531・間違った鼻っ柱
第531話になります。
よろしくお願いします。
冒険者ギルドの裏手には『訓練場』も併設されていた。
石造りの壁に囲まれた円形の広場で、木製の人形や弓矢の的なども設置されていて、周囲には見学席も作られているそうだ。
実は僕、今までそこを使ったことがない……。
(僕にとっての稽古の場は、ずっとイルティミナさんの家の庭だったからね)
今回の講習をすることになって、初めて『訓練場』を使うんだ。
ちなみに訓練場では、真剣の使用、及び攻撃魔法の使用は禁止されている。というか、法律によって、基本、王都内全域で禁止されているんだけどね。
で、今回の実技講習は、その『訓練場』で行われるんだ。
…………。
あ、そろそろ時間だ。
レストランで休憩していた僕は、訓練場へと向かうため、1階へと階段を下りていく。
その途中で、
「あれ、マール君?」
「え?」
ふと声をかけられ、振り返れば、そこに赤毛の獣人クオリナさんがいた。
どうやら彼女もレストランでお昼休憩をしていて、ちょうど仕事に戻るところだったみたい。彼女の腕には、書類の束が抱えられていた。
僕は笑った。
「こんにちは、クオリナさん」
「うん、こんにちは、マール君。そっか、今日は『新人指導』に来てくれたんだったね」
彼女も笑顔で挨拶してくれたあと、そう言った。
おや、クオリナさんも知っていたんだ?
びっくりしていると、
「ギルド内でも、マール君が初担当してくれるって話題になっていたからね」
笑って言うクオリナさん。
(そうなの?)
僕なんかが担当するのが、なんで、そんな話題になるのかなぁ?
不思議に思っていると「マール君は自己評価が低いねぇ」とクオリナさんは呆れたように呟いていた。
それから、
「言っとくけど、マール君は若手ナンバー1、そして、ギルドを代表する『銀印の魔狩人』の1人なんだよ?」
と、人差し指を立てて言われる。
(って、言われても)
正直、ピンときません。
だって、ギルドを代表するって言ったら、やっぱりキルトさんとかイルティミナさんみたいな凄い人たちだと思うし、僕もその1人と言われても納得できないもの。
そんな僕に、クオリナさんは苦笑する。
「あ~、まぁ、マール君の場合、一緒にいる人が凄すぎたからねぇ」
うん。
赤毛の獣人さんは、ポニーテールを揺らしながら、諦めたように首を左右に振った。
それから話題を変えるように微笑んで、
「ところで、どう? 講師をやってみて。何か困ったこととかあった?」
そう聞かれる。
困ったこと……と言っていいのかわからないけれど、話を聞いてくれない不良グループについては気になっていた。
それを話すと、
「あぁ、あの悪ガキたちかぁ」
とクオリナさん。
僕は目を瞬いた。
「クオリナさん、あの子たちを知ってるの?」
「うん。というか、ちょっと問題児っぽいって、ギルド職員の中でも注視されてる子たちなんだ」
そう教えられた。
(あらら、そうなんだ)
ここからは、クオリナさんの情報だ。
それによると、その悪ガキたちは、全員、王都近くの村出身の14~16歳の少年たちなんだって。
みんな、幼い時に『魔血』に目覚めて、分別が付かない頃から普通の大人顔負けの腕力を手に入れたため、悪童に育ってしまったらしい。
しかも『魔血の民』ということで差別もあった。
村の中では居場所がなく、その魔血ゆえの腕力を頼りに、地位と名誉を求めて『冒険者』になろうと王都にやって来たんだそうだ。
(……ふ~む)
自分を見下してた村人を見返してやるんだ……って感じかな?
でも、あの態度はなぁ。
「きっと、ちゃんと叱ってくれる大人がいなかったんだろうね」
とクオリナさん。
幼い頃に『魔血』に目覚めたことで、注意する嫌な人を暴力で排除できてしまったから、その間違いが今まで続いてしまった……そういうことらしい。
クオリナさんは悲しそうに笑って、
「意外と多いんだよ、そういうこと」
「…………」
もしかしたらクオリナさんは、他にもそういう『魔血の民』を見てきたのかもしれないね。
そんな風に、赤毛の獣人のお姉さんと階段の途中で話していると、ちょうど1階のフロアを歩いているあの『悪ガキ』たちを発見した。
(お?)
向こうは、こっちに気づいていないみたいだ。
その話し声が聞こえてくる。
「なぁ、知ってるか? あのチビ講師、コネで『銀印』になったらしいぜ」
「ほお?」
「そうなのか?」
「あぁ、あのチビの嫁が『金印』なんだと」
「マジかよ」
「あんなチビが『銀印』なんておかしいと思ったぜ」
「なぁ」
「実技講習で、んなズルいチビはぶっ飛ばしてやろうぜ」
「おうよ」
「やってやらあ」
悪ガキたちは、大声で笑いながらそんな話をして、そのままギルドの建物から出ていった。
チビ講師……って、僕だよね?
