055・小人鬼の討伐へ
第55話になります。
よろしくお願いします。
(どうして、こんなことになったんだろう?)
揺れる馬車の中で、僕は思った。
冒険者になったと思ったら、討伐クエストを受注して、気づいたら、王都ムーリアを離れる馬車に乗っている。
うん、急すぎる。
隣に座るイルティミナさんが、心ここにあらずの僕に語りかけている。
「今回のクエストの目的は、小人鬼20体の討伐。目撃情報のあるクレント村までは、およそ2時間の距離です。日帰りで充分、戻ってこれますね」
「……うん」
窓の外は、草原が広がっている。
空は青くて、とても綺麗だ。
なんだか、のどかな風景で、これから殺伐とした命のやり取りをしに行くとは思えない。
上の空な僕に気づいて、イルティミナさんは苦笑した。
「大丈夫ですよ、マール。私もついています」
「……うん」
「それに、これは、さほど難しいクエストではありません。出発前、クーも言っていたでしょう?」
あぁ、そうだったね。
僕は、出発前のギルドでのことを、ちょっと思い出す。
◇◇◇◇◇◇◇
――クオリナさんは驚きながら、イルティミナさんに突きだされたクエスト依頼書を受け取った。
その内容に、視線を走らせ、
「え~と、ゴブリン20体の討伐? 場所は、クレント村近くの雑木林?」
「はい」
「う~ん、初心者向きといえば、初心者向きだけど」
彼女は、チラッと僕を見る。
「でも、マール君、初めてだし、まだ子供だし」
「…………」
「それに、このクエスト難易度だと、赤印5人以上のパーティー、あるいは、青印3人ぐらいが妥当かなぁ?」
「私がいますが?」
イルティミナさん、持っている白い槍の石突で、床をコツンと叩いてアピールする。
クオリナさんは、苦笑する。
「うん、銀印の魔狩人が一緒なんだよね? パーティーバランスが可笑しくて、判断に困っちゃうよ」
「ただの研修です。基本、私が1人でやりますから」
「……そう?」
クオリナさんは、あごに手を当てて「う~ん」と唸り、
「ま、イルナさんもいるなら、問題ないかな?」
「では?」
「はい、受注手続きしちゃいましょう!」
と笑って、許可しちゃった。
イルティミナさんは「さすが、クー」と満足そうに頷いている。
(き、決まっちゃった……)
唖然とする僕。
そのあと、2人は、慣れた感じで何枚かの書類に署名したり、魔法球に手をかざして、冒険者印とクエストの魔法的な登録をしたりする。そして、1時間後には、僕とイルティミナさんは、王都ムーリアを出発する馬車に乗っていた。
――そして、現在に至る、だ。
◇◇◇◇◇◇◇
まぁ……いつまでも、呆然としているわけにはいかない。
(うん。決まったからには、がんばらないと!)
馬車の中で、大きく頷く。
「イルティミナさん、最初は、足を引っ張るかもだけど、よろしくお願いします」
「はい。がんばりましょうね?」
きちんと頭を下げると、彼女は、優しく笑った。
そして彼女は、あの大型リュックを目の前に持ってきて、僕に向かって、あのイルティミナ先生の顔になる。
「では、冒険者の心構えを、1つずつ教えましょう」
「あ、うん」
「まず、クエスト受注に関しては、先ほど見た通りです。やりたいクエストを見つけたら、ギルド職員に声をかける。あとは、言われた通りにすれば、向こうで勝手に処理してくれますので」
ふむふむ。
「次に、冒険が決まったらすること」
「うん」
「それは、荷物を作ることです」
パンッ
彼女の白い手が、装甲のついた大型リュックを軽く叩いた。
「水、食料、毛布、ロープ、薬、などなど、必要な物は、たくさんあります。特に、緊急用の発光信号弾は、忘れてはいけません」
「うん」
アルドリア大森林では、発光信号弾があったから、キルトさんやソルティスに助けてもらえたんだ。
「荷物が多くなれば、当然、重くなります。しかしそれは、疲労を増やし、動きも悪くなります。大事なのは、選ぶことです」
「選ぶ?」
「はい。クエストによって、必要な荷物は異なります。未来を想定して、必要最低限の荷物を選びだし、できる限り、軽くする……それが命に関わるほど、大事になります」
そういえば、イルティミナさんも、いつも荷物の確認を丁寧にしていたっけ。
納得して、僕は「うん」と頷いた。
そんな僕に、彼女は微笑み、
「そして、荷物を軽くするのに役立つのが、これです」
「ん?」
白い手が、リュックの中から、幾つかの魔法石を取り出した。
赤や青、白や黄色などのビー玉みたいな奴だ。
「これは、『魔石』と言います」
「魔石?」
「はい。この魔石の中には、魔法によって、火や水が封じられているのです」
綺麗な指が、赤い魔石を摘む。
「例えば、これは火の魔石です。魔力を流せば、炎が30秒ほど出現します。薪などに火をつける時に、役立つでしょう」
「へ~?」
「この青いのは、水の魔石。2リオンほどの水が出てきます」
「2リオン?」
「この水筒ぐらいですね」
水筒は、2リットルぐらい。
つまり、1リオンは、1リットルぐらいかな?
