537・約束した再会日
第537話になります。
よろしくお願いします。
「へぇ、アスベルたちに会ったんだ?」
僕の話を聞いたソルティスは、大きな瞳を見開きながら少し驚いた顔をした。
アスベルさんに会った翌日、僕ら夫婦の家をソルティスとポーちゃんの2人が訊ねていた。
今は、一緒に昼食中だ。
テーブルに並べられているのは、海鮮パスタ料理がメイン、他にも炒めた野菜に鳥肉と茸類の入ったスープ、デザートにフルーツヨーグルトも用意されている。
モグモグ
僕は、それを食べながら「そうなんだ」と頷いた。
話題の中では、3人が『白印の魔狩人』になっていたことにも触れて、ソルティスは「あのアスベルがね~」なんて呟いている。
「アスベルたちも、ずっと努力をしてきたのでしょう。それがまた1つ実ったということです」
隣に座るイルティミナさんは、そう微笑んだ。
(うん、そうだね)
僕もそう思う。
でも、彼のことを語る時のイルティミナさんは、なんだか手間のかかる弟のことを話すような優しさがあって、夫である僕は少し嫉妬を覚えてしまったり……。
ちなみにポーちゃんは黙ったまま食事をしていて、たまにソルティスのグラスが空になったら、さりげなく、そこに果実水を追加してあげたりしていた。
と、果実水の入ったボトル瓶が空になる。
「あら、もう空っぽでしたか。すぐに追加を持ってきますね」
気づいたイルティミナさんは、そう言いながら席を立ち、台所の方に行ってしまった。
優しい奥さんに、僕は声をかける。
「ありがと。いつもごめんね、イルティミナさん」
「いいえ」
台所の方から、柔らかな返事が返ってくる。
冷蔵庫の在庫もなくなっていたようで、彼女は包丁でフルーツを切って、新しい果実水を作ろうとしてくれていた。
少し時間がかかりそう。
その間に僕は、
「そういえば、アスベルさん、失恋から立ち直るためにクエストに邁進したんだって。その結果、『白印』になれたって言ってたよ」
「ふ~ん?」
それを聞いたソルティスは、台所に立つ姉の背中を見る。
「イルナ姉、その意味に気づいてるの?」
と聞いてきた。
僕は苦笑して、首を左右に振った。
「ううん。イルティミナさんは、いったい誰に失恋したんでしょうね……って、自覚のない顔で言ってたよ」
「そっかぁ」
「うん。イルティミナさんって、そういうところ、意外と鈍感だよね」
「…………」
僕は冗談っぽく笑って言ったんだけど、ソルティスは、なんだか変な顔をしながら僕を見つめてきた。
ん?
「何?」
「……ううん、何でもないわ。ただ、似たもの夫婦よねぇ、って思っただけ」
「はい?」
どういう意味?
わからなくて、僕はキョトンとしながら首を傾けてしまった。
ソルティスは「何でもないわ」と呟く。
それから、
「でも、アスベルたちのパーティーも大変よね。アスベルはイルナ姉に片思いで、そのアスベルにリュタは片思い、んで、そのリュタにガリオンが片思いしてるんでしょ?」
「うん」
「見事な三角関係だわ」
「だよね」
僕らは頷き、苦笑し合ってしまった。
ソルティスは、果実水のグラスに口をつける。
コクコク
白い喉を小さく鳴らしながら、それを嚥下して、短く息を吐いた。
「でも、ちょっと心配ね」
「え?」
「パーティ-内での恋愛とか男女関係って、結構、問題でね。そのせいでパーティー解散になったりすること、多いのよ」
「そうなの?」
僕は、青い目を丸くして驚いた。
彼女は「そうよ」と頷き、教えてくれる。
冒険者パーティーというのは、当たり前だけど『連携』が命だ。
特に『魔狩人』ならば、それが魔物と戦うための最大の武器となり、それがなくなれば、生命の危機や最悪パーティー全滅にも繋がる最重要事項なんだ。
「恋愛が絡むと、それが乱れるのよ」
と、ソルティス。
人間というのは、自分の好きな人、あるいは恋人などがいると、無意識にその安全を優先してしまう傾向があるんだそうだ。
それでパーティーの連携が乱れる。
特に厄介なのは、無意識にそれをしてしまうこと。
そのせいで、本来なら負けることのない魔物に負けてしまったり、負傷してしまったりすることも少なくないのだそうだ。
「これは、まだいい例でね」
恋愛が成就したならまだいい。
けど、告白して受け入れられなければ、気まずいものが生まれてしまう。
それはパーティー内の空気を悪くするし、単純な連携のみでなく、普段の共同生活にさえも影響が出てきてしまうんだそうだ。
(な、なるほど)
確かに、そうした人間関係の中には居辛いよね。
ソルティスは、
「だから、冒険者の中にはパーティー内の恋愛を禁止しているところも多いのよ」
と、軽く肩を竦めて、話を締め括った。
そうなんだ……。
でも、考えたら僕とイルティミナさんは、パーティー内恋愛だったけど、特に問題はなかったような……?
