538・未来の女王
第538話になります。
よろしくお願いします。
久しぶりの5人での時間を堪能し、そして夜が明けた。
今日は、アルン神皇国へと出立するため、まずは神聖シュムリア王城を訪れる予定となっていた。
「では、行くかの」
旅支度を整えた僕らを振り返って、キルトさんが言う。
「うん」
「はい」
「行きましょ」
「…………(コクン)」
僕らは頷いて、全員で『イルティミナさんの家』を出た。
カチャン
最後に玄関を出たイルティミナさんが扉の鍵をかけ、少し離れた僕は、また長く留守にしてしまう我が家を見つめてしまう。
(いってきます)
心の中で挨拶。
こちらを振り返ったイルティミナさんが、僕に気づいて微笑む。
「さぁ、行きましょう、マール」
「うん」
いつものように手を繋いで、少し先で待っていてくれた3人を追いかけるように歩きだした。
…………。
…………。
…………。
暑さの名残りを残した晩夏とはいえ、早朝の空気は涼しくて過ごし易い。
そんな王都の通りを歩いて、僕ら5人は、大聖堂に到着した。
こんな時間でも、女神シュリアン様を詣でるために何人もの巡礼者さんたちの姿が見受けられ、その人たちに続くようにして僕らも聖堂内に入っていった。
王城を訪れる旨を伝え、審査と手続きを行う。
前もって連絡がしてあったのか、30分ほどで許可が下りて、僕らはシュムリア湖の上に立てられた壮麗な『神聖シュムリア王城』への長い階段を昇っていった。
(ふぅふぅ)
この階段、意外と長くて疲れるんだよね。
けれど、少しずつ高くなっていく視界に、ふと振り返れば、美しい早朝の王都ムーリアの全景が見渡せた。
「……わぁ」
いい眺め。
僕に合わせてイルティミナさんも足を止め、一緒に景色を眺めている。
「良い眺めですね」
「うん。お城に来る時だけしか見れないよね……」
素敵で貴重な景色だ。
吹く風が僕の茶色い髪を優しく揺らし、僕は、青い瞳を細めてしまう。
「どうした2人とも? 置いていくぞ」
「あ」
「すみません、すぐに行きます」
先に行っていたキルトさんに呼ばれて、我に返った僕らは、慌てて階段を昇りだした。
やがて、王城の門前へ。
門番の兵士さんにキルトさんが話しかけ、大聖堂でもらった許可証などを示して、城内へと入らせてもらう。
煌びやかなお城の中を、案内の文官さんについていく。
そうして案内されたのは、20~30人ほどの人が集まった空間だった。
この人たちは、今回の『パディア皇女殿下の誕生祭』に出席するシュムリア王国側の皆さんであり、これから僕らと共に旅をする皆さんになるんだそうだ。
「おぉ、キルト殿」
「これはこれは、イルティミナ殿も」
「お久しぶりですな」
「ははっ、相変わらずお2人ともお美しい」
そんな風に、英雄キルト・アマンデスと金印の魔狩人イルティミナ・ウォンの2人を中心にして話しかけられ、たまに僕らにも声をかけられる。
2人はそつなく挨拶を交わし、僕とソルティスは少しぎこちなく、ポーちゃんはいつものマイペースで受け答えした。
やがて、この大部屋にシュムリア国王のシューベルト様がやって来た。
そばには、レクリア王女も控えている。
いつものドレス姿とは違って、見た目は上品で清楚なんだけど、ちょっと動き易そうな服装だ。
「皆、ご苦労」
王様はをそう声をかけ、今回の旅にはレクリア王女も同行することを宣言された。
ちなみに、すでにその話は聞かされていたので、皆に驚きはない。
レクリア王女は、皆の前に出て、
「皆様、どうかよろしくお願いいたしますわ」
と微笑まれた。
王女様もすでに18歳で、大人の女性としての魅力が感じられる。
今の微笑みだけで、ほら、集まっている大勢の人たちの心が吸い寄せられるようになったのがわかる。……いや、かく言う僕も、ちょっと見惚れちゃったんだけどね。
まぁ、僕の場合は、イルティミナさんの美貌で鍛えられてるから、まだ大丈夫だったかな?
