555・ヒュパルス寺院
第555話になります。
よろしくお願いします。
石階段を登り始めて、2時間ぐらいが経過した。
階段のある山の斜面は段々と勾配をきつくして、気がついたら、ほぼ垂直の崖みたいになっていた。
僕は息を切らしながら、
「これって、階段がなかったら大変だったね」
と呟く。
イルティミナさんも頷いた。
「これほどの断崖となっていては、地上の魔物も、そう易々と『ヒュパルス寺院』のある中腹までは辿り着けそうにないですね」
なるほど。
つまり、天然の要害だ。
(そういう意図を持って、この山に寺院が作られたのかもしれないね)
そんな話をしながら、僕ら6人は、崖に掘られた石の階段を淡々と登っていく。
ふと見下ろせば、眼下には地上の大自然が広がって、僕らが通ってきた『アラクネの森』も遥か下方に見えている。
だいぶ標高の高い場所まで来たみたいだ。
足を踏み外したら、間違いなく死んでしまうだろう。
石の階段は、風化によって角が丸みを帯びているし、所々に苔も生えているので気をつけないといけない。
(慎重に、慎重に)
そう言い聞かせながら、確実に段差を足で踏んで登っていく。
そうして、更に1時間ほど。
僕らが登っていた垂直の崖は終わりを告げて、目の前には、草原と木々に包まれたなだらかな山の斜面が現れた。
石の階段も、ここで途切れている。
そして、草原と木々の先に、真っ白い壁のような物が広がっているのが見えたんだ。
(石垣、かな?)
様々な大きさの白い石が積まれたそれは、高さ3メードぐらいあり、横方向にも500メードぐらい、地面の上に伸びている。
また石垣の向こうには、屋根のような物が見えていた。
キルトさんが「ふむ」と頷き、
「どうやら無事に、目的の寺院へと到着したようじゃの」
と言った。
◇◇◇◇◇◇◇
崖の石階段から白い石垣までは、乾いた土の剥き出しになった細い道が伸びていた。
それに沿って、僕らは進んでいく。
すると、石垣に造られた木製の扉を見つけた。
扉のそばには、小型の鐘が吊るされていて、どうやらこれが呼び鈴代わりみたいだった。
僕は手を伸ばし、鐘の横に吊るされた木槌を掴む。
ガラン ガラン
低い金属の音色が、青い空へと吸い込まれるように周囲に響く。
…………。
僕らは、しばらく待った。
2分ほどすると、
(ん……)
扉の向こう側に人の気配を感じた。
閂を外す音がして、ギギッ……と木の軋む音を響かせながら、目前で扉が開かれる。
そこに現れたのは、1人の僧侶だった。
50代ぐらいの男性で、髪は剃りあげられ、白と橙色の法衣のようなものを身につけている。
右手には、護身用なのか、長さ2メードはある細い棍棒が握られていた。
彼は、僕らの姿を目に捉え、
「どちら様で?」
と、落ち着いた声音で誰何してくる。
こちらを代表してキルトさんが前に出ると、彼女は銀の髪を肩からこぼして、その僧侶さんに一礼した。
「突然の来訪を失礼する。わらわたちは、シュムリア王国の冒険者であり、とある事情によって『ヒュパルス寺院』を目指している旅人じゃ。ここは、その寺院に相違ないであろうか?」
そう確認した。
僧侶さんは「シュムリアの……?」とかすかに驚き、僕らを見定めるように見つめてくる。
僕は目を逸らさず、その視線を受け止めた。
やがて僧侶さんは、
「確かにここは、世の人々より『ヒュパルス寺院』と呼ばれる場所でございます。ですが、このように辺鄙な寂れた寺院に、何の御用でござりましょうや?」
と問いかけてきた。
キルトさんは、荷物の中から書状を取り出し、
「こちらは、アルン皇帝アザナッド陛下よりの書簡じゃ。詳しい事情も書かれておるゆえ、確認してもらえぬであろうか」
「皇帝陛下の書簡……ですか?」
彼は目を丸くする。
それから「拝見いたします」と恭しく受け取って、その封を解き、中身の書状に目を通していく。
視線が文字を追いかけていく。
すると、その表情は、段々と驚きの色に染まっていき、やがて、バッと顔があげられた。
その視線は、僕とポーちゃんの2人に向けられていて、
「『神狗』の少年と『神龍』の少女……つまり、御二方は、ラプト様、レクトアリス様と同じ『神の眷属』でいらっしゃる……と?」
驚きと畏怖に満ちた声だ。
