557・信心の人々
第557話になります。
よろしくお願いします。
武器防具を装備した僕らは、クパルトさんの先導の元、石垣の扉を潜って外に出た。
ガコン
扉を閉めると、中にいた他の僧侶さんたちが閂をかける。
開けっ放しにしておくと、万が一の時に、魔物に石垣の内部に侵入されて大変なことになるからね。必要な備えなんだ。
「では、参りましょう」
クパルトさんはそう微笑み、歩きだした。
僕らもあとに続く。
草木の生えた山の斜面を進んでいく。
場所によっては傾斜が酷く、砂利混じりの地面だったりするので、足元に気をつけないと滑落する危険もあった。
下手をしたら、そのまま崖から落ちて地上まで真っ逆さま、という可能性もあるんだ。
……そう考えると、このヒュパルス寺院は、結構、危険な立地だよね。
(クパルトさんたちは、そんな土地に暮らしているんだ)
祖先も入れたら、400年も……。
アルゼウス神の命を受けたのかもしれないけれど、その敬虔な信心と使命感には、頭が下がる思いだった。
…………。
しばらく歩いていくと、前方に大きな崖があった。
山頂の方から水が流れているのか、遠くの方で滝となって下界へと落ちていくのが見えている。
滝の近くには、虹が見えていた。
そして、そんな崖には、3メードほどの大きさの洞窟があったんだ。
(ここ?)
洞窟の入り口には、錫杖みたいな物が4~5本刺さっていて、その間が真っ赤な紐で結ばれている。
立ち入り禁止のロープ、かな?
クパルトさんは、そちらに手を合わせてから、赤い紐を解いた。
松明に火を灯して、
「中に向かいます。濡れている場所もありますので、足元に注意してください」
と言った。
僕らもランタンに火を灯して、それを片手に、クパルトさんに続いて中へと入っていく。
(……寒い)
洞窟の中は、かなり冷えていた。
吐く息が白く染まっている。
洞窟の内部は、何の変哲もない岩肌の普通の洞窟だった。
壁の一部からは、湧水がこぼれ、小さな水溜まりになっている場所もあった。
…………。
そうして50メードほど進んだ先で、洞窟は行き止まりとなった。
そこは、ちょっとした広い空間になっていて、そこに魔法陣が刻まれた長方形の『石の台座』が2つ、並んで置かれていた。
ドクンッ
少し鼓動が跳ねた。
かつて『アルドリア大森林・深層部』で僕が召喚された『石の台座』とそっくりだった。
「こちらです」
クパルトさんは言った。
「こちらにて、大いなる『神牙羅』のラプト様、レクトアリス様の御二方が現世に顕現なさりましてございます」
その静かな声が洞窟内に反響する。
…………。
僕らは、誰も、何も喋らずに、ただその2つの『石の台座』を見つめてしまった。
チャリッ
そんな中、僕は足を踏み出す。
左手でランタンを掲げながら、右手を伸ばして『石の台座』の表面に触れる。
冷たい。
そして、ざらついた感触。
風化によって角が丸くなり、そこに400年という時間の重さを感じた。
2人が人類を見守り続けた時間。
その重さだ。
「……ラプト、レクトアリス」
大切な友人の名前を呟いた。
かつて一緒に旅をして、共に戦った友人たち……けれど今、その2人は、この世界のどこにもいないのだ。
神の世界。
そこにいる。
そうわかっているのに、何だか寂しくなってしまった。
青い瞳を伏せる。
感傷的になってしまっていたのか、そんな僕の瞳から、1滴だけ涙がこぼれて頬を伝った。
そんな僕を、みんなが見ている。
「……マール」
イルティミナさんの憂いのある声が、僕の鼓膜に優しく響く。
……うん。
その温もりを感じながら、僕はゆっくりと『石の台座』から自分の手を離したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
僕の感情が落ち着いた頃を見計らって、クパルトさんが教えてくれた。
「拙僧共は、日に1度、この聖なる洞穴の内部を確認することが責務となってございます。それは先祖代々、400年間、続けられてきました」
そして、それは現在も続いている。
そうした日々の中で、4年前のあの日、クパルトさんたちは『神牙羅』の2人を見つけたのだという。
……それは、どれほどの衝撃だったろう?
常に変わらぬ暗い洞窟の風景。
それは、400年という時間のほぼ全てを埋め尽くしてきたはずだ。
クパルトさんの先祖には、その責務を生涯かけて果たしながら、けれど、ラプトたちに出会えずに没してしまった人も大勢いるだろう。
その中で、暗い洞窟の奥に佇む、あの2人の光輝く姿を見つけたのだとすれば……。
「…………」
当時を思い出しているのか、クパルトさんが胸元を強く手で押さえ、目を閉じていた。
……多くの人が人生をかけて。
そうして、ラプトとレクトアリスの顕現を待ち、その日に備えてきたんだ。
僕は、息を吐く。
2つの『石の台座』を見つめて、
「……神様って、罪深いな」
ポツリと呟いた。
多くの人の人生と命を縛ることになってしまう存在の大きさに、僕は『神狗』でありながら、そんなことを思ってしまったんだ。
「……マール」
キュッ
そんな僕の手を、イルティミナさんが握ってくる。
心配そうな彼女に『大丈夫だよ』と微笑みかけて、僕は、繋いだその温かな手のひらを強く握り返したんだ。
…………。
…………。
…………。
さて、感傷に浸るのはこのぐらいにして、少し現実的な話に戻ろう。
夢の言葉を信じて、僕らはこうして『ヒュパルス寺院』にある2人の『神界の門』にまで辿り着いた。
んだけど、
「それで、どうしたらいいんだろう?」
となった。
夢の中で2人は『伝えたいこと』があるみたいだった。
でも、どうやってそれを伝えられるのか、肝心なその部分が不明なままなんだ。
とりあえず、ここに来れば何か変化があるかもと思っていたんだけど、
(……何もないね)
僕の前には、ただ2つの『石の台座』があるだけだ。
そこからラプトたちが現れるでもなく、何かしらの伝言がわかる訳でもなく、静謐な空気だけが保たれているのみだった。
これには、みんなも困っている。
僕も困った。
ポーちゃんを見てみるけれど、彼女も首を左右に動かして『わからない』と伝えてくる。
(う、う~ん?)
