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【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


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057・帰還の先に

第57話になります。

よろしくお願いします。

『討伐の証』は、ゴブリンの耳だという。


 イルティミナさんは、僕から『マールの牙』を借りて、林の中に倒れるゴブリンたちの耳を、慣れた手つきで斬っていく。


(…………)


 僕は、その光景をしばらく眺め、


「あの……イルティミナさん?」

「はい?」


 彼女は顔を上げる。

 僕は、言った。


「……僕が倒したゴブリンの耳だけは、僕が斬ってもいい?」


 真紅の瞳が、驚いたように僕を見る。

 僕は、無言で見つめ返す。


「わかりました」


 小さく頷いて、イルティミナさんは『マールの牙』を差し出してくる。


 それを受け取って、僕は、僕が倒したゴブリンに近づいた。

 うつ伏せに倒れたゴブリン。

 その表情は、恐怖に染まっていて、僕が刺した首の傷からは、紫の血がこぼれている。


(……ごめん、なんて言わないよ?)


 心の中で告げ、彼の耳を掴む。


 まだ……温かかった。


 息を止めて、短剣の刃を当てると、耳の肉は、簡単に斬れていく。


 サククッ


 取れた。

 耳の切断面から、ポタポタと紫の血が垂れる。


「お疲れ様でした、マール」

「うん」


 イルティミナさんに、『マールの牙』を返す。

 銀印の魔狩人は、また他のゴブリンの耳を斬り始め、その間、僕は、僕の手にある耳をしばらく見つめる。


 ――これは、僕が奪った命の証だ。


 いつかは、その行為にも慣れるのかもしれない。

 でも、それは今じゃない。

 僕は、他のゴブリンの耳とは別に、これだけを防水布に包み、自分のポケットにしまう。


 やがて、20枚の耳が集まった。


「さぁ、帰りましょう、マール」

「うん」


 そうして僕らは、血の臭いとゴブリンの死体に満ち溢れた雑木林を、あとにした――。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「――ありがとうございました」


 クレント村の村長さんや、村人たちに見送られて、僕らの馬車は出発する。


 報告の義務はないけれど、ゴブリンの討伐は、クレント村の人たちにも伝えておいた。

 すると彼らは、とても喜んでくれた。

 泣いてしまう人もいた。


『――これで、死んだ者たちも安らかに眠れる』


 そう言って、村長さんも、村の人たちも、僕らに何度も頭を下げてきた。


(……このクエスト、受けてよかったな)


 初めて、心の底からそう思った。

 これが『魔狩人の仕事』なんだと、そう実感した。


 そうして、クレント村を出た馬車は、街道を走っていく。


 緊張が解けたのか、急な眠気が襲ってきた。


「あら? 大丈夫ですか?」

「……うん」


 頷くけれど、力が抜けて、彼女の肩に寄りかかってしまった。

 彼女は驚き、そして、笑う。


「フフッ、いいですよ」

「……ごめんね、イルティミナさん」


 彼女の白い手によって、僕の頭は、柔らかな太ももの上に落とされて、優しく髪を撫でられる。


(……膝枕って、初めてかも?)


 そんなことを考えながら、僕は、そのまま眠ってしまった。


 ――なんだか、悲しい夢を見た気がする。


 でも、目が覚めたら、その内容は忘れていた。


 そして僕らの乗る馬車は、王都の名物と言われる、あの門前の渋滞にはまっていた。

 窓の外の空は、もう茜色だった。


「……帰るの、遅くなりそう」

「ですね」


 今回は、1時間ほどで王都ムーリアに入れた。


 そこから、徒歩で冒険者ギルド『月光の風』へと向かった。

 塔みたいな白亜の建物に到着すると、


「おかえりなさい、イルナさん、マール君!」


 赤毛の獣人であるギルド職員、クオリナさんの満面の笑顔に出迎えられた。


 なんだか、心が温かくなった。

 僕も、笑う。


「ただいま、クオリナさん」

「ただいま帰りました」

「うん! 2人とも、無事でよかったよ」


 そうして、年上のお姉さんたちは、すぐにクエストの報告と手続きを、慣れた様子で開始する。

 書類を記入しながら、


「なんと、マールもゴブリン1体を仕留めました」

「本当に!?」


 クオリナさんは、驚いたように僕を見る。


「初めてのクエストで、しかも子供なのに……マール君、凄いんだねぇ?」

「フフフッ」


 なぜか、イルティミナさんの方が誇らしげに笑っている。


 でも、


(あれは、たまたま、だよ。僕は、何もできなかった)

