525・鬼姫の旅語り3 ※キルト視点
金曜日には1回お休みを頂き、ありがとうございました。
ワクチンの副作用で一時は38度越えの熱が出ましたが、現在は腕の痛みもほぼなく、無事に復調いたしました。
これからはまた週3回更新していきますので、どうかまたマール達の物語をゆったり楽しんでやって下さいね♪
それでは、本日の更新、第525話です。
どうぞ、よろしくお願いします。
「……む」
気配のする路地裏の奥へと進んでいくと、地面に座り込んでいる年若い女がおったのじゃ。
年は14~5歳か。
見た目的には、マールとそう変わらぬ年齢に思えたの。
髪は薄水色で、顔立ちも悪くない。
じゃが、その手足は痩せ細り、見えている肌には、紫色に変色した痣が幾つも見つけられた。
――逃亡奴隷。
ふとわらわの脳裏には、その単語がよぎっての。
その少女も、こちらに気づいて怯えた顔をする。
「だ、誰!? あ……ち、違うっ……わ、私は……こっちに来ないでっ!」
「…………」
どうやら追手と間違えておるようで、その者はよろめきながらも必死に立ち上がり、この場から逃げ出そうとする。
ふむ、どうしたものか。
「落ち着け。わらわに、そなたを害する気はない」
そう声をかける。
じゃが、少女の動きは変わらない。
わらわは吐息をこぼし、
「言っておくが、わらわも『魔血の民』じゃ。同胞に対して、裏切り行為などはせぬぞ」
「……え?」
ようやく動きが止まった。
その少女は目を丸くしながら、こちらを見つめてくる。
(やれやれ)
彼女を安心させようと微笑みながら、
「わらわは、旅の途中でこの街に立ち寄っただけの女じゃ」
「…………」
「1つだけ確認したい。そなたは、もしや町の兵士たちが探しているという『逃亡奴隷』か?」
「!」
少女は、ビクリと身体を震わせた。
顔色を青ざめさせ、これまでの仕打ちを思い出したのか、怯えたように自分の身体を抱きしめる。
コクン
項垂れるように頷いた。
(……やはりか)
面倒なことになりそうじゃとは思ったが、聞いた以上、放っておくこともできなかった。
わらわは近づき、詳しい事情を聞こうと思った。
じゃが、
「む!」
自分の通ってきた裏路地から、複数の気配が迫っていることに気づいた。
「おい、こっちから話し声がしたぞ!」
「見つけたか!?」
「灯りを持ってこい! 奥に誰かいるぞ!」
ガシャ ガシャ
聞こえてくるのは、金属鎧を擦らせる足音じゃった。
ちっ……酒場に来た衛兵どもか。
覚えのある声と気配に、わらわはそれを理解する。
目の前の少女はガタガタと震えだし、恐怖で腰が抜けたのか、立ち上がることもできなくなってしまっておった。
(やむを得ぬの)
わらわは、羽織っていた外套のフードを深く被り、人相を隠す。
そのまま少女を肩に担ぎあげた。
「いたぞ!」
「待て、貴様!」
衛兵たちが駆けてくる。
意外と足が速いの。
月明かりも届かぬ真っ暗な路地裏で、衛兵どもの1人が片手でランタンを掲げ、もう片方の手で抜剣した。
残った連中も剣を抜く。
(いきなり抜くのか?)
生死は問わず、あるいは傷を負わせても構わぬということか。やはり『魔血の民』の生命は、この領土では、普通の人々より驚くほどに安いらしい。
衛兵たちは、躊躇なく斬りかかってくる。
(ふむ)
その時のわらわは外套の下に『雷の大剣』を背負っておったが、それで身元が判明することを恐れて、抜かずに対処することにした。
半歩下がって身体を捻り、剣をかわす。
同時に、振り下ろされた剣の勢いでバランスを崩した衛兵の背中を、トンと軽く押した。
それだけで、その衛兵は、狭い路地裏の壁に自分から激突し、激しく地面にひっくり返った。
ガシャアン
鎧が擦れる甲高い音が響く。
「貴様!」
「抵抗するか!」
衛兵たちは驚き、更に2人が挑みかかってくる。
ヒュン
振り下ろされる剣をかわす。
そのまま前に踏み込んで、もう1人の衛兵の振り下ろしてきた剣の鍔を片手で押さえ、力の流れを逸らしながら、その剣を奪い取ってみせる。
(ふんっ)
奪った剣を、鋭く振り下ろす。
刃ではなく、腹の部分で足を払い、そのまま転倒させた。
「うおっ!?」
「ぐわっ!?」
ガキィン
転倒した衛兵は、前にいた衛兵にぶつかり、2人揃って、もつれるように地面に転がっていた。
他の衛兵の足が止まった。
肩に少女を担いだまま、謎の人物によって3人の仲間が一瞬で地面に転がされたのじゃ。警戒心が働くのも当然と言えよう。
(じゃが、甘いの)
わらわはフードの奥で笑う。
その隙に、わらわは倒れた3人の衛兵を踏みつけながら、反対の路地裏の奥へと走った。
「あ!? ま、待て!」
「くそ、逃がすな!」
「追え!」
衛兵どもは追ってこようとするが、倒れた仲間が道を塞いでいるのもあって出遅れておった。
その間に、わらわは路地裏を抜け、広い通りに出た。
(さて、どこに逃げるか?)
そう考えていた時じゃ。
「アンタら、こっちだよ! おいで!」
そんな叫びが聞こえた。
顔をあげると、通りに面した横道から、わらわたちを呼び、手招きしている赤毛の女を見つけたのじゃ。
(ルシンダ?)
少し驚いたの。
じゃが、なぜかあの女は信用できると思えて、わらわはそちらに走った。
ん?
それは、あの『鬼姫の勘』か……とな?
ふふっ、そうかもしれぬの。
ルシンダに追いつくと、彼女は横道の奥へと入っていく。
そこから先は、迷路みたいになっておっての。細い道が複雑に入り組んでおって、地元の人間でもない限り、確実に迷うような場所じゃった。
案の定、衛兵たちは、わらわたちを見失ったようじゃ。
「くそっ、どこに行った!?」
「こっちにはいないぞ!」
「おのれ!」
「これでは、ゲレン様になんと報告すればいいか……っ」
そんな声が遠くなっていく。
その間、わらわの肩に担がれていた少女は、突然のことに理解が追いつかないのか、唖然としたまま大人しくしておった。
やがて、ルシンダは長屋住宅の1軒の中へと入った。
「こっち」
導かれるまま、わらわたちも続く。
あまり広くない室内で、ルシンダは燭台を灯して、大きく息を吐いた。
「もう大丈夫だよ」
彼女は、そう微笑んだ。
わらわは扉の外へと意識を集中し、一応、様子を窺った。
追手の気配はない。
(ふむ、大丈夫そうじゃ)
それを確認してから、わらわも警戒を解いた。
肩に担いでいた少女を、ゆっくりと下ろす。
放心していた少女は、力が入らなかったのか、そのまま床に座り込んでしまっていたの。
わらわは被っていたフードを外し、
「助かったぞ、ルシンダ」
そう笑いかけた。
じゃが、向こうはこちらの正体に気づいておらなかったみたいでの。
驚いた顔をして、
「あらやだ。あんた、キルト姐さんじゃないの」
と、目を丸くしおったのじゃ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。