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509・夢の終わりに

第509話になります。

よろしくお願いします。

「マール。そっちの塩、取って」

「うん」


 台所に立つ少女に、僕は、小さな『塩の瓶』を渡す。


 パッ パッ


 彼女はそれをフライパンの上で炒めている料理へと、軽く振りかけた。


 今日のお昼は、珍しくソルティスが主体で作ると言い出した。


 自分のために、見えないところで奔走してくれたイルティミナさんとポーちゃんへの感謝のため、自分で作りたいと思ったみたいだ。


 なので、僕は手伝いのみ。


 彼女が困ることのないように、サポートに徹している。


 イルティミナさんとポーちゃんの2人は、リビングのテーブル席に座って、料理の完成を待っていた。


「…………」

「…………」


 僕とソルティスの並ぶ姿を、背中側からジッと見られている。


 チラッ


 振り返ると、イルティミナさんと視線が合った。


 彼女は微笑む。


 僕も、少し気恥ずかしくなりながら笑い返した。


 やがて、料理が完成して、みんなで昼食だ。


 まずは一口。


「ん、美味しいです。腕をあげましたね、ソル」


 イルティミナさんは、そう妹の料理を誉めて、ソルティスも「えへへ♪」と嬉しそうだった。


 モグモグ


 ポーちゃんは、無言で食べている。


 気づいたソルティスは、


「ポーも美味しい?」

「美味しい」


 金髪の幼女は、手を止めずに答えた。


 ソルティスは「よかった」と安心したように笑って、幼女の食べる姿を眺めている。


 …………。


 なんだか、僕と2人だけの時に比べて、表情が明るくなったみたいだ。


 犯人が捕まったからかな?


 悩みがなくなって、彼女の心も軽くなったのかもしれない。


(よかったね)


 僕は、そんな彼女を眺めて、つい微笑んでしまった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 食後の後片付けは、僕が1人でやった。


 せっかくなので、ソルティスには、イルティミナさんとたくさんお喋りして欲しいと思ったんだ。


「でね、色々と大変だったのよ」

「まぁ、そうでしたか」


 リビングでお茶を飲みながら、姉妹は楽しげに会話をしている。


 それを音楽代わりに、僕は洗い物を続けた。


 カチャッ


(ん?)


 気づいたら、横にポーちゃんが来ていた。


「手伝う」


 と一言。


 1人で大丈夫だよ、と言いかけたけど、


(もしかしたら、ポーちゃんも、あの姉妹に気を利かせたのかな?)


 と思った。


 なので、「うん、ありがと」と笑って、一緒に洗い物をした。


 カチャカチャ


 姉妹の楽しげな声が聞こえる。


 それで耳を楽しませながら、僕らは、まるで泡遊びをするように食器を洗っていく。


(なんか幸せだな)


 そう思った。


 その時、ふとポーちゃんの水色の瞳が、僕の方を向いた。


 そして、


「ソルと一緒にいて、マールは楽しかったか? と、ポーは問う」


 と聞かれた。


(え?)


 驚き、少し考えてから、素直に答えた。


「そうだね。不謹慎かもしれないけれど、ソルティスと暮らすのは、短い間だったけれど楽しかったよ」


 だからかな?


 その生活が唐突に終わって、少し寂しくもあったんだ。


(犯人が捕まったんだから、本当は喜ばないといけないことなのにね……)


 心の中で、苦笑する。


 そんな僕を、ポーちゃんは見つめた。


 それから、


「きっと、ソルも同じ気持ちだと思う」


 と言った。


 僕は、隣の幼女を見る。


 でも、ポーちゃんはまた前を向いて、目の前の食器をカチャカチャと洗い始めた。


(……同じ、か)


 僕は、後ろをこっそり見る。


 仲良さそうに、イルティミナさんと話しているソルティスの姿があった。


 …………。


 笑っているけれど、


(もしかしたら、ソルティスも寂しいって、少しは思ってくれているのかな?)