そうじゃない人は、きっと心酔しちゃうだろう。
(それぐらい美しくて、魅力的な王女様になられたよね、レクリア王女様は……)
その時、ふと目線が合う。
あ……。
柔らかな微笑みをこちらに向けられて、僕もついつい微笑んだ。
「…………」
キュッ
アイタ!?
隣に立っていたイルティミナさんに、他の人から見えないようにお尻を軽くつねられてしまった。
いや、そんな痛くないんだけどね。
でも、焼きもちを妬いてくれたことが嬉しくて、そんな奥さんのことを、
(可愛いなぁ)
と思ってしまった。
……つ、つねられて喜ぶ変態になったわけじゃないんだよ?
コホン
何はともあれ、王様たちからの挨拶も終わって、誕生祭に出席する僕ら5人とレクリア王女様、そして使節団の人たちは、神聖シュムリア王城を出発した。
◇◇◇◇◇◇◇
大聖堂前の広場には、6台の大型竜車が用意されていた。
(あ、騎竜車だ!)
それは軍事用にも使われる頑丈で防御性の高い車両で、4年前のアルン神皇国を旅した時に、僕らも乗っていた竜車だったりする。
本来は軍事用なので武骨な造り。
けれど、今回は祝いの式典に参加するための国を代表する車両ということで、綺麗な装飾が施されていた。
1台には、レクリア王女とお付きの方々が。
もう1台には、僕ら5人が。
他3台には、20~30人ほどの使節団の方々が乗られ、もう1台には全員のための荷物が積み込まれていた。
それとは別に、20人ほどの騎馬がいる。
護衛の騎士たちだ。
道中の安全のため、彼らが僕らを守ってくれるよう、一緒に行動してくれるみたいだね。
(頼もしいなぁ)
騎馬に乗る颯爽とした騎士様たちを見上げていると、
「マール様」
(え?)
鈴を転がしたような可愛らしい声に振り返れば、そこに水色の髪をまとめられ、蒼と金のオッドアイでこちらを見つめるレクリア王女様の姿があった。
わわっ。
僕や、そばにいたイルティミナさん、キルトさん、ソルティス、ポーちゃんは、揃って地面に膝をつく。
レクリア王女は微笑み、
「どうか、お立ちくださいまし。これから、わたくしたちは長き旅を共にする仲間、今後は余計な礼儀は無用ですわ」
そうおっしゃった。
仰せに従い、僕らは立ち上がる。
王女様は、王家の血を引く貴人であらせられるけれど、意外とフランクで礼儀作法に関して、そこまで厳しくなかったりするんだ。
その瞳が僕を見つめ、
「お久しぶりです、マール様。こたびの道中、どうかよろしくお願いいたしますわね」
「はい」
護衛の騎士はいる。
でも、旅の間には何があるかわからない。
そして僕らは『魔狩人』として『元金印』、『金印』、『銀印』が2人、『白印』だけど『金印』並とかなりの戦力で、いざという時には戦うことも求められているんだ。
その信頼に応えるため、僕は微笑み、
「大丈夫です。レクリア王女のことは、どんなことがあっても必ず守りますからね」
と宣言した。
レクリア王女は、その2色に輝く瞳を細められる。
それから嬉しそうに微笑まれ、そのたおやかな両手で、僕の右手を包み込むように握って、
「はい、マール様。わたくしは、貴方様を信じておりますわ」
そう甘く囁かれた。
ドキッ
伝わる手のひらの体温と滑らかな感触、耳に心地の良い甘やかな声に、少しだけ心臓が高鳴ってしまった。
「…………」
イルティミナさんは無言だったけど、少しだけ圧が強まった感じがする。
せ、背中にその圧が突き刺さる。
何とも言えない気持ちになっていると、レクリア王女様はニコッと笑みをこぼされて、僕の右手を解放すると自分の騎竜車の方へと行かれてしまった。
……ほっ。
僕は息を吐く。
イルティミナさんは、お付きの人たちと竜車に乗り込む王女様の背中をジッと見つめ、それにキルトさんとソルティスは苦笑していた。
やがて、僕らも自分たちの騎竜車に乗り込む。
周囲には、見物に来た王都民たちも集まっていて、そんな人垣をかき分けるようにして、6台の竜車と20の騎馬は動き出した。
ガタガタ ゴトゴト
石畳を叩く複数の車輪の音が、早朝の青空へと響いていく。
そうして僕らはアルン神皇国を目指して、2ヶ月ほどかかる旅のため、シュムリア王国の王都ムーリアを出発したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
灯りの石塔が並んだ街道を、6台の竜車と護衛騎士20名が進んでいく。
天気は快晴だ。
窓から見える景色は、なだらかな草原の丘陵と遠くに見える森、その奥には水色に霞む山脈があって、その頭上には青く広がる大空という風景が続いていた。
ガラガラ
そこに砂煙を立てながら回る車輪の音色が響いている。
(牧歌的だなぁ)
なんだか、のんびりした気持ちになってしまう。
そうして窓の外を見ていると、
「どうしたの、キルト?」
ふとソルティスの声がした。
(ん?)
