529・新人指導をしてみよう
久しぶりのマール視点になります。
これからも彼の紡ぐ物語を、どうかゆっくり楽しんで頂けましたら幸いです♪
それでは、本日の更新、第529話です。
どうぞ、よろしくお願いします。
「ねぇ、マール君? 明日、ギルド主催の『新人指導』をマール君にやってもらえないかしら?」
突然、ムンパさんにそうお願いされた。
ある日、いつものようにイルティミナさんと魔物の討伐クエストを終え、冒険者ギルドに帰ってきたところ、突然、ギルド長室に呼ばれて言われたのが、この言葉だった。
(新人指導?)
初めて聞く言葉に、僕はキョトンとなってしまう。
そんな僕に気づいて、隣に座っている僕の物知りな奥さんが教えてくれた。
「新人冒険者への講習ですね。だいたい1ヶ月ごとに、その月に登録した冒険者を対象に、基礎的な冒険の仕方などを教えるために冒険者ギルドが行っています」
へぇ、そうなんだ?
でも、僕の時は、そんなのなかったけどなぁ。
当時を思い出して、僕は首をかしげる。
イルティミナさんは笑いながら、
「当時は、各人の任意でしたからね。マールには私がいましたから、受ける必要はないと判断しました」
「そっか」
僕も納得して、笑った。
ムンパさんは、そんな当時から仲良しな僕ら夫婦に微笑んで、
「でもね、今はマール君の時とは違って、任意じゃなくて強制になったのよ。冒険者の死亡率を減らすために、去年から国の施策でそうなったの」
と教えてくれた。
(そうだったんだ?)
そんなことになっていたとは、初めて知ったよ。
もしかしたらどこかで聞いてはいたかもしれないけれど、すでに冒険者になって、自分にとっては関係ないって思って記憶に残らなかったのかもしれないね。
イルティミナさんが、真っ白な獣人さんを見る。
「それで? 今回のお話は、その『新人指導』の講師をマールにして欲しい、ということですか?」
「えぇ、その通りよ」
ムンパさんは頷いた。
真っ白なフサフサした尻尾を、ふんわりと揺らしながら、
「いつもはベテランの冒険者か、引退した元冒険者にお願いしているんだけどね。今回は、どちらも都合が合わなくて……」
そう頬に手を当てて、ため息をこぼす。
1人は、クエストからの帰り道が土砂崩れで通れなくなって講習日に間に合わなくなり、もう1人は、ちょうど風邪で体調を崩してしまったのだそうだ。
(あらら)
「それで、ふとマール君ならもう4年以上冒険者をやっているし、銀印だし、今、このギルドで最も勢いのある若手の1人だから、ちょうどいいかなって思って」
……僕って、最も勢いがある1人だったんだ?
それも初耳です。
でも、
「僕に講師なんてできるかな?」
正直、自信ない。
けれど、イルティミナさんは、そんな僕の髪を撫でて微笑んだ。
「いつも冒険の時に気をつけていること、考えていること、実践していることを話せば良いだけですよ。やろうと思えば、そう難しくはないと思います」
「そう?」
「はい。……それで、どうします?」
う~ん。
僕は腕組みして、少し悩んでしまった。
「その講習って、1日だけ?」
「ううん、2日間」
と、ムンパさん。
「まずは講習、次に訓練場で実技を見せたりして1日。2日目に、実際にクエストを受注して行いながら指導したりするの。だから、2日ね」
なるほど。
でも、その2日分、クエスト休暇の日数が減っちゃうんだよね。
「あ、もちろん報酬も出るわよ」
慌てて付け加えるギルド長さん。
あ、いや、お金も大事だけど、そうじゃなくて、
「せっかくイルティミナさんと一緒にいられるのに、その時間が減っちゃうのは嫌だなぁ……って思えて」
「まぁ……」
イルティミナさんは驚いた顔をする。
すぐに嬉しそうに「マールったら」と甘い笑顔で、僕の頭を抱きかかえるようにして、頭を『いい子いい子』と撫でてくれた。
あはは……ムンパさんの前だから、ちょっと恥ずかしい。
ムンパさんは「あらあら」と笑っている。
それから、
「でも、それなら、イルティミナちゃんも予定が入るからいいんじゃないかしら?」
「え?」
「え?」
続けられた言葉に、僕ら夫婦はポカンとなった。
ムンパさんは頬に手を当てて微笑みながら、
「イルティミナちゃん、ちょうど今、王室と貴族の皆様から『金印の魔狩人』として夜会に招待されてるの。多分、泊まりになるから2日かかるわ」
そうなの?
「……お断りするわけにはいきませんか?」
問いかける僕の奥さん。
彼女は、あんまりそういう権力や欲望に関わる場には、顔を出したがらないんだ。
でも、ムンパさんは首を横に振る。
「ずっと断り続けてきたけど、そろそろ1度は顔を出しておかないと問題だわ。王侯貴族としての面子もあるし、ギルドの立場もある。相手を安心させるためにも、参加しておいた方が良いと思うわ」
それは優しく諭すような声だ。
イルティミナさんは難しい顔をしていたけれど、やがて大きく息を吐いた。
「仕方ありませんね」
そう了承した。
良くも悪くも『金印の魔狩人』という立場は影響力が大きいんだ。
だからこそ、しっかりと立ち回らないと余計な敵を作ってしまったり、面倒な事態に巻き込まれてしまったりする。それを避けるためにも、こういうのが必要らしい。
(偉くなるのも大変だよなぁ)
彼女の苦労を思うと、そう感じてしまう。
キュッ
励ますようにイルティミナさんの白い手を、横から軽く握った。
気づいた彼女は、少し驚き、すぐに嬉しそうに笑った。
(うん)
僕も笑った。
そんな僕らの様子を、ムンパさんは優しく瞳を細めて見守っている。
きっとイルティミナさんのこういう事情もあったから、ムンパさんも、僕に声をかけてくれたのかもしれない。
お嫁さんががんばるなら、僕だってがんばりたいからね。
きっと、イルティミナさんも同じだろう。
おっとりしているように見えて、この綺麗な獣人のお姉さんは色々と考えてくれている人だから、その辺もわかった上で提案してくれたんだ。
僕ら夫婦は、頷き合った。
自分たちのギルド長を見て、
「わかりました、ムンパさん」
「私も、マールも、それぞれの役目を務めさせて頂きたいと思います」
「そう、よかったわ」
ムンパさんも安心したように微笑んだ。
その日の話は、それで終わり。
僕らはギルド長室をあとにして自宅へと戻り、翌朝、先に家を出る僕は、
「いってらっしゃい、マール」
チュッ
額にキスしてくれたイルティミナさんに見送られながら、『新人指導』のため、冒険者ギルドに向かったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。