515・1杯のお酒
第515話になります。
よろしくお願いします。
「まさか、この街でキルトさんに会えるなんて思わなかったよ」
僕は、そう笑った。
偶然に再会した僕らは、そのままレストランで一緒に食事をすることにしたんだ。
対面の席に座るキルトさんも笑う。
「わらわもじゃ。世の中、奇なこともあるものじゃの」
僕の隣にいるイルティミナさんも「本当ですね」と頷いていた。
キルトさんは旅の途中、たまたま近くに来たので、観光でこの温泉地を訪れていたんだって。
本当に凄い偶然だ。
やがて、レストランの名物だという地熱を利用した地元料理がテーブルに並べられた。
カウンター向こうに調理場が見えていて、そこでは、岩盤から噴き出す高温の蒸気を使って食材や鍋を熱して、調理をしているのが見えた。
(ふ~ん?)
蒸し料理が多い感じだ。
大きく切り分けられた肉料理には、濃厚なソースがかけられていて、地元野菜を蒸したものが彩鮮やかに添えられている。
スープは、シンプルなコーンポタージュ。
半熟の温泉玉子が用意されていて、炒めたご飯とまぶして食べるようにウェイトレスのお姉さんに教えられた。
どれどれ……。
僕らは「いただきます」の挨拶をしてから、料理を口に運んだ。
モグモグ
「ん、美味しい♪」
どれも珍しい料理というわけではないけれど、この土地の食材を、この土地独特の調理法で作ったと思ったら、余計に美味しく思えたんだ。
旅情を味わっている、とでも言えばいいのかなぁ?
モグモグ
でも、こうして王都を遠く離れた地で、自分の愛する奥さんと食事をしているだけでも幸せな気分だった。
イルティミナさんも美味しそうに食べている。
視線が合って、僕らは微笑み合った。
そんな僕らに、キルトさんも優しく笑う。
(ん?)
よく見たら、彼女の手には、透明な地酒の入ったグラスが握られていた。
「おや、昼からですか?」
イルティミナさんが呆れたように言う。
キルトさんはグラスを傾け、幸せそうな吐息をこぼしてから、
「何か問題か?」
と聞いてきた。
問題は……ないかな?
キルトさんはただの旅人だし、ここにいるのも僕らと違って仕事ではなく、本当の観光だ。
こちらが止める理由はない。
キルトさんはパカパカとグラスを開けて、店員さんにおかわりを注文している。
(う、う~ん)
まぁ、自由人になったんだからいいけどさ。
でも、
「キルトさん、飲み過ぎには注意してね? 肝臓とか悪くしたら大変だからさ」
そう心配になって、忠告した。
キルトさんはキョトンとする。
すぐに「くははっ」と苦笑して、
「そう言ってもらえている内が華じゃの。確かに、止める者がおらねば好き勝手に飲み過ぎてしまうかもしれぬ。うむ、気をつけると約束しようぞ、マール」
と頷いてくれたんだ。
…………。
それからも僕とイルティミナさん、キルトさんの食事の時間は続いた。
和気藹々と楽しんで、デザートのフルーツを食べながら、
「そなたらは、クエストか?」
と聞かれた。
僕らは頷いた。
「うん、源泉の近くに魔物が出たんだって」
「万が一、源泉を潰されてしまえば、グラドアニスの経済に多大な影響が出ますからね。緊急性が高いということで、私たちに」
そう説明する。
本来は、街の風評にも関わるので喋っちゃいけない内容だけど、キルトさんなら大丈夫だろう。
他の客にも聞こえないように、小声だったしね。
キルトさんは「そうであったか」と少し驚いた顔だった。
彼女は、そのまま店内の大きな窓から見えるグラドアニスの街の風景を眺める。
多くの観光客。
街の中央には、白い煙が立ち昇り、温泉地独特の硫黄の匂いが広がっている。
周辺のお店の人たちも、元気に商売に精を出していた。
…………。
魔物の被害が出たら、この活気のある風景も消えてしまうかもしれない。
(がんばらないとね)
今回のクエストに対する意気込みを、より強くする。
コトッ
キルトさんが手にしていたお酒のグラスをテーブルに置いた。
「マール、イルナ」
僕ら2人を見つめてくる。
(ん?)
そちらを見つめ返すと、彼女は、黄金の瞳に強い光を灯しながら、
「もしよかったら、今回のクエスト、わらわにも参加させてはもらえぬか?」
と言ってきた。
◇◇◇◇◇◇◇
(え?)
思わぬ提案に、イルティミナさんと一緒に驚いてしまった。
キルトさんは笑う。
「そなたらの邪魔はせぬ。ただ、この平和を脅かすのならば、そのような魔物は一刻も早く狩ってしまいたくての」
その笑顔は、僕らがよく知る『金印の魔狩人』だった時と変わらないものだった。
立場が違っても。
魔狩人でなくなっても。
結局、彼女は『キルト・アマンデス』であるということなのかもしれない。
僕は苦笑してしまった。
イルティミナさんは少し考えて、
「貴方が手伝ってくれるのでしたら、私どもとしても頼もしい限りです。報酬については、後払いになりますがよろしいですか?」
そう言いながら、僕を見た。
キルトさんに払う分、僕ら夫婦の報酬が減るということ――それを僕に『いいですか?』と確認してるんだ。
もちろん、僕は頷いた。
そんな僕ら夫婦のやり取りを見ていたキルトさんは、その手のひらをこちらに向けた。
「いや、報酬は要らぬ」
「え?」
「これは、わらわの趣味みたいなものじゃ。こちらのわがままを受け入れてもらえるなら、それだけで良い」
「ですが……」
イルティミナさんは了承しかねるといった顔だ。
責任には対価を。
魔狩人の仕事は危険だし、手伝ってもらって報酬なしというのは、なんだか気が引けるんだろう。
僕も同じ気持ちだ。
そんな僕ら2人に気づいて、キルトさんは「ふむ」と唸った。
そして、
「わかった。ならば、対価として、これを奢ってたもれ」
チィン
綺麗な人差し指が、透明な地酒の入ったグラスを弾く。
お酒を1杯。
それを対価に、危険な魔物退治を引き受けるのは、アルン神皇国を旅していた時からのキルトさんの流儀だったはずだ。
(本気なの?)
僕とイルティミナさんは、唖然となる。
キルトさんは頷いて、
「よし。では、これで交渉成立じゃの。明日はよろしく頼むぞ、くははっ」
そう言い切って、豪快に笑った。
何て言うか、
(やっぱり、キルトさんだなぁ)
再びお酒のグラスを傾ける『銀髪の鬼姫』様を眺めて、僕ら夫婦は、そうしみじみと思ってしまったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