 

 だけど2人の喜ぶ姿に水を差したくもなくて、僕は、ただ困ったように笑い返すことしかできなかった。


 やがて、書類を書き終える。


 それが終わったら、僕らは、奥の鑑定カウンターで、ゴブリンの耳20枚を提出した。

 もちろん、僕の持っていた耳も。


 鑑定士のおじさんたちは、魔法の針を刺して、それが本物かを確認していた。


 本物だと証明書をもらったら、クオリナさんのところに戻る。

 また書類を書いて証明書を提出すると、最後にクオリナさんから、2枚の赤いカードが、イルティミナさんに渡された。


 ――報酬引換券だ。


 彼女は、その1枚を僕に向け、


「はい、マール。クリア報酬の半分、500リド。――これが貴方の分の報酬ですよ?」

「……いいの?」


 何もしてない僕も、もらって。


「もちろんです」


 彼女は笑って、その白い指が、僕の手に赤いカードを握らせる。


「マールもできる範囲で、しっかりとがんばりました。そこに、出来不出来は関係ありません。さぁ、冒険者としての対価を、きちんと受け取ってください」

「…………」


 僕は、手の赤いカードを見つめる。


(これが、僕の冒険者としての初報酬……)


 ギュッ


「ありがとう、イルティミナさん。これ、換金しないで、ずっと大事に取っておく」

「フフッ、はい」


 カードを握りしめる僕の頭を、イルティミナさんの白い手は、優しく撫でてくれた。

 クオリナさんも、丸まった赤い尻尾を左右に揺らしながら、そんな僕らを見つめ、「初々しいなぁ、マール君」と翡翠色の瞳を細めて、微笑んでいる。


 そうして、


「それじゃあね、マール君、イルナさん。今日は、お疲れ様!」

「ばいばい、クオリナさん」

「それでは、また」


 大きく手を振るクオリナさんに見送られて、僕らはギルドをあとにした。


 空はもう、紫色だ。

 夜も近い。


 そんな王都の道を、イルティミナさんと一緒に歩いていく。


 もうすぐ、家だ。


(ソルティス、待ってるかな?)


 書き置きのメモに、冒険者登録をしてくることは書いてあった。

 でも、初仕事もしてくるとは書いてない。


 いや、家を出る時は、僕も思ってなかったけどね。


(きっと驚くだろうなぁ)


 うん、あの少女に話すのが、ちょっと楽しみだ。


 やがて、いつもの坂道を登って、イルティミナさんたちの家が見えてくる。

 窓から漏れた灯りが、この宵の世界を照らしている。


 それを見た瞬間、


(あぁ……僕は、帰ってきたんだ) 


 そう思った。


 あのゴブリンたちと命のやり取りをした戦場から、あの暖かな光の灯る家へと帰ってきた。

 そう強く実感した。


 隣にいるイルティミナさんの表情も、どこか安心したような柔らかさがあった。


 思わず、早足になってしまう。

 僕は、イルティミナさんよりも先に歩いて、玄関のドアノブに手をかけた。


 ガチャ


「ただいまー!」


 元気に言う。

 目の前には、家の玄関が広がり、その先には、明るい光を放つリビングがあった。


「あ、おかえりー」


 ソルティスの声がして、ソファーに座っていた彼女は、幼い美貌をこちらに向けた。

 でも、その奥のソファーに、もう1人の姿がある。


(……え?)


