526・鬼姫の旅語り4 ※キルト視点
第526話になります。
よろしくお願いします。
ルシンダの自室に匿われ、わらわたちは一時の安息を得られた。
逃亡奴隷であった少女も混乱を抜けると、ようやく安心できる環境なのだと理解したようじゃった。
じゃが、状況そのものは変わっておらぬ。
わらわたちは、いったい何があったのか、その少女に聞くこととなったのじゃ。
「わ、私はエラルと言います」
少女は、そう名乗った。
生まれは、同じガルベス領内にある山間の村じゃったそうじゃ。
エラルは『魔血の民』であったが、その村では大きな差別もなく、慎ましやかに両親や村人たちと暮らしていたという。
じゃが、2週間ほど前のある日、
「……採取に出かけた森で、見知らぬ男たちに襲われたんです」
相手は武装し、覆面もしていたそうじゃ。
それを聞いたルシンダは、顔をしかめながら「人攫いにあったのかい」と呟いておったの。
かどわかされたエラルは、そのまま奴隷商人に売り払われ、そのまま奴隷にされてしまったそうじゃ。何とも気分の悪くなる話じゃったの。
しかし、腑に落ちぬ点もあった。
ガルベス領では、奴隷制度がある。
じゃが、『魔血の民』といえど人攫いなどの違法な行いによって奴隷とされるのは、公的に許されないはずなのじゃ。
つまり、クインタッカの町の衛兵には、むしろエラルは保護されるべき対象じゃ。
しかし、実際は違った。
(これはどういうことじゃ?)
その疑問には、エラル自身が答えを教えてくれた。
青ざめて震えながら、
「人攫いを指示して、多くの無実の『魔血の民』を奴隷としているのは、ガルベス領の領主様その人なんです」
「…………」
「…………」
わらわは、ルシンダと共に驚き、呆れてしまった。
しかし、同時に納得もした。
アルン神皇国では、30年前に『魔血の民』の人権を認める宣言が出された。
しかしガルベス領では、それ以前に、ただ『魔血の民』というだけで奴隷とされる時代があったのじゃろう。
その名残りは、簡単には消えぬ。
建前上は、『魔血の民』の犯罪者のみを奴隷にするという形で、法律上の名目を保ち、人々の不満も抑える妥協点としてきたのじゃろう。
じゃが、裏では、違法な行いが秘密裏に続けられていたという訳じゃ。
それが続けられたのは、この領土の頂点である人物が加担していたからに他ならない。
ゲレン・ディオ・ガルベス。
領主の名は、確かそんな名であったな……そう思い出しながら、わらわは頷いておった。
エラルの話によれば、自分たちのような違法なやり方で奴隷にされた者たちは他にもおり、その違法がバレぬように他領にて売られる手筈だったのだそうじゃ。
じゃが、その輸送の途中、偶然、車両の檻の鍵が老朽で壊れ、逃げ出すことができたのだという。
その後、エラルは森を抜け、街道を行く商隊の馬車に紛れ込んだ。
それでクインタッカの町には入れたが、すぐに衛兵たちに見つかってしまったとのことじゃ。
話すエラルの肩を、ルシンダの両手が強く掴んだ。
「その他の奴隷の中に、ビアンカって子はいなかったかい!? 背格好は、アンタと同じぐらいで、赤毛の髪にそばかすのある子だよ!」
それを聞いて理解した。
ルシンダが危険を犯してまでわらわたちを匿ったのは、行方不明の妹の情報がないかを確かめるためじゃったのじゃとな。
エラルは驚き、
「ビアンカ! 彼女を知ってるんですか!?」
そう強く聞き返した。
「同じ檻にいたんです。7日前に、私と同じように攫われたらしくて……でも、泣いている私をずっと励ましてくれて、一昨日にも一緒に逃げたんです。だけど追手が迫ってて、ビアンカは自分を囮にして私を逃がしてくれて……っ!」
言いながら、エラルは泣きだしてしもうた。
ルシンダも話を聞いて、呆然となっていた。
知りたかった妹の情報は、けれど、望まなかった最悪の形で知ってしまったのじゃからの。
生きていることを喜び、けれど、奴隷とされている現実に絶望する……ルシンダの表情には、そんな様々な感情が溢れておった。
…………。
話を整理するとの。
ガルベス領の領主ゲレンは、私腹を肥やすため、違法な人攫いを行っていた。
そして、逃亡したエラルは、それを知っていたため、口封じをしたいゲレンの指示を受けた町の衛兵たちに追われておったということじゃの。
うむ、腹が立ったか、マール?
わらわも同じじゃったぞ。
ルシンダの妹のことも放っておくわけにはいかぬ。
わらわは、薄水色の髪をした少女に問いかけた。
「エラル。他領に売られるため、そなたらが向かっていた方角や場所などはわかるか?」
「は、はい」
彼女の話を聞く。
それを参考に、頭の中に思い描いた地図と比べてみると、1つのことがわかった。
「なるほど、川か」
人攫いどもが向かっていた進路上には、隣接する他領に通じる1本の川があったのじゃ。
恐らく、船じゃな。
それに多数の奴隷を乗せて、人知れず他領へと運ぶ算段なのであろう。
エラルが逃げたのが一昨日とするならば、人攫いどもが取引場所の川に辿り着くのは、明日の早朝ぐらいか……?
「間に合うの」
わらわは立ち上がった。
ルシンダとエラルが驚いたように、わらわを見てくる。
「姐さん?」
「ちと行ってくる」
「え?」
「そなたの妹や同胞たちを、このまま見捨てるわけにはいかぬ。走れば、充分に間に合う距離じゃ」
白い歯を見せて、笑ってみせた。
2人は唖然としておった。
わらわは、ルシンダの肩を軽く叩き、そのまま外へ出ようと歩きだす。
彼女はハッとした。
「む、無茶だよ、姐さん!」
止めようとしてくる赤毛の女を、わらわは視線で制した。
外套を軽く払い、背負っていた大剣を見せた。
「腕には多少、覚えがあっての。こういう荒事には慣れておるのじゃ。何、上手くすれば昼には戻る。それまで、ここで待っておれ」
「…………」
「…………」
大剣の迫力に当てられたか、2人は息を呑んでおった。
わらわは微笑む。
「ルシンダ。その娘を頼むぞ」
「あ、あぁ」
ルシンダは頷いた。
エラルはギュッと服の裾を握りながら、こちらへと必死な視線をぶつけてくる。
(心配要らぬ)
ビアンカは必ず助けるゆえ、任せよ――そう意思を込めて、頷いてやった。
彼女は唇を引き結び、頭を下げてくる。
バサッ
外套を羽織り直して、わらわは外に出た。
それから、その足でクインタッカの町を出ると、わらわは久しぶりに全力で、悪人どもの待っているだろう取引場所の川へと走ったのじゃ。
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