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【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


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059・キルトの稽古

第59話になります。

よろしくお願いします。

 僕は、キルトさんと一緒に庭に出た。


 先日、雑草を狩った芝生は、太陽の光に燦々と輝いている。

 空は青くて、今日も暑そうだ。


 その青空の下、銀髪のポニーテールをなびかせ、彼女は振り返る。


「では、始めるぞ、マール」

「はい、キルトさん!」


 僕は、元気よく返事をする。

 彼女は、満足そうに頷いて、僕らの稽古は始まった。


「まずは、準備体操じゃ」


 ということで、手足の曲げ伸ばしを開始。


(キルトさん、身体、柔らかいなぁ)


 膝を伸ばして立ったまま、手のひらが全て、ペタンと地面に着く。

 開脚も、180度を超える。


「そなたも、柔軟はしっかりやっておけ。毎日、続けよ? それが怪我の予防にもなる」

「は、はいぃぃ」


 ギギギィ


 一方の僕は、油の切れたロボットみたいだ。

 キルトさんは苦笑しながら、前屈する僕の背中を押してくれる。


「がんばって、マール」

「ボロボロにされるのよ、ボロ雑巾~♪」


 テラスの椅子に座っている姉妹から、声援が飛ぶ。


(いや、まだ準備体操だから……)


 苦笑する僕。

 でも、見られていると恥ずかしいやら、緊張するやら、準備体操の動きもぎこちなくなる。


 と、気づいたキルトさん、2人を振り返った。


「そなたらは、黙っていろ。マールの稽古の邪魔をしてはならぬ」 

「……す、すみません」

「う……わ、悪かったわよ」


 慌てて謝る2人。


 ちょっと驚いた。

 キルトさん、本当に僕のこと、真剣に考えてくれてるんだ。

 それが嬉しかった。

 

(それに応えれるように、がんばらないと!)


 やる気が高まる。

 美しい師匠は、そんな僕の様子をしっかりと見つめて、「うむうむ」と頷いていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 汗をかくほど身体を動かして、準備体操は終わった。


 キルトさんは、ようやく2本の木剣を手にした。

 その1本を、僕に差し出す。


「持て」

「はい……わっ!?」


 重い!

 木製のはずなのに、その木剣は思った以上に重かった。これ、2~3キロはあるよね?


「芯に、鉛が入っておる。金属の剣と同じ重さじゃ。まずは、これに慣れよ」

「は、はい」


 つまり、実戦の剣と同じなんだ。


(でも……これを振って、戦うの?)


 正直、想像がつかない。

 戦える気がしない。


 その表情を見て、キルトさんは苦笑する。


「最初から、何でもできると思うな。まずは1歩ずつじゃ」

「あ、はい」


 そうだ。

 できないから、できるように稽古するんだろ、僕?


 僕の表情の変化に、彼女は頷く。


「よし。では、この剣を構えるぞ。まずは、わらわの手本を見せる」

「はい」


 キルトさんは、僕の正面に立つ。

 そして、木剣を両手で持って、上段に構えた。


(…………)


 びっくりした。

 剣の重さを、まるで感じさせない動きだった。


 そして、とても綺麗な構えだ。


 しなやかな樹のような、不動の構え。

 なんだか、周りの空気まで、研ぎ澄まされている気がする。 


 ――ただ剣を構える。


 その何気ない1つの動きで、素人の僕でも、凄さがわかってしまった。


(この人、本当にとんでもない……)


 感動さえする僕の前で、彼女は、構えを解く。


「よし、やってみよ」

「はい!」


 僕は、一度、目を閉じる。


 今のキルトさんの動きを、思い出す。

 何度もイメージする。


 滑らかに、無駄な力を入れずに、余計な動きをせずに、ただ剣を持ち上げる。

 それだけだ。


(よし)


 目を開けて、僕は、木剣を上段に構えた。


「ほう?」


 キルトさんが、ちょっと驚いた声を出した。


 う……剣が重い。

 構えたあとに、剣先がフラフラしてしまう。


(うぬぬ……がんばれ、僕!)


 柄を、強く握って支える。


「ふむ、悪くない。初めてにしては、見事な構えじゃ」

「そ、そう?」

「しかし、手に力が入りすぎておる」


 コンッ


 キルトさんの木剣が、横から、構える僕の木剣を叩いた。


「うわ?」


 それだけでバランスが崩れて、転びそうになった。

 師匠は、笑う。


「最初のフラフラしていた方で良い。もう一度じゃ」

「は、はい」


 僕は、もう一度、構える。


 やっぱりフラフラする剣先。


 コンッ


(……あれ?)


 横から叩かれたのに、剣が揺れただけで、バランスは崩れなかった。

 そっか。

 こんなに緩く握ってて、いいんだ?


