513・マールの精霊獣
第513話になります。
よろしくお願いします。
始まった戦いは、熾烈を極めた。
黄金に輝く『雷の鞭』が白銀の鉱石でできた巨体を砕けば、白銀の煌めく神速の突進によって、雷でできた巨体が吹き飛ばされる。
長く伸びた雷の牙と竜のような白銀の爪がぶつかり合う。
(凄い!)
僕は、これまで多くの戦いを見てきた。
それでも今、目の前で起きている戦いは、かなり上位に入る激戦だった。
2体の精霊獣は、どちらも恐ろしい実力で、恐らく僕でも『神体モード』にならなければ参戦できないレベルだ。
「どちらもやりますね」
イルティミナさんも真剣な表情で呟く。
精霊使いのエボロウトさんは、唇を噛み締め、眼前の恐怖を必死に堪えている様子だった。
ドパァン ゴガァン
戦いの余波で、草原の大地が破壊されていく。
どちらも俊敏で、止まっている瞬間が僅かもない。
夕暮れの赤い世界に、金と銀の残像だけが煌めいては衝突し、その輝きを散らしていく。
…………。
その『白水晶の狼』と『雷光の虎』と呼ばれる2体の精霊に、大きな優劣はなかった。
好戦的な性格。
戦闘力。
精神の気高さ。
どちらも似ていて、まさに同格の存在だったと言える。
でも、たった1つ違ったのは、多分、『経験』だ。
僕の精霊さんは、これまで僕と一緒に、危険な魔物や『魔の勢力』を相手にした多くの戦いを経験してきていた。
まさに、命懸けの戦いだ。
そこで培った経験が、2体の精霊獣にあった唯一にして絶対の差だったのだと思う。
2体が正面からぶつかり合った。
バヂィイン
その雷の牙は、僕の精霊さんの前足を噛み砕いた。
煌めく白銀の鉱石が弾ける。
けど、それを受けて尚、『白銀の狼』は止まらなかった。
ジガァアアッ
咆哮一閃。
同時に、竜のような爪の生えた前足が『雷光の虎』の頭部を押さえ、がら空きとなった首に、その牙を突き立てた。
バチン
太い首が千切れ、雷でできた頭部は切断される。
「見事」
イルティミナさんが呟いた。
多くの経験を積み重ねた僕の精霊さんは、肉を切らせて骨を断つ戦法を実践して、『雷光の虎』に致命傷を負わせたんだ。
ズズン
巨大な首無しの身体が草原に倒れる。
放電によって、草が焼けていく。
精霊の肉体は、僕らのそれとは違って、すぐに回復する。
精霊さんの失われた前足は、傷口からボコボコと生えてきた白銀の鉱石で修復され、『雷光の虎』の頭部も雷を散らしながら生えてきた。
ジジ……ッ
パチチッ
2体の精霊は、お互いを見つめ合う。
立っているのは『白水晶の狼』であり、地に倒れているのは『雷光の虎』だった。
誇り高き『雷の精霊』は、顔を伏せる。
敗北を認める姿勢。
これによって2体の精霊獣による戦いは、完全に決着したのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
戦いが終わったあと、エボロウトさんは『雷光の虎』との交信を行った。
勝者の『白水晶の狼』の主人である僕と共にあるエルフの言葉だから、『雷光の虎』は大人しく話を聞き、精霊界へと帰ることを了承してくれた。
パチッ パチチ……ッ
雷を散らしながら、消えていく。
やがて、茜色の草原からは、その黄金色に輝く精霊の姿は見えなくなった。
(さようなら)
心の中でそう語りかける。
すると、そんな僕の胸元に甘えるように、精霊さんが鼻先を押しつけてきた。
ジジ、ジッ
小さな声。
僕は微笑み、その頭部を両手で撫でた。
「うん、お疲れ様。強かったね。さすが僕の精霊さんだよ、ありがとう」
ジジ……ッ
嬉しそうな音色が響く。
イルティミナさんとエボロウトさんも、優しい眼差しで僕らを眺めていた。
…………。
