522・ずっと一緒だよ
第522話になります。
よろしくお願いします。
4日目、イルティミナさんの容体も落ち着いて、食事も普通のものが食べられるようになった。
でも、ちょっと微熱がある。
そして、イルティミナさんの甘えん坊も継続中だった。
「では、お願いしますね、マール」
そう言いながら、ベッドの上に身を起こしたイルティミナさんは、こちらに背中を向けたまま、着ていた上着のボタンを外していく。
シュルリ……と、上着が布団の上に落ちた。
(…………)
僕はドキドキしながら、その真っ白な背中を見つめてしまった。
風邪を引いていたイルティミナさんは、お風呂に入れずにいたので『濡れタオルで身体を拭きたい』と僕にお願いしてきたのだ。
僕の手元には、温かなお湯の入った桶とタオルがある。
タオルを軽く絞って、
「じ、じゃあ、拭くね」
「はい」
確認する僕に、彼女は前を向いたまま、小さく頷いた。
長い髪は、身体の前に回されている。
滑らかな白磁のような肌に、僕は、ゆっくりと濡れタオルを押し当てた。
「……ん」
イルティミナさんの口から、小さな声が漏れる。
ドキッ
心臓が高鳴る。
どうしてだろう? 夫婦として、イルティミナさんの裸を見たことはあるし、触れるのも初めてではないのに、いつも緊張してしまう。
(きっと、イルティミナさんが美人すぎるんだ)
だから、いつまで経っても慣れない。
そんなことを思いながら、彼女の背中を優しく丁寧に拭いていく。
くすぐったいのか、時々、彼女の口から声にならない吐息がこぼれて、それに僕は、ますますドキドキしてしまった。
…………。
3分ほどで、タオルを離す。
「終わったよ」
「ありがとうございます。……では、今度は前をお願いできますか?」
え?
肩越しにこちらを振り返るイルティミナさんの紅い瞳は、熱く潤んでいるようだった。
「駄目ですか?」
「ううん、駄目じゃないけど」
「よかった。……なら、お願いしますね」
「う、うん」
頷く僕の方へと、彼女は身体ごと振り返った。
重そうな2つの膨らみが揺れて、先端は、長くこぼれた髪に隠されている。
その瞳は、上目遣いに僕を見つめていた。
ドキドキ
「さぁ、マール?」
まるで誘うように、彼女の甘い声が響いた。
これは看病。
僕は紳士だから。
そう自分に言い聞かせながら、彼女の身体へと手にしたタオルを伸ばした。
…………。
…………。
…………。
それからも僕は、イルティミナさんの腕や脇腹、首、腰、下半身もお尻や太ももからつま先まで、全てを拭かされてしまった。
「あぁ……気持ち良かったです」
「…………」
吐息交じりの声に、やり遂げた僕は返事もできない。
彼女は「ふふっ」と甘く笑った。
そして、茹蛸みたいな顔で放心している僕へと顔を近づけると、
「ありがとうございました、私の可愛いマール」
チュッ
そう囁いて、僕の頬へと軽く唇を触れさせたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
それからも僕は、イルティミナさんのための料理を作ったり、洗濯したり、掃除したり、看病したりを続けた。
「ふふっ、マール♪」
その間も、イルティミナさんは甘えん坊だ。
食事は『あ~ん』。
それ以外の時間は、手を繋いでそばにいることを求められて、
「私のこと、好きですか?」
と聞いてくる。
「うん」と正直に答えると、
「では、ちゃんと言ってください。私のことを愛しているって」
そう愛を確かめてくる。
もちろん僕は、彼女の手を握って、その顔を真っ直ぐに見つめながら「愛してるよ、イルティミナさん」と伝えた。
彼女は、甘く表情を蕩けさせる。
「あぁ、嬉しいです♪」
それは少女みたいに無垢な感じで、いつもの大人びた姿とはちょっと違った。
微熱のせい?
いや、もしかしたら、イルティミナさんの中には、こういった一面もあったのかもしれない。ただ理性が強いから、それが表に出てこないだけで。
そう思ったら、
(今だけは存分に甘えさせたいな)
って、思えたんだ。
それからは、イルティミナさんの髪を梳かしてあげたり、着替えをさせてあげたり、愛を囁いたり、彼女の望むことを全てしてあげた。
(なんか楽しいな)
好きな人に甘えられるのは、意外と嬉しいものだった。
喜んでもらえるのも、幸せだった。
そうして5日目も過ぎ、ついにイルティミナさんの看病を始めてから6日目となった。
◇◇◇◇◇◇◇
「うん……熱、下がったかな」
おでこを合わせた僕は、そうわかって、安堵の吐息をこぼした。
顔色も悪くない。
食事も普通に取れているし、もう快復したとみて良さそうだった。
「よかった」
僕は笑った。
イルティミナさんも微笑んで、
「マールには心配をかけてしまいましたね。ですが、貴方の献身的な看護のおかげで、無事に治ったようです。本当に助かりました」
そう頭を下げてくる。
わっ?
