535・愛しい奥方と共に
第535話になります。
よろしくお願いします。
王都ムーリアに帰ってきたのは、午後4時頃だった。
(ふぅ……無事に終わったぁ)
見慣れた冒険者ギルドの建物前で、15人の受講者さんたちと大型竜車を降りた僕は、大きく息を吐いてしまった。
オーガを倒したあと、僕は自分の怪我を治療した。
折れた右腕には『癒しの霊水』をかけ、同じように骨折しているだろう肋骨は、治った右腕で使った回復魔法で治したんだ。
「おぉ……」
「すげぇ……」
その様子を見ていた『悪ガキ』の4人は、僕が本当に魔法を使えることに驚いていたけどね。
その上で、僕らは集合場所に戻った。
他の受講者さんたちを怖がらせてもいけないので、オーガと戦ったことは話さずに、ただ4人が森の奥まで行ってしまったので連れ戻しただけ、ということにしておいた。
そうして現在、無事の帰還である。
各人がクエスト達成の報告をしていくのを、僕は見守る。
ちなみに『悪ガキ』4人は、10体の魔物の討伐ができなかったのでクエスト失敗だ。まったく……。
(まぁ、講習だからね)
本番だったら、依頼主やギルドにも迷惑がかかるし大変なのだけど、これを良き教訓としてもらえればいいかなと思ってる。
それから、僕自身もギルドに報告を行った。
講習についてどうだったか詳細を話すんだけど、さすがにここでは嘘はつけない。
4人の勝手な行動やオーガとの戦闘についても説明しておいた。
そうしたら、担当のギルド職員さんたちは顔色を真っ青にして「申し訳ありませんでした!」と謝ってきた。
(え?)
キョトンとする僕。
職員さんたちが言うには、本来、講師の仕事はそこまで危険なものではなくて、ましてオーガと戦うなんてありえない状況なのだそうだ。
僕は、ギルドから講師を頼まれた立場だったので、謝罪されてしまったみたい。
(いやでも、それってギルドが悪い訳じゃないよね?)
むしろ、あの4人が悪い訳で、でも、もっと言うならば、彼らもただ未熟だっただけで悪意があったわけじゃないんだ。
言うなれば、悪かったのは運だ。
そして、そういう不測の事態に対応するのが、講師である僕の役目だったのではないだろうか?
っていう話をしてみたんだけど、
「寛大なお言葉、ありがとうございます。ですが万が一の場合は、マール様はもちろん、受講者全員の命にも関わる問題でした。それで済ませる訳には参りません」
とのこと。
そのあとは、ギルド長のムンパさんまで報告が行ってしまって、彼女は慌てて僕の所までやって来てくれた。
「本当にごめんなさいね、マール君」
と、真っ白な波打つ髪を揺らして、深く頭を下げられる。
彼女は落ち込んだ顔で、
「まさか、こんなことになるなんて……。イルティミナちゃんにも申し訳がないわ」
「いや、そんな」
僕は、慌てて両手を振る。
オーガと戦うことにはなったのは驚いたけれど、でも、僕自身は講師をやれて楽しかったし、いい経験ができたと思っているんだ。
受講者さんにも、いい経験になったのならと思っている。
そのことを伝えると、ムンパさんはようやく「ありがとう」と微笑んでくれた。
それから、
「でも、マール君が講師をしてくれていて、不幸中の幸いだったかもしれないわ。他の講師なら、オーガに勝てたかわからないもの」
そんな風に言われてしまった。
(そうなの?)
