545・神狗の二刀剣技
第545話になります。
よろしくお願いします。
僕の構えを見た将軍さんは、少し驚いた顔をしたあと、何かを楽しみにする子供みたいに笑った。
「ほう? 二刀流かね」
「…………」
僕は答えない。
将軍さんの放つ『圧』は、少しでも隙を見せれば押し潰されてしまいそうなほどだった。
会話などで、呼吸は決して乱せない。
(――勝つぞ)
イルティミナさんに期待された以上、僕は本気だ。
それが伝わったのか、将軍さんもそれ以上は何も口にしなくなった。
ジリッ
向き合ったまま、少しずつ間合いを詰めていく。
視界の隅では、イルティミナさんが僕らの立ち合いを見守り、その奥でこちらに気づいたキルトさん、ソルティスが稽古を中断するのが見えた。
「将軍と稽古するのか?」
「はい」
キルトさんの確認に、頷くイルティミナさん。
その短い会話の間も、2人の視線は僕らに向いていた。
ソルティスはポーちゃんに「マール、勝てそう?」と訊ね、金髪の幼女は「まだわからない」と、こちらを見ながら短く答えていた。
……いけないな。
こんな外の情報が見えてしまうなんて、集中していない証拠だ。
(もっと深く、静かに、集中を――)
自分自身を戒める。
目の前に立つのは、『魔血』を持たない人類で最強とも言われるアルンの大将軍アドバルト・ダルディオスだ。
4年前の稽古では、歯が立たなかった。
では、今の僕はどこまで彼に近づけたのか……それが試されている。
(いくぞ!)
心に気合を入れて、僕は大きく踏み込んだ。
チッ
互いの間合いがぶつかり合ったのを感じる――その瞬間、将軍さんの手にした木剣が凄まじい速さで迫ってきた。
ガチィン
交差した木剣で受け、斜めに受け流す。
流しながら、左の木剣のみで防御をし、右の木剣を攻撃へと転じさせ、鋭く横に振り抜いた。
ヒュボッ
「!」
半歩、将軍さんは後方に引き、僕の木剣がかわされる。
木剣との距離は、5センチもない。
正確な見切りだ。
こちらの攻撃の間合いが1センチ刻みで、正確に把握されている――その証拠だった。
(さすが将軍さんだ)
感嘆と共に、こちらへと正眼に木剣を構える将軍さんを見つめる。
その2メードを越す巨体に対して、木剣は通常よりも小さな物を使用する。それによって彼は、『魔血の民』さえ凌駕する正確無比な剣を手に入れた。
力、速さで敵わない以上、究極まで『技』を追い求めた結果だ。
それは、同じ『魔血』を持たない僕の目指す道でもある。つまり将軍さんは、僕の歩む道の遥か先を行く先人なのだ。
(でも、追いつく)
そして、追い越すんだ。
今の僕の技では、将軍さんほどの正確無比さは出せない。
なら、こちらが二刀である優位さを生かして、手数で圧倒するんだ。
タッ
覚悟を決めて、また踏み込む。
今度は、将軍さんの剣より先に、こちらから先に剣を振るった。
ガッ ガギッ ゴッ
連続で振るうこちらの2つの剣を、将軍さんはたった1本の剣で防いでいく。
(っっ)
これは……凄い。
実際に剣を合わせて、そのことに気づいた。
こちらの木剣の最も力の入らない位置に、将軍さんの木剣の最も力の入る部位が当てられている。片手の非力もあるけど、剣がまるで押し込めない。
まるで見えない壁に阻まれているみたいだ。
これが将軍さんの剣か。
正確無比な剣技は攻撃だけでなく、防御でも発揮されていた。
例えこちらが『魔血の民』だったとしても、この防御はそう簡単には崩せない。彼の防御は、そうした自分より強者との戦いを想定した剣だった。
4年間の成長の成果か、それがわかるようになっていた。
そして、多少なりとも上達したつもりだったけれど、僕の剣ではまだ届かないこともわかってしまう。
(――いや)
まだだ!
成長が足りないなら、今、この瞬間に成長していけばいい。
より正確に。
より速く。
より強く。
1つ1つの剣にこれまで以上の集中を込めて、必死に左右の剣を振るっていく。
「ぬっ」
将軍さんが僅かに引いた。
僕の振り続ける2つの剣に、正確な防御を続けることが困難になってきているみたいだった。
後ろに下がりながら、防御を保とうとしている。
(逃すな!)
僕も前へと間合いを詰める。
けど、それに合わせて将軍さんは反撃を仕掛けてきた。
ガギィン
防御の衝撃でこちらの木剣を弾き飛ばそうとしてきたんだ。
カウンター剣技か!