そんな僕らの様子を、クパルトさんは静かに見守っている。
彼は落ち着いた口調で、
「皆様は、まだこの地を訪ればかりでございます。焦ることなく、しばし滞在して、何かが起こるのを待たれてはいかがでしょう?」
と言ってくれた。
キルトさんが問う。
「わらわたちの滞在は、そちらの迷惑にはならぬか?」
「何も」
彼は笑った。
「むしろ『神狗』と『神龍』であらせる尊き御二方をお世話できることは、拙僧たちにとっても望外の喜びでありますれば、何も遠慮の必要はございません」
そう言って、こちらに手を合わせてくる。
僕らは顔を見合わせた。
そうまで言ってもらえるなら、そのお言葉に甘えてしまおうか……そんな感じで頷き合う。
僕は、
「よろしくお願いします」
と頭を下げた。
クパルトさんは優しく微笑み、「はい、どうか気兼ねなく」と頷いてくれたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
そのあとは、ソルティスが詳しく調べたいというので『石の台座』の調査をした。
魔法陣を調べたり、周囲の環境を調べたり。
「ちゃんと魔法文字も、1つ残らずスケッチしてよね?」
「はいはい」
少女の指示に、僕は頷いて、いつものように紙面に筆を走らせた。
クパルトさんは、そんな僕の絵を見て感心したように「お上手ですね」と褒めてくれて、正直、ちょっと嬉しかったです、うん。
そんな感じで1時間ほど滞在して、調査は終了。
僕らは、ラプトとレクトアリスが召喚されたという聖なる洞窟をあとにしたんだ。
…………。
村への帰り道、キルトさんが村の食料事情についてを聞いていた。
僕らが滞在することで、その分の食料の負担をかけてしまうのを気にしてのことみたいだった。
けれど、
「それらの心配は、何もございませんよ」
とクパルトさん。
「実は、4年前より拙僧共の村には、3ヶ月に1度、アルン神皇国よりの援助が届けられるようになりましたので」
そうなの?
もう少し詳しい話を聞いたところ、ラプトとレクトアリスを保護した功績で、国からの報奨や援助を受けられるようになったのだとか。
それによって、本堂の補修も行われ、食料なども届けてもらえるそうなのだ。
「特に医薬品は助かっています」
そう言って、クパルトさんは微笑んだ。
確かに、こんな人里離れた辺境の地では、お医者様もいないもんね。
とはいえ、そうした援助はありがたいけれど、どうしてもそれが必要という訳でもないらしいんだ。
だって、彼らは400年も独力で生きてきた。
食料だって自給自足で賄ってきたし、病気や怪我に対しても、独自の薬草や医学知識で対応してきたんだ。
特に、この地では『癒しの霊水』が湧き出ている。
最悪の場合は、それを飲めば飢えは凌げるし、その力で怪我を治すことだってできてしまう。
そういう意味では、援助なんて必要ないんだ。
ただ、国の厚意を無下にするのも申し訳ないそうで、
「これも我らへの厚意ではなく、アルゼウス神への信仰の現れとして、ありがたく受け取らせて頂いてございます」
とのことだ。
その話を聞いて、なんだか感心してしまったよ。
(クパルトさんたちは、本当に凄いや)
4年前まではそんな援助は何もなくて、言い換えれば、多くの人々が気にもかけない役目を信仰心だけで、400年もの長き間、果たし続けていて。
そして実際に、その行いが世界を救う一助となった。
クパルトさんの横顔を見る。
彼の表情には、責務を果たそうとする気高さがあり、けれど、それを世間に見せつけたがるような部分が欠片もなかった。
真なる聖職者。
その一族の末裔。
彼はそういう人物なのだと思うと、心が震えてしまった。
「クパルトさん」
僕は彼を呼んだ。
彼は穏やかな表情で、こちらを見る。
今だけは『人』としてではなく、1人の『神狗』として口を開く。
「――ありがとう」
たった一言。
でも、それ以上に言える言葉はなく、その一言に全てを込めた。
彼は少し驚き、
「これも、拙僧の役目にござりますれば」
そう静かに答えて、僕らに向かって、美しく両手を合わせたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
週1回更新になっても変わらず読みに来て下さって、本当にありがとうございます!
6月は体調を崩していたのもあって、ほぼ執筆できませんでしたが、7月に入って、ようやく書けるようになりました。
現在、ストック作成を、鋭意、頑張っております。とはいえ、まだ余裕は足りなくて、もうしばらく週1回更新でお許し下さいね。
どうか皆さん、もしよかったら、これからも『少年マールの転生冒険記』をよろしくお願いします~!
※次回更新は、来週の金曜日7月15日を予定しています。次のマールの物語も、また楽しみにして頂けましたら幸いです♪