532・妻の手料理
第532話になります。
よろしくお願いします。
襲いかかってくる4人の動きは、やはり『魔血の民』らしく素晴らしい速度だった。
でも、肝心の呼吸が合っていない。
つまり、タイミングがバラバラだったんだ。
(……なるほど)
冒険者として登録はしているけれど、中身はまだまだ素人なんだ。
それが良く分かった。
そのことを理解するだけの余裕もありながら、僕は、正面から襲いかかってくる少年の方へと自分から踏み込んでいった。
「おらっ!」
振り下ろされる木剣。
ガチィン
それを僕の木剣は真っ向から受け止め、体重をかけて止める――次の瞬間には、僕は横に1歩、ヒョイと移動しながら身体を回転させた。
「あ」
力比べになると思った彼は、全力で押し込もうとしていた。
その支えとなる僕がいなくなり、彼は、前へとつんのめるように倒れ込んでしまう。
そこには、ちょうど僕を後ろから襲おうとしていた少年がいて、
「うわっ!?」
「がっ!?」
ドカァ
2人は正面衝突を起こして、もつれるように地面に倒れた。
なまじ『魔血の民』としての速度があったために、2人には交通事故を起こしたような衝撃だったと思う。
どちらも呻いて、動けなくなっていた。
「うおっ!?」
「ちょ……っ!?」
左右から襲いかかってきた2人は、突然、目の前で仲間2人がぶつかり合って、慌てたように急停止していた。
うん、隙だらけ。
僕は動きの止まった1人の木剣を横から叩き、その手から木剣を落とさせる。
「痛っ」
ガラン
木剣が地面に落ちた乾いた音が響く。
「て、てめえっ!」
残った1人の『悪ガキ』の少年は、焦ったように僕へと襲いかかってきた。
彼は木剣を振り上げる。
(遅い)
呼吸もバレバレなので、タイミングもはっきりと計れた。
振り下ろす瞬間に合わせて、僕は突きを放つ。
ガキッ ゴツン
「うぎゃっ!?」
振り下ろそうとした木剣に突きを当てて、その動きを強引に止めると、そこに踏み込んできた彼の額が激突した。
これもカウンター剣技の1種だ。
彼の踏み込む力が強かったからこそ、それがそのまま自身に衝撃として跳ね返った。
彼は脳震盪を起こしたのか、その場にへたり込んでしまった。
もし『魔血の民』でなかったら、そこまでのダメージではなかったかもしれない。
(これで4人、か)
僕は、大きく息を吐く。
見物席にいる他の受講者さんたちは、一瞬で4人が負けてしまったことに『おぉおお……っ!』とどよめきを起こしていた。
(少しは見直してもらえたかな?)
約束通り、彼らの身体には、僕は木剣を当てていない。
それでも4人を制圧した結果に、僕の実力を感じてもらえていたらいいなぁ……なんて思っていた。
その時だった。
次の受講者さんたちを呼ぼうと思っていた僕の耳に、
「くそったれがぁ!」
(!)
ただ1人、木剣を落とされただけで無傷だった『悪ガキ』の少年が無手のまま飛びかかってきたんだ。
えぇええ?
これは『剣技』の講習だって、初めに説明したのに。
何も持たない素手で襲ってくるなんて。
そんな無謀というか、ルール違反な行動に、僕もちょっと驚いてしまった。
彼は、どうやら僕の腰にタックルしてくるつもりみたいだ。
直撃したら、さすがにまずい。
腰骨が砕けるか、最悪、内臓破裂……それぐらいの威力を生み出すのが『魔血の民』の身体能力なんだ。
見物席の受講者さんたちも息を呑んだ。
その突進がぶつかる直前、
「えい」
僕は手にした木剣を訓練場の地面に突き立て、それを支えにして逆立ちするように跳躍した。
バキィン
「がっ!?」
よけれない、止まれないタイミングで剣を置いたので、彼はそこに肩からぶつかってしまった。
衝撃で木剣が折れる。
僕は、その上空を前転するようにして、彼の通り過ぎたあとの地面に着地する。
トン
後ろを振り返ると、鎖骨が折れたのか、彼は肩を押さえて呻きながら、地面に伏せたまま立ち上がれなくなっていた。
これで4人とも動けない。
(今度こそ、僕の勝ちで大丈夫だよね?)
