503・2人の朝食
第503話になります。
よろしくお願いします。
イルティミナさんたちがいなくなって、その夜はもう就寝するだけとなった。
なったんだけど、
「えっ? 一緒の部屋で寝るの?」
そう言われた僕は、驚いた。
ソルティスは、少し赤くなった顔で唇を尖らせる。
「仕方ないでしょ! この家にあるベッドって2つだけだし、私とポーは一緒の部屋で寝てたんだし……」
「…………」
そ、そうなんだ?
(まぁ、それなら仕方ないか……)
そう自分を納得させながら、ソルティスのあとに続いて、彼女たちの寝室に向かう。
カチャッ
扉を開けて、中に入る。
狭い室内には2つのベッドが置かれていて、片方には大量の本がベッドの上や下の床にも積み上げられ、もう片方には逆に何もなく、白いシーツが綺麗に敷かれていた。
……うん。
どっちが誰のベッドか、よくわかるね。
なんだか生温かい微笑みになっていると、ソルティスが何もない方のベットを指差した。
「シーツは変えてあるから、そっち使って」
「あ、うん」
僕は頷いて、ベッドに腰かけた。
(ふむ?)
なかなか良い素材のベッドだ。
中のクッションも良質で弾力もちょうど良い具合だ。枕や掛け布団も結構、お金をかけている感じがする。
僕の様子に気づいて、
「良い睡眠は、良い研究を生み出すのよ」
と、ソルティスは笑った。
なるほどね。
僕も『葉っぱ布団』から始まって、段々と寝具にこだわるようになったけど、彼女も同じだったんだ。
僕も「いい布団だね」と笑って、横になった。
「灯り消すわ」
「うん」
室内の魔光灯が消えていく。
部屋は薄暗くなり、窓から差し込む月明かりだけが、僕の視界をかすかに保っていた。
カサ コソ
ソルティスのベッドに横になった気配がする。
…………。
「なんだか久しぶりだね、一緒に寝るの」
天井を見て、僕は呟いた。
闇の中から「え?」とソルティスの声がする。
「一緒に冒険してた時は、野営する時に、いつも同じ場所でソルティスとも眠ってたからさ。なんか、思い出しちゃって」
僕は、そう笑いながら言う。
彼女は「……あぁ、そういえばそうね」と返事をした。
僕は青い瞳を細める。
(その頃は、こんな風に相手を意識することなんてなかったのになぁ)
お互い子供だったからかな?
今は、僕もソルティスも17歳になって、僕はイルティミナさんと結婚して、ソルティスもポーちゃんと2人暮らしになった。
少しずつ変わっていく。
環境も、自分自身も。
暗闇の中で、ソルティスは言った。
「あの頃とはもう違うわ。私も、マールも」
「うん」
僕は頷く。
ふと闇の中にいるソルティスの方へと顔を向けた。
…………。
その時、月にかかっていた雲が風に流れたのか、柔らかな月光が室内に入ってきて、彼女の姿がはっきりと見えた。
彼女も、僕を見ていた。
薄闇の中で、真紅の大きな瞳が、こちらに真っ直ぐ向いている。
「…………」
「…………」
僕らは、何も喋らなかった。
ただ見つめ合う。
ソルティスの柔らかそうな紫色の髪は、昔よりずっと長く伸びていて、白いシーツに広がっている。
その身体も大人らしく成長し、女性らしい起伏を描いていた。
白い美貌は、もう子供のそれではない。
僕が出会った13歳の頃のソルティスの姿は、そこにはなくて、今の17歳の姿のソルティスだけがそこにいた。
その唇が動いて、
「マールはあまり変わらないわね」
と呟いた。
僕の肉体は、元々、不老の『神狗』の物だったから成長が遅いんだ。
僕は言う。
「ソルティスは大人になったね」
彼女は苦笑し、「そうかもね」と答えた。
そうして会話が途切れても、僕らは、まだ見つめ合っていた。
やがて、月に雲がかかり、窓からの月光が途切れる。
室内が闇に染まった。
ソルティスの姿も見えなくなる。
それでも僕はしばらくその闇を見つめ、やがて、小さく息を吐いて、天井の方へと顔を向けた。
まぶたを閉じる。
「おやすみ、ソルティス」
そう柔らかな声で言った。
すぐに、
「おやすみなさい、マール」
ソルティスの優しい声が、闇の中から返ってきた。
僕は、もう一度、息を吐く。
それから全身の力を抜いて、ソルティスと同じ空間にいることを受け入れながら、ゆっくりと眠りに向かっていった。
◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、僕の方が先に目が覚めた。
