514・温泉地の再会
第514話になります。
よろしくお願いします。
「おや? 次のクエストは、アグマス地方ですか」
そのクエスト依頼書を確認して、イルティミナさんは、そんな言葉を漏らした。
ここは冒険者ギルド・月光の風だ。
『金印の魔狩人』であるイルティミナさんは、自分でクエストを選ぶのではなく、王国から指定されるクエストを受けなければいけない立場だったりする。
今回の依頼書も、その1つだ。
そして、ギルド職員さんから渡された依頼書を見て、彼女は、そんな反応を示したんだ。
「アグマス地方?」
僕は首をかしげる。
イルティミナさんは微笑んで、
「アグマス地方は、シュムリア王国の南西部にある有名な観光地なのですよ。周辺の土地は火山活動が活発で、温泉地にもなっているんです」
と教えてくれた。
(へぇ、そうなんだ?)
僕は笑った。
「それじゃあ、現地に着いたら温泉にも入ってみようか?」
「はい、いいですね」
イルティミナさんも、笑顔で頷いてくれる。
そうして僕ら夫婦は、夏のとある日、王都ムーリアを出発してアグマス地方へと向かったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
10日後、僕らは、アグマス地方で一番大きな街グラドアニスに到着した。
観光地らしく美しい街だ。
旅人や巡礼者の姿が多く、商店もたくさん建ち並んでいる。
そんな街の中央部からは、青い空へとモクモクと白っぽい煙が昇り、強い硫黄の匂いが街全体に広がっていた。
(は、鼻が……)
嗅覚の鋭い僕には、少々きつい。
耐えられないわけじゃないけど、ちょっと鼻が麻痺している感じだ。
中央部には岩盤が丸見えになっていて、そこから温泉らしい熱湯が噴き出しているのが見物できた。
そばの出店では、温泉玉子なども売られている。
また観光客向けに解放された無料の足湯用のベンチも設置されていた。
僕ら夫婦も、ちょっと試してみた。
「ふわぁ……気持ちいいね」
「ふふっ、そうですね。足元がじんわり温かくて、血行が良くなっているのを感じます」
そんな風に笑い合った。
それから温泉玉子を買って食べ歩きしながら、依頼主の街長のいる庁舎へと向かった。
…………。
…………。
…………。
依頼内容は、特に難しいものではなく、街の外にある源泉の1つの近くに棲みついてしまった魔物の討伐だった。
放っておくと源泉が潰される可能性があるらしい。
そうなったら、この観光地は大打撃だ。
詳しい場所や魔物の情報などを聞いて、明日、現地に向かうということで、今夜はグラドアニスの宿に泊まることになった。
(わ? 大きな宿だね)
紹介されたのは、立派な旅館みたいな宿屋だった。
さすがに『金印の魔狩人』への依頼ということで、街でも有数の宿を紹介してくれたみたいだ。
中は広く、庭園もある。
案内された豪華な客室には、当然、温泉風呂まで備わっていた。
荷物を下ろして、一息。
部屋は4階にあったので、窓からはグラドアニスの街並みが見渡せる。
観光客も多く、賑やかだ。
「ねぇ、イルティミナさん。せっかくだから、もう少し街の散策をしてみない?」
そう言ってみた。
イルティミナさんは「あら」と微笑み、
「そうですね。ここは観光地ですから、私たちも街の中を歩いてみましょうか」
と賛同してくれた。
(やった)
イルティミナさんとデートだ!
喜ぶ僕の様子に、イルティミナさんも微笑ましそうに笑っている。
そうして僕らは、装備もなく、一般人と同じ格好になって、温泉街の中へと繰り出したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
観光地らしく、お店は土産物屋と宿屋が多かった。
お土産には、瓶詰めされた飲用の温泉水が売られていたり、温泉を混ぜて作られたお菓子などが試食できたりした。
「どれどれ?」
モグモグ
お菓子を1つ試食してみた。
うん、悪くない。
(けど、温泉の成分が入っているのかは、よくわからないなぁ?)
イルティミナさんも隣で上品に食べていた。
ちなみに観光地のせいか、お酒を飲んでいる人たちも多くて、美人のイルティミナさんに声をかけてくる人も多かった。
……むむむ。
いつもの冒険者の格好をしていなかったからかもしれない。
確かに、イルティミナさんは上品なお姉さんといった雰囲気で、そこにいるだけで存在感があり、大勢の観光客の中でも目立っていた。
(でも、僕が隣にいるのにな)
やはり、夫とは見えないのだろう……くそぅ。
唯一の救いは、イルティミナさんがそういった人たちを軽くあしらい、全く相手にしなかったことだ。
「私はマールの妻ですから」
当然です、と、彼女は笑ってくれた。
イ、イルティミナさ~ん。
そんな彼女が、僕は、ますます大好きになってしまったよ。
…………。
そうした感じで、街中を歩く。
日が暮れてきたので、地熱を利用した地元料理を出すというレストランを見つけたので、そこで夕食を取ることにした。
同じことを考える人は多かったみたいで、店外まで人が並んでいた。
「のんびり待ちましょうか」
「うん」
時間に追われているわけでもないので、僕らは、そう笑い合った。
その時だった。
(あれ?)
3人先に並んでいる人物の背中に、僕は気づく。
銀髪だ。
どこかで見たような綺麗な髪質で、量も豊かで、長さも腰まで届いている。
着ている物は、黒シャツにズボン。
体格もそっくりで、身長も『あの人』と同じぐらいだった。
…………。
イルティミナさんも気づいて、ちょっと驚いた顔をしている。
え、本当に?
あり得ない確率に驚きながら、僕は思い切って声を発した。
「……キルトさん?」
「ぬ?」
その人が振り返った。
こちらを見て大きく見開かれた瞳は、やはり黄金の輝きだ。
そして、
「マール? イルナ?」
彼女も、こんなところで会うとは思っていなかったらしくて、唖然と僕らの名を呼んだ。
間違いない。
王国を自由に旅するあのキルト・アマンデスと、僕ら夫婦は、温泉街グラドアニスで偶然の再会を果たしたのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。