「白の魔石は、空気が入っています。風で埃を落としたり、水中での活動に役立ちます。黄色の魔石は、虫除けです。毒虫や寄生虫の脅威を、減らしてくれます。他にも、たくさんの種類がありますよ」
「ふんふん?」
「魔石は、どれも使い捨てです。ですが、とても軽量なので、重宝する道具でしょう」
なるほどね。
「でも……魔力を流すって、どうやるの?」
「…………」
イルティミナ先生、言葉に詰まった。
「触れて、魔力を送り込むだけなのですが、どう説明すればいいか……すみません。――ただ魔石は、非常時には、砕いても使えたはずですから」
「そっか」
僕でも使えるなら、いいんだ。
(でも、魔力のコントロールは、早く覚えた方が良さそうだ)
冒険者印も、グルグルでしか出せないと恥ずかしいし。
イルティミナさんは、魔石をしまうと、また僕を見る。
「荷造りが終わったら、次は、心構えです」
「心構え?」
見返す僕の胸――心臓の上に、彼女の白い手のひらが押し当てられた。
「この先にあるのは、命がけの『戦場』です」
「…………」
「心に、迷いや揺らぎがあっては、いけません。それは即、『死』に繋がります」
重い言葉に、身体が冷える。
でも、彼女の触れた部分だけが、とても熱い。
「状況を、シミュレートし、最悪の事態も考えなさい。そして、その対応も覚悟するのです。恐怖があってもいい、ですが、それに負けては駄目なのです。――そのための心を、ちゃんと作っておくのですよ?」
「……うん」
僕は、神妙な顔で頷いた。
イルティミナさんは、「よろしい」と微笑み、満足そうに頷いた。
白い手は、胸から離れて、僕の頭を優しく撫でる。
「まずは、最初の第1歩。焦らず、ゆっくり歩んでいきましょうね?」
「う、うん」
厳しく、優しい助言をくれる先輩冒険者のイルティミナさん。
なんとか、その気持ちに応えたい。
(うん、がんばらないと!)
ギュッ
小さな拳を握る。
そんな意気込む僕と優しく見守るイルティミナさんを乗せて、馬車は、草原の街道を走っていき、2時間はあっという間に過ぎていく。
――そして僕らは、目的地のクレント村へと到着した。
◇◇◇◇◇◇◇
クレント村は、草原にある小さな農村だった。
クロート山脈の中腹にあった村とは違って、平野に田畑が広がっている。でも、規模は同じぐらい。
村の中央には、小川が流れ、それは畑の向こうの雑木林へと続いている。雑木林の向こうには、山々が現れ、どうやら王都周辺の草原の丘陵地帯は、ここが境となるようだった。
振り返れば、遥か遠方に、キラキラした王都ムーリアの城壁が見えている。
(……あれ?)
馬車を降りた僕は、すぐに気づいた。
田畑の一部が、酷く荒れていた。
土が掘り返され、木で作られた簡素な柵の一部が壊れている。
イルティミナさんは、ここまで運んでくれた御者さんに、リド硬貨を渡していた。多めに渡しているのは、帰りの時間まで、ここで待っていてもらうためらしい。
その支払いを待ってから、声をかけた。
「イルティミナさん、あの畑、ずいぶん荒れてない?」
「おや、どこですか?」
「あそこ」
小さな指で示すと、彼女は、頷いた。
「小人鬼の仕業ですね。恐らく、作物を奪っていったのでしょう」
そうなんだ。
(悪いことするなぁ)
僕らは、そんな悪い魔物を退治するために来た。
でも、
(……殺せるのかな、僕?)
すでに、魔物を殺したこともある。
同じ人間を、殺そうとしたことだって、ある。
でも、どっちも無我夢中だった。
今は冷静で、だからこそ、『命を奪う』という行為が怖かった。
それが、例え魔物でも。
だって、僕は『生きていたい』と思ってる。きっと魔物だって、そうだろう。
共存とか、できないのかな?
