518・成長を示す勝利
第518話になります。
よろしくお願いします。
『ギチチッ!』
迫る僕らを認識して、『岩喰い大蜘蛛』の成体が激しく牙を鳴らした。
その音に反応して、20体ほどの子蜘蛛たちは一斉にキルトさんのみに殺到していく。
「ぬん!」
ガヒュッ
キルトさんは『雷の大剣』を振るい、青い放電の輝きと共に、子蜘蛛たちが次々と焼き斬られ、倒されていく。
その隙に『岩喰い大蜘蛛』の成体は、僕へと襲いかかってきた。
(なるほど!)
あの子蜘蛛たちは、キルトさんへの足止めだ。
眼と足を1つずつ奪われたあの魔物は、キルトさんの強さを理解している。だからこそ、キルトさんは子蜘蛛に任せ、先に弱い個体である僕を仕留めようとしているんだ。
負けるもんか!
僕は右手の『大地の剣』をクルンと逆手に持ち替え、剣先を地面に刺す。
「大地の破角!」
鋭く叫んだ。
送り込まれた神気に反応して、刃にあった3つのタナトス魔法文字が輝き、地面へと魔力が流れていく。
それは『岩喰い大蜘蛛』の真下に集束して、
『!』
ドゴォン
直後、そこから突き出された捻じれた黒い角を、その魔物は巨体に見合わぬ俊敏さで回避した。
(えっ!?)
その事実に驚き、同時に気づいた。
巣穴の地面には、大量の蜘蛛の糸が張り巡らされていた。もしそれがセンサーの役目をしているなら、地面を流れる魔力の異常も感知できるのかもしれない。
つまり、
(魔法武具の力は、通用しないってことか)
それなら、それで構わない。
僕には、魔法武具以外にも戦う力がちゃんとあるんだ。
ジャキッ
2本の剣を構え直して、僕は肉薄してくる『岩喰い大蜘蛛』の巨体を迎え撃った。
『ギュチイッ!』
巨大な牙が迫る。
焦らず、僕は冷静にその軌道を見極めて、そこに『妖精の剣』の刃を置いてカウンター剣技を狙った。
ガギィン
火花が散り、巨大な牙の片方が斬り落とされる。
すると、『岩喰い大蜘蛛』の長い足が、僕を押さえ込もうと上から落とされてきた。
(甘い!)
身体を捻って、それをかわす。
ズドン
巨大な足が、僕の横の地面に突き刺さった。
その足目がけて、独楽のように回転した僕は、手にした2本の剣でその足を切断する。
ヒュココン
体液が散り、魔物の巨体が怯んだ。
今だ!
「やあああっ!」
僕は気合の声を響かせながら、魔物の懐へと飛び込み、その頭部に『大地の剣』による上段からの振り落としを叩き込んだ。
ヒュカン
魔物の頭部が左右に別れた。
僕は、すぐに後方に跳躍しながら、残心の構えを崩さない。
グン
「!」
頭部を破壊されながら、けれど『岩喰い大蜘蛛』の巨体が動いて、巨大なお尻がこちらへと向けられた。
ビヒュッ
真っ白な糸がこちらに吐き出される。
反射的に『妖精の剣』で受け止め、その刀身がグルグル巻きにされてしまった。
あ……。
慌てて、『大地の剣』で糸を切断しようとする。
けどその前に、巨大なお尻が動いて、僕の身体は糸に引き摺られるように前に倒れ込んでしまった。
(まずっ!)
起き上がろうとした僕へと、大きな足が振り落とされる。
直撃したら、死ぬ。
瞬時に理解した僕は、心の中で叫んだ。
(神武具っ!)
ヴォン
同時に僕のポケットから光の粒子が噴き出して、形成された虹色の金属翼が、僕の全身を守るように包み込んだ。
ガギィイン
強い衝突音が響き、巨大な蜘蛛の足を弾き返す。
僕はすぐさま起きあがった。
右手には『虹色の鉈剣』に神化した『大地の剣』が握られ、大きく踏み込みながら、それを『岩喰い大蜘蛛』の胴体へと下段から斬り上げる様に叩き込む。
ダキュン
鉈のような虹色の刃は、その腹部を大きく斬り裂いた。
傷口から、内臓と体液が溢れる。
『ギチ……チ……』
魔物の生命力は凄まじく、まだ僕を襲おうと残った足を弱々しくも振り上げ……けれど、その動きも途中で止まった。
足を持ち上げたまま停止し、バランスを崩して仰向けに倒れた。
ズズゥン
土煙が舞う。
残った6本の足を丸めるようにして『岩喰い大蜘蛛』の成体は、その生命活動を停止させた。
「…………」
それを確認し、僕は、ようやく息を吐く。
光の粒子が剥がれ、『虹色の金属翼』は消滅し、手にした『虹色の鉈剣』も通常の『大地の剣』へと戻った。
――勝ったぞ。
心の中で拳を握る。
それから、すぐにハッとなってキルトさんの方を確認した。
銀髪の鬼姫様は、とっくに20体もの子蜘蛛を全滅させていて、その死体の中央に立ったまま、僕のことを見つめていた。
彼女は笑う。
「うむ、見事じゃ」
満足そうに頷いて、そう褒めてくれた。
僕も笑った。
1人で、あの巨大な『岩喰い大蜘蛛』を討伐できて、自分でも嬉しかった。
小さな自信がまた1つ、積み重なった感じだ。
(うん)
それを噛み締めるように、青い瞳を伏せる。
それから僕とキルトさんは、孵化する前に『岩喰い大蜘蛛』の卵を全て破壊して、出口を探してこの場をあとにした。
…………。
…………。
…………。
およそ1時間後、僕らは地上に出た。
「マール!」
イルティミナさんとも無事に合流を果たして、彼女にきつく抱きしめられる。
(わっぷ)
鎧越しに大きな胸が押し付けられる。
彼女の綺麗な長い髪が、僕の首筋へとこぼれて、ちょっとくすぐったかった。
しばらく僕を抱きしめ、イルティミナさんはキルトさんを見た。
「夫を助けて頂き、ありがとうございました」
そうお礼を言った。
あの巣穴に引き摺り込まれた時、キルトさんが一緒に飛び込んでくれたことへの感謝だろう。
キルトさんは微笑み、
「マールは強くなったの。最後は、あの『岩喰い大蜘蛛』を1人で倒してしまったぞ」
そう伝える。
イルティミナさんは少し驚き、腕の中の僕を見つめる。
それから表情を緩めて、
「そうですか」
そう言いながら、慈しむように僕の髪を撫でてきた。
また1つ、彼女に認められた――そう思ったら、僕も嬉しくなった。
(えへへ)
少し照れたように笑う。
それから僕ら3人は、源泉の周辺にもう魔物がいないことを確認してから、グラドアニスの街へと帰っていったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。