辛うじて、手から木剣は離れていない。
だけど、生じてしまった隙を狙って、将軍さんも攻勢に出てきたんだ。
ガッ ガキン ゴッ ゴォン
僕の2つの木剣と将軍さんの1つの木剣が激しくぶつかり合い、連続した衝撃音を稽古場中に響かせていく。
(く……っ)
強い。
本当に強い。
剣技だけでなく、間合いも常に自分に有利になるように変化させ続け、2手先、3手先の位置取りも計算した攻撃と防御の組み立てが行われていた。
これが、常勝無敗の大将軍アドバルト・ダルディオス。
僕とは、経験値が違いすぎる。
状況に対応する引き出しの数が多すぎる。
隙が見えない。
これほどの1対1の強さを見せながら、彼の真価は、集団を率いる統率力だというのだから呆れてしまう。
これが世界最高峰の実力か。
凡人である僕とは、才能の桁が違う。
見せられるその力量に、心が折れそうだ。
(でも……まだだ)
諦める訳にはいかない。
背中にイルティミナさんの視線を感じる。
僕の勝利を信じてくれた彼女の思いを、こんな弱気で裏切る訳にはいかない。
「おっ! おぉおおおっ!」
僕は吠えた。
必死に意識を集中し、肉体を操作して将軍さんの剣に食らいつく。
負けない。
絶対に負けない。
そして、勝つ!
「くっ……くははっ」
戦いながら、将軍さんが笑いだした。
まるで侮っていた僕が予想以上に食い下がってきたことが楽しいとでも言うみたいに、その瞳を輝かせながら剣を振るっていた。
負けない、負けないぞ!
ガキッ ギキィン
自分自身が、まるで小さな竜巻にでもなったような錯覚がする。
追いすがる将軍さんの周囲を動き回り、時に攻勢を強め、時に守勢に回りながら、2つの木剣を途切れさせることなく振るい続ける。
……こんな戦い方、長くは持たない。
決着をつけなければ。
そのためには、やはり、練習してきた新しい剣技を使うしかない。
実戦では初挑戦だ。
動きながら放つのはもちろん、動く相手に使うのも初めてだ。
当てられるかもわからない。
いや、そもそも、剣技そのものを成功させられるかもわからないんだ。
けど、やる。
やらなければ、将軍さんには勝てない。
勝利の道がない。
なら、僕は可能性が低くても、その道を求めて突き進むんだ。
「りゃあっ!」
僕は、二刀を鋭く突き出す。
ガチン
将軍さんの剣は、正確無比にその2つの剣を上下に弾き飛ばした。
「――ぬ」
将軍さんが何かに気づいた顔をする。
でも遅い。
その瞬間には、僕はあの天地に剣を構えた状態になっていた。
呼吸も合わさっている。
(いくぞ!)
防御は意識の外に捨てた。
全ての力を攻撃に!
そのあとのことも考えない。
ただ、今、この瞬間、これから放つ剣技に全てを乗せる。
タンッ
左足を踏み込む。
迎撃に動こうとする将軍さんは、けれど、僕の右腕の木剣が振り落とされるのを見て、即、防御へと切り替えた。
その防御ごと、全てを断つ!
「はっ!」
僕の最強剣技。
それが将軍さんの木剣とぶつかった。
ギキィッ
本来、全てを斬り裂く剣技は、けれど、将軍さんの繊細かつ正確無比な力の受け流しによって完全に威力を殺され、受け止められていた。
「ぬうっ!」
将軍さんにとっても、それはギリギリの防御だったみたいだ。
その表情に余裕はなく、歯が食い縛られている。
――まだ。
重心が前方下部に落ちた――それを感じた瞬間、僕の左足の膝は、弾けるように大地を蹴り、左腕の木剣が跳ね上がった。
「――ぁああっ!」
角度が悪く、腕の関節と筋肉が軋む。
それを無視して、剣技の成功のみに集中し、腰の動きと連動させながら力を剣芯へと乗せていった。
全てを……断つんだ!
