546・もしかしてだけど
第546話になります。
よろしくお願いします。
「なんと! マール殿が父上に勝ったのか!?」
お昼頃、お城から戻って来たフレデリカさんは、食堂でのみんなとの食事中に、僕と将軍さんの稽古の話を聞いて、驚いた顔をしていた。
僕は笑って、「うん」と頷く。
そんな僕を見つめ、それからフレデリカさんは悔しそうに拳を握る。
「くっ……。父上を打ち倒す、そんなマール殿の勇姿を、私もこの目で見届けたかった……っ」
「フ、フィディ……」
愛する娘の発言に、将軍さんはとても悲しそうだ。
あはは……。
そんな父娘に、僕は困ったように笑うしかない。
…………。
…………。
…………。
フレデリカさんの思いを知った今、僕は彼女とどう接したらいいか、ちょっと迷ったりもした。
けど、結局は、今まで通りにすることにしたんだ。
彼女自身がその思いを直接、僕に伝えてくれたわけじゃない。
それなのに僕自身が『僕のこと好きなの?』と聞くのも変だし、それを肯定されても、僕は彼女の思いに応えることはできないんだ。
正直、今の関係も心地いい。
それを、変なことを言って壊したくないって気持ちもなくはない。
それは自分が傷つきたくないっていう卑怯な考えかもしれないけれど……でも、フレデリカさんが僕に気持ちを伝えなかったのも、同じ理由だったかもしれない。
彼女も悩んだと思う。
でも、色々と悩んで、考えて、結果として僕には何も伝えず、生涯独身を決めたのだとしたら、僕はそれを受け入れるしかないと思ったんだ。
少なくとも、彼女自身から何かを伝えられるまで。
あるいは、彼女の決断によって、彼女自身が不幸になるという確信を僕が得られるまで。
「…………」
僕は、アルンの姉とでもいうべき女性を見る。
彼女は、泣きついてくる情けない父親に肘打ちを与え、凛とした表情で叱っているところだった。
……今は大切な友人として。
そんな彼女との距離と関係を大切にしていこうと、そう思ったんだ。
「ん? どうかしたか、マール殿?」
僕の視線に気づいたフレデリカさんが、キョトンと僕を見る。
僕は笑って、首を左右に振った。
「ううん、何でもないよ」
「? そうか」
頷くフレデリカさん。
イルティミナさんは、そんな僕とフレデリカさんのやり取りを何とも言えない表情で見守っていた。
コホン
キルトさんが咳払いをして、
「しかし、マールが将軍に勝つとはのぉ。正直、そこまで成長していたとは思わなんだぞ」
そう話題を振った。
僕は「そう?」と首をかしげる。
確かに、僕自身も勝てるなんて思っていなかった。
けど、イルティミナさんが『今の僕なら勝てる』って言ってくれたし、信じてくれたから、その暗示もあっていつも以上に力を出せた気がしている。
だから、
「きっとイルティミナさんの愛の力のおかげだよ」
と、胸を張って堂々と言い切った。
イルティミナさんは「マ、マール」と少し恥ずかしそうな、でも嬉しそうな顔をする。
ソルティスは苦笑し、
「うへ~、言うわねぇ」
「だって、本当だもん」
「はいはい、ご馳走様。全く……マールはイルナ姉にぞっこんね」
彼女は、両手を左右に広げる。
何を今更?
「そんなの当たり前じゃないか」
僕は呆れたように呟き、イルティミナさんに「ねぇ?」と笑いかける。
そんな僕の視線を受けて、彼女は頬を染めながら、少し恥ずかしそうにはにかむだけだった。
キルトさんも苦笑し、
「まぁ、イルナの愛はともかく、最後に放ったそなたの剣技は、実に見事であったぞ」
と褒めてくれた。
将軍さんも頷く。
「うむ、あれには参ったわい。あの威力と鋭さの剣技を全く違う方向から、ほぼ同時に放たれては防ぐ手もそうないわい。放てる間合いに入られてしまえば、正直、打つ手なしじゃぞ」
……そんなに?
