504・2人のデート
第504話になります。
よろしくお願いします。
「それじゃ、出かけましょうか」
朝食を終えたあと、外出着へと着替えたソルティスは、そう僕を誘ってきた。
僕は、ちょっと驚く。
インドア派の少女だったのに『イルティミナさんの家』を出てから、ずいぶんと変わっちゃったんだね? なんて思ったけど、
「馬鹿! イルナ姉の作戦でしょ?」
と呆れられた。
(あ)
そうでした。
確かイルティミナさんから、昼間はデートしているように2人で外出するように言われてたんだっけ。
思い出した僕を、ジト目で見つめるソルティス。
彼女はため息をこぼして、
「はぁ……私だって、できるなら、家で研究とかしてたかったわよ。でも、あの視線の犯人、早く捕まえたいしさ」
とぼやく。
……うん、そうだね。
僕は頷いた。
「うん。それじゃあ、一緒に行こうか」
「えぇ」
ソルティスも頷いて、
「いつもなら食料品の買い出しは、ポーがしてくれてるんだけど、今日は私たちで行きましょ?」
「そうだね」
出かける理由としてもちょうどいい。
でも、ふと思った。
何て言うか、2人で買い出しに出かけるのはデートというよりも、
「なんか新婚っぽいね、僕たち」
とおかしくなって、笑った。
ソルティスはキョトンとして、僕の顔を見つめてくる……と思ったら、その頬が見る見る内に赤くなっていった。
(え?)
「こ、この馬鹿マール! 変なこと言わないでよ!」
ソルティスは怒鳴って、拳を振り上げる。
わ?
僕は慌てて後ろに下がりながら、
「だ、だって、2人の暮らしのための買い物を一緒にするって、そんな感じしない?」
「~~~~」
茹蛸みたいなソルティスは、
ブンブン
本当に拳を振り回してきた。
(うわわっ?)
かなり本気の動き。
いや、『魔血の民』の彼女に殴られたら、さすがの僕も無事じゃ済まないぞ?
必死にかわす僕の耳に、
「この無自覚馬鹿のオタンコナスの唐変木~っ!」
ソルティスの絶叫が突き刺さった。
◇◇◇◇◇◇◇
よくわからないソルティスの狂乱もあったけれど、僕らは無事に外出した。
行くのは、王都中央の商業区だ。
人も多いし、恋人のフリをしなければいけないはずなので、
「ソルティス」
「ん?」
「手、繋ごうか」
キュッ
返事も待たずに、自分の左手で彼女の右手を握った。
ソルティスは、ギョッとした顔をする。
彼女の手は、イルティミナさんの手よりも小さくて、少し弾力が強い感触だった。
(あと、なんか熱いね?)
体温、高いのかな。
そんなことを思いながら、はぐれないように指に力を込めて、その手を離さないようにしっかりと握る。
「…………」
ソルティスは、少し不機嫌そうにその手を睨んでいた。
いやいや、
(恋人なんだから、そんな顔しないで欲しい)
例の犯人に見られてたら、さすがに恋人だって思ってもらえない気がするよ?
…………。
ってか、
「僕と手を繋ぐの、そんなに嫌?」
心配になって、ちょっと聞いてみた。
ソルティスは唇を尖らせる。
視線をこちらから外しながら、
「別に嫌じゃないわ。少し驚いただけよ」
と言った。
(そ、そう)
その割には、もう少し嬉しそうな顔をしてもらわないと、僕としても困ってしまうんだけどな。
キュッ
そんなことを思っていたら、ソルティスの指に力が入った。
(ん?)
彼女も、僕の手をしっかり握っている。
「…………」
「…………」
見たら、こちらから逸らしている顔の、長い髪の間から見える耳は真っ赤になっていた。
(……そっか)
ちょっと安心した。
「じゃあ行こう、ソルティス」
「えぇ」
そっぽを向いたまま頷く少女。
そうして僕ら2人は手を繋いだまま、仲良く王都の人波の中に紛れていった。
◇◇◇◇◇◇◇
魔力測定器のない『魔血の民』でも入店できるお店で、食料品を買い込んだ。
ソルティスは食欲魔人だし、僕もまだ成長期なのか、それなりに食べる方なので、2人分の食料なのに5人分の量になってしまった。
(帰りが大変だなぁ)
荷物運びを思って、少し憂鬱になる。
その間、ソルティスは会計を済ませてくれていた。
支払いは、
「私の問題の解決のためなんだから、全部、私が払うわよ」
だって。
言い出したら聞かない子なので、僕は逆らうことなく、素直に甘えることにした。
チャリ チャリン
店員にリド硬貨を渡している少女。
(ん?)