目を瞬く僕に、
「初めて会った時から素敵な男の子だったけど、その子が今はこんなに強くなったのね。なんだか感慨深いわ……」
ムンパさんは頬に手を当てて、クスクスと笑っていた。
……その温かな視線が、なんだかくすぐったい。
それから今回の報酬は更に上乗せされること、今後は二度とこういう事態が起きないようにギルドとして対策を考えることを、ムンパさんは約束してくれた。
最後には『悪ガキ』の4人も呼び出されて、
「今後、同じような身勝手な行動が確認されたら、即、貴方たち4人の冒険者登録を抹消します」
と警告が出された。
フワフワした甘い砂糖菓子みたいなお姉さんのムンパさんには珍しく、真剣な顔と声だった。
普段とのギャップもあって、ちょっと怖い……。
まぁ、自分たちの命はもちろん、もしもの時は、他の受講者さんにも危険を及ぼす行為だったから仕方がないかもしれない。
さすがの4人も反省した顔だ。
そして、ムンパさんの命令で、僕へも直接、謝罪となった。
『すいませんっした!』
4人が頭を下げてくる。
(おや?)
嫌々謝られるかとも思ってたけど、意外と素直に謝罪されてしまった。
というか、僕を見る目が最初と違う気がする。
尊敬というか、敬意というか……ちゃんと認めてくれているような視線になっている気がするんだ。
これには、他のギルド職員さんも驚いていて、
「あらあら? さすがマール君ね」
ムンパさんだけは1人納得した顔で『うんうん』と頷いていたりした。
はて?
まぁ、そんなこんなで僕の報告も終わり、ギルド関係者のみの入れる4階をあとにした。
「ん~っ」
僕は大きく伸びをする。
色々あったけど、ようやく終わった。
あとは家に帰ってのんびりしよう……そう思いながら、螺旋階段を下りていき、1階のフロアへと降り立った。
「マール!」
その僕の耳に、心地の良い大好きな声が響いた。
え?
顔をあげると、ギルドの出入り口に、ドレス姿で着飾ったままの僕の美人な奥さんが立っていた。
「イルティミナさん!」
自然と頬が緩み、名前を呼ぶ声が弾んだ。
彼女も笑みを深くして、僕らは2人でお互いへと駆け寄っていく。
ドレス姿のイルティミナさんは、この冒険者ギルドではとても目立っていたけれど、彼女に周囲の目を気にした様子はなかった。
僕も、彼女に会えた嬉しさで、周りなんてどうでも良かった。
ギュッ
お互いに抱きしめ合う。
あぁ、イルティミナさんの匂いだ……いい匂い。
心がポカポカする。
イルティミナさんも嬉しそうに僕の髪に鼻を沈めて、それから僕らは、ゆっくりと身体を離した。
「講師のお仕事、お疲れ様でしたね、マール」
彼女は微笑む。
僕は「ううん」と笑顔を返して、それから、ふと首をかしげた。
「イルティミナさん、どうしてここに?」
と問いかける。
ドレス姿の彼女は、クスッと笑って、
「お城での顔合わせが終わったので帰ろうと思ったのですが、ふとマールも講習が終わった頃かと、ギルドに立ち寄ってみたのですよ。思った通りでした」
そうだったんだ?
表には馬車も停まっているそうで、僕がいるなら一緒に帰ろうと思ってくれたんだって。
(わぁ……嬉しいなぁ)
そう思ってもらえるだけで幸せ。
「ありがとう、イルティミナさん。それじゃあ、一緒に帰ろうか」
「はい、マール」
彼女は頷く。
サラサラした綺麗な深緑色の髪が、その拍子に柔らかく揺れて、ドレスの表面を流れていく。
……うん。
「ドレス姿のイルティミナさんも凄く綺麗だね」
僕は、そう笑った。
イルティミナさんは驚いた顔をして、それから「まぁ」とくすぐったそうにはにかむ。
それから、
「多くの貴族や豪商たちにも褒められましたが、嬉しくも何ともありませんでした。ですが、マールに褒められるのだけは違いますね。本当に嬉しいです」
チュッ
僕の頬にキスしてくれた。
(わっ?)
