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506・ポーの訪問と杞憂

第506話になります。

よろしくお願いします。

 稽古のあと、僕らは冒険者ギルドに立ち寄った。


 ソルティスが自身の研究用として『魔物の素材』を購入したいと言い出したからだ。


「もっと効率のいい魔力回路、作りたいのよね~」


 とのこと。


 よくわからないけれど、それができれば、この世の魔道具は、より少ない魔力でより大きな動力を得られるそうだ。


 彼女は笑って、


「マールの『大地の剣』、前に調べさせてもらったでしょ? それでタナトス時代の魔力回路の応用がわかったからさ。それを利用できそうなのよ」


 と言う。


(ふ~ん?)


 つまり僕の魔法剣が役に立ったってことらしい。


 もし彼女がその研究に成功すれば、世界的にも画期的な発明となるんだって。


 ……世界に役立つ発明、か。


 僕の隣にいる少女は、ずっと天才だと思ってきたけれど、それがいよいよ世間にも認知されるようになるのかな?


 それが誇らしいような、寂しいような……。


(何だろうなぁ、この気持ち?)


 そんなことを思いながら、僕は、魔物の素材を1つ1つ確認するソルティスの背中を眺めていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 買い物が終わったら、日が暮れていた。


 稽古の疲れもあったし、今夜は近くの外食店で済ませようかと提案すれば、彼女も「そうしよっか」と頷いた。


 ということで、近くのレストランへ。


 夕食時なので、店内は、ちょっと混んでいる。


 予約表に名前を記入して、待ち合い用の座席に座って、呼ばれるのをのんびり待つ。


 ぼんやりしていると、


「なんか、外食するのも久しぶりだわ」


 と、隣のソルティスが呟いた。


「そうなの?」

「えぇ。王都にいる間は、いつもポーの手料理を食べてるから」


 そう笑う。


(2人とも、本当に仲良しなんだなぁ)


 僕も、つい微笑んでしまった。


 そうしていると「お待たせしました」と女性店員さんが、僕らを呼びに来てくれた。


 後ろに続いて、案内される席に向かう。


 その際、


「もしかしてお2人は、ご夫婦様ですか?」


 と、店員さんに聞かれた。


(え?)


「は?」


 僕とソルティスは驚いた。


 女性店員さんは「いえ、とても仲がよろしそうでしたので」と穏やかに笑って、待っている間の僕らの様子でそう思ったのだと教えてくれた。


 …………。


 僕とソルティスは顔を見合わせてしまう。


 えっと、


「恋人です」

「!」


 今の自分たちの役目を思い出して、僕はそう答えた。


 ソルティスは、少し身を固くする。


 女性店員さんは微笑みながら「そうでしたか、失礼しました」と謝り、席に座った僕らの注文を聞いて、この場を去っていった。


「…………」

「…………」


 なんとなく2人して黙ってしまった。


 ……なんだ、この空気?


 くすぐったいような気持ちになって、僕は、それをなんとかするために冗談っぽく言った。


「僕とソルティスって、他の人からはお似合いに見えるのかな?」

「…………」


 ピクッ


 ソルティスの肩が震える。


 僕は自分の茶色い髪を手でかきながら、


「実はさ、僕、イルティミナさんと一緒にいる時は、悲しいかな、あまり夫婦とか恋人に見てもらえないことも多いんだよね」


 そう告白する。


 僕は背が低くて、子供っぽい外見だ。


 一方でイルティミナさんは背が高く、年齢以上に落ち着いた物腰で、まさに大人の女性といった雰囲気だった。


 2人で一緒にいると、そのアンバランスが目立つらしい。


(だからか、よく姉弟には間違われるんだよね)


 それが、ちょっと悲しい。


 だけど、ソルティスは、僕と背も同じぐらいだし、外見も美人だけれど、童顔だからか少女らしい可愛さも残っている。


 そのせいかな?


「意外と僕にぴったりな相手は、ソルティスなのかもね?」


 と、僕は笑った。


 きっと周りの人たちからは、そう見えてしまうのだろうと思ったんだ。


 ソルティスはうつむいていた。


 長い前髪に隠れて、表情が見えない。


(???)


 僕は首をかしげた。


「ソルティス?」


 声をかけると、彼女は、不意にとても長いため息をこぼした。


「アンタさ、そういうこと言うのやめなさいよ。イルナ姉が聞いたら悲しむわよ」


 ……あ。


「ま、冗談だってわかるけどさ。そもそもマールだって、周りの目なんて関係ないって思ってるでしょ?」

「うん」


 僕は素直に頷く。


 ソルティスは苦笑した。


「ならいいじゃない」

「…………」

「私とお似合いでもなんでも、結局、関係ないの」


 そう肩を竦める。


 その表情は笑っているけど、なんでか泣きそうにも見えた。


(ソルティス?)