その眼差しを受け止め、僕と金髪の幼女は、大きく頷いた。
僧侶さんは、しばし呆然としていたけれど、すぐに我に返って、棍棒を脇に挟み、こちらへと両手を合わせてくる。
感じ入ったように、
「これもアルゼウス様のお導きにございましょうか……。我らが寺院まで、ようこそおいでくださいました」
と、深く頭を下げてくる。
僕は「頭を上げてください」とお願いした。
上げられた僧侶さんの顔を見つめて、微笑み、
「ちゃんと話をさせて頂くためにも、一度、寺院の中に入らせてもらってもいいですか?」
「もちろんです」
彼は大きく頷いた。
そうして僕らは石垣の扉を潜り、『ヒュパルス寺院』の敷地内へと入らせてもらったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
(へぇ……)
石垣の内側に入ると、そこには広い畑が広がっていた。
農作業をしている人たちが20人ほどいて、その畑の奥には、この世界では珍しい木造の本堂が建てられているのが見えた。
本堂より奥の敷地には、住居らしい木造建物が何棟も見受けられる。
農作業をしている人は、年寄りも子供もいて、男女も様々だ。
その畑の脇を通って、僧侶さんの案内の元、僕らは木造の本堂へと向かって歩いていく。
(…………)
畑にいる人たちは作業の手を止めて、興味深そうに僕らを見ていた。
僕はそちらを見て、
ペコッ
軽く頭を下げる。
彼らはそれに驚き、慌てたようにこちらに会釈してくれた。
やがて、僕らは本堂へと入った。
中へと入る時には、靴を脱がされる。
前世日本人である僕は違和感はないけど、イルティミナさんたちには馴染みのない文化なので、素足で室内を歩くことが物珍しそうな様子だった。
本堂の正面には、巨大な像があった。
あご髭を蓄えた逞しい男性で、その手には、翼の生えた槍を持っている。
(アルゼウス様だ)
ラプト、レクトアリスの主神である正義の神様が、この寺院の本尊のようだった。
僕は手を合わせる。
ポーちゃんも手を合わせていて、それを見て、イルティミナさん、キルトさん、ソルティスの3人も同じようにしていた。
僧侶さんは、そんな僕らを優しく見守っている。
そんなアルゼウス様の見守られる板張りの広間で、僕らは、草を編んだ座布団に座ることになった。
女性の方がお茶の湯呑を持ってきて、僕らの前に置いてくれる。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、彼女は微笑み、僕らに会釈して去っていった。
僕らと向き合うように、僧侶さんが座っている。
「まずは自己紹介ということで、拙僧は、この『ヒュパルス寺院』の僧院長を務めておりますクパルト・アーディクスと申します」
僧院長?
つまり、ここの一番偉い人……かな。
クパルトさんの言葉に頷いて、僕ら5人もそれぞれに自己紹介をしていった。
キルトさんが元『金印』、イルティミナさんは現役の『金印』、ソルティスも『銀印』の冒険者ということで、彼はかなり驚いていた。
お茶を飲んで気持ちを落ち着け、クパルトさんは僕らを見る。
「それで、当寺院にはどういった御用でござりましょうや? 何やら夢に関することで、こちらを訪れられたと書簡には書かれてありましたが……」
僕らは頷き、事情を説明した。
先日、ラプトとレクトアリスの夢を見たこと。
それが、ただの夢ではないような気がすること。
その2人に、自分たちの『神界の門』まで来るように伝えられたこと。
それらを聞いて、クパルトさんは頷かれた。
「なるほど、それで当寺院に」
ようやく納得した顔だ。
ただの夢では? と訝しがられるかと思ったけれど、僕とポーちゃんが『神の眷属』だからか、素直に受け入れてくれたみたいだ。
彼自身が神職に就く人だから、その影響もあったのかもしれない。
キルトさんは、
「そのような訳で、しばし、こちらに滞在する事をお許し願えぬであろうか?」
と聞いた。
クパルトさんは微笑まれ、
「もちろん構いません。このような土地ですので大したおもてなしもできませんが、どうぞ、『神狗』様、『神龍』様の望まれるようになさってください」
と、こちらに深く頭を下げてきた。
わ、わっ?