振り返ると、少女に声をかけられたキルトさんは、ちょっと難しい顔をしていたことに気づいた。
ソルティスの声に、「あぁ、いや」とキルトさんは歯切れ悪く呟く。
……んん?
僕は首をかしげ、ソルティスだけでなく、イルティミナさん、ポーちゃんの視線も集中する。
それを受け、キルトさんは諦めたように嘆息した。
「……これから言うことは、誰にも言うでないぞ?」
そう潜めた声で言う。
え? 何事?
真面目な顔をしているキルトさんに、小心な僕は、ちょっと緊張してきてしまう。
でも、気になる。
僕らの顔を見回して、そしてキルトさんは言った。
「こたびの旅に、レクリア王女殿下を遣わしたということは、恐らく国王陛下は、自分の後継に彼女を選んだとみるべきかもしれぬ……と思っての」
後継……?
いまいちピンと来なかった僕だけど、僕の奥さんは違ったようだ。
「それは、つまり次期国王……『女王』の座にレクリア様が内定したということですか?」
「えっ?」
「そうなの!?」
「…………」
僕とソルティスは驚き、ポーちゃんは無言のままだ。
キルトさんは神妙に頷いた。
「国王陛下には、5人の子がおられる。男子が2人、女子が3人。レクリア王女は4番目の御子じゃ」
ここで整理すると、長子の兄が1人、姉が2人、弟が1人というのがレクリア王女のご兄弟になる。
多分、大抵の国ならば、長子の兄が王太子となられるんだけど……この国の王族は、普通とは違って、女神シュリアンの血を引く家系でもあるんだ。
そして、5人の中で、その血を一番色濃く継いだのは、レクリア・グレイグ・アド・シュムリア。
つまり、レクリア王女。
その証として、王女様の金色の左目は『シュリアンの瞳』と呼ばれる様々なものを見通せる力を宿していた。
実は、レクリア王女が生まれるまでは、長子の王子が後継と見られていたらしい。
けど、彼女が生まれてから色々と風向きが変わったのだそうだ。
「王女は、ご兄弟の中で最も女神シュリアンに近しい存在じゃ。ゆえに次期国王の最有力候補と目されてきたのじゃが、今回の件でそれが決定的となったやもしれぬ」
そう唸るように言うキルトさん。
(そ、そうなんだ?)