下段から放つ最強剣技。
並の相手ならば当てられる自信があったそのタイミングの剣技を、けれど、やはり将軍さんは反応してみせる。
「くっ!」
こちらに落ちてくる将軍さんの木剣。
それは先程見せた世界最高峰の防御と同じ技量を発揮しようとして、僕の放った剣を受け止めにくる。
その動きを見て、
「――――」
僕は、体内にある神なる力の蛇口を、反射的に解放していた。
――神気開放。
溢れるマグマのような熱い力が全身に駆け巡り、溢れる『神気』が身体の周囲に白い火花となって放散される。
ヒュゴッ
その力に後押しされて、僕の振るう剣が爆発的に加速した。
将軍さんの木剣とぶつかる。
瞬間、将軍さんの木剣が半ばからへし折れた。
正確無比な防御だったからこそ、それがずれてしまった時の技の崩壊は凄まじく、それに木剣が耐え切れなかったんだ。
ズドン
「ぐはっ!?」
巨躯を誇る将軍さんの脇腹に、僕の木剣がめり込んだ。
その両足が地面から浮いている。
1メードほど横にずれ、将軍さんは地面に着地する。
反射的に折れた木剣を僕へと構え……けど、口から血を噴いて、片膝をつく。
…………。
瞬間的に『神気』を解放した僕の身体からは、ピンとした獣耳と長くフサフサした尻尾が生えていた。
けど、それも白い煙となって消えていく。
「はっ、はっ」
集中が切れて、呼吸が乱れる。
それでも必死に残心を保ちながら、片膝の将軍さんに向けて2つの木剣を油断なく構えた。
と、
「そこまでじゃ!」
キルトさんの鋭い声が響いた。
え?
(あ……)
将軍さんの元へと駆け寄るキルトさん、ソルティスの姿を見て、興奮が抜けていく。
「肋骨が折れておるな。ソル、頼めるか?」
将軍さんの容体を診て、キルトさんが言う。
ソルティスは白い竜骨杖を手にすると、「ん、任せて」と、その魔法石を緑色の回復光に輝かせて、将軍さんの治療を始めた。
あ……えっと。
もしかして、集中し過ぎた僕は、やり過ぎてしまったのかもしれない。
将軍さんの負傷に、ちょっと慌ててしまった。
と、そんな僕の肩を、イルティミナさんの手が優しく押さえた。
振り向く僕に、
「大丈夫です」
そう微笑む。
それに浮足立っていた心が落ち着いた。
それから、治療が行われるのを落ち着いて眺めて、やがて、将軍さんは「ふぅ」と息を吐きながら立ち上がった。
「大丈夫か?」
「うむ。もう平気だわい」
キルトさんの確認に、頷く将軍さん。
治してくれたソルティスにも「感謝するぞ」とお礼を言って、少女は澄まして「どういたしまして」と答えていた。
そんな少女を労うように、ポーちゃんがその背中を撫でている。
そして、将軍さんはこちらを振り返った。
ドキッ
視線が合って、ちょっと鼓動が跳ねた。
彼は苦そうに笑って、
「見事な剣技であった。ワシの完敗であったわい」
そう自らの敗北を認めた。
……あ。
僕は、反射的に何も言えなかった。
何を言われたのか、理解できなかったのかもしれない。
けど、そんな僕の両肩を背中側から押さえたイルティミナさんが、僕の耳元で囁くように言う。
「貴方の勝ちですよ、マール」
「!」
思わず、振り返る。
イルティミナさんは大きく頷いて、
「あの常勝無敗の大将軍アドバルト・ダルディオスから、貴方は見事に1本取ってみせたのです」
美しい微笑みと共に、そう言ってくれた。
……ブルッ
その事実をようやく実感したのか、思わず身体が震えた。
もう一度、将軍さんを見る。
彼は笑いながら、それが本当だと僕の心に認めさせるように頷いた。
そばにいたキルトさんも、弟子の成長に嬉しそうな表情をしていて、僕の方へと近づいてくる。
「よくやった、マール」
キルトさん……。
「前に話して聞かせた自分だけの剣、それを1つ見つけたようじゃの。その己の道をこれからも歩み続けるが良い」
その手が僕の髪をクシャクシャと撫でた。
う、うん。
師匠のお褒めの言葉が嬉しくて、心が熱くなってくる。
ソルティスも「やるじゃない、マール」と笑っていて、隣のポーちゃんもコクコクと頷いてくれている。
あぁ……そうなんだ。
僕は、2つの木剣を手にした自分の両手を見つめる。
(……間違ってなかった)
自分の選んだ道は。
恐れや不安を押し殺して、信じたこの剣技は。
これが僕の……マールの剣だ。
「うん」
それを噛み締め、瞳を強く閉じる。
なんだか、泣いてしまいそうだ。
歩むべき道は、まだまだ途中で、険しいけれど、こうして1つの結果が出せたことが嬉しくて、今だけは自分を誇らしく思えたんだ。
「おめでとうございます、マール」
イルティミナさんが微笑み、祝福してくれる。
僕は笑った。
「ありがとう、イルティミナさん」
嬉しくなった僕は、彼女を抱きしめた。
突然のことに、イルティミナさんも予想外だったのか、その顔を真っ赤にして、けれど、すぐに優しく僕を抱きしめ返してくれる。
他のみんなは驚いた顔をして、それから笑いだした。
僕も声を出して笑い、
「やったぞー!」
右手の木剣を、頭上の青空に向けて強く突き出したんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、来週の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