「そうじゃ。必要ない時は、そのぐらいでいいのじゃ。剣はしなやかに、の」

「はい」


 理解した僕に、キルトさんは、満足そうに笑う。


 視界の中では、イルティミナさんが『うんうん』と頷き、ソルティスは『へぇ』とちょっと感心したように僕を見ていた。


 木剣を下ろさせ、師匠は言った。


「次は、その構えから、剣を振り下ろす」

「はい」

「まずは見ていろ?」


 そして、キルトさんは僕の前に立った。


 木剣を上段に構える。

 それだけで、周りの空気が吸い込まれるように変わる。


 ヒュ


 剣が落ち、空気が斬れた。


「…………」


 言葉がなかった。


 ――ただ美しい。


 それだけだ。


 真っ直ぐに、落ちる剣。


 それ以外に、何もない。

 彼女の肉体全てが、そのためだけの動きをした。余計な力みも、邪魔になる動きも、何もない。


 ただ剣を振り下ろす。


 それ以外の全てを削り取った、至極の動作だった。 


(……これが、金印の魔狩人の剣……)


 今更、知った。


 いつもは大剣を使っているから、その腕力ばかりに目が行ってしまう。でも、彼女は、剣技だけでも間違いなく一流だ。

 いや、超一流だ。


 美しい師匠は、残心を解いて、僕を振り返る。

 見惚れる僕に気づき、少し笑った。


「次は、マールじゃ。やってみよ」

「は、はい!」


 我に返り、僕は、大きく深呼吸する。


 まずは、構えだ。

 上段に、木剣を構える。フラフラしても、構わない。


 視界の隅で、キルトさんが「うむ」と頷いた。


(構えは、合格)


 あとは、振り下ろすだけだ。


 目を閉じる。


 さぁ、キルトさんの剣を思い出せ。


 ゆったりとした印象で、なのに、驚くほど速い動きだった。

 肉体全てを、剣のために使う。

 余計なモノは、何もいらない……いらない……この思考も、もう邪魔だ。


 …………。


 目を開けた。


「やあ!」


 ヒュ


 突然、手の中から、剣の重さが消えた。


 ガコォン


「にょわ!?」


 ソルティスの悲鳴が聞こえた。

 彼女のすぐ横を抜けた木剣が、奥の木に当たって跳ね返り、地面にザシュッと突き刺さる。


(……あれ?)


 僕の手には、木剣がなかった。


 どうやら、すっぽ抜けたらしい……。


 恐る恐る見たら、キルトさんは、口を半開きにしたまま、唖然としていた。

 いや、よく見たら、イルティミナさんも同じ顔である。


 そして、真っ青になったソルティスが、飛びかかってくる。


「ア、アンタねぇ、マール! 私を殺す気か!?」

「ご、ごめ――」


 反射的に謝ろうとした時、両手に激痛が走った。


「痛いっ!」


 あまりの痛みに、うずくまる。


「へ?」


 ソルティスが、拳を振り上げた姿勢で停止する。


「わ、私、まだ何もしてないわよ?」


 オロオロする少女。

 でも、僕にも何が何だか、わからない。


(手首が……肩も、痛い……っっ)


 涙がポロポロ出てくる。


 キルトさんが、すぐに駆け寄ってきて、僕の手首に触れようとする。でも、その動きが止まった。


「いかんな。折れておる」

「えぇ!?」


 驚いたのは、ソルティスだ。

 僕には、そんな余裕もない。


 イルティミナさんが、長い髪をなびかせ、家の中に飛び込んだ。

 すぐに戻ってきた時には、その白い手にソルティスの大杖がある。


「ソル!」

「あ、うん。――ちょっと待ってなさい、マール。すぐ治すから!」


 姉から受け取り、緑の光を放つ大杖が、僕の身体に当てられる。


(あ……)


 手と肩の痛みが、嘘のように消えていく。


 やがてソルティスの大杖が離れて、彼女は「ふー」と息を吐いた。


「もう大丈夫よ」

「……あ、ありがとう、ソルティス」


 涙目のまま、僕は、彼女に心から礼を言った。


 見つめられた彼女は「ふ、ふん、お礼なんていいわよ」とそっぽを向く。

 でも、その頬が赤い。


 僕は、キルトさんを見上げた。


「あの……今、僕に何があったの?」

「ふむ。……そなたの振った剣に、身体の方が耐えられなかったようじゃな」


 え?


(それって、僕が貧弱すぎたってこと?)


 さすがに唖然となる。

 ソルティスが、可哀想な子を見る目で、僕を見た。


「……アンタ、魔法の才能だけでなく、剣の才能もないのね?」

「い、言わないで……」


 僕は、泣きたくなった。


 まさか、自分がこんなに駄目駄目とは、思わなかった。


(……剣も魔法も使えないんじゃ、僕、冒険者として、どうしたらいいの?)


