528・鬼姫の旅語り6 ※キルト視点
第528話になります。
よろしくお願いします。
「ビアンカ!」
「ルシンダお姉ちゃん!」
2日後、近くの村の宿屋で、赤毛の娼婦ルシンダは、無事に妹との再会を果たしたのじゃ。
姉妹は抱き合って、涙を流しておったの。
一緒に来ておったエラルも、ビアンカとの再会に泣きながら、互いの無事を喜びあっておった。
…………。
あのあと、生き残った悪人共は抵抗をやめ、わらわはビアンカを含めた8人の少女を保護した。
悪人共は適当に縄で縛り、あの場に放置した。
あの元・金印の男も同じようにしたが、出血が酷かったから生きておるかはわからぬ。
どちらにしても、連中は運が良ければ助かるであろうし、悪ければ、近くの魔物に食い殺されるか、あるいは、そのまま餓死するかであろうの。
残酷と思うか?
じゃが、奴らはそれだけの罪を犯した。
マールならば助けたかもしれぬが……わらわは、そこまで優しくはなれなんだよ。
そうそう、奴隷とされた7人の少女も、今は同じ村の宿におる。
クインタッカの町に連れていくには、少々、リスクが高かったからの。
今後のことを考えておると、
「ありがとう、キルト姐さん。おかげで妹に会えたよ。本当になんてお礼を言ったらいいか……」
ルシンダがそう言ってきた。
わらわは笑みを返す。
「大したことではない。それより、そなたらはこれからどうするつもりじゃ?」
「町を出るよ」
赤毛の娼婦は、はっきり言い切りよった。
「助けてもらったけどさ、ビアンカはもう逃亡奴隷扱いだ。エラルもそう……。可能なら、ガルベス領から他の領地へと逃げようかと思ってるよ」
そう言って、妹を見つめる。
姉妹もエラルも、表情は暗かったの。
まぁ、生まれ育った土地を捨てるというのじゃ。それも当然かもしれぬ。
じゃが、それでいいとは思えぬ。
「7日、時間をくれぬか?」
わらわは、そう言った。
ルシンダたちは驚いた顔をしておった。
「わらわとしても、このまま放置しておくのは寝覚めが悪くての。ちと、やっておきたいことがあるのじゃ。7日間だけ、ここで待っておってくれ」
そう強く言い含める。
戸惑いつつも、「姐さんが言うなら」と彼女たちは頷いてくれての。
わらわも安心して、頷いた。
それから、わらわは宿屋を出て、やるべきことを果たしに1人で街道を急いだのじゃ。
◇◇◇◇◇◇◇
ガルベス領の領都アグラは、クインタッカの町から3日ほどの距離であった。
到着した夜、わらわは、領主ゲレン・ディオ・ガルベスの館を訪れた。
深夜の訪問じゃ。
当然、面会は拒まれたが、懇切丁寧にお願いしたら寝室まで行くことができてのぅ。
……ん?
なんじゃ、マール?
その懇切丁寧については、深くは聞かない? うむ、それが良いじゃろう、くはは。
深夜の訪問を受けたゲレンは、かなり狼狽しておったの。
「な、何者だ、貴様は!? 皆、狼藉者であるぞ、であえ! であえーっ!」
ゲレンは小太りの中年男での。
寝室のベッドの上で必死に叫んでおったが、なぜか館の兵士共は誰1人としてやって来なんだ。
ゲレンもその異常に気づいての。
こちらを見るので、わらわも笑顔で応えてやったわ。奴はなぜか青ざめておったがの。
エラルから聞いた『魔血の民』を攫って奴隷にしている話を聞くと、
「知らん! そんな話、儂は知らん!」
と否定しよった。
じゃが、わらわもすでに川に放置した悪人共から、証言は得ておっての。
ちと腹に来たので、奴の片耳を斬ってやったのじゃ。
ゲレンは悲鳴をあげながら喚き、そして白状したの。
「汚れた魔血の糞どもを奴隷にして何が悪い! 高貴なる儂の役に立てるのだ、奴らもそれで本望だろう! それの何が問題だというのだ!」
涙と鼻水を垂らしながら、そう叫びよった。
…………。
そんな顔をするな、マール。
人の価値観の違いも、それによって生まれる悪意も、この世にはどうしても生まれるものじゃ。
じゃが、それが全てではない。
それは、そなたももう知っておろう?