「遅かったの? おかえりじゃ、マール」


 穏やかに笑う銀髪の美女。


 その予想外の笑顔に、僕は、目が点だ。


 ソルティスと彼女の前のテーブルには、紅茶のカップが置かれている。

 どうやら、談笑していたらしい。


 追いついた僕の横から、イルティミナさんも同じ姿を見つけて、驚いた顔をする。 


「キルト? どうして、ここに?」

「うむ。野暮用でな、ちと邪魔をしているぞ」


 金印の魔狩人は、そのカップを持ち上げて、優雅に一口、僕らの驚く顔を肴にして、その甘い味を楽しんだ――。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 帰ってきたばかりで疲れているだろうに、イルティミナさんは、僕らのために夕食を作ってくれた。


「すまんな、わらわまで」

「構いませんよ。食材は、昨日、たくさん買ってありますから、問題ありません」


 そうして、リビングのテーブルに料理が並ぶ。


(わ、ビーフシチューだ!)


 甘く香ばしい匂いが、僕の胃袋をくすぐって、誘惑してくる。


 それ以外にも、バターで炒めた茸ライスに、湯気を上げる魚介のパスタ、新鮮野菜のサラダボウル。デザートには、彩り豊かなフルーツの上にアイスのトッピングという組み合わせである。


 ソルティスの眼鏡の奥にある瞳が、キラキラと輝いた。


「ちょっとちょっと、何よこれ!? 今夜は、豪勢ね!」

「フフッ、今夜だけは特別です」


 そう笑うイルティミナさんの真紅の瞳は、僕を向く。

 気づいたキルトさんが、


「なるほどの」


 と笑った。

 彼女は、頬杖をつきながら僕を見て、


「ソルに聞いたぞ、マール? そなた、ギルドへ冒険者登録をしに行ったそうじゃな?」

「う、うん」

「まったく……仕方のない奴じゃ」


 と苦笑する。


(……怒らないの?)


 僕は、キルトさんには、てっきり反対されると思ってた。


「したら、登録するのをやめたのか?」

「…………」

「で、あろ? ならば、わらわは、そなたの決断を受け入れるしかあるまい。この頑固者が」


 クシャクシャ


 乱暴に、頭を撫でられる。わわっ?


 僕らのじゃれ合いに、イルティミナさんは笑う。

 そして、食いしん坊少女のソルティスは、両手に持ったフォークとナイフで、カンカンとお皿を叩いた。


「もー、ボロ雑巾の話はいいから! 早く食べよ!?」


 あ、うん。そうだね。

 料理が冷めたら、もったいないもん。


「では、いただきましょうか?」

「うん」

「いただこう」

「いっただっきま~す♪」


 そして、僕らは料理を、口に運ぶ。


(お、美味しい~!)


 ビーフシチューの肉は、よく煮込まれていて、簡単に歯で噛み切れる。まるで口に入れた瞬間に、溶けていくようだ。

 もちろん、味も抜群だ。


 キルトさんもソルティスも、夢中で、美味しい料理を食べていた。


 イルティミナさんは、満足そうにその光景を眺め、そうして、少し間を空けてから、自分たちのパーティーリーダーに声をかけた。


「それで、キルト? 貴方は、なぜここへ?」

「む?」


 キルトさん、食事の手を止め、イルティミナさんを見返す。

 口元のソースを親指でぬぐい、それを舐めてから、


「うむ。実は、ギルドからの命令書を届けにの」

「命令書?」


 キョトンとなる僕とイルティミナさん。

 と、ソルティスが料理で頬を膨らませたまま、ちょっと不満そうに話の続きを請け負った。


「私宛てよ。『マールに、タナトス魔法文字について教えろ』ってさ。しかも、ギルド長のサイン入りでよ?」

「まぁ、ムンパ様の?」


 イルティミナさんは、とても驚いている。


(そっか。ムンパさん、約束を守ってくれたんだ)


