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499・予兆と来客

第499話になります。

よろしくお願いします。

 王都ムーリアに到着したのは、午後9時頃だった。


 夜間だったので王都名物の渋滞も少なく、30分ほどで城門の受付詰所に辿り着き、更に5分ほどの手続きで王都内に入ることができた。


 乗降場で、竜車を降りる。


(月が綺麗だな……)


 ふと見上げた夜空には、紅白の月が仲良く並んで、輝いていた。


「さぁ、行きましょう」


 月より綺麗な僕の奥さんが、そう微笑みかけてくる。


「うん」


 僕は頷き、2人で王都の通りを歩いていった。 


 街灯に照らされる湖沿いの道を歩いて、『冒険者ギルド・月光の風』に帰ってこれたのは、午後の10時半ぐらいだった。


 白亜の建物には、灯りが点いている。


 冒険者ギルドは、24時間営業なんだ。


 中に入ると、やはり昼間に比べて数は少ないけれど、冒険者たちの姿が見つけられた。


 このギルドのトップ『金印の魔狩人イルティミナ・ウォン』の帰還に気づいて、何人かの冒険者たちがこちらに視線を向けていた。


 でも、話しかけてくる者はいない。


 イルティミナさんには『孤高』のイメージがあるみたいで、皆、話しかけ辛いらしく、遠巻きに見つめてくるのみなんだ。


(う~ん)


 いいことなのか、悪いことなのか、僕にはわからない。


 でも、イルティミナさん本人が気にしていないみたいなので、まぁいいか、と思っている。


「あ、おかえりなさい」


 受付に行くと、そこにいたのは、顔馴染みの赤毛の獣人クオリナさんだった。


 笑顔でのお出迎えだ。


 イルティミナさんの美貌も綻んで、


「ただいま帰りました」


 と柔らかく返事をした。


 うんうん。


 知り合いになれば、彼女はこんなに素敵な対応をしてくれるんだよ? そう他の冒険者たちに教えてあげたい僕でした。


 僕も「ただいま」と挨拶。


 クオリナさんも笑って、「おかえりなさい、マール君」と返してくれた。


 それから、クエスト完了手続きだ。


 手続きは、リーダーであるイルティミナさんが行うので、その間、僕は暇である。


 イルティミナさんの白い手が何枚もの書類に署名し、その手の甲に黄金に輝く冒険者印を輝かせながら、魔法球に触れて口頭での完了宣言を行う。


 最後にクオリナさんが、それらの書類を確認して、


「はい、お疲れ様でした」


 笑顔の言葉により、ようやくクエストは完了だ。


 報酬の引換券となる赤いカードを受け取って、僕とイルティミナさんは笑い合った。


「帰ったら、ゆっくりしましょうね」

「うん」


 彼女の言葉に頷いて、僕らは自宅に帰ろうとする。


 と、その時、フロア奥の階段から、クオリナさんと同じギルドの制服を着たお姉さんが急いだ様子で降りてきた。


「イルティミナ様、マール様」


(ん?)


 足を止め、振り返る僕ら。


 突然の同僚の出現に、クオリナさんも驚いている。


 そのギルド職員のお姉さんは、僕らに向かって深々と一礼して、


「お疲れのところ申し訳ありません。ギルド長が、お2人に話があるとのこと。このままギルド長室へとお向かいくださいませ」


 ムンパさんが?


 僕はイルティミナさんを見る。


 彼女も少し驚いていたけれど、


「わかりました。すぐに向かいます」


 と頷いた。


 ギルド職員のお姉さんは、ホッとした様子だ。


 そうして僕らは、クオリナさんに見送られながら、ギルド最上階にあるギルド長室を目指して、フロア奥の螺旋階段を上っていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「ごめんなさいね、こんな時間に呼びだしちゃって」


 植物と水路のあるギルド長室、そのソファーに座る真っ白な獣人のムンパさんが、申し訳なさそうに微笑んだ。


 対面のソファーに座る僕らは、


「いいえ」

「大丈夫だよ、ムンパさん」


 と、笑顔で返事をする。


 それにムンパさんも、少し安心したように笑みを深くした。


 目の前のテーブルには、果実水の入ったグラスが置かれている。


 冒険から戻ったばかりの僕らは、遠慮なく、その甘く爽やかな水分で喉を潤させてもらった。


(あぁ、美味しい)


 心と身体が休まる感じだ。


 そんな僕ら2人を、ムンパさんは優しい眼差しで眺め、それから一度目を閉じると、表情を切り替えた。


 ん。


 グラスを置き、僕らも姿勢を正す。


 それを見届けてから、


「実は、イルティミナちゃんたちがクエストに出ている間に、レクリア王女様から言伝が届いたの」


(えっ?)


 レクリア王女からの言伝?


 予想外の言葉に、僕もイルティミナさんも驚いてしまった。


「その内容は?」


 奥さんが冷静に問う。


 ムンパさんは、短く呼吸し、


「ヴェガ国のアーノルド国王陛下から、シュムリア王国に緊急の連絡があったそうです。グノーバリス竜国が軍事行動を起こそうとしている予兆がある、と」


 と固い声で言った。


(アーノルドさんから?)


 確か『グノーバリス竜国』は、ヴェガ国の北西部にある『竜人の国』だったよね。そこが軍事行動を……?


 僕は、隣のイルティミナさんを見る。


 彼女の美貌は、静かな緊張感を孕んでいた。


 その唇が開く。


「それは、グノーバリス竜国が戦争を行おうとしている……ということですか?」


(!)