 僕は戸惑ってしまう。


 ま、言われてみればそうなんだけどさ……。


 だけど、


「でも僕は、ソルティスの旦那様に見られたのは、ちょっと嬉しかったな」


 と言った。


 この努力家の天才少女に見合う男と見られるのは、やっぱり光栄だもの。


 ソルティスは驚いたように僕を見つめる。


 そして、


「……本当、マールって無自覚すぎて嫌だわ」


 と、不貞腐れたように唇を尖らせた。


(はい?)


 見れば、なぜか彼女の頬と耳が、少し赤らんでいるように見える。……お酒、まだ飲んでないよね?


 キョトンとする僕。


 ソルティスは「ふん」とそっぽを向いた。


 …………。


 やがて、頼んでいた料理がテーブルに並ぶ。


「んふっ、美味しいじゃない♪」

「だね」


 このレストランの料理は味も良くて、それを口に運び始めたら、ソルティスも機嫌が直ってご満悦だった。


(よかった)


 僕らは笑いながら、その日の夕食を楽しんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「あ~、ちょっと飲み過ぎたわぁ」


 レストランからの帰りの夜道、ソルティスがフラフラしながら歩いている。


(大丈夫かな?)


 久しぶりの外食だったからか、何か嬉しいことがあったのか、彼女はずいぶんとお酒を飲んでいたんだけど、それに酔ってしまったみたいだ。


 フラフラ


 わ、街灯にぶつかる。


 僕は慌てて手を伸ばして、その肩をこっちに引き寄せた。


「危ないよ?」

「…………」


 僕の腕に抱かれながら、彼女はうつむいている。


 お酒のせいで、耳が真っ赤だ。


「……ふんだ。何よ、馬鹿マールのくせに」


 グッ


 僕の胸を手で押し返して、身を離そうとする。


 けど、それで逆に自分の身体が斜めになって、そのままバランスを崩しそうになっていた。ああ、もう……。


「離れちゃ駄目。そばにいて」


 ギュッ


 しっかりと腰を押さえる。


 ソルティスが驚いたように真紅の瞳を見開いて、僕の顔を見た。


 それから唇を引き結ぶ。


 なんだか泣きそうな顔で僕を睨みながら、


「何よ、わかったわよ。……じゃあ、ちゃんと私を支えてよね」


 そう呟き、体重を預けてくる。


 僕は「うん」と頷いた。


 いつもの彼女のミルクみたいな匂いに、今日はお酒の匂いも加わっていて、なんだか不思議な香りだ。


 体温も凄く熱い。


 間近で見るソルティスは、まつ毛も長く、顔も整っていて本当に美人だと思った。


 そんな少女が、僕に身を寄せている。


 ドキドキ


(?)


 いや、なんで鼓動を速くしちゃってるのかな、僕は?


 自分に戸惑いながら、ソルティスと身を寄せ合って、僕は真っ暗な夜道をゆっくりゆっくりと歩いていく。


 その時だった。


「!」


 ピクッ


 背中に突き刺さるような視線を感じて、僕の身体が反応した。


 顔だけで、後ろを見る。


 誰もいない。


 いや、暗がりに光る小さな2つの何かがある。


(……けど、あれは猫の目か)


 そう気づく。


 でも、そうなると、それ以外には誰の姿も見られない。


「マール?」


 ソルティスが不思議そうに僕を見た。


 酔っているからか、気配に鈍感になっているみたいだ。でも、今はその方がいい。楽しい気持ちのまま今日を終えられるなら、その方がいいんだ。


 僕は「何でもないよ」と微笑んだ。


(…………)


 視線には、強い敵意があった。


 いや、殺意かな?


 それぐらい明確に、前回と比べても、間違いなく一番強い負の感情がぶつけられていた。


 ゆっくりと家路を辿る。


 いつ襲われても対処できるように、注意しながら歩く。


 やがて『ソルティスの家』が近くなると、その視線の気配はゆっくりと薄れ、消えていった。


「…………」


 僕は、誰もいない道を見つめた。


 その後ろで、ソルティスは自宅の鍵を開けていて、「ただいまぁ」と中に入っていく。


「ほら、マールもおいで?」

「うん」


 酔ったソルティスに甘く誘われて、僕は頷いた。


 息を吐く。


 もう一度、真っ暗な夜道を振り返って、そこに何の姿もないことを確認してから、家の扉をパタンと閉めた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 帰ってから1時間後、ポーちゃんが訊ねてきた。


「ポーちゃん」

「や」


 驚く僕に、彼女は、いつもの無表情で片手を上げる。


 リビングに通すと、


「ソルは?」


 聞かれた僕は、苦笑しながら「もう寝てるよ」と伝えた。


 お酒の影響があったのか、帰って、お水を1杯飲んでから、彼女はそのまま寝室に直行してしまったんだ。


 そして、すぐ眠ってしまった。


(男の僕がいるのに、いいのかな?)