うぅ、チビで悪かったな。
(くそぅ)
ちょっと悔しい。
何よりも悔しかったのは、僕のお嫁さんが『金印』の立場を使って、夫を不正に昇進させるような人間だと思われたことだ。
正直、自分のことは何を言われても構わない。
でも、
(イルティミナさんを悪く言うのだけは許さないぞ)
きつく唇を噛み締める
クオリナさんは、去っていった悪ガキたちの方をチラリと見て、それから、そんな僕の方を向く。
「マール君」
ん?
彼女の翡翠色の瞳は、僕を真っ直ぐ見つめていた。
そして、
「今回の講習で、あの子たちの間違った方向に伸びてしまった鼻っ柱を、しっかりとへし折ってあげてね」
そう頼まれたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
訓練場にやって来た。
講習の受講者さんたち15人も全員、時間に遅れることなく揃っている。
不良グループにとっても、座学より身体を動かす実技講習の方が好きなようで、ちゃんと集まってくれていた。
(…………)
とはいえ、僕を侮る視線は変わらない。
小さく息を吐いて、
「それでは、実技の講習を始めます」
僕は言った。
ギルド職員さんにも手伝ってもらって、講習を受ける全員に、訓練場に備えられていた木剣を配布した。
もちろん、僕の手にもある。
受講者さんの中には『魔法使い』の人もいたけれど、今回は講習ということで剣技についての実技講習を受けてもらうことにした。
経験しておいて損はないからね。
ソルティスも僕と出会う前から、キルトさんやイルティミナさんから初歩でも剣技を覚えた方がいいと勧められていたぐらいだから。
さて、そんな訳で実技講習だ。
その内容は、
「これから皆さんには、僕と戦ってもらいます。すでにパーティーを組んでいる人たちは複数で、そうでない人は個人でもいいので挑んできてください」
僕の言葉に、受講者さんたちは驚いた。
僕の見た目は、チビで頼りなく見える。
ぶっちゃけ弱そうなのだ。
そんな相手に、複数で襲いかかってもいいというのは、相手が『銀印』と言われても躊躇が生まれてしまうのだろう。
僕は続けた。
「大丈夫、僕の攻撃は寸止めします。身体には当てません。でも、皆さんは全力で当てに来てください。1度でも僕に攻撃を当てられたら、皆さんの勝ちです」
そう言って微笑む。
自慢しているわけでも、虚勢を張っているわけでもなく、ただ自然に笑ってみせた。
挑発とも取れる言葉だ。
その自信に満ちた言葉と僕の見た目のギャップに、彼らは戸惑っているようだった。
ただ1グループの少年たちを除いて。
「面白え!」
「やってやろうじゃねえか!」
「はっ」
「ボコボコにしてやんぜ」
例の『悪ガキ』たちは、自信に満ちた笑みを浮かべて、前に出てきた。
その数、4人。
彼らは、手にした木剣を軽く振る。
ブォン
常人にはあり得ない速度と風切り音。
重さのある木剣を易々と操る腕力は、なるほど、さすが『魔血の民』だと思えた。
普通の人間が太刀打ちできるレベルじゃない。
(……ある意味、それが不幸だったんだね)
前に出てくる4人の姿を見つめながら、僕は、心の中で小さく吐息をこぼした。
すぐに気持ちを切り替えて、
「じゃあ、君たちからだね」
と頷いてみせる。
他の人たちには、闘技場外の見学席へと移動してもらった。
闘技場の中では、僕を中心にして、四方を囲むように『悪ガキ』の4人が立っている。
「へへっ」
木剣を肩に担いだり、手のひらにパシパシと叩きつけたりしていて、技術のある構えなどは取っていない。
まるでチンピラだ。
僕より若いけど、皆、僕より体格は良かった。
傍から見たら、不良高校生に囲まれる中学生みたいに見えてしまうのかもしれない。
(まぁ、見た目はね)
内心で呟いて、僕は、ゆっくり正眼に木剣を構えた。
心は平静に。
いつものように、身体はすぐに反応できるように自然体で備えて。
「じゃあ、いつでもかかっておいで」
そう言った。
それは、子供をあやすような言い方にも聞こえて。
きっと、それが癇に障ったのだろう4人は、表情を凶悪なものに変えると、その怒りの感情のままに怒声をあげた。
「おらぁあ!」
「くらえっ!」
「でやぁあ!」
「うおおっ!」
木剣を振り上げ、四方から襲いかかってくる。
そんな彼らの行動を冷静に見極めながら、僕は手にした木剣の剣先を揺らめかせ、ユラリと迎撃に動きだした。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。
 