ルージュの跡が頬に残る。
周囲で見ていた同じギルドの冒険者さんたちから「わおっ」、「ひゅ~」、「やるわね」と楽しそうな声が聞こえてきた。
これは恥ずかしい。
真っ赤になる僕に、イルティミナさんは優しく微笑む。
「さぁ、行きましょう」
「あ、うん」
手を握られ、軽く引っ張られる。
僕は頷いて、そのままドレス姿の大好きなイルティミナさんと一緒に、この冒険者ギルドをあとにしたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
いつもは徒歩で帰る道を、今日は贅沢に馬車で帰る。
この馬車は、シュムリア王家がご厚意で手配してくれたものらしい。
(まぁ、ドレスだしね)
行きも家まで馬車が迎えに来てくれたんだって。
今回の夜会の主催はシュムリア王家だから、まさか招待客をドレス姿で街中を徒歩で歩かせるなんてなったら、王家の恥にもなってしまう。
その権勢を内外に示すためにも、色々と至れり尽くせりなのだそうだ。
そうして僕ら夫婦は、夕暮れに赤く染まった王都ムーリアを、立派な馬車に揺られながら移動した。
その道中、
「今回、講習を引き受けてみてどうでしたか?」
と、イルティミナさんに訊ねられた。
僕は正直に初めてのことなので緊張したこと、それでもやり遂げたことで達成感があることを伝えた。
彼女は微笑みながら、『うんうん』と頷いて聞いてくれる。
けれど、僕は困った4人の少年の勝手な行動で、オーガと戦う羽目にもなったことも話すと、イルティミナさんは「は……?」と低い声を漏らした。
「オーガ……ですか?」
「うん」
「失礼ながら、ただの『新人指導』の講習だったのですよね。それがなぜオーガと戦うような危険な状況になるのです?」
「あはは……」
本当にどうしてだろうねぇ……僕も誤魔化すように笑うしかない。
そんな僕を見つめて、イルティミナさんの真紅の瞳が細まっていく。
それから、
「わかりました。その4人とギルドには、きちんと責任を取らせてやりましょう。大丈夫、私が全てやりますのでマールは安心していてください」
氷点下の凍てつく声で、そう呟いた。
(ほわ……)
冷たい殺意の『圧』で車内が冷えていき、僕の背筋がブルリと震えてしまった。
あ、これまずい。
イルティミナさん、相当、怒っていらっしゃるようです。
このままでは、あの4人の少年がどんな目に遭わされるかわからないので、僕は慌てて両手を振り回しながら、奥さんを思い留まらせるように説得した。
「だ、大丈夫だよ。ムンパさんにも謝ってもらったし、4人も反省してたから」
「ですが……」
「それより僕は、そんな過ぎたことに時間を使われるよりも、これから僕と一緒にいる時間が少しでも長くなるよう、イルティミナさんにそばにいて欲しいな」
そう本心を伝えて、微笑みかける。
イルティミナさんは「あ……」と声を漏らし、それから、その美貌を甘く微笑ませた。
「もう……マールったら」
冷たい『圧』は霧散する。
彼女の白い手は、僕の手の上に重ねられ、
「でも、嬉しいです。……そうですね。マールがそう言うのであれば、今回は不問と致しましょう。まぁ、2度目は許しませんが」
そう頷いた。
……最後の一言だけは、王国最強の『金印』らしい静かな迫力があったけどね。
僕は苦笑しつつ、
(でも、僕のために怒ってくれてありがとう、イルティミナさん)
と、大好きな彼女の手を握り返したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
家に着くまでに、イルティミナさんに夜会の話も聞いてみた。
「まぁ、思った通りでした」
とのご感想。
現在、王国一の冒険者であるイルティミナ・ウォンには、夜会に参加した大勢の貴族や豪商からの声掛けがあったそうだ。
僕はあまり詳しくないけど、シュムリア王国にも、やっぱり貴族間での権力争いや商人同士の利権争いがあるみたいなんだ。
イルティミナさんは、現在、中立な立ち位置。
だから、多くの勧誘があるわけで、けど、それを受けて、どこかの派閥に属してしまうと色々な面倒事にも巻き込まれてしまう。