 まさか……ね。


 小さな苦笑をこぼして、僕は、また洗い物作業に戻った。 



 ◇◇◇◇◇◇◇



 その日の夕食は、イルティミナさんが作ってくれた。


(うわぁ……♪)


 テーブルに並べられたのは、高級レストランで出されるような手の込んだ料理ばかりです。


 さすが、イルティミナさんだ。


 十数日ぶりに食べる奥さんの手料理なので、僕も嬉しい。


 ソルティスにとっては、もっと久しぶりの姉の料理だろう。彼女も瞳をキラキラと輝かせていた。


「2人ともがんばったご褒美です」


 と、何でもできるお姉さんは微笑んだ。


 いやいや、僕らは2人で普通に暮らしていただけで、がんばったのは、むしろイルティミナさんたちの方だと思うんだけどね。


 今回は、名探偵イルティミナだ。


(……本当に、何でもできる人だよなぁ)


 自分の奥さんなのに、彼女のことを、いつも尊敬してしまう僕である。


 …………。


 それから、僕らは絶品料理を堪能した。


「やっぱ、違うわね」


 自分たちの料理を比べて、ソルティスもしみじみと呟いていた。


(うん、本当に)


 イルティミナさんの料理は、本当に、とっても美味しかったです。


 そうして、4人で笑いながらの食事。


 夕食後の洗い物は、僕とイルティミナさんの2人でやって、ソルティスとポーちゃんは、久しぶりに2人での会話を楽しんでいた。


 やがて、夜も更ける。


 この家には、ベッドが2つしかないので、冒険用の寝袋や毛布を使って、寝室に簡易ベッドを作った。


 これで4人で寝るのだ。


 就寝前に、お風呂が沸いた。


「せっかくだから、イルナ姉、一緒に入りましょ?」


 とソルティス。


 イルティミナさんは「はいはい」と甘える妹の誘いに頷いた。


 そうして姉妹は、寝室を出ていく。


 残されたのは、僕とポーちゃん。


「…………」


 ポーちゃんはベッドに座って、ぼんやりと窓から見える『紅白の月』を眺めていた。


 柔らかそうな金髪が、月光に輝いている。


 僕も、のんびり月を見上げた。


 何も会話はないけれど、心地好い時間。


 家の外からは、静かな虫の音が優しい音楽となって響いていた。


 どれくらいそうしていたのか。


(……ん)


 僕は、ふと立ち上がった。


 ポーちゃんがこちらを見る。


 少し恥ずかしくなりながら、


「ちょっと、トイレに行ってくるね」


 と白状した。


 ポーちゃんはコクンと頷いて、また窓から2つの月を眺め始めた。


 それを背に、僕は部屋を出る。


 …………。


 やがてトイレを済ませ、部屋に戻ろうと、僕は廊下を歩いていた。


 その時、風呂場の前を通りがかる。


 すると、


「――マールとの暮らしは、どうでしたか?」


 そんな声が聞こえた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



(ん?)


 自分の名前が聞こえて、つい足を止めてしまった。


「何、急に?」


 ソルティスの苦笑する声がする。


 それから、


「そうね。やっぱり、ポーと違って色々と気が利かない部分があって、少し歯痒いような時はあったわね」


 との評価。


(手厳しいなぁ)


 暗い廊下で、1人遠い目になってしまう。


「でも……」


 ん?


「でも……その歯痒さも含めて、楽しかったわ。少しずつお互いのリズムが掴めて、それを合わせてくのは面白かったもの」


 そう笑った声で続けた。


(……そっか)


 そう言ってもらえるのは、嬉しかった。


 僕も同じ感覚だったから。


 イルティミナさんも「そうですか」と頷いたようだった。


 しばしの沈黙。


 やがて、僕の奥さんは、


「ソルは……これからもマールと暮らしたいと思いますか?」


 と聞いた。


(? どういう意味?)


 ソルティスも意味を測りかねたのか、「イルナ姉?」と不思議そうに名を呼んだ。


 イルティミナさんの声は、


「マールは、素敵な男の子です。それを……私だけが独り占めしていて良いのかと、ふと不安に思う時があるのです」


 と言った。


 イルティミナさん……?