その背中を見ていると、そこに流れている柔らかそうな紫色の髪が『蝶の髪飾り』でまとめられていることに気づいた。
あれは、ソルティスの14歳の誕生日に僕がプレゼントした物だ。
……まだ、使ってくれてたんだ。
その事実に、ちょっと胸が熱くなってしまう。
そして、それを僕らのデートに使ってくれたことが、なんだか嬉しかった。
「ん? どうしたの?」
僕の様子に気づいたソルティスが聞いてくる。
僕は「ううん」と首を横に振った。
それから購入した大量の荷物をリュックに詰めて、それを1人で『よいしょ』っと背負ってみせる。
ソルティスは驚いた顔をした。
「ちょっと! 私も持つわよ」
慌てたように言ってくるけど、
「これぐらい大丈夫。というか、ちょっと持ちたい気分なんだ。だから、任せてくれない?」
と笑った。
ソルティスは「はぁ?」と困惑した顔だったけれど、
「……まぁ、マールがいいならいいわ」
「ありがと」
「お礼を言うの、私の方な気がするけどね?」
「いいのいいの」
僕はそう答えながら、ソルティスを促すように、その背中を軽く叩いた。
一緒に歩きだす。
荷物は重いけど、僕だって『銀印の魔狩人』だから、これぐらいは背負っても大丈夫なんだ。
そんな僕を見て、
「案外マールって、力強いのね」
とソルティス。
感心したような声と視線が心地好い。
僕はまた「ありがと」と答えると、ソルティスと並んで歩きながら、そのお店をあとにしたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
食料品を買ったあとは、ベナス防具店に寄らせてもらった。
長く愛用している『妖精の剣』と『マールの牙・参号』の定期点検をしてもらうためだった。
ソルティスと店内に入ると、
「……なんでい、マール? お前さん、結婚2年目を前にして、ついに浮気に走ったのか?」
なんて、片目の店主さんに言われてしまった。
(いやいや)
僕は苦笑する。
けど、隣のソルティスは真っ赤になって「う、浮気って、違うわよ!」と大声で否定していた。
ベナスさんは「ガハハッ」と笑った。
「いい反応するな、嬢ちゃん。まぁ、嬢ちゃんは別嬪さんだからな。そんなことになっても不思議じゃないってぐらいには思えるもんさ」
(ふ~ん?)
やっぱりソルティスって、他の人……というか、他の種族さんから見ても美人なんだね。
僕の贔屓目じゃなかったみたいだ。
当のソルティスは、『別嬪』と言われて怒るに怒れなくなって、凄く複雑そうな顔をしていたけどね。
それから僕は、2本の剣を点検してもらう。
最近は『大地の剣』を多めに使っているので、そこまで歪みなどはなく問題ないそうだ。よかった。
ちなみに『大地の剣』は魔法武具なので、凄腕鍛冶師のベナスさんでも修理などはできない。もしもの時は『王立魔法院』に頼むしかないそうなんだ。
閑話休題。
僕は点検料金を支払って、返してもらった2本の剣を腰ベルトに戻す。
「…………」
ソルティスは、その様子を見ていた。
そんな彼女に、
「嬢ちゃんも今度、使ってる剣を持ってきな。買ってからそれなりに経ったし、一度、点検させてくれや」
とベナスさん。
ソルティスは「わかったわ」と頷いた。
用事も済んだので、僕とソルティスは家に帰るため、ベナス防具店を出ようとする。
その時、
「マール、お前の嫁さんにもよろしくな」
ベナスさんがそう声をかけてきた。
しばらく会っていないイルティミナさんを気にかけて、別れの挨拶として他意なく言った言葉だろう。
「うん」
僕は頷き、笑った。
一方でソルティスは、なんだか息苦しそうな表情を見せた。
(? ソルティス?)
でも、それは一瞬だけで、気づいたら、いつものソルティスの表情に戻っていた。
……気のせい?
いや、でも。
少し戸惑っていると、ソルティスがこっちを見た。
「何してんのよ、マール? 早く帰りましょ」
「あ、うん」
僕は頷いて、その背中を追いかける。
ベナス防具店をあとにした僕らは、人通りの多い王都の通りを歩いていく。
「ほら」
キュッ
今度はソルティスから、僕の手を握ってきた。
あ、うん。
僕もしっかりと力を込めて、その手を握り返した。
それからしばらくは、何も会話もしないまま、ただ2人で手を繋いで道を歩いていく。
…………。
ソルティスは、ふと青空を見上げた。
「マール、今度さぁ、私と剣の稽古をしてくれない?」
え?
「私の『魔法剣士』としての実力、ちょっとマールに見て欲しいのよ。っていうか、マールにどのくらい通用するのか試してみたくって」
「…………」
思わぬ提案に驚いた。
彼女の真紅の瞳が、こちらを向く。
「駄目?」
綺麗な瞳だな、と思った。
僕は微笑みながら、「ううん、いいよ」と了承する。
ソルティスは、
「そう」
と安心したように微笑んだ。
そうして僕らは2人、通りのたくさんの人の中を歩きながら、自分たちの家路を辿った。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、来週の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