でも、勧誘を無視し続けるのも問題だ。
鳴かぬなら、殺してしまえ、ホトトギス……じゃないけど、そういう極端な考えの人もいるかもしれない。
そういう訳で、
「今回の夜会で、私は、レクリア王女に正式に後ろ盾になってもらいました」
とのことだ。
つまり、金印の魔狩人イルティミナ・ウォンは、今後、第3王女の手持ちカードになったということ。
実は、この王国でシュムリア王家の力は絶大なんだ。
理由は、シュムリア王家は、女神シュリアンの子孫であるから。
前世と違って、この世界では神様が実在し、人類は実際に助けてもらった過去がある。前世よりも神々に対する信仰や畏れは強く、より現実的なんだ。
いくら大貴族でも逆らえない。
王家への反発は、神々への反逆に等しいからだ。
また2年前、第2次神魔戦争においても、シュムリア王家は人類の勝利に多大な貢献をしたといえる。
一部の人しか知らないけれど、知ってる人からすれば、もうシュムリア王家の意向に逆らうなんてできるはずもない。
で、話を戻すと、僕の奥さんは、そんな王家に後ろ盾になってもらったんだ。
これで、他の貴族や豪商からのちょっかいや勧誘もなくなる。少なくとも、悪意を持った行動は起こされないはずなんだ。
(なるほどね)
まぁ、元々、今まで僕らはレクリア王女の指示で動いてきたしね。
現状は、変わらない。
そして、実はこの話は、レクリア王女とムンパさん、イルティミナさんが話し合って決めたことらしいんだ。
レクリア王女としては、優秀な手駒が増えた。
イルティミナさんは、後ろ盾を得た。
ムンパさんも、所属冒険者が王家と繋がりを持っているという名誉を得た。
みんな得してるんだ。
そして今回の夜会は、そういったことを内外に喧伝するための場でもあったんだそうだ。
「じゃあ、その思惑は上手くいったんだ?」
「はい」
僕の確認に、イルティミナさんは微笑んだ。
レクリア王女とイルティミナさんの関係を知らせれば、夜会での勧誘めいた声掛けはなくなった。
まぁ、自己アピールの声掛けは増えたらしいけどね。
その辺は、基本的にスルーしたそうだ。
で、夜会の翌日、つまり今日は、レクリア王女と一緒に、彼女が懇意にしている信頼できる貴族や商人との顔合わせを行ったそうだ。
関わるなら、この人たちと……ってことだね。
それが終わったのがついさっきで、その帰りに、イルティミナさんは冒険者ギルドに立ち寄って、僕を拾ったんだってさ。
「お疲れ様だったね」
僕は、がんばった自分の奥さんを労う。
イルティミナさんははにかんで、
ギュッ
僕の頭を抱きしめ、自分の気持ちを落ち着けるように髪を撫でてくる。
余談だけど、イルティミナさんは今回の夜会で、懇意になろうという貴族や商人たちからたくさんの贈り物をされたそうだ。
ドレス、お酒、武具、装飾品、調度品……他にも色々。
(あらら)
かつてキルトさんも、そういった人たちからたくさんの武具をプレゼントされていたのを思い出した。
キルトさんが欲しかったわけではなかったけど、そういう噂ができてしまって、勝手に贈られるようになってしまったんだよね。
それと同じみたいだ。
「全部、お断りしましたけどね」
とイルティミナさん。
驚く僕に、
「私にとって必要なのは、マールのみです。それ以外には興味ありませんから」
と、当たり前のように言う。
そ、そっか。
ちょっと恥ずかしくて、でも嬉しいな。
少し赤くなってしまった僕に、イルティミナさんは優しく微笑むと、その唇を僕の頬に軽く押し付けたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
馬車に揺られている間、イルティミナさんは甘えるように僕の肩に頭を乗せてくる。
「よしよし」
僕は微笑みながら、彼女の髪を撫でてあげた。
サラサラして心地好い感触。
指通りも滑らかで、ずっと触っていたくなるような不思議な髪だ。
イルティミナさんも心地良さそうに瞳を閉じて、なんだか、そのまま眠ってしまいそうな表情だった。
「あ……そういえば」
ふと、イルティミナさんが呟いた。
(ん?)