2人の英傑からの思わぬ高評価に、僕は目を丸くして驚いてしまった。
ソルティスも「へ~?」と感心した顔をし、ポーちゃんはキルトさんたちに同意なのか、コクン、コクンと何度も頷いている。
「褒めてくれて、ありがと。でも、練習でもそんなに成功率、高くないんだよ」
「ほう、そうなのか?」
「うん。今回は成功したけど、確率的には1割ぐらいじゃないかな?」
だから、今回は運が良かったんだ。
キルトさんは「なるほど」と頷き、
「まだまだ修練が必要なようじゃの」
「うん」
師匠の言葉に、僕は頷いた。
それから、
「それと、今回は『神気』も使って少しズルい戦い方をしちゃったからね。だから将軍さんに勝てた気もするんだけど」
と、反省と自嘲を込めて言った。
それに、将軍さんとキルトさんは「む?」と意外そうな顔をする。
「ズル?」
「うん。剣技の途中で『神気』を使って、威力と速度を上げたから。防御のタイミングもズレるでしょ?」
「…………」
「…………」
2人の英傑は、顔を見合わせる。
キルトさんはため息をついた。
「マール。神気を使うことがズルならば、そなたは、わらわが『魔血の民』であることもズルだと思うのか?」
え?
「そんなことはないよ?」
「ならば、『神狗』であるそなたが神気を使っても問題あるまい」
「……でも」
それとこれとは、少し違うような?
「いや、同じじゃ」
「…………」
「己の持てる才能を全て駆使して、勝利を掴もうとする。それは剣士として当然のことじゃ」
「そう……かな?」
「そうじゃとも」
迷う僕に、キルトさんは断言した。
将軍さんも頷いて、
「剣技の途中で、自身の筋力を跳ね上げるのは、逆に剣技の制御を難しくもするだろう。じゃが、マール殿はそれを成した。その結果の勝利だわい」
「…………」
「胸を張るのだ、マール殿」
彼は、真っ直ぐ僕を見る。
そして、
「貴殿は、このアドバルト・ダルディオスに勝った。それは運でもまぐれでもない、貴殿の実力で掴み取ったものなのだ」
力強くそう言ってくれた。
(将軍さん……)
実際に手合わせした相手からの言葉は、誰よりも、何よりも僕の心に響いた。
……うん。
奢る必要はないけれど、卑下する必要もない。
僕は、ダルディオス将軍に勝った――その事実は、素直に受け入れようと思えたんだ。
「ありがとう、将軍さん」
僕は微笑み、頷いた。
将軍さんも満足そうに笑って、頷いてくれる。
そんな僕らの様子に、フレデリカさんは、
「どうやら、相当な剣技だったようだな。私もこの目でその剣技を、そして、マール殿が父上を倒すところを本当に見てみたかった」
と笑った。
それを聞いた将軍さんは、「フ、フィディ……」と、また情けない声を出していたけどね。
それを見て、僕らはまたみんなで笑ってしまったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「では、行くとするかの」
皆で昼食を終えたあと、外出準備を整えたキルトさんは、そう言って屋敷を出立することになった。
パディア皇女殿下に会うためだ。
キルトさんと一緒に、フレデリカさんも再び城に戻ることになっている――というか、キルトさんを連れていくために、フレデリカさんは一旦屋敷に戻ったということだろう。
軍服の麗人は、玄関前に用意した馬車へとキルトさんと共に乗り込んだ。
その窓から顔を出して、
「キルト殿は、夜には屋敷に戻らせるので、どうか安心していて欲しい」
と、フレデリカさん。
パディア皇女殿下は、キルトさんにご執心だ。
そのせいで、もしかしたら僕らの元へ二度と帰らないんじゃないか……みたいな心配をすると思われたのかもしれない。
(いや、そんな心配してないけどね)
だって、キルトさんだし。
拘束とか軟禁とかされても、彼女なら自力で何とか脱出してしまいそうな気がするのだ。
だから、キルトさんのことは心配してない。
だけど、僕は、別のことが気になった。
「フレデリカさんは帰ってこないの?」
「あぁ」
僕の表情に、フレデリカさんは少し嬉しそうな顔をしてから頷いた。
そして、申し訳なさそうに続ける。
「3日後、急遽休みを頂くことになったからな。その調整のために色々とやらなければならないことがあるんだ」
そっか。
3日後に、ラプトとレクトアリスの社殿にお参りに行けそうだという話は、昼食の席で教えてもらっていた。
とはいえ、彼女は近衛騎士。
急な休みを取るのも容易ではないのだろう。
それ以外にも、恐らく、僕らの参拝のための各方面への連絡だったり、手続きだったり、準備だったりもしてくれているのだと思う。
本当にありがたいことだ。
見上げる僕に、軍服のフレデリカさんは微笑み、その手を伸ばして、僕の髪を優しく撫でてくれた。
「では、行ってくる」
窓が閉まり、馬車が動き出した。
ガラガラ
車輪の音を響かせ、屋敷の門を抜けて、皇帝城のある方向の道へとその姿は消えていった。
「…………」
僕は、それを見送る。
そばには、イルティミナさん、ソルティス、ポーちゃん、将軍さん、他にも屋敷の使用人の皆さんも立っていた。
(……行っちゃったな)
ちょっと寂しい。
でも、パディア皇女殿下も寂しかったから、キルトさんに会いたいんだろう。
それを思ったら、まぁいいか、と思えた。
将軍さんと使用人の皆さんが、屋敷の中へと戻っていく。
僕はその場に残ったまま、
「キルトさんって、本当に人気者だよね」
ふと呟いた。
ウォン姉妹とポーちゃんがこちらを見て、
「そうですね」
「確かにキルトって、昔から周りに人が集まってくる感じがあるわよね」
と認めた。
キルトさんには人を引き付ける何かがある。その魅力に、皇女殿下も魅了されてしまったということなのかな。
「……皇女様のお気に入り、か」
本当、凄いよ、キルトさん。
それに引き換え、
「僕は逆に、皇女殿下には嫌われてるみたいだしなぁ……」
昨夜の離宮での出来事を思い出す。
なんでだろ?
