523・鬼姫の旅語り1 ※キルト視点
皆さん、こんばんは。
月ノ宮マクラです。
およそ1ヶ月と長くお待たせしてしまいましたが、本日より『少年マールの転生冒険記』の更新再開となります。
そして再開したばかりですが、今回のお話(全6話)は、いつものマール視点ではなくキルト視点になります。つい書きたくなって、書いてしまいました♪
いつもとはちょっと趣の違うキルト視点の物語、どうか楽しんで頂けましたら幸いです!
それでは本日の更新、第523話になります。
どうぞ、よろしくお願いします。
見上げた空には、すでに数多の星々が煌めき、紅白の輝きを放つ夫婦月が浮かんでおった。
その月光は、王都ムーリアを照らしている。
夜間の王都正面門、その詰め所で入都手続きを終えたわらわは、1つ吐息をこぼして、門から続く大通りを歩きだした。
夜とはいえ、王都の通りは人に溢れておる。
そこを歩きながら、大通りに設置された時計塔を見上げると、すでに時刻は午後9時半を示しておった。
「やれやれ、約束に遅れてしまったの」
わらわは呟く。
そうして歩む足を急がせて、待ち合わせていた老舗の高級料理店へと向かうと、店先にいる見慣れた4人の姿を発見した。
「……あ」
その1人がこちらを見た。
茶色い柔らかそうな髪をした、見た目14~5歳ぐらいの少年じゃ。
青い瞳は夜だというのに輝いて見え、その澄んだ眼差しは、真っ直ぐにこちらへと向けられている。
人懐こそうな童顔が笑顔を咲かせ、
「キルトさん!」
わらわの名を嬉しそうに呼んだ。
その声を聞けば、自然とこちらの顔にも笑みが浮かんでしまうものじゃ。
「マール、久しぶりじゃの」
剣の弟子でもある少年の名を呼んで、そう返事をした。
マールの言葉によって、そばにいた3人の女たちも、わらわの存在に気づいたようじゃ。
深緑色の長い髪をした肉感的で長身な美女は、マールの妻であり、引退したわらわの次代の『金印の魔狩人』であるイルティミナ・ウォン。
そばにいる紫色の髪をした可愛らしい美少女は、その妹のソルティス・ウォン。
もう1人、癖のある金髪をした幼女は、神なる血族でありながら人の世で生きることを決めたポー・レスタ。
わらわに気づいたウォン姉妹は、
「キルト、久しぶりですね」
「やっと来たわね! おかえりなさい、キルト!」
魅惑的な笑顔で、そう歓迎の言葉を向けてくれる。
ポーは、相変わらずの無言無表情じゃったが、ヒョイと軽く片手を上げて再会の挨拶をしてくれた。
「皆、ただいまじゃ」
わらわは、皆を見回して、そう言った。
王国中を自由気ままに旅して、およそ1ヶ月ぶりに帰ってきた王都ムーリア――帰還の予定日は伝えていたので、4人とは、今夜、再会の食事会を約束していたのじゃ。
(まぁ、少し遅れてしまったがの)
抱きついてくるソルを受け止め、そばに来たマールの髪を少し乱暴にかき混ぜる。
2人とも嬉しそうな顔じゃ。
全く……年を重ねても、2人のこういうところは変わらぬの。
じゃが、そこに安心するのも事実。
ふと気づけば、イルナの奴は、妙に優しい眼差しでわらわたちの再会を眺めており、目が合ったら、なぜかお互いに苦笑し合ってしまった。
ポーはよくわからぬが、わらわたちを見ながら1人『うんうん』と頷いておる。
(まぁ、よいか)
何はともあれ、1ヶ月ぶりの再会じゃ。
懐かしく心許せる者たちの顔を見ながら、わらわは心を温かくし、自然と笑顔を浮かべていた。
◇◇◇◇◇◇◇
「先週の長雨で街道の一部が崩れておっての。少し遠回りをしたので、遅れてしまったのじゃ」
わらわは、そう遅刻の理由を語る。
料理店の中へと入ったわらわたち5人は、予約してあった個室の座席に腰を落ち着けていた。
マールは「ふ~ん、そっか」と頷き、
「あんまり遅いから、キルトさんに何かあったのかと、僕、心配しちゃったよ」
と言われてしまった。
面目ない。
まぁ、2時間程度の遅刻じゃ。そこまで心配せず、大目に見てもらえたらの。
ソルは、マールを小馬鹿にするように笑い、
「マールは心配性なのよ。キルトなんだから、何かあっても大丈夫に決まってるじゃない。ねぇ?」
言われて、わらわは苦笑した。
すると、少女の姉が「おやおや」と可笑しそうに微笑んだ。
妹には聞こえぬように、
「なかなか貴方が来なくて、あの子も、マールと一緒にずっと落ち着かない様子でしたよ。信頼していても、愛情ゆえの不安は別物のようですね」
と、耳元で囁かれてしまった。
そうか。
何とも胸がジ~ンと熱くなるの。
そうして話している間に、ポーが全員分の水の湯呑やおしぼりなどを各自のテーブル前に配置してくれる。
(うむ、相変わらず気が利く幼女じゃ)
視線が合い、軽く感謝の笑みを送ると、金髪の幼女は『構わない』というように頷いた。
やがて店員が来て、たくさんの料理がテーブルに並ぶ。
「わぁ、美味しそう!」
「ふふっ、本当ですね」
「早く食べましょ!?」
「…………」
マールとソルが食欲に瞳を輝かせ、イルナが笑っている。
ポーは、酒瓶の中身を、わらわのグラスにトポトポ……と注いでくれていた。
「おぉ、すまんな」
その芳醇な香りに、つい頬が緩む。
料理は美味そうじゃが、やはり、こちらも大事じゃからの……むふふ♪
気づけば、マールがちょっと呆れ気味にこちらを見ていた。
「キルトさん、本当にお酒好きだねぇ」
そう苦笑している。
ふむ?