「レクリア王女に言われたのですが、再来月に、私たちはアルン神皇国に行くことになりそうです」
「え?」
思わぬ言葉に驚いて、僕の手が止まった。
イルティミナさんは「ん……」と催促するように身体を揺らして、僕は慌てて、大好きな彼女の頭を撫でるのを再開する。
そうして話を聞くと、再来月、アルンの皇女殿下であるパディア・ラフェン・アルンシュタッド様の誕生日の祝宴が開かれるそうなんだ。
「それに私たちも招待されていて」
とのこと。
(そうなんだ)
と聞いていたんだけど、
「ただ殿下の本命は、キルトのようで」
はい?
「当然、キルトも招待されているのですが、彼女に断られる可能性も考えて、そこで私たちも一緒なら必ず同行するだろう……と、考えられたようですね」
おやまぁ。
そういえば、パディア殿下は、キルトさんにご執心なんだったっけ。
(つまり僕らは、釣り針の餌かな?)
皇女殿下の可愛い作戦に、僕はつい笑ってしまった。
イルティミナさんも優しい表情で、
「ソルとポーも招待されているので、久しぶりに5人でアルン神皇国を訪れるのも良いかもしれませんね」
「うん、そうだね」
僕も笑顔で頷いた。
そんな風にして、僕らは自宅へと帰りつく。
馬車の御者さんにお礼を言って、ゴトゴトと石畳の通りに、軽快な音を響かせながら去っていくのを見送ってから、僕らは玄関へと向かった。
僕は、1歩先に玄関の扉を開けて、イルティミナさんを振り返る。
「おかえりなさい、イルティミナさん」
と、まるでお姫様をエスコートするみたいに手を伸ばしながら、そう笑いかけた。
彼女は驚き、それから微笑む。
ドレスの裾を摘まんで、美しいカーテシーを披露して「ただいま帰りました、マール」と優雅に挨拶してくれた。
そうして僕の手を取り、一緒に家の中へ。
2日間、会えなかったけれど、まだ休みは5日もあるんだ。
残りの5日間は、誰にも邪魔されない夫婦水入らずの時間を過ごそうと、夕暮れの赤い輝きの中、僕ら夫婦は笑い合いながらパタンと扉を閉めた。
◇◇◇◇◇◇◇
5日間の休みは、あっという間に過ぎていった。
2人でデートに出かけたり、のんびりしたり、一緒のお風呂に入ったり、夜の時間を楽しんだり、幸せな時間を満喫した。
心も身体もリフレッシュだ。
そして今日からは、再び冒険者としての活動再開のため、5日ぶりの冒険者ギルドを訪れていた。
「じゃあ、よろしくお願いします、マール君、イルナさん」
「うん」
「お任せを」
受付でクエスト受注手続きを終えて、僕らは担当してくれたクオリナさんと笑い合った。
(さぁ、がんばるぞ)
気合を入れて、僕は左右の拳を握る。
イルティミナさんはクスクスと笑いながら、気負った様子もなく「では、行きましょう」と促してきた。
僕は頷き、そうして2人で1階フロアを出入り口へと向かって歩きだす。
その時、ちょうど出入り口の方から、1組の冒険者パーティーがギルド内へと入ってきた。
(ん?)
見覚えのある顔たちに、僕は気づいた。
向こうも僕に気づいたらしく、全員が「あ……」という声を漏らしている。
そこにいたのは、あの『悪ガキ』の4人の少年たちだった。
僕の後ろでクオリナさんも「あ」と声を上げ、顔を知らないイルティミナさんだけが不思議そうな顔をしている。
(クエスト帰りかな?)
彼らの様子を見て、僕はそう思った。
講習でのことがあったので少し迷ったあと、声をかけようと思ったんだけど、
「ちわっす、マールの兄貴!」
バッ
突然、4人は僕に向かって直角90度のお辞儀を披露してきたんだ。
……はい?
え、兄貴って何?