考え込んでいると、ソルティスが苦笑いする。
「ま、仕方ないんじゃない? だってあの皇女殿下は、キルトやフレデリカのこと、気に入ってるんでしょ?」
「???」
それでなぜ、僕が嫌われるの?
「そりゃ、好きな人からは、誰だって一番に思われたいじゃない?」
「…………」
「でも、フレデリカはマールが好きで、キルトもマールを弟子として大事にしてる。少なくとも2人は、パディア皇女殿下よりもマールを大切に感じてると思うわ。それを皇女殿下もわかってるんでしょ」
……ええっと?
僕はしばらく考えて、
「つまり、嫉妬……みたいな?」
「そ」
ソルティスはあっけらかんと認めた。
そ、そっかぁ。
そういう理由で嫌われていたのかと気づけば、納得できるような、でも、ちょっと複雑なような気持ちもする。
…………。
フレデリカさんが僕を好き、か。
そのことを、あの幼いパディア皇女殿下も気づいていたってことになる。
あんなに幼いのに、気づくんだ。
「……もしかして、僕って鈍いのかな?」
そう呟く。
イルティミナさんとソルティスは目を丸くし、ポーちゃんは『やれやれ』という風に首を振った。
ソルティスは苦笑する。
「今更、気づいたの?」
「……うぐ」
「まぁ、他人のことに対しては察しが良い方だと思うけど、自分に向けられた好意に対しては、驚くほどに鈍感よね」
「…………」
そ、そうなのか……。
(でも、自分なんかを好きになってくれる人がいるなんて、普通、想像できないと思うんだけどなぁ)
なんだか難しい顔になってしまう。
そんな僕を、イルティミナさんとソルティス、ポーちゃんは見つめている。
…………。
もしかして?
いやまさか。
でも、僕は鈍いらしいし?
自問自答を繰り返しながら、僕はジーッとソルティスの見慣れた美貌を見つめた。
「? 何よ?」
不思議そうな顔のソルティス。
そんな彼女に、僕は聞いた。
「もしかして、もしかしてだけど……本当にもしかして、ソルティスも僕のことを異性として好きだったりする?」
「…………」
「…………」
「…………」
ソルティスは驚いたように目を見開いた。
イルティミナさん、そして珍しくポーちゃんも姉妹と同じように驚いた顔をしている。
そしてソルティスは、「はっ」と笑った。
ピンッ
(いてっ)
おでこを指で弾かれる。
「あんま調子に乗るんじゃないわよ、馬鹿マール」
そう呆れたように笑われる。
う、うぐぐ……。
おでこの痛みと、変なことを聞いた恥ずかしさで涙目になってしまった。
そんな僕とイルティミナさんを置いて、ソルティスは笑いながら、ポーちゃんと一緒に屋敷の中に戻ってしまった。
(自惚れてすみません……)
しくしく。
なんだか落ち込んでしまった僕の肩に、イルティミナさんの白い手が触れてくる。
「イルティミナさん……」
うん、やっぱり彼女だけだよ、僕を好きでいてくれるのは。
ギュッ
肩に置かれた彼女の手を、強く握る。
イルティミナさんは少し困ったように僕を見つめて、それから大きく息を吐く。
そして微笑み、
「私たちも戻りましょうか」
「うん」
自分の奥さんの誘いに、僕は頷く。
早くイルティミナさんに相応しい男になるために、午後も剣の稽古を見てもらおうかな……そんなことを思いながら、僕らは一緒に屋敷の中に戻っていった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。