それから、領主ゲレンは痛みと恐怖で狂乱をきたしたようでの、そのまま、護身用の剣を抜いてわらわに襲いかかってきよったのじゃ。
「――愚か者め」
わらわは、きちんと、それに応えてやったの。
ふむ、何をしたかは言わんでも良かろう。
そして、わらわは、朝が来る前に『領主の館』をあとにさせてもらった。
ちなみに、翌朝、領都アグラは大騒ぎになっておったの。
後日の話になるが、アザナッド皇帝陛下には『キルト・アマンデス』の名前で手紙を出させてもらっての。ガルベス領は、領主の一族が総入れ替えとなった。
それに伴い、ガルベス領内での『魔血の民』の奴隷制度も廃止されての。
新しい領主は、陛下に忠実に、普通の人と『魔血の民』の平等な施策を実行する貴族になったそうじゃ。
…………。
ま、そんなわけで、やるべきことを終えたわらわは、その足でルシンダたちの待つ村へと帰ったのじゃ。
◇◇◇◇◇◇◇
数日後には、領主ゲレンの急死や新領主赴任の話が、クインタッカの町にも溢れておった。
逃亡奴隷の話も、うやむやじゃ。
領主の館で、関係書類をわらわが処分したのもあったしの。
その辺のことを、まぁ適当に誤魔化しながら説明し、7人の少女たちとエラルは、自分たちの家族の元へと帰っていきよった。
「ありがとうございました!」
エラルたちには、何度も頭を下げられてしまったの。
まぁ、よかろう。
ルシンダたち姉妹と共に彼女たちを見送り、やがて、わらわもクインタッカの町を出発する日が来たのじゃ。
街の門前まで、姉妹は見送りに来てくれての。
「姐さんには、なんて礼を言ったらいいのか……本当に姐さんは何者なんだい?」
ルシンダはそう見つめてくる。
わらわは苦笑した。
「ただの旅人じゃ。ただ、人より少~し強うて、ちょいとアルンの皇帝陛下にも顔が通じるだけじゃて」
「…………」
「…………」
冗談めかして笑いを誘うつもりじゃったが、姉妹は変な表情になっておった。
……失敗したかの。
コホンッ
照れ隠しに咳払いをして、わらわは、荷物を背負った。
「では、そろそろ行く」
出街の手続きは、すでに済んでおった。
ビアンカは「本当にありがとうございました」と深く頭を下げてくる。
ルシンダも、
「姐さんがもしまたこの町を訪れるような時は、アタシ、何でもするからさ。何でも言っておくれよ?」
胸元を押さえて、そう強く言ってきおった。
わらわは笑って、頷いたの。
それから歩きだそうとした時、
「1つだけ、聞いてもいいかい? 姐さんは……どうして、アタシらのためにそこまで色々としてくれたんだい?」
そんな質問を投げかけられた。
ふむ?
わらわは答えた。
「そなたには、酒を1杯、奢ってもらったからの」
ルシンダは、ポカンとしよった。
「……それだけかい?」
「うむ」
頷き、わらわは白い歯を見せて笑った。
片目を閉じて、
「あの1杯は、実に美味かったぞ」
そう言葉を残すと、輝く朝日の中を、町の外に向かって歩きだしたのじゃ。
…………。
…………。
…………。
話し終わったわらわの顔を、マールとイルナ、ソル、ポーの4人はジッと見つめておった。
わらわは笑みをこぼし、
「それ以降、わらわは各地で似たようなことを何度かしてきたがの。じゃが、アルンでの人助けの旅の始まりは、その出来事からでの。それゆえに一番印象深かったのじゃ」
と付け加えた。
4人は顔を見合わせて、それから、マールがこんなことを言いよった。
「本当にキルトさんらしいね」
「ふむ?」
わらわらしいか?
自分ではよくわからぬの。
じゃが、イルナやソル、ポーさえも同意するように頷いておった。
……まぁ、よい。
軽く肩を竦め、わらわは、空になった手元のグラスに酒を注ごうと酒瓶に手を伸ばす。
ヒョイッ
そう思ったら、先にマールに取られてしもうた。
(お?)
驚くわらわのグラスに、マールは笑って酒瓶を傾ける。
トクトク
琥珀色の液体が満ちていく。
「……ふっ」
わらわも、つい笑ってしもうた。
他の3人も笑っておる。
わらわは、軽くグラスを持ち上げ、我が剣の愛弟子に感謝を送ると、そのグラスの縁に唇を押し当てた。
喉へと流し込む。
灼けるような味わいに喉ごし、芳醇な香り。
過去を振り返っておったからか、それは、あの日、ルシンダに奢ってもらった1杯に不思議とよく似ていると思えての。
それを嚥下し、
「あぁ、美味いのぉ」
わらわは満面の笑みで、熱い吐息をこぼしたのじゃ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
これにてキルト視点の物語も終わりとなります。最後までお付き合い下さり、本当にありがとうございました♪
次回からは、再びマール視点に戻ります。
もしよかったら、どうかまたマールの目から見た物語を楽しんで下さいね。
それでは、また次回です!
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降となります。どうぞ、よろしくお願いします。