早朝の太陽の光が寝室の中を照らしていて、そこでソルティスは、こちらに背中を向けながら、まだ眠りの中にいた。
(……ん)
僕は、音を立てないように寝室を出た。
ソルティスの家のリビングまで出て、周囲を見回していく。
特に異常はない。
例の不気味な視線も感じないし、その監視者が家に侵入しているなんてこともなさそうだ。
(よかった)
ホッと息を吐く。
それから僕は、この家の台所を借りて、朝食の準備をすることにした。
…………。
…………。
…………。
ソルティスが起きてきたのは、出来上がった2人分の朝食を、テーブルに並べていた時だった。
「あ、おはよ」
僕は笑った。
寝ぐせの残った髪のまま、彼女は、まだ寝ぼけたように朝食を見ていた。
それから、
「ん……おはよ、マール」
と返事をする。
「ちょっと台所借りた。ちょうど出来上がったところだから、顔を洗ったら、一緒に食べよう?」
「……ん、そうね」
寝起きだからか、なんか素直。
頷いたソルティスは、寝間着のまま洗面所へと向かい、しばらくして水音が聞こえてきた。
やがて、首にかけたタオルで顔を拭きながら戻ってくる。
少し目がシャキッとしていた。
ソルティスは椅子に腰かけながら、
「マール、料理作れたのね?」
と言った。
僕は苦笑する。
「まぁ、これぐらいはね」
だって、僕はいつも、あの『何でもできるお姉さん』の料理を一緒に手伝っているのだ。
少しぐらいは、自分で作れるようにもなる。
(といっても、まだ簡単な物しか作れないけどね)
ということで、テーブルの上に並んでいるのは、こんがりトースト・バター乗せ、ベーコンエッグに野菜スープ、フルーツのサラダ、蜂蜜入りミルクといった感じ。
僕も椅子に座った。
両手を合わせて、
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
ソルティスも同じようにして、僕の作った料理へと手を伸ばした。
パクッ モグモグ
その様子を、ちょっと見守ってしまう。
(……大丈夫かな?)
見たところ『不味い!』と吐き出されるわけでもないし、文句も言われない。
無言で食べられている。
(うん)
合格点はもらえたのだと思って、僕も安心して、自分の作った朝食を食べ始めた。
モグモグ
ん、悪くない出来だ。
自分でもホッとしながら、食べ続ける。
と、その時、
「イルナ姉ほどの味じゃないけど、でも、イルナ姉の料理と同じ味付けね。なんだか懐かしいわ」
ソルティスが呟いた。
(ん?)
僕は苦笑する。
「イルティミナさんの料理を真似て作ってるからね。やっぱり同じ方向性の味付けになったんだと思うよ」
「そうね」
ソルティスは頷いた。
そして、野菜スープを1口、すする。
それから、
「私の食事って、今はポーが作ってくれてるからさ。……そっか。イルナ姉の味を懐かしいって思うぐらいに、ポーの味が当たり前になってたのね、私」
そう困ったように笑った。
その声は、嬉しそうにも、寂しそうにも聞こえた。
「…………」
思わず、食事の手を止めて、ソルティスを見つめてしまう。
彼女は止まることなく、食事を続けた。
(そうなんだ)
何だか感慨深い。
僕は小さく笑うと、また自分の食事を再開した。
結局、ソルティスは僕の作った料理を残さず食べてくれて、それに僕も満足しながら食事を終えた。
ただ、
「もうちょっと、量が多くても良かったわ」
と、注文を付けられた。
多めに用意したつもりだったけど、彼女には足りなかったか。
成長しても、その食欲は変わらないみたいで、そんなことに僕は、この子はやっぱりソルティスなんだな……なんて当たり前のことを思ってしまった。
僕は頷いて、
「わかった。次に作る時は気をつけるよ」
と笑って答えた。
ソルティスも「えぇ、そうしてちょうだい」と、まるで女王様みたいに笑っていた。
食後の後片付けは、僕がやった。
その間、ソルティスは手伝うこともなく、けれど、不思議なことにリビングに座ったまま、台所に立つ僕の背中をずっと眺めていた。
…………。
「何?」
と聞くけれど、
「別に。何でもないわ」
と彼女は小さく笑うばかりで、でも、どこにも行かなかった。
その穏やかな微笑みと視線は、なぜかイルティミナさんに似ているな……と、僕はふと思ったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




