516・熱泉岩場での戦闘
第516話になります。
よろしくお願いします。
「では、行くかの」
翌朝、待ち合わせ場所に来たキルトさんは、昔と同じ冒険者の格好をしていた。
黒い鎧に黒い大剣。
今は旅人であるからか、鎧の上から黒色の旅ローブを羽織っていた。
(……雰囲気あるなぁ)
立ち姿だけで周囲を圧倒する何かが感じられる。
うん、さすがキルトさんだ。
それから僕ら3人は、グラドアニスの街を出て、徒歩で魔物が出現するという場所を目指したんだ。
…………。
その源泉があるのは、街から3キロほど離れた岩山だった。
岩場の上を太いパイプが走っていて、それは、グラドアニスの街と温泉が噴き出す場所とを繋いでいた。
シュウウ……
周囲の岩盤からは、蒸気が吹いている。
(ちょっと熱いな)
湿度も高く、硫黄の匂いも立ち込めている。
水たまりのように温水の溜まっている池も幾つかあって、それは一定の周期で噴き上がる間欠泉となっていた。
ブシュウッ
うわぁ……。
30メード以上に噴き上がった飛沫が、地上へと落ちてくる。
実は、この温度は100度を越えていて、触ったら火傷をする可能性もあるので相当、危険なんだ。
この源泉の周囲も柵で囲われていて、一般人や旅人が迷い込まないようになっていた。
ちなみに僕らは、街長から鍵を貸してもらっていたので、柵の扉を開けて普通に中に入ってきたんだけどね。
魔物も小型なら、柵で追い払える。
けど、
(今回の討伐対象の魔物は、大型らしいんだよね)
そうした大型の魔物なら、柵を乗り越えることもできるし、破壊することもできる。
パイプや流出装置を破壊されたら、温泉がグラドアニスの街まで届かなくなる。
源泉は1つではないんだけど、ここからの温泉が送られている宿屋や店舗は、大きな損害を受けてしまうだろうし、街全体の利益も減ってしまうんだ。
(そうならないように、がんばらないと)
魔物から人々の生活を守る――そのために僕ら『魔狩人』はいるのだから。
◇◇◇◇◇◇◇
イルティミナさんとキルトさんが、昔みたいに2人揃って、周辺の状況を調べていく。
地面の足跡。
木々の折れ具合。
それらを地面にしゃがんで、実際に手で触ったり、注意深く目視しながら確認していく。
やがて、
「ふむ。これは『岩喰い大蜘蛛』かもしれぬな」
キルトさんが呟いた。
イルティミナさんも「やはり、そう思いますか」と頷きを返していた。
(岩喰い大蜘蛛?)
残念ながら、僕の知らない魔物だ。
僕の奥さんに、その魔物についてを教えてもらった。
その『岩喰い大蜘蛛』は、名前の通りに岩場に生息し、その硬い岩盤をかじって地面の下に巣を作る巨大な蜘蛛の魔物だそうだ。
体長は、約5~7メード、最大12メードの個体も目撃されているという。
巣のために岩をかじるけれど、実際には肉食だ。
人間や動物だけでなく、魔物であっても襲って食べる悪食の魔物でもあるそうだ。
(ふ~ん)
なかなか手強そうな魔物だ。
けど、なぜ、この源泉のある場所に来たんだろう?
「産卵のためじゃな」
と、キルトさん。
「産卵?」
「そうじゃ。岩喰い大蜘蛛は、このような地熱の温かい地下空間で産卵し、増えるのじゃ」
その黄金の視線は、僕ら3人の足元へ。
僕とイルティミナさんも、その視線を追いかける。
この地面の下で、その魔物は巣を作り、子孫を残すための産卵をしているのか。
…………。
キルトさんは周囲を見回して、
「恐らく、近くに『岩喰い大蜘蛛』の掘った穴があるはずじゃ。探してみようぞ」
「うん」
「はい」
その言葉に、僕らは頷いた。
そこで、キルトさんはハッとした顔をする。
「おっと、すまぬ」
え?
「ここでは、イルナがリーダーであったの。出しゃばってすまなかった。指示には従うゆえ、この先は、そなたに任せるぞ」
そう申し訳なさそうに言った。
イルティミナさんは苦笑する。
「別に、キルトが指揮しても良いのですけどね」
「そうはいかん」
「……わかりました。では、同じように、まずは巣穴を見つけましょう。入り口は擬態されているかもしれませんから、気をつけて」
現役の『金印の魔狩人』は、そう告げた。
僕らは頷いた。
それから、3人である程度の距離を保ちながら、周辺の地面を探していく。
岩だらけの地形だ。
灌木もあり、大小の岩が転がっていて、死角も多い。
丁寧に探していく。
(鼻が利いたら、まだよかったんだけど……)
硫黄の匂いが強すぎて、魔物の異臭などは見つけられそうになかった。
ま、仕方ない。
僕らは、慎重に探索を続けた。
…………。
時折、間欠泉が吹き上がる音を聞きながら、20分ほどが経った。
柵の内側、外側を調べているけれど、特にそれらしい痕跡は見つからない。
(まだまだ)
根気良く調べていこう。
そう思っていた時、ふと歩いている足の下の岩が動いた気がした。
(ん?)