見つめていても、それ以上、彼らが挑んでくることはなかった。
すると、
パチパチパチ
「え?」
突然の拍手に顔をあげれば、見物席にいた受講者さんたちや手伝いのギルド職員さんたちが、こちらへと手を打ち合わせてくれていた。
(あ……)
みんな、興奮したような驚いたような顔だ。
嬉しいな。
講師としての僕の強さを認めてくれたのがわかって、心が温かくなった。
(うん!)
僕は笑って、彼らに応える。
そうして僕は、負傷した4人にはギルドの救護室に行ってもらって、他の受講者さんたちの実技講習を続けたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
あれから実技講習は順調に進んだ。
皮肉なことに、僕を侮っていた4人が一蹴されたのを見て、他の受講者さんたちは僕への信頼を強めてくれたみたいだった。
おかげで、凄くやり易い。
実際に剣を交えて、僕なりに気づいたこと、直して欲しい癖などを説明すると、とても真剣に話を聞いてもらえる。
マール・ウォンは、信頼できる実力の講師――そう、みんなに思ってもらえたみたいなんだ。
それに応えられるよう、僕もがんばった。
1人1人の実力を見極めて、丁寧に、その人にあった指導をするように心がけたんだ。
(キルトさんもそうだったもんね)
かつて彼女が教えてくれたのは、ただの剣技ではなく、マールのための剣技だった。
それを僕も真似ようと思った。
受講者さんの中には、初めて剣を握った初心者から、冒険者養成学校で剣の扱いを教えられた経験者まで様々な人がいたから、それなりに大変だったけどね。
でも、手抜きなんてしない。
剣の扱いは、命に関わることだ。
自分を、仲間を守るために直結する技術だから、中途半端な教えなんてできなかった。
受講者さんたちも真剣に覚えようとしてくれたのが、嬉しかったな。
おかげで講習時間は、少しだけ伸びてしまった。
でも、不満そうな様子はなくて、みんな、いい顔をしていたのが印象的だった。
(満足してもらえたのかな?)
なんとなく、そう思えた。
手伝ってくれたギルド職員さんたちも「よかったですよ」と言ってくれたので、ひとまず安心かなと思えた。
実技講習は、これで終わり。
(あの4人はどうしたかな?)
救護室で手当てを受けたはずだけど、講習中には戻ってこなかった。
帰る前に救護室を訪れる。
すると、白衣を着たギルドの医師であるおじいさんから「あの子らなら帰ったぞい」と教えられた。
ありゃ。
話を聞いてみると、4人とも大した怪我ではなかったようだ。
鎖骨を骨折していた子も、回復魔法で無事に治療されたので問題ないとのこと……異世界の医療レベルって、本当に高いね。
そして彼らは、
「けっ、講習で何がわかるってんだ」
「おうよ」
「俺たちは実戦派だからな。実戦の中でこそ強さを発揮できるってもんだ」
「その通りだぜ」
なんて言いながら帰っていったらしい。
(…………)
う、う~ん。
まぁ、一応、実技講習は受けたことになるだろうし、帰りたいなら帰ってもいいけどさ。
でも、そういう考え方をするんだね。
どうやら、クオリナさんに頼まれた『間違った鼻っ柱を折ること』はできなかったみたい……。
(まぁ、前向きってことかなぁ)
ある意味、敗北してもめげない精神は、冒険者の資質としては悪くないのかもしれない。
明日は、実際にクエスト受注しての講習だ。
(何も問題を起こさないでいてくれるといいけどなぁ)
ちょっと遠い目になり、祈る僕でした。
◇◇◇◇◇◇◇
その日の講習は終わりということで、僕は帰路についた。
空は夕暮れ。
歩いている石畳の通りも赤色に染まっている。
視線をあげると、右手には、水面の煌めくシュムリア湖があり、その遠い湖上には、美しく壮麗な神聖シュムリア王城がそびえていた。
「……イルティミナさん、もうお城かな?」
彼女が招待された夜会は、夜からだから、準備のためにももうあのお城を訪れているはずなんだ。
そして彼女は、そのままお泊り。
今夜は、自宅に僕1人きりなんだ。
…………。
ちょっと寂しい。
短いため息をこぼして、僕は止まっていた足を動かすと、誰もいないはずの家へと歩いていった。
坂道を上り、郊外の住宅地へと辿り着く。
そこにある自分たち夫婦の家は、けれど、外から見ても灯りはなく、人の気配もない。
カチャッ
「ただいまぁ」
鍵を開けて、中へと入る。
声をあげても、当たり前だけれど返事をしてくれる人は誰もいなかった。
1人ぼっち。
いつもイルティミナさんと一緒だから、その事実に心が少し重くなっている。その自覚があった。
(いけない、いけない)
パンパン
自分を叱って、頬を両手で打つ。
気を取り直して、居間の灯りを点けた。
まずは夕飯作りから……そう思って、台所に向かおうとした時、居間のテーブルに料理のお皿や鍋が並んでいることに気づいた。
(え?)
