547・未知なる剣輝
第547話になります。
よろしくお願いします。
約束までの3日間、フレデリカさんは、ずっとお城で仕事をしているらしく、あれから屋敷に帰ることは1度もなかった。
将軍さんは、朝に出仕して夕方に帰ってくる。
その間は、各人自由に過ごし、僕はというと、絵を描いたり、剣の稽古をしたりしながら時間を過ごした。
「……また駄目かぁ」
剣の稽古では、僕が考えた新しい剣技を何度か試したんだけれど、全て失敗してしまった。
将軍さんとの手合わせで成功したのは、ただの偶然だったのかもしれない。
(……しくしく)
落ち込んでばかりもいられない。
1度、お手本というか、外からその剣技を見てみたくて、イルティミナさんとキルトさんにやってくれるように頼んでみた。
「はい、マールのためならば」
「よかろう」
2人は快諾。
頼んでないけど、ソルティスも「私もやってみたいわ!」なんて言い出して、3人がそれぞれに披露してくれた。
まずソルティス。
「えい、やっ!」
ヒュボボッ
凄まじい威力の剣が上下から振り抜かれる。
おぉ……思ったより様になっている。
ちょっと感心。
ソルティスもドヤ顔をしていたけれど、でも見ていたキルトさんが駄目出しをした。
「力は凄いが、それだけじゃな。鋭さがなく、それでは斬るというよりは叩き潰すような剣であろう。連撃のタイミングも悪い。ただの力任せに振り回しているだけじゃの。マールの剣に似ているが、まるで異なものじゃ」
「…………」
イルティミナさんも「そうですね」と頷いている。
2人からの低評価に、ソルティスはとても悲しそうでした……。
ポンポン
ポーちゃんの小さな手が慰めるように、その肩を叩いている。
続いては、その姉の番。
僕の稽古に付き合って、何度も僕の剣技を見て、指導してくれたのがイルティミナさんだ。
「では」
2つの木剣を構え、動く。
シッ
霞むような動きで、気がついたら上下に木剣を振り抜いた姿勢だった。
(速い)
木剣の風切り音も違う。
かすかに捉えた彼女の動きは、僕の理想に近かった……けど、何かが違うと感じた。
何だろう……?
悩んでいると、その答えは本人が口にした。
「残念ながら、速さだけですね」
「うむ」
キルトさんも頷く。
「そなたは、あまり剣に慣れておらぬからの。全てを断つための剣の芯がブレておる。特に左の斬り上げは、完全な失敗じゃ」
「おっしゃる通りです」
イルティミナさんも認めて、吐息をこぼす。
僕を見て、
「ごめんなさいね、マール」
申し訳なさそうに微笑んだ。
僕は慌てて「ううん」と、自分のために剣を振るってくれた奥さんに首を振ってみせる。
最後はキルトさんだ。
彼女は2つの木剣を手にして、「ふむ」と呟きながら、確かめるように上下に剣を構えた。
…………。
構えただけなのに、空気が引き締まる。
さすがキルトさん。
僕だけでなく、イルティミナさん、ソルティス、ポーちゃんも息をつめて、銀髪の美女を見つめた。
「ぬん」
ヒィン
空気が震えるような音が聞こえた。
上下の剣が恐ろしい速さで交差して、空気が強く圧縮され、振動した音色だったのかもしれない。
2つの木剣を上下に振り抜いた姿勢で、キルトさんは止まっている。
「…………」
やがて残心を解き、構えを解いたキルトさんは、何やら難しい顔をしていた。
でも、僕の青い瞳は輝いていた。
――あれだ!
今、見せてくれたキルトさんの動きは、間違いなく僕の理想とした動きそのものだった。違和感も何も感じない。
全てを断つ剣技。
それを上下から、それも、それぞれを片手で放つ高難度の剣技。
その完成形を、キルトさんは見せてくれた。
今の動きを真似れば――、
「マール、今の動きは忘れろ」
僕が心にその動きを刻もうとした時、それを遮るようにキルトさんの強い声がぶつけられた。
え?
僕は驚き、彼女を見る。
キルトさんは、何とも納得がいっていない顔で、
「今の剣技は、失敗じゃ」
と告げた。
(……え、どうして?)
だって、僕の目には完璧に見えたし、心でもそう感じた。
それはイルティミナさんも同じだったようで、「どういうことですか?」と問い質している。
ソルティスとポーちゃんは顔を見合わせていた。
キルトさんは悔しそうに、
「今の動きは『魔血の民』だからできた動きじゃ。魔血のないマールには、絶対に真似できぬ動きであった。これは、マールにとって手の届かぬ幻想の剣じゃ」
幻想の……剣。
彼女は、自分の両手を見つめる。
「これは思った以上に、両の手に負荷がかかる。そして想像以上に繊細かつ大胆な制御をしなければならない、至難の剣じゃ」
「…………」
「最初は、マールに合わせ、魔血の筋力を使わぬレベルで放とうとした。しかし、不可能であった。少なくとも、このキルト・アマンデスとて一朝一夕に真似できぬ」
そ、そうなんだ?