30センチぐらいの岩だ。
下側半分が地面に埋もれてしまっている。
「…………」
気になった僕は、その岩を靴の裏側で強く横方向へと押し出すようにしてみた。
ズズッ
思ったより簡単に動いた――その瞬間だった。
ボンッ
その岩が垂直方向に3メード以上、高く跳ね上がった。
(へっ?)
驚く僕の眼前で、岩のあった真下の空間に空いていた穴から、体長1メードぐらいの巨大蜘蛛が空中に跳ねるように飛び出してきたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「マール!」
イルティミナさんが叫ぶ。
気づいたキルトさんも、すぐにこちらに駆けだした。
(うわわっ!)
僕は慌てて後ろに下がりながら、腰に提げていた『大地の剣』と『妖精の剣』を鞘から抜き、迫ってくる蜘蛛たちへと振るった。
ヒュコッ ヒュコン
長い足が千切れ、胴体が切断される。
こいつら、子蜘蛛か!?
聞いていた『岩食い大蜘蛛』の大きさに比べたら、かなり小さく、そう推察できた。
つまり、産卵した卵が、もう孵化していたんだ。
なんてこった、と思いながら剣を振る。
2匹、3匹、5匹……次々と倒していくけれど、穴から出てくる蜘蛛の数が止まらない。
(な、何匹いるんだ?)
目視できるだけで、50匹近い。
それが岩場の地面の上に広がって、ワラワラとこちらに迫ってくる。
「はっ!」
「ぬん!」
イルティミナさんの白い槍とキルトさんの黒い大剣も、魔物の群れを蹴散らしてくれるけど、その勢いは止まらなかった。
ええい!
僕は大きく後ろに跳躍しながら、右手首にある『魔法発動体』の腕輪の魔法石を輝かせた。
剣先で魔法文字を描く。
「この魔物たちを焼き滅ぼせ! ――フラィム・バ・トフィン!」
パァアッ
空中に生まれた赤い魔法文字から、大量の『炎の蝶』が飛び出して、無数の岩喰い大蜘蛛の子供たちへと襲いかかった。
ドパァン ドパァアン
『炎の蝶』は爆発し、子蜘蛛たちを蹴散らしていく。
出てくる子蜘蛛の数は凄いけれど、それ以上の数と勢いで、『炎の蝶』が魔物を駆逐していった。
「良いぞ、マール」
大剣を振るって魔物を潰しながら、師匠であるキルトさんが褒めてくれた。
(えへへっ)
嬉しいな。
緩みそうな頬を引き締めながら、魔法を継続していく。
イルティミナさんも霞むような速さで『白翼の槍』による連続突きを披露して、子蜘蛛の数を大きく減らしていった。
(このまま押し切る!)
そう思った時、僕の足元がグラッと大きく動いた。
「!?」
気づいたと同時に、足場が消えた。
は?
僕の足元が陥没し、直径10メードほどの巨大な穴が開いたんだ。
崩れる瓦礫。
その奥の暗闇に、赤く光る巨大な8つの眼球が見えた。
(……あ)
そこにいたのは、親蜘蛛らしい巨大な『岩喰い大蜘蛛』の成体だった。
子供たちが殺されていくことに怒って、その姿を現したのか、鋭く長い牙が大きく開放されて、落下する僕を捕らえようとしていた。
「いかん!」
「マール!」
キルトさんとイルティミナさんが同時に叫ぶ。
僕により近い位置にいたキルトさんは、銀髪をなびかせながら、躊躇なく僕を追って、その巣穴へと飛び込んできた。
大剣を逆手に構え、もう一方の手で僕の襟を掴む。
「ぬん!」
ドシュッ
大剣の巨大な刃が『岩喰い大蜘蛛』の眼球の1つを貫いた。
『キシャアアッ!?』
激痛に巨体が暴れる。
ガンッ ドゴン ズガガァン
縦穴の壁面に巨体がぶつかり、穴全体が崩落を始めた。
「マール! キルト!」
穴の縁に立ったイルティミナさんが愕然とした表情でこちらを見つめ、大声で僕らを呼んだ。
その姿が遠くなっていく。
僕とキルトさん2人の身体は、穴の底へと落下していく。
(うわぁあ!?)
空中でもがく。
そんな僕の身体を、キルトさんがギュッと強く抱きしめてきた。
そのまま僕とキルトさんは、暗く深い穴の奥へと『岩喰い大蜘蛛』と共に、どこまでも、どこまでも落ちていったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、来週の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