 綺麗な白い獣人さんが、こちらに向かってVサインをしているイメージが、なぜか頭の中に浮かんでくる。


 僕は笑って、少女に言う。


「よろしくね、ソルティス」

「へいへい」


 彼女は、おざなりに返事をする。

 でも、この子は、根っこの部分は、とても優しいから、ちゃんと教えてくれるんだろうな。


 と、ソルティスはふと思い出したように、


「そうそう、ギルドっていえば、2人とも、ギルドから帰るの、ずいぶん遅かったわね? 登録って、そんなに時間かかったっけ?」

「え? あぁ、違うよ」


 僕は、左右に手を振る。

 そして、もったいぶったように笑って、教えてあげた。


「実はね、登録したあと、そのままクエストに行ったんだ」

「……へ?」

「…………」


 ソルティスはポカンと口を開け、キルトさんの身体は、なぜか斜めに傾いた。


 僕は、イルティミナさんを見る。

 彼女もこちらを見て、楽しそうに笑った。


「はい。ゴブリン20体の討伐クエストです。なんとマールも、1体、倒したのですよ?」

「いや、あれは、たまたまだよ」


 僕は、首を振る。


「残りはみんな、イルティミナさんがやっつけたんだ。それにイルティミナさんがいなかったら、僕、死んでたもん。やっぱり、イルティミナさんは強くて、格好いいよね?」

「まぁ、マールったら」


 僕らは、笑い合う。

 ソルティスは、スプーンを咥えたまま、そんな僕らを眺め、それから、ゆっくりとキルトさんに視線を向ける。


 キルトさんは頭痛がするのか、目を閉じて、こめかみを揉んでいた。


「……そなたら、今の話はまことか?」


 ん?

 キルトさんは、胡乱げに言う。


「登録したあとに、討伐クエストに行ったのか? そのまま? その足でか?」

「うん」

「そうですが?」


 今、僕ら、そう言ったよね?


 大きく息を吐いて、キルトさんは、不思議がる僕らを睨むように見つめる。

 視界の隅で、ソルティスが、なぜか両手で耳を塞いだ。


 そして、金印の魔狩人は、息を吸い、


「この大馬鹿者がぁああっっっ!!!」


 雷鳴のような怒声を、この家中に激しく轟かせた――。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 僕とイルティミナさんは、なぜか、リビングの床に正座させられた。


 正面にはキルトさん。

 ……とっても怖い顔で、仁王立ちしています。


 ソルティスは、1人でモグモグと食事を続行しながら、こちらを見物している。ひ、他人事だと思って……。


 そして、怒れる鬼姫様が、口を開いた。


「イルナ、そなた、何を考えておる?」

「何、とは?」

「マールは、何の訓練も受けておらぬ、ただの子供ぞ? それを、いきなり討伐クエストに連れ出すなど……こやつを殺す気か?」


 イルティミナさんは、心外そうだ。


「私が殺させませんよ」

「ふん、口ではなんとでも言える。しかし、事故はある」


 冷たい視線と声。 

 それが、今度は、こちらに向いた。


「マールもじゃ。そなたは、『断る』ということを知れ」

「で、でも」

「子供のそなたから見たら、我らは大人であろう。しかし、大人も間違えるのじゃ。もそっと、自分で考えることをしろ」


 …………。

 まぁ、勢いに負けた部分はあったけど。


(でも、僕はイルティミナさんを信じてるもん)


 だから、もし間違っていても、それで後悔なんてしないと思うんだ。


 だけど、キルトさんの視線は揺るがない。


「万が一にも、そなたが死ねば、イルナは一生、立ち直れんぞ?」

「……う」

「キルト。マールを責めるのは、やめてください」


 見かねたイルティミナさんが、口を挟む。


「そもそも、私は間違っていると思っていません。冒険者になった当時の私も、そうやって実戦をこなし、強くなったのです」

「そうか。運が良かったの、イルナ」


 キルトさんは、辛辣だ。


「しかし、普通は死ぬ。ましてマールは、『魔血の民』ではない。そなたと一緒にするな」

「…………」

「全く……こんなことなら、ムンパに『命の輝石』を渡すのではなかったわ」

「……え?」


 イルティミナさんは、驚いたように僕を見る。


「マール? まさか『命の輝石』を持っていないのですか?」

「あ、うん」


 僕は頷く。


「一昨日、ムンパさんにあげちゃった」

「…………」

「ち、ちょっとマジなの、ボロ雑巾!? ……私、研究したかったのに!」


 ソルティスが、食事の手を止めて、叫ぶ。


「アンタね……。ムンパ様に渡す前に、1日ぐらい、私に預けなさいよ……」

「ご、ごめん」


 あまりに落胆した様子に、つい謝ってしまった。


(そういえばメディスで、調べたいようなこと、言ってたよね?)