街へと戻った時には、完全に夜になっていた。
そんな夜店の賑わう通りで、旅エルフのエボロウトさんとはお別れとなった。
「ありがとうございました、マールさん、イルティミナさん」
そう頭を下げられる。
顔をあげ、
「今回の『雷光の虎』を相手にするのは、正直、私1人ではかなり危険でした。お2人のおかげで、本当に助かりましたよ」
そう微笑んだ。
僕らも笑った。
「こちらこそ、ありがとうございました」
彼が教えてくれなければ、この街の人たちは『雷光の虎』の被害に遭っていたかもしれないのだ。
エボロウトさんがいてくれたからこそ。
そして彼や他の旅エルフさんたちは、そうした人知れぬ人助けを何度もして来てくれたことも忘れてはいけなかった。
その感謝を伝えると、エボロウトさんははにかんだ。
それから、その視線が僕の左腕へ。
そこにある『白銀の手甲』を見つめて、エボロウトさんは、小さくエルフ語で話しかけた。
ジジ……ッ
精霊さんが応える。
エボロウトさんの感謝に、『別にどうということはない』と答えた感じだった。
僕も笑って、手甲を撫でる。
それからエボロウトさんと僕ら夫婦は握手を交わし、そして、その眼鏡のエルフさんは通りの人混みの中へと、手を振りながら消えていった。
「…………」
「…………」
しばらく、彼の消えた場所を見つめた。
やがて、夫婦で見つめ合う。
お互いに笑って、それから僕らも、自分たちの宿へと向かうため、手を繋いで通りを歩きだした。
◇◇◇◇◇◇◇
翌日、僕らは王都ムーリアへと向かう竜車の車内にいた。
ゴトゴト
揺られながら、街道を進む。
窓から見える空は快晴で、どこまでも青く澄み渡っていた。
視線を下ろせば、一昨日、昨日と戦った山岳地帯や草原が遠くの方に見えていた。
…………。
昨日は、なんだか夢みたいだったな。
この世界で、あんなにたくさんの精霊を目にしたのは、初めてだった。
精霊って、本当に神秘的で不思議だ。
(そういえば……)
僕の精霊さんは、どうして昨日、1人……というか、1体で戦う気になったんだろう?
もしかして、
(ストレス、溜まってたのかな?)
この『白銀の手甲』にずっといたから退屈で、そのうっぷん晴らしに思いっきり暴れたかったのかもしれない……なんて思った。
そんな話を、イルティミナさんにしてみたら、
「違いますよ」
彼女はあっさり否定した。
え?
イルティミナさんは僕を見つめて微笑み、それから、僕の左腕の『白銀の手甲』を指差した。
「その子は、マールにいいところを見せたかったんです」
「…………」
はい?
僕の目は、ちょっと丸くなった。
イルティミナさんは優しい眼差しで、精霊さんの宿る手甲を見つめて、
「その子も、マールが大好きなんです」
「…………」
「だからこそ、貴方の助けになりたくて、褒めてもらいたくて、1人で戦ってみせたのだと思いますよ」
それは確信しているような声だった。
僕は、彼女の顔を見る。
僕の奥さんは、ニコッと微笑んだ。
「私も同じですからね。気持ちがわかるのです」
「…………」
そ、そっか。
少し恥ずかしくて、でも、嬉しい。
僕は自分の茶色い髪を手でかいて照れ、それから、改めて『白銀の手甲』へと視線を落とした。
…………。
精霊さんは、今は何も言わない。
僕は微笑み、
「うん、僕も大好きだよ」
そう囁いて、その手甲を慈しむように撫でてやった。
ゴトゴト
竜車は街道を進んでいく。
ふと窓を見上げれば、青空に輝く太陽が眩しくて、その日差しの暑さは、もうすぐ本格的な夏が到来することを告げていた。
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