夫婦なんだから、そういうのは、なしにして欲しいな。
そう伝えると、彼女は、嬉しそうにはにかんだ。
それから、少し恥ずかしそうに瞳を伏せて、
「それに色々と我が儘を言ってしまって、すみませんでした。迷惑をかけてしまいましたね」
そう謝った。
どうやら熱が完全に引いたことで、甘えん坊モードも終了になってしまったみたいだ。
僕は言う。
「甘えるイルティミナさんも可愛かったよ」
「……まぁ」
彼女は困ったように笑った。
でも、僕が言ったのは本心だった。
むしろ、ああいう風に素直に甘えてくれるイルティミナさんに会えて、嬉しいぐらいだった。
だから、その彼女が消えてしまうのは、ちょっと残念。
いや、イルティミナさんが元気になったんだから、よかったんだけどね。
僕は笑って、
「もしよかったら、また甘えてね。僕、イルティミナさんのためなら、何でもするからさ」
そう言っておいた。
「…………」
そんな僕を、イルティミナさんは見つめてくる。
それから、
「私は、マールに出会えて本当に幸せです」
「え?」
「貴方に会えなかった人生を思うと、本当に恐ろしい……。今、こうして貴方がそばにいる幸運を、私は深く感謝しています」
ギュッ
イルティミナさんは、僕の手を強く握った。
潤んだ瞳。
それは、僕の顔を真っ直ぐに向いていて、
「マールは、私の全てです」
「…………」
「どうか、これからも、このイルティミナのそばにずっといてくださいね?」
それは縋るような、祈るような声だった。
(……イルティミナさん)
僕は驚きながら、彼女を見つめ返し、握られた手を強く握り返した。
「うん」
大きく頷く。
「僕は……マールは、ずっとイルティミナさんと一緒だよ」
それは僕自身の願いでもある。
イルティミナさんは嬉しそうにはにかんで、僕の身体を強く抱きしめてくれた。
◇◇◇◇◇◇◇
7日目は、ゆっくりと休養して過ごした。
今日は、休み最後の日。
明日からは、また次のクエストのために王都ムーリアから旅立たなければならない予定なんだ。
その夜、僕らは一緒のベッドに寝ていた。
久しぶりのことだ。
この6日間、風邪をうつしてはいけないと、いつもの抱き枕になることはできなかったから。
(えへへ……)
だから、久しぶりに彼女に抱かれて、僕はちょっと幸せだった。
イルティミナさんも、僕の髪の匂いを嗅いだり、手で身体を撫でてきたり、強く抱きしめられたり、『抱き枕マール』を楽しんでいるみたいだった。
窓の外には、紅白2つの月が輝いている。
のんびりできるのも、今夜だけ。
今回の休みは、本当にイルティミナさんは寝込んでいるだけで終わってしまったし、僕も看病に夢中になって終わってしまった。
でも、
(……悪い時間じゃなかったな)
少なくとも、僕にとってはそう。
そんなことを思っていると、
「マールには悪いのですが、マールにいっぱい甘えられて、私は良い時間を過ごさせてもらいました」
と、彼女が申し訳なさそうに言った。
(え?)
振り返る僕に、彼女は微笑む。
「だから、たまにはこうして体調を崩すのも悪くないな……なんて思えてしまって」
「…………」
そっか。
僕は微笑んだ。
やっぱり僕らは夫婦なんだな……そう感じられて、ちょっと嬉しかった。
…………。
もう元気になったんだし、いいかな?
「イルティミナさん」
「はい?」
聞き返す彼女に、僕は顔を近づけ、羽根が触れるように軽く唇を重ねた。
彼女は驚いた顔をする。
6日間、ずっと我慢してたんだ。
久しぶりに愛しい人の唇に触れて、僕は、少し恥ずかしくて、でも、とても幸せな気持ちだった。
その気持ちのままに、
「大好きだよ」
笑って、その心を真っ直ぐに伝えたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
これにて『イルティミナの看護編』は終了です。最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
さて次回更新なのですが、色々とありまして、1ヶ月ほどお休みを頂いて3月28日を予定しています。
長く間が開いてしまって申し訳ないのですが、また更新再開した時には、マール達の物語を読みに来て頂けたら嬉しいです。
どうかよろしくお願いします。
また、いつも読んで下さる皆さんには、本当に感謝です。
これからも皆さんに楽しんでもらえるように、また自分自身も楽しみながら、執筆を頑張っていきたいと思います。
それでは、また次の更新で、もしよかったら、マールたちに会いに来てやって下さいね~!
(あ……もしよかったら、ブクマ、評価、いいね、などの応援も押してやって下さいね。よろしくお願いします)