 地面に座り込んだまま、途方に暮れる。


 キルトさんは、難しい顔で、落ち込む僕を見ていた。

 そして、僕を見たまま、隣の美女に声をかける。


「イルナ」

「はい」

「そなた、今のマールの剣を見て、どう思った?」

「キルトの剣、そのままでしたね」


 イルティミナさんは、淡々と答えた。


 ……ん?

 

 キルトさんは「そなたも、そう思ったか」と呟いた。


(えっと、どういうこと?)


 年上2人の顔を見上げる。

 イルティミナさんが、優しく笑っていた。


「マール。貴方には、かなりの剣の才能があるようです」

「え?」

「肩や手首を壊したのが、その証拠です。貴方の凄まじい剣技に対して、肉体の方が、まるで追いついていないのです」

「…………」


 キルトさんは、地面に刺さった木剣を引き抜いた。

 刃の方を持ち、柄を見る。


(うわ、血だらけだ)


 そこは、真っ赤な血で濡れていた。

 気づいていなかったけれど、僕の手の皮がずる剥けていたのだ。


 だから、剣がすっぽ抜けたんだね……。


 さすがのソルティスも、ギョッとしている。

 キルトさんが、苦笑した。


「普通、素人が振っても、こうはならぬ」

「…………」

「ようわかった、マール。そなたは、しばらく剣を振ってはならぬ。まずは、肉体を作ろうぞ?」


 肉体……?


 美しい師匠は、銀髪を揺らして、大きく頷く。


「とにもかくにも、そなたは筋肉を増やせ。剣技に耐えうる肉体を作るのじゃ」

「う、うん」

「剣を振らずにいるのは、辛いかもしれぬ。焦るかもしれぬ。しかし、耐えよ」


 黄金の瞳が、僕の青い瞳を見つめる。


「もし自身の剣技に、肉体が追いついたなら、マール、そなたの才能は、一気に開花する」

「…………」


 一瞬、唖然とした。


「ほ、本当に!?」

「うむ。このキルト・アマンデスの名において、保証しようぞ」


 キルトさんは、頼もしく笑った。


 あ……。

 心の中から、色んな感情が溢れてくる。


 それに耐えきれず、僕は、勢いよく立ち上がった。 


「ぼ、僕、ちょっとその辺、走ってくる!」


 まずは、基本の足腰だ!

 キルトさんは、苦笑しながら、頷いた。


「そうか」

「うん、行ってくる!」


 足踏みしながら、言う。

 ソルティスが、僕の変化に唖然としていた。

 イルティミナさんが、いつものように穏やかに笑って、声をかけてくる。


「あまり遅くならないよう、気をつけるのですよ?」

「うん」

「それと、知らない人に声をかけられても、ついて行かないようにしてくださいね」

「行かないよ!?」


 つい突っ込んだ。


 イルティミナさんは、まるで優しい母親みたいに笑う。

 僕は苦笑して、


「じゃあ、行ってきます!」

「はい、いってらっしゃい」

「気をつけての」

「……いてら~」


 見送る3人に手を振って、走りだした。


 家の前の坂を下って、市街の方に走る。

 走る。


 嬉しかった。

 ただ、嬉しかった。


 何にもないと思っていた自分に、ようやく手に入れられそうな何かを見つけたのだ。

 それが嬉しくて、堪らない。


 走っていると、息が苦しい。

 でも嬉しいから、苦しくても、まるで平気だった。


 希望という名の燃料が、心を燃やしている。


(こんな僕にも、可能性があるんだ! がんばれば、強くなれるんだ!)


 心の中で、叫んだ。


 叫んで、叫んで、叫び続けたまま、僕は王都ムーリアの中をどこまでも走っていった――。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。よろしくお願いします。


※作者の体調不良により、もしかしたら、更新日が変更になる可能性もあります(詳しくは活動報告に書いてありますが)。

いつも読んでくださっている皆様、本当に、本当に申し訳ございません……(土下座)。通常通りに更新できるようがんばりますが、もしもの時はご容赦くださいませ。

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[良い点] この世界はいきなりすげえ重たい剣つかうのね 3kgなら大人用両手剣ですね 片手剣のブロードソードや 定寸の日本刀なら 800gから1.2kgですし 子供にきつい筋トレさせると成長期だとホ…
[一言] (こんな僕にも、可能性があるんだ! がんばれば、強くなれるんだ!) やっと、光が見えましたね。どの様に展開していくのか楽しみです。マールと三人の娘たち、誰も欠けることなく物語が進んで行けば…
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