 すっかり忘れていた。

 そして、イルティミナさんも、その美貌を少し青ざめさせていた。


「そうですか……いえ、もちろん、マールを死なせる気はありませんでしたが。……しかし、そうですか」

「…………」


 きっと、もしもの保険として、考えていたんだと思う。


(知ってたら、もっと違う、安全なやり方で教えてくれてたのかな?)


 僕も考えてしまう。

 そんな僕らを見て、キルトさんは、深く嘆息した。


「そなたらは、思慮が足りなさすぎる」

「…………」


 でも、僕は思う。


(確かに危険で、大変だったけど……でも今日は、勉強になったよね?)


 多くのことを学べたのは、事実だ。


 だから僕は、はっきりと言った。


「でも僕は、また明日も討伐クエストを受けてみたい」

「何?」

「マール?」


 2人の年上の冒険者たちは、驚いた顔だ。


「そなた、何を言っているのか、わかっているのか? 本当に死ぬぞ?」

「危険なのは、わかるよ。……でも、僕は強くなりたいんだ! 1日でも早く!」


 焦ったように言う。


 心の中で、何かが訴えている。


(6人の光の子らは、もういない。僕はもう、1人きりだ)


 だから、その分も強くならないといけない。

 少しでも、早く。


 ――じゃないと、間に合わなくなるかもしれない。


 マールの右手を、僕は見つめ、そして握る。


「また、その目か……」


 キルトさんが、難しい顔で唸る。


「その目?」

「誰に何を言われようと、決して退かぬ、1人でも進もうという目じゃ」


 うん、そうかも。

 隣に正座しているイルティミナさんが、その白い手を、僕の手に重ねた。


「私も、マールを手伝います」

「イルティミナさん……」

「フフッ、明日も一緒に、クエストに参りましょうね?」


 彼女は、優しく笑った。


 ソルティスが食事の手を止めて、キルトさんに慰めるように言った。


「キルト……諦めって、大事だと思うの」

「言うな」


 キルトさんは、苦虫を噛んだ顔だ。


「年長者として、2人が死地に赴くのを、許すわけにはいかぬ」 


 いいよ。

 許されなくても、勝手に行くから。


 そんな僕の表情を見て、


「ええい、頑固者めっ」


 ガシガシ


 彼女は悪態をこぼし、美しい銀髪を、乱暴に手でかき乱す。

 そして、顔を上げ、


「あいわかった、マール。ならば提案じゃ。――そなた、しばしクエストに行くのは止めよ。代わりに、このキルトが、明日から剣の稽古をつけてやる」

「え?」

「この鬼姫キルトの剣じゃ。クエストよりも、よほど学べるぞ」


 ……本当に?

 僕は、確かめるようにイルティミナさんを見る。


 彼女は、綺麗な髪を揺らして、大きく頷いた。


「確かに、『剣を学ぶ』だけならば、そうかもしれません。腐っても、キルトは、金印の魔狩人ですからね」

「腐っておらぬわ!」


 キルトさん、思わず突っ込む。


 僕とイルティミナさんは、一緒になって、つい笑ってしまった。

 ソルティスは、肩を竦めて、「やっぱ、諦めたわ」と苦笑い。


 そして僕は、青い瞳で、キルトさんを見つめる。


「本当に本当だね、キルトさん? 約束だよ?」

「……わかっておる。このキルト・アマンデスに二言はない。約束じゃ」


 やったー!

 僕は、バンザイして喜んだ。


 イルティミナさんも「よかったですね」と笑っている。


 そしてキルトさんは、ソファーへと重そうに座り込み、

 

「やれやれ……これで、わらわの貴重な休みも、なしになったか」


 天井に向かって、ため息と共に、哀しげな呟きをこぼしたのだった――。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次話から、マールの修行開始です。

※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] スパルタなのか過保護なのか。 どっちなのか分からないね。
[気になる点] 「やがて、20枚の耳が集まった」 20位のゴブリンの討伐依頼で、必要分の丁度20だけの耳を持ち帰ったと言うことなのかな。余分な耳を持ち帰っても必要ないと。
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