そんな僕の考えを見抜いたのか、
「イルナ姉は大人だったからね。理性が強かったし、そういう行動しないよう自制してたと思うわよ?」
「そうなの?」
「多分ね。それに、良くも悪くも、私もキルトも含めて全員、『マールは守らなきゃ』って意識があったから、逆に連携が取れてた部分もあったかもしれないわね」
「…………」
僕、そんなに頼りなかった……?
情けない顔になった僕に、ソルティスは愉快そうに笑った。
「だって、アンタ、一番の初心者だったしね」
「……う」
確かに。
「でも、途中からは頼れる仲間だと思ってたし、だけど、マールのことは守りたいって、みんな思ってたんだと思う」
「…………」
ソルティスの綺麗な真紅の瞳が、僕を見つめる。
姉譲りの美貌。
柔らかそうなウェーブのある紫色の髪を揺らして、彼女は、かすかに首を傾けながら微笑んだ。
そして、言う。
「私らのパーティーはさ、キルトがリーダーだったけど、中心にいたのはマールだったのよ」
思わぬ言葉。
僕は思わず目を瞬きながら、目の前の少女のことを見つめ返してしまった。
それにソルティスは、またおかしそうに笑った。
ポーちゃんだけは、何も言わずに僕らの話だけを聞きながら、1人小動物のように小さな口を動かして、料理を食べ続けている。
「あらあら、楽しそうですね」
と、イルティミナさんが戻ってきた。
手には、出来上がったばかりの果実水のボトル瓶が抱えられている。
「わぁ、ありがと、イルティミナさん」
「ふふっ、いいえ」
彼女は微笑みながら、「はい、どうぞ」と僕のグラスにその新鮮な果実水を注いでくれた。
うん、いい香り。
それを楽しみながら、僕はグラスに口をつける。
「ん、美味しい」
「よかった」
イルティミナさんは笑いながら席に着く。
それから妹を見て、
「それで、ずいぶんと楽しそうでしたが、マールと何を話していたのですか?」
と問いかけた。
ソルティスは苦笑しながら、
「大した話じゃないわ。アスベルの失恋相手が誰かって話から、パーティー内での男女関係の難しさとかをマールに教えてただけ」
「まぁ、そうでしたか」
妹の言葉に、イルティミナさんも納得した顔だ。
僕の髪を、白い手で撫でながら、
「確かに、私とマールの場合は、運良く人間関係が壊れることはありませんでしたが、一般的にはパーティー内での恋愛については注意が必要ですものね」
と頷く。
運良く……かぁ。
もし何かが1つでも違っていたら、僕らのパーティーも途中解散することになっていたのかな?
(ちょっと想像できないや)
そんな僕を見つめて、イルティミナさんは優しく微笑んだ。
「きっとマールの人徳ですね」
「人徳?」
「はい」
「…………」
自分じゃ、よくわからない。
でも、イルティミナさんはそう思ってるみたいで、ソルティスも「そうかもね」と苦笑しながらも頷いていた。
う、う~ん?
悩んでしまうけれど、
「つまり、マールは、マールのままで良いということですよ」
そう僕の奥さんは、話をまとめてくれた。
それから彼女は、
「それにしても、アスベルの失恋相手は誰なのでしょうね? ソルは誰だと思いますか?」
なんて質問しだした。
あらら、まだ興味持っていたんだ?
(イルティミナさんも女の子だから、実は意外と、こういう恋愛話は好きなのかもしれないね)
新たな一面を発見だ。
姉の言葉に、ソルティスは内心で苦笑していただろうけど、それを表には出さずに「さぁ、誰かしらね?」なんてとぼけていた。
その日の昼食は、そんな話をしながら楽しく過ぎていった。
◇◇◇◇◇◇◇
太陽が西の城壁の奥へと消えていく。
西方の空は赤く染まり、その輝きは、頭上に浮かぶ雲や王都に広がる建物たちを照らしていた。
夕暮れの時間。
ソルティスとポーちゃんの2人は、今日は泊っていくことになっていて、今もリビングで僕らと談笑をしていた。
そんな時だ。
カラン カラン
玄関に取り付けられた来客を知らせる鐘が鳴らされた。
(お?)