「キルトも、ソルも……それなのに、私だけが」


 その声は震えていた。


 パチン


 手のひらがお尻を叩くような音がした。


「何言ってんのよ、イルナ姉」


 笑い飛ばすようなソルティスの声だ。


「いいに決まってるじゃない。だって、イルナ姉がマールのお嫁さんなのよ? そして、マールはそれを望んだの」

「……ソル」


 イルティミナさんは驚いた様子だ。


 そんな姉に、妹は言う。


「だからイルナ姉は、マールを大事にしてあげて」


 強い意思のある声だ。


 …………。


 やがて、イルティミナさんは「はい」と返事をした。


(……そろそろ行こう)


 なんだか聞いてはいけない話を聞いてしまった気がして、僕は、その場を立ち去ることにした。


 その寸前、


「ったく、マールの奴、イルナ姉をこんな不安にさせて! あとで1発、殴ってやろうかしら?」


 と、怒った少女の声が鼓膜を震わせた。


 こ、怖いなぁ。


 僕は足音を忍ばせて、風呂場前の廊下から去っていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 その夜は、4人で眠った。


 ソルティスとポーちゃんは、自分のベッドで。


 僕とイルティミナさんは、その間の床に作った簡易ベッドで、久しぶりに抱き枕にされながら就寝した。


 そして、朝が来る。


 僕ら4人は玄関に集まって、別れの挨拶をしていた。


「今回は世話になったわね、マール」


 ソルティスがそう言った。


 僕は笑った。


「どういたしまして。また何か困ったことがあったら、いつでも言ってよ。力になるからさ」

「そ、わかったわ」


 彼女も笑って、頷いた。


「じゃあ、アンタも何か困ったら言いなさい。気が向いたら、私も助けてあげるわ」


 気が向いたら、なの?


 僕は苦笑する。


「イルナ姉も、本当にありがとね」


 姉に対しては、心からの感謝が感じられる声であった。


「いいえ」


 イルティミナさんは穏やかに微笑んで、妹に応じている。


 …………。


 見た感じ、いつも通りのイルティミナさんだ。


(昨夜のあれは、なんだったのかな?)


 いまだ、よくわからない。


 ふとポーちゃんと視線が合うと、


「…………」


 ビシッ


 彼女は無言、無表情のまま、なぜか親指だけを立てて、手を突き出してきた。


(ん~)


 ポーちゃんなりの感謝と友愛の表明かな?


 そんな幼女に、僕ら3人は笑ってしまった。


「それでは帰りましょうか?」

「うん」


 イルティミナさんの言葉に頷いて、僕ら夫婦は歩きだす。


 キュッ


 僕は、その手を握ってみた。


 イルティミナさんは驚いた顔をして、すぐに嬉しそうにはにかむと、繋いだ指に力を込めてくれる。


(うん)


 そうして通りを歩いていく。


 ふと、背中に視線を感じて振り返った。


 ソルティスが、僕とイルティミナさんのことを見つめて、少しだけ泣きそうな顔をしていた。


 僕は、空いている手を持ち上げた。


「またね、ソルティス!」


 その手を振った。


 ソルティスは苦しそうに笑って、「またね、マール!」と、向こうも手を振りながら叫び返してくる。


 …………。


 十数日の間、一緒に暮らした少女。


 でも、その不思議な時間は終わりを告げて、僕らはいつもの日常へと戻っていく。


(少し寂しくて……)


 けれど、また未来へと歩いていく感覚だ。


 僕は前を向く。


 気づいたら、イルティミナさんが僕の横顔をジッと見ていた。


 僕は笑った。


「行こう、イルティミナさん」

「はい」


 イルティミナさんも、切なそうに微笑んだ。


 ギュッ


 繋いだ手に力を込める。


 輝く太陽の光を浴びながら、僕らは一緒に、自分たちの家へと続く道を歩いていった。

ご覧いただき、ありがとうございました。


次回からはまた新しいマールのお話が始まります。もしよかったら、どうかまたご覧になってやって下さいね~!



※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ ポーちゃんの徹底した気遣いさんっぷりに脱帽(笑) 無口だけど、ホントに出来た子や(*´꒳`*) [一言] < 私だけが独り占めしていて良いのかと、ふと不安に…
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