血狂い大蜂』がいるのじゃぞ?」
と言った。
それは、僕1人で数千の軍隊と戦うような状況だ。
…………。
無謀かな?
でも、僕はやる気だった。
「大丈夫だよ。一気に突っ込んで巣を壊したら、みんなのところにすぐに逃げ帰って来るから。そうしたら、みんなと一緒に戦えるでしょ?」
それなら、例え数千体が相手でも勝てる気がするんだ。
みんな強いから。
笑って言う僕に、全員、呆れた顔をする。
イルティミナさんだけは「マール……」と引き留めたそうな顔をしていたけれど、僕の表情を見て、何を言っても無駄だと思ったのか、諦めたように吐息をこぼした。
キルトさんは、
「全く、頑固なところは昔から変わらぬな」
と苦笑した。
ソルティスも「本当にね~」とポーちゃんと顔を見合わせ、頷き合ったりしている。
イルティミナさんは、
ギュッ
「わかりました。ですが、すぐに戻ってくるのですよ? そうしたら、相手が何千体、何万体いようと私が必ず守ってあげますからね」
そう言って、僕を抱きしめてくれた。
僕は「うん」と笑った。
そんな僕らの様子を見ていたクパルトさんは、
「……神狗様」
何かを言いたげな表情をしながら、僕の名前を呼んできた。
彼は信心深い人だ。
そんな彼にとって、自分たち人間のために自らを危険に晒そうとする『神狗』である僕の行動は、ちょっと理解しがたいのかもしれない。
でもね。
僕は笑った。
「ラプトやレクトアリスなら、きっとそうしたと思うんです」
そう伝える。
クパルトさんは驚いた顔をした。
あの2人は優しいから、自分たちのために尽くしてくれた一族の人間たちを見捨てるような行動なんて、きっとできない。
同じ状況なら、きっと僕と同じ決断をすると思う。
そして、
「ここには2人はいないから、きっとその役目は、友達である僕がやらなきゃいけないことなんだ」
そう感じるんだよ。
そうして僕は笑って、「だから、安心して任せてください」と付け加える。
クパルトさんだけでなく、みんな驚いた顔だった。
「…………」
クパルトさんは無言のまま、深々と頭を下げてきた。
僕は瞳を伏せる。
その時、ふと思った。
(もしかしたら……ラプトとレクトアリスが僕らを呼んだのは、この人たちを守るためだったのかな?)
あの2人なら、ありえるかも。
ふふっ。
つい笑っちゃったよ。
それから僕は、手にした『神武具』の球体を光の粒子に変えて、自分の背中に『金属の翼』を形成させた。
シャアン
広がる金属の羽根が擦れて、澄んだ音色を響かせる。
僕の周囲には、光の粒子たちがまだキラキラと舞っていた。
そんな翼を生やした神狗の姿を、イルティミナさん、キルトさん、ソルティス、ポーちゃん、そしてクパルトさんが見つめ、その目を眩しそうに細めていた。
僕は、青い瞳を開いた。
そして、
「それじゃあ、行ってきます」
そう笑って告げると、大きな金属翼を光り輝かせ、その神なる力でフワリと空中に浮かびあがったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
いつも読みに来て下さって、本当に感謝です♪
次回更新は、来週の7月29日(金)を予定しています。
週1回の更新となっていますが、もしよかったら、どうかまた読みに来て頂ければ幸いです。どうぞ、よろしくお願いします~!