キルトさんの表情は、なんだか何かの勝負に負けてしまったかのような感じだった。
その視線が僕に向く。
「そなた、よくこの剣技を放てたの」
そこにあったのは、深い敬意のこもった賞賛だった。
「今、改めて、そなたの放ったこの剣技の難度を思い知ったぞ。……やはり、そなたの剣才は、わらわよりも高みにあるようじゃ」
なんだか、凄い褒められてるぞ……?
僕は慌てて、言った。
「いやいや、だから僕も、そう成功率高くないし……。でも、キルトさんだったら、練習したらすぐできるようになるんでしょ?」
「……わからん」
「…………」
「正直、魔血もなく、この剣技を完成させられる自分の姿が、今のわらわには見えてこぬ」
思わぬ弱気な発言だ。
これは、僕だけでなく、イルティミナさんとソルティスの姉妹も驚いていた。
キルトさんは吐息をこぼす。
「全く……マールには、いつも驚かされてばかりじゃの」
そう苦笑した。
豊かな銀の前髪をかき上げて、何かを噛み締めるように広がる青空を見つめる。
それから、僕を見た。
「この剣技は、もはやマール自身が研鑽を積み、己の力のみで完成させるしか道はない。そなたはもはや、その領域に入った」
「…………」
「あとは自分との戦いじゃな。負けるでないぞ?」
金色の瞳が見つめてくる。
…………。
僕は頷いた。
その評価に驚きはしたけれど、キルトさんから向けられる信頼には応えたいと心の底から思った。
(がんばろう)
そう決意を胸に刻む。
キルトさんは微笑み、そんな僕の茶色い髪をクシャクシャと、白い手でかき交ぜるように撫でてくれた。
◇◇◇◇◇◇◇
稽古の他には、絵を描くことも楽しんだ。
やっぱり一番多く描いたのは、僕の大好きなお嫁さんイルティミナさんで、彼女にはモデルになってもらって、何枚も描かせてもらった。
「少し恥ずかしいですね」
モデルになってくれる彼女は、そう頬を染めて言う。
でも、その姿がまた可愛くて、余計に僕の絵を描きたい欲求を刺激してくるんだ。
うん、描けて本当に幸せ。
他にも、キルトさんやソルティス、ポーちゃんにもモデルを頼んだりした。
ポーちゃんは『描きたいなら好きにしていい』みたいな感じで、キルトさんは『モデルという柄でもないのじゃがの』と照れる感じで了承してくれた。
でも、ソルティスは、
「ぜ~ったいに嫌っ!」
と拒否されてしまった。
なんで?
だけど、拒否されると余計に描きたくなるもので、物陰に隠れながら、こっそり彼女をモデルにして絵を描こうとしてみたりした。
んだけど……すぐ見つかり、殴られてしまった。
「痛い……」
「あ、当ったり前でしょ!? 人のこと、勝手にジッと見つめてくるんじゃないわよ、馬鹿マール!」
耳まで真っ赤になった顔で怒られた。
……残念。
そんなわけで、この美しい少女をモデルに描くことはできなかった。
代わりではないけれど、将軍さんがモデルになってくれて、彼が剣を振る姿などを絵に描きだしてみた。
その絵を見た将軍さんは、
「マール殿は、研鑽を積めば、もしや宮廷画家にでもなれるのではないか?」
と、真剣な顔で呟いていた。
いやぁ、冗談だとわかっていても嬉しいな。
イルティミナさんも僕が褒められて、「さすがダルディオス将軍、見る目がありますね」と満足そうに何度も頷いていたよ。
――そんな感じで、3日間はあっという間に過ぎた。
そして、ついに約束の当日だ。
屋敷には、青い髪をした軍服の麗人フレデリカさんも帰ってきて、
「待たせたな、マール殿」
と微笑んだ。
彼女の後ろには、ダルディオス家の用意した馬車が停まっていて、彼女は手袋に包まれた手を僕へと誘うように伸ばしてくる。
「さぁ、約束通り、ラプトとレクトアリスの社殿を見に行こう」
「うん!」
僕は頷き、その手を取った。
一緒に馬車の中へ。
すぐにイルティミナさんも何か言いたげな顔であとに続き、キルトさん、ソルティス、ポーちゃんも乗り込んだ。
将軍さんは残念ながら、今日もお仕事。
フレデリカさんは、3日間がんばったので、今日は1日、一緒にいられるそうだ。
「楽しみだなぁ」
僕は窓の外を見ながら、笑顔で呟いた。
フレデリカさんが優しく微笑み、イルティミナさんも「そうですね」と穏やかに頷いた。
ゴトトン
車輪が回り、馬車が動き出す。
そうして僕ら6人は、かつての神界の友人たちが祀られたアルゼウス大神殿を目指して、屋敷を出発をしたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