 そう困ってしまった。


 でも、彼女にとって僕は身内で、そういう対象ではないのだろう。言い方を変えれば、信頼もされているってことだ。


 まさか、据え膳でもあるまいし。


 そうしてソルティスは眠ってしまったけど、僕は先程の視線が気になって、しばらくは起きて様子を窺っていたんだ。


 で、そこにポーちゃんが来たって形だね。


 そんな彼女に、


「それで、ポーちゃんはどうしたの?」


 と、僕は首をかしげた。


 彼女は、


「イルティミナの命令で、2人の様子を確認しに来た」


 とのこと。


 何か変わったことがないか、今日1日をどんな風に過ごしたのか、それらを聞きに来たみたいだ。


(なるほど)


 僕は頷いて、今日のことを話した。


 一緒に朝食を食べ、買い物デートに出かけ、昼食の後は冒険者ギルドで稽古して、夕食はレストランで食べて、さっき帰ってきたばかり。


 そして、その帰り道で『例の視線』を感じたこと。


 最後の部分で、ポーちゃんの水色の瞳が強い光を灯して、薄く細められた。


(…………)


 ソルのことを思う強い感情が感じられる。


 けど、彼女は「わかった」と、表面上は短く答えるだけだった。


 僕は聞く。


「イルティミナさんから、何か新しい指示は?」

「ない」


 ポーちゃんは即答した。


「もうしばらくは、2人で恋人同士のように振る舞っていて欲しい。その間、ポーたちも、色々と聞き込みや調査を行っている」


(そっか)


 僕は頷いた。


 イルティミナさんたちも解決のために動いてくれている。なら今は、その作戦を信じて、僕も言う通りにしていよう。


 と、


「1つだけ、彼女から伝言」


 え?


「あくまでもフリなのですから、絶対に一線を越えないように。信じていますからね、マール。……とのこと」

「…………」


 僕は苦笑してしまった。


(そんなこと、あるわけないじゃないか)


 僕は言う。


「もし僕が越えたくても、ソルティスが拒んで終わりだよ」


 彼女は『魔血の民』だ。


 腕力では敵わない。


 だから、そういった杞憂は100%起こらないはずだ。


(ねぇ?)


 と、僕はポーちゃんを見る。


 でも、ポーちゃんは僕を見つめながら、


「ソルは拒まないかもしれない」

「……え?」

「そして、ソルは、イルティミナにも負けない美貌を持っているから、マールが間違いを犯す可能性は0%ではないと、ポーは判断する」

「…………」


 あれ?


(もしかしてポーちゃんって、以外とソル贔屓?)


 僕は、ちょっとびっくりしてしまった。


 息を吐く。


 それから、ポーちゃんを青い瞳で見つめて、


「大丈夫。イルティミナさんを悲しませることも、ソルティスを悲しませることも、僕は絶対にしないよ」


 はっきり言い切った。


 ポーちゃんも、僕の顔を見つめ返してくる。


 そして「わかった」と頷いた。


 それからポーちゃんは、『イルティミナさんの家』に帰るために玄関へと移動した。


 僕も見送りに立つ。


 と、そこでポーちゃんは、


「イルティミナに何か伝言は?」


 と聞かれた。


 僕は少し考える。


 そして、ちょっと恥ずかしかったけれど、


「愛してる、って」


 と言った。


 ポーちゃんは表情変わらずに「わかった。ちゃんと伝えておく」と頷いてくれた。


 そのまま彼女は、暗い夜道を歩いていった。


 …………。


 幼女の1人歩きだけど、僕より強い『神龍』だから送らなくても大丈夫だろう。


 その姿が見えなくなるまで見送って、僕も家の中に戻った。


 カチャ


 鍵をかけ、他の部屋も回って、しっかりと戸締りする。


 それから寝室に向かった。


「く~す~」

「…………」


 寝室にあるベッドでは、紫色の長い髪をシーツに広げて、ソルティスが気持ち良さそうに眠っていた。


 その寝顔を覗き込む。


 無防備なあどけない顔だ。


 キスしようと思ったら、本当にできてしまいそうな感じ。


(何考えてるんだか、僕)


 自分に苦笑する。


 それから「おやすみ、ソルティス」と囁いて、僕も自分のベッドに向かった。


 ギシッ


 横になり、目を閉じる。


 謎の『監視者』が見つかるまでの間だけの、ソルティスとの2人だけの時間……か。


 …………。


 その時間を少し楽しんでしまっている自分は、嫌な奴だなと思った。


(ごめんね、ソルティス)


 そう心の中で謝り、大きく息を吐く。


 かすかに響くソルティスの規則正しい寝息を聞きながら、やがて僕も、ゆっくりと眠りの世界に落ちていった。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ イルティミナもポーちゃんも、自分の相方の事が良く解っていらっしゃる。 キチンと忠告出来た様ですし一安心ですね(*´-`) [一言] うん。 今回のマールは…
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