それに僕らは反応する。
実は今日、ソルティスたちだけでなくて、もう1人、この家には来客の予定があったんだ。
ただ相手は王都の外から来るので、厳密な訪問時間は決められてなかったんだけど、その待ち人が来たのかもしれない。
「はい、今行きます」
家主のイルティミナさんが返事をして、ソファーから立ち上がる。
でも、僕も立ち上がった。
見たら、ソルティス、ポーちゃんも立ち上がっていて、結局、全員で玄関へと向かったんだ。
…………。
イルティミナさんを先頭に、みんなで玄関に辿り着いたのと同時に、玄関のドアノブがカチャリと音を立てて回された。
キィ……
かすかな音と共に、扉が開かれていく。
隙間から夕暮れの光が差し込み、やがて、そこに立つ人物が逆光の中に浮かび上がった。
銀色に煌めく髪は、奥からの太陽の光に、輪郭が燃え立つように輝いている。
薄暗がりの中、それでもその美貌にある黄金の瞳は、強い光を伴って僕らの目にはっきりと映っていた。
「よぅ、お待たせたの」
低く落ち着いた声。
片手を軽く上げて、白い歯を見せながら笑うのは、誰あろうあのキルト・アマンデスだった。
僕らの心も明るく弾ける。
「キルトさん!」
「いらっしゃい、キルト」
「やっと来たわね!」
「……久しぶり、と、ポーは言う」
口々に言いながら、キルトさんに飛びかかる。
キルトさんは「おぉっ?」と驚きながらも、抱きついた僕とソルティス、真似をしたポーちゃんの3人分の体重をしっかりと受け止めてくれた。
イルティミナさんはクスクスと笑う。
「大人気ですね」
「ははっ、甘えん坊どもめ」
苦笑しつつ、キルトさんは、僕らの髪を少し乱暴にかき混ぜる。
でも、それが心地好い。
それから、1度、ギュッと強めに抱きしめ返してくれて、僕ら3人もようやく彼女から離れたんだ。
キルトさんは、黒い鎧にくたびれたローブを羽織る旅人の格好だった。
背中には、赤い遮雷布に包まれた『雷の大剣』もある。
「遅くなったの」
彼女は笑った。
僕らも笑顔で「ううん」と首を振る。
「お風呂の用意をしてありますので、キルトはまず、そこで旅の汚れと疲れを落としてください。それから皆で夕飯と致しましょう」
何でもできるお姉さんは、そう提案した。
「おぉ、風呂が用意されておるのか?」
「はい」
「すまんの、助かる」
キルトさん、嬉しそうだ。
ソルティスは「私も一緒に入っていい?」と言い出して、結局、キルトさんと2人でお風呂に入ることになった。
その間、僕とイルティミナさん、ポーちゃんの3人は夕食の準備に取り掛かった。
その最中、
「久しぶりに5人揃ったね」
「はい」
僕の言葉に、イルティミナさんも笑顔で応じてくれる。
実は僕らは今日、『とある目的』のためにこの家へと集まったんだ。
それは、アルン神皇国で開かれるパディア・ラフェン・アルンシュタッド皇女殿下の誕生祭に出席するため、僕ら5人が明日、王都を発つことになっていたからなんだ。
その前に、みんなで集まって食事会をしようという話になったんだよ。
(久しぶりに5人で会うんだもんね)
仕事とか任務とか関係なく、ゆっくりしたいね……って話し合って、その時間を作ったんだ。
「おぉ、美味そうじゃの」
お風呂から出てきたキルトさんは、台所でできあがっていく料理を見つけて、瞳を輝かせた。
少し濡れた銀髪もそのままに、白い指が伸びてきて、唐揚げを1つ摘まみ上げる。
「あ、こら」
と、イルティミナさんが叱るのも遅く、キルトさんはパクッとそれを食べてしまった。あらら。
キルトさん、本当に自由人になっちゃって……。
でも、「うむ、美味い」と満足そうな顔をしているのを見たら、イルティミナさんも怒るに怒れなくなってしまったみたい。
(ま、仕方ないか)
そんなキルトさんの行動を見て、ソルティスも真似をしようとしたけれど、
ペチッ
「ソルは駄目です」
「な、なんでぇ~っ?」
その手を姉に叩き落とされて、彼女は涙目になっていた。
あはは。
それを見た僕とキルトさんは、思わず顔を見合わせ、大きく笑ってしまった。
ポーちゃんは、相方の様子に『やれやれ』と首を左右に振っている。
やがて、料理も完成。
その日の夜は、5人みんなで楽しい夕食の時間を過ごしていったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
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※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