これまでも『闇の子』対策で国内外で活躍してきた彼女だ。
国王陛下も、レクリア王女には、次のシュムリア王国を統べる者としての期待していたのかもしれないとは思うけど……。
でも、改めて言われるとドキドキするね。
「今回の旅は、世界最大の国アルンの有力者たちへの顔繫ぎ、そして国内外へ、次期女王候補として『レクリア・グレイグ・アド・シュムリア』という名と存在を広く喧伝させるためのものじゃろう」
腕組みしながら、キルトさんはそう言った。
そっか。
僕が知らないところで、この国でも後継争いと呼ばれるようなものがあったのかもしれない。
でも、その決着がついた――そういうことみたいだ。
(……あ)
僕は、ふと思い出す。
「そういえば、イルティミナさんって、レクリア王女に後ろ盾になってもらったんだよね?」
「はい」
頷く僕の奥さん。
「それって、もしかして、将来的には『シュムリア女王』様の後ろ盾ってことになるの?」
「なりますね」
「それって、凄くない?」
「凄いと思いますよ」
イルティミナさんは苦笑しながら認めた。
キルトさんは、
「よかったではないか。女王の信頼をそこまで得られたのならば、そなたもマールも政治的な方面で困ることはそうあるまい」
と笑った。
ソルティスも『さすがイルナ姉』って顔をしていた。
けど、イルティミナさん本人は肩を竦めて、
「私自身は政治に関わる気もありませんので、特に興味はありません。むしろ、あの才気あふれる王女が女王になって、より都合良く使われるのではと戦々恐々ですよ」
なんて呟いた。
そうかなぁ?
「でも、レクリア王女なら私欲で何かをするとは思えないし、そうでないなら、僕らの力が必要だというなら助けになってあげたいけどな」
「……マールは優しいですね」
彼女は柔らかく笑いながら、僕の髪を撫でてくる。
ん……心地好い。
それに思わず瞳を細めていると、そんな僕らにキルトさんは苦笑していた。
それから吐息をこぼして、
「まぁ、上の方々の話じゃ。わらわたちには、あまり関係がないといえば関係はない。わらわたちとレクリア王女との関係も、大きく変わるということもないであろうしの」
うん。
これまでだって、レクリア王女には色々とお世話になったし、お互いにできることで助け合ってきた。
その形は、これからも変わらないだろう。
(つまり、僕らにとっては、何も変わらないってことだ)
ただ、僕らの指示を出す王女様の立場が、もっと偉くなってしまいそうだというだけの話でね。
ソルティスも「なるほどねぇ」と腕組みしながら呟いて、隣で真似っ子のポーちゃんも腕組みをしたりしていた。
コホン
キルトさんは咳払いして、僕らの注目を集める。
僕らの視線に、真剣な表情で見返しながら、
「今言ったことは全てわらわの推測じゃ。この場の5人以外には、絶対に口外してはならぬ。また誰かに何かを言われされそうになっても、決して迂闊なことを口にするな」
と強い口調で告げた。
ゴクッ
言外に、迂闊なことを口にすれば、余計な諍いに巻き込まれるぞと忠告されていた。
そんなのはごめんだ。
当然、僕らは神妙な顔で、大きく頷いたんだ。
…………。
それからも、王国の領土を西へと向かう旅は続いた。
道中は何事もなく、僕らや護衛の騎士たちの出番はなかった。
レクリア王女は、安全のためか、基本的にはずっと車内で過ごされ、あまり顔を合わすこともなかった。
たまに会った時は、
「ごきげんよう、マール様、皆様」
と、たおやかに微笑まれ、気さくに挨拶してくれて、同行している他の人たちの好感度も上がっている感じだった。
さすがだなぁ。
意識的にか、無意識かはわからないけれど、人心を掴む手段を知っている。
生まれながらの為政者といった感じかな?
(でも、レクリア王女の治める国なら、きっといい国となる気がするよ)
僕はそう思った。
それからも旅は続く。
6台の騎竜車と20人の騎士は、順調に街道を進んでいった。
やがて約2週間後、僕らはシュムリア、アルン両国の国境へと辿り着き、国境砦での検問と手続きを終えて、アルン神皇国領内へと入っていったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
実はインターネットの機器が壊れ、パソコンがネット接続できなくなってしまいました。
かろうじてスマホは繋がるので、なろう保存していた文章で投稿できましたが、あまりスマホに慣れていないので感想返信などは後日、機器の修理後に改めてさせて下さいね。
また次回更新は、明後日の金曜日0時以降を予定しています。よろしくお願いします。