キルトさんも「かたじけない」と頭を下げ、それに倣って、僕らも全員、頭を下げ返した。
…………。
それから僕らは本堂をあとにして、こちらに滞在している間、自由に使っていいと1軒の住居に案内された。
平屋の建物だ。
玄関には土間があって、ここでも室内では靴を脱ぐみたい。
台所とトイレがあって、お風呂は別建物で共同風呂だそうだ。
なんか、日本っぽい。
ソルティスなんかは、興味深そうに建物の構造などを眺めていた。
他にもたくさん並んでいた住居も、みんな、同じ構造なのかな?
そんなことを思いつつ、そういえば、この『ヒュパルス寺院』は400年間、敬虔なアルゼウス信徒の一族が守ってきたという話を思い出した。
僕は「あの」とクパルトさんに声をかける。
「この場所には今、何人ぐらいの人が暮らしているんですか?」
「36人です」
彼は、すぐに答えてくれた。
36人も……。
僕が召喚された『アルドリア大森林・深層部』の塔には、1人もいなかったんだけどなぁ……。
でも、この人数が多いのか、少ないのか、僕にはよくわからない。
それに気づいたのか、
「当寺院ができた時には、1000人を超える人々が暮らしていたと聞きます」
1000人!?
僕は口をアングリと開けてしまった。
「300年前、ラプト様、レクリアリス様が実際に現世に招来された時にも、まだ400人ほどいたと聞きます。それに比べれば、今はお恥ずかしい限りでございます」
彼は、そう恥じ入るように瞳を伏せた。
いやいや。
「恥ずかしいなんて、そんな。皆さんは、本当に凄いと思います」
「…………」
「4年前のラプトとレクトアリスも、きっと物凄く助かったと思いますよ。その2人のおかげで世界を守ることができた。つまり皆さんのおかげで、この世界は守られたんです」
僕は、真剣にそう言った。
もしこの『ヒュパルス寺院』に誰もいなくなってたら、ラプトとレクトアリスは、命を落としていたかもしれない。
そうなったら、僕は『神狗』の力を取り戻せなかった。
その後の戦いにも生き残れなかっただろうし、生き残れても何もできなかっただろう。
2人の功績は、本当に大きいんだ。
大迷宮の踏破、『神武具』の確保、『第3の闇の子』の撃破などなど、ラプトとレクトアリスがいなければ、決して成せなかったことは多い。
もしそれら全てがなくなっていたとしたら、世界の天秤は、大きく滅亡へと傾いていたはずだ。
僕は、クパルトさんに頭を下げた。
「長い間、この場所を守っていてくださって、本当にありがとうございました」
「…………」
彼は、かすかに目を見開いて、僕を見つめていた。
やがて、息を吐く。
穏やかに微笑んで、
「この地で亡くなった我が祖先たちも、そのお言葉にて報われたことでございましょう。優しき『神狗』様には、深く感謝を申しあげます」
そう頭を下げ返してくれた。
再び上げられた彼の表情には、重かった荷を1つ下ろしたような安らぎが滲んでいた。
そして、
「何かありましたら、いつでもお声がけください」
彼はそう言って、住居を出ていく。
扉を開けたら、外には聞き耳を立てていた子供たちが集まっていて、びっくりした顔をしていた。
クパルトさんの「こら」のお叱りに、子供たちは、蜘蛛の子を散らしたように慌てて逃げていく。
彼は嘆息し、「失礼しました」と謝ってくる。
僕らは「いえいえ」と笑顔で気にしていないことを伝えて、彼はまた頭を下げると、丁寧に扉を閉めていった。
パタン
軽い音が静かに響く。
僕らは顔を見合わせ、
「……ふむ。まずは荷物と装備を下ろして、ゆるりとするかの」
と、キルトさん。
その提案に「うん、そうだね」と僕らは頷き、笑顔をこぼした。
――こうして『ヒュパルス寺院』へと辿り着いた僕らは、しばらくの間、この歴史ある寺院に逗留することになったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
実は、先週の頭ぐらいから体調を崩してしまいました……。
不調が長引き、現在も本調子ではありません。
執筆もままならず、『少年マールの転生冒険記』を楽しみにして頂いている皆さんには本当に申し訳ありませんが、当面の間、このまま週1回更新とさせて下さいね。
また週1回更新になっても読みに来て下さる皆さんには、深く感謝申し上げます。いつも本当にありがとうございます!
もしよかったら、どうかまた読みに来てやって下さいね~。
※次回更新は来週の金曜日(7月1日)を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。