イルティミナさんに、『迷いや揺らぎは、あってはいけない』と言われたばかりなのに、僕は、まだ揺れている。
これじゃ、いけない。
(しっかり、覚悟を決めなきゃ)
そう自分に言い聞かせ、大きく深呼吸した。
イルティミナさんの話によると、依頼人は、クレント村の人ではなく、この一帯の管理者である『シュムリア王国』なのだそうだ。ゴブリンを目撃したのが、クレント村の人たちで、その報告で、王国からギルドに依頼があったらしい。
「この地方には、よくゴブリンが現れるんです」
と、イルティミナさん。
だけど、繁殖力の強いゴブリンは、何度、討伐しても根絶させるのが難しくて、定期的に、こういう依頼があるそうだ。
今回も、『ゴブリン20体』の討伐だ。
全滅させろ、ではない。
とりあえず、『20体は駆除してね?』という依頼なのだ。
(なんか、ゴキブリみたい……)
そんな感想を覚える僕である。
さて、依頼人ではないけれど、ゴブリンの居場所を特定するために、目撃情報を詳しく聞こうと、僕らはクレント村に入っていく。
村人たちの表情は、ちょっと暗い。
しかも、なんだか黒い服を着ている人が多い気がする。
目についた男の人に、イルティミナさんが声をかけた。
「すみません、少しよろしいですか?」
「ん? なんだい、アンタら?」
「私は、王都の冒険者ギルド『月光の風』の魔狩人イルティミナ・ウォンと申します。こちらは――」
イルティミナさんの白い手が、僕を示す。
あ。
「お、同じく『月光の風』の冒険者、マールです」
初めての名乗りだった。
ちょっと緊張した。
でも、誇らしさもあった。
イルティミナさんは頷いて、男の人に向き直る。
「ゴブリン討伐の依頼を受けて、やって来ました。少し話を聞きたいのですが、村長の住まいは、どちらでしょうか?」
「……アンタらが?」
女と子供ということで、怪訝な顔をされた。
でも、彼女の表情は、揺るがない。
男の人は、短く息を吐いて、道の先を指差した。
「このまま進んだ先にある、村で一番大きな家がそうだ」
「どうも」
「ありがとうございます」
会釈するイルティミナさんに習い、僕も、ペコッと頭を下げた。
去り際に、男の人は、
「……頼むぞ」
と、すがるように言った。
道を歩いていくと、村長の家は、すぐに見つかった。
村長さんは、70代ぐらいの白ひげの老人だった。
もう一度、名乗ると、村長さんは、すぐに詳しい話を教えてくれた。
最初に目撃されたのは、1月ほど前で、畑を荒らす2~3匹。
村の男衆のおかげで、すぐに追い払えた。
次は、その2週間後ぐらいに、雑木林の中に10匹ほどの集団が目撃された。
依頼は、ここで出された。
それからも畑が荒らされ、作物が奪われる。数も増して、20匹以上が目撃される。
そして先週、ついに、畑近くの民家が襲われ、犠牲者が出た。
(……え?)
犠牲になったのは、若い夫婦と子供たち。
まだ、5歳と9歳と幼い姉妹も、ゴブリンに殺されてしまった。
村長さんは、口元を手で押さえ、涙を堪えていた。
(そうか……黒い服の人が多かったのは、それで……)
話を聞き終えた僕らは、お礼を言って、村長さんの家をあとにした。
そのまま、クレント村を出る。
「ゴブリンの住処は、やはり雑木林でしょうね」
「……うん」
イルティミナさんの顔は、いつもと変わらない落ち着いたものだった。
僕は、聞く。
「ゴブリンって、人を襲うんだ?」
「はい、魔物ですから」
魔物……。
「良くも悪くも、それなりに知能もあります。食うためでなく、快楽で人を襲うこともありますし、捕まった女は犯されることもあります」
「…………」
「決して、人と相容れぬ、魔の生物……それが魔物です」
彼女は、静かな声で続けた。
「そして、それを狩るのが、私たち『魔狩人』なのですよ」
僕は、青い空を見上げる。
――心の中にあった、魔物を殺すことへのためらいは、消えていた。
怖いけど。
でも、やらなきゃいけないことなんだって、思った。
(……僕は、もう冒険者なんだ)
クレント村を、振り返った。
人も魔物も、同じ命だ。
でも、僕の小さな手では、全てを守ることはできないし、それは傲慢だった。
この手が届く人しか、守れない。
僕は、『人の命』を選ぶんだ。
その覚悟を込めて、腰に装備した片刃の短剣――『マールの牙』の柄を、一度、強く握る。
イルティミナさんは、何も言わず、そんな僕を見つめていた。
「ごめん。――行こう、イルティミナさん」
「はい」
歩きだした僕の背に、彼女は、優しく触れる。
その手に心を支えられながら、足を進める。
そうして僕らは、小人鬼たちの巣食う、クレント村近くの雑木林の奥へと入っていった――。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。よろしくお願いします。