「そなたこそ、大人の男になりたいならば、酒の味ぐらいわかるようにならんとの」
そう笑い返した。
マールは「!」と反応し、ポーの持っている酒瓶を見つめる。
イルナが苦笑した。
「マール? 私は大人の男よりも、今の自分らしさを失わないマールが好きですよ? お酒なんて、無理に飲むものではありません」
そう窘める。
妻に惚れ込んでいるマールは「え? そ、そう?」と驚いていた。
(やれやれ)
すっかり手のひらで転がされておるの。
イルナの奴も、マールと結婚してから、なんと言うか図太くなったの。
こちらの視線に気づき、
ニコッ
優雅な微笑みを向けてくる。
わらわは肩を竦めた。
ソルは呆れ気味に姉夫婦を眺めて、「はいはい、ご馳走様」と吐息をこぼしていた。
(……ふむ)
マールへの想いを思えば、この少女も難儀なことよの。
その心中を慮ったのか、金髪の幼女がソルの前に空のグラスを置くと、そこに酒瓶の中身を注いでいた。
トポトポ
少女は目を丸くし、すぐに笑った。
「あら、ありがと」
ポーは、軽く首を左右に振る。
どうやら、わらわがしばし顔を出さぬ間に、ソルとポーも良いコンビとなったようじゃ。
2人の姿に、笑みがこぼれる。
わらわがおらぬでも、4人とも、それぞれに良き時間を積み重ねておるようじゃの。
一抹の寂しさと温かな安堵が胸に生まれる。
それを噛み締めながら、
「……んむ」
わらわは、グラスの中にある琥珀色の液体を一口、口に含み、その味と香りを楽しみながらゆっくりと嚥下した。
◇◇◇◇◇◇◇
食事をしながら、互いの近況を話していく。
4人からは、自分たちが受けたクエストの話、新しく買った家具の話、それぞれの知り合いの話、昨夜の食事の話など、本当に他愛もない話題ばかりを聞かされた。
じゃが、不思議と退屈ではなかった。
(その姿が目に浮かぶの)
話を聞いているだけで4人の現在の生活が見えてくる。
それを知れるのは心地好かった。
マールの悩みは、最近、絵を描く時間が取れないことで、ソルの悩みは『銀印』になったせいで、まるで知人のように話しかけてくる他人が増えたことだそうじゃ。
「そうかそうか」
2人とも、立派な魔狩人になった証じゃの。
これにどう対処していくのかも、2人の成長に大切な学びとなるじゃろう。
どうしても難しければ、その時はイルナを頼れば良い。
「…………」
視線を向ければ、気づいたイルナは『心得ております』とばかりに穏やかに微笑み、頷きを返してきおった。
(うむうむ)
わらわも満足げに笑みを返した。
そうして話しておると、
「それで、キルトの方はどんな感じだったの?」
と聞かれた。
そうじゃのお……。
わらわは、シュムリア王国に帰ってからの旅での出来事を話してやった。
基本的には徒歩で移動し、たまに通りがかった馬車に乗せてもらって、村や町を見て回り、道中で危険そうな魔物を狩り殺したりした……それぐらいかの。
旅の中での楽しみは、
「やはり酒かの」
その土地ならではの地酒の味は、千差万別で実に面白く、味わい深かった。
(ぬ?)
気づいたら、4人が呆れた視線を向けていた。
なんじゃ、その顔は?
「いや、まぁ、いいんだけどね。なんか、キルトさんらしいし」
マールが苦笑し、3人が頷く。
むむ……?
納得しているようじゃが、なんだか気に喰わぬの。
「まぁまぁ」
宥めるように笑いながら、マールは両手で何かを押さえるような仕草をし、その間に、ポーが空になったわらわのグラスに琥珀色の酒を注ぐ。
姉妹は、小さく笑っておった。
ふん、まぁよいか。
それからも話をしていく中で、
「キルトさんが旅をしている中で、一番印象に残っている出来事って、どんなことだった?」
と、マールに聞かれた。
ふむ?
酒に酔って、少し不明瞭になった頭で考える。
ふと、ある出来事が、ポワッ……と思い出された。
「そうじゃの。それこそ旅を始めたばかりの話になるが、アルン神皇国でのあの出来事かの?」
「アルン?」
マールが驚き、3人も見つめてくる。
それら4つの視線に促されて、わらわはグラスの酒を一口含んで喉と唇を湿らせると、ゆっくりと話しだした。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