布製の蚊帳のようなフードカバーが被せられている。
鍋の中身は、肉と野菜のシチューだ。
そばには切り分けられたパンがあり、ジャムや蜂蜜などの瓶も用意されていた。皮が剥かれたフルーツも綺麗にお皿に飾られ、炒めた野菜の小鉢も置かれていた。
そして、料理の前には1枚の便箋があった。
「…………」
それを手にして広げれば、そこには執筆者の美貌を思わせるような美しい文字が並んでいた。
―――――――
最愛なる夫 マールへ
講習の1日目、お疲れ様でしたね。
帰ってくる頃を見計らって、料理を作っておきました。もしよかったら、食べてくださいね。
シチューは温めると美味しいですよ。
今日1日、色々と大変なこともあったと思いますが、全ての経験は貴方の人生の糧になるでしょう。どうか楽しんで、貴方自身も学んできてくださいね。
明日には私も帰ります。
帰ったら、色々と話を聞かせてくださいね。楽しみにしています。
貴方の最愛なる妻 イルティミナより
追伸 いつでも、どこにいても、私はマールのことを愛しておりますよ。
―――――――
イルティミナさん……。
その手紙を手にしたまま、僕はしばらく立ち尽くしてしまった。
あ、あれ?
1人だと思っていた寂しさの反動か、なんだか涙がこぼれてしまいそうだ。な、情けないぞ、マール。
慌てて目元を擦り、鼻をすする。
(……ありがとう)
手紙を胸に当て、心の中で彼女へと感謝を送る。
それから僕は、大好きなお嫁さんの作っておいてくれた料理を食べることにした。
「ん、美味しい!」
温めたシチューは、絶品だった。
お肉は柔らかく、歯で軽く噛むだけでホロホロと崩れて旨みが口中に広がり、野菜も味が染み渡っていて、いくらでも食べれてしまいそうだった。
他の料理も最高だ。
多分、冷めることを前提にして作られていたらしく、その計算された味はふくよかに僕の舌を楽しませ、心も満たしてくれた。
なんていうか、緊張していた心をほぐすような優しい味だった。
もちろん栄養バランスも良さそうです。
1人の食事だけれど、イルティミナさんの愛情が伝わってきて、食べているだけでまた泣いてしまいそうだった。
(僕は、本当に幸せ者だよぉ)
モグモグ
料理を味わっていると、彼女の笑顔が思い浮かんでくる。
もうすぐ夜会も始まる時間。
きっとイルティミナさんも、自分のやるべきことをがんばっているだろう。
うん、僕もがんばらねば。
イルティミナさんの料理を食べながら、遠いお城の彼女に思いを馳せて、僕の気力体力は充実していく。
「よし、明日もやるぞ~!」
気合の声が口から溢れる。
再会した時、イルティミナさんにしっかり顔向けできるように、僕は、明日の講習もがんばることを誓うのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