目を丸くする僕の前で、4人はお辞儀したまま、顔だけをこちらに向けた。
「俺ら、兄貴の教えを守って、クエスト達成してきました!」
「どもっす!」
「兄貴もこれからクエストっすか?」
「どうかお気をつけて!」
そんな元気な声で話しかけられてしまう。
おかげで他の冒険者たちも『なんだ? なんだ?』と興味津々の顔でこちらに注目していた。
う、うわぁ……。
イルティミナさんが「マール?」と物問いたげに僕の名前を呼ぶ。
「え、えっと」
かくかくしかじか、僕はこの4人が例の困った少年たちだったことを奥さんに伝えた。
「ほう?」
彼女は短く呟いた。
真紅の瞳が少しだけ危険な光を孕みながら、細められていく。
と、4人もそんな美女の存在に気づいた。
「あ、もしかしてマールの兄貴の嫁さんっすか?」
1人が言う。
他の3人は「おぉ」と声を上げ、
「すげー美人っすね」
「さすがマールの兄貴っす!」
「お似合いっすよ」
そんな言葉を口々に言い出した。
その声にはおべっかやお世辞の色はなく、純粋な感想だけを口にしているのが伝わってくる。
「…………」
イルティミナさんの瞳から、危険な光が消えた。
彼女は「ふむ」と頷く。
「話に聞いていたのと違って、なかなか良い少年たちではないですか。マールを慕うところも見る目がありますし、将来も有望そうですね」
「…………」
自分の奥さんの反応に、僕は、若干、遠い目になってしまいました。
(あはは……)
オーガ襲撃事件がよっぽど堪えたのかな? 4人とも想像以上の改心っぷりだ。
クオリナさんからも「嘘ぉ……」と呟きが聞こえる。
正直、僕への態度の変わりようには、色々と複雑な気持ちもあるけれど……まぁ、真面目になったのなら何よりかな。
僕は「ありがとう」と応えて、
「それじゃあ、僕たちもクエストに行ってくるよ。みんなもまたね」
そう笑顔を向けた。
4人は、
「うっす、失礼します!」
また頭を下げてくる。
そのまま頭を上げる気配がないので、仕方なく、頭を下げられた横を通ってギルドの外へと向かった。
(これ、他の人からどう見えるんだろう?)
ちょっと不安です。
苦笑交じりのクオリナさんから「いってらっしゃ~い」と声をかけられつつ、外に出た僕とイルティミナさんは、ギルド前の通りを歩いていく。
早朝の青空は、とても綺麗だ。
達観した気持ちでそれを見上げていると、隣からクスクスと笑い声が聞こえた。
見れば、イルティミナさんが口元を押さえていて、
「問題児たちを更生させるとは、さすがマールですね。いえ、貴方の人望ならば、当然のことでしょうか?」
なんて言われてしまった。
僕は苦笑する。
そんな僕を見るイルティミナさんの瞳は、とても優しいものだった。
そして、
「これからも、マールに魅了される人々は大勢現れるのでしょうね、きっと」
そんな呟きがこぼされる。
そう言われてもなぁ。
「僕としては、イルティミナさんさえ魅了できるなら、それでいいんだけどな」
「まぁ」
正直に言うと、彼女は驚いた顔をする。
それから嬉しそうにはにかんで、
「ありがとう、マール。私もとっくに魅了されていて、もうマールから離れられなくなってしまっていますよ」
そう言いながら、白い指で愛しそうに僕の髪を撫でられた。
心地好い感触だ。
それに青い瞳を細め、そんな僕を見つめるイルティミナさんに気づいて、少し恥ずかしくなって笑った。
彼女も微笑む。
「では、次のクエストもがんばりましょうね、マール」
「うん!」
僕は大きく頷いた。
そうして笑顔を交わすと、次なる冒険のため、僕とイルティミナさんは、早朝の光に照らされる王都ムーリアの中を一緒に歩いていったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
これにてマールの新人指導も終わりとなりました。
次回からは、また新しいマールの物語が始まりますので、もしよかったら、どうかまた読んでやって下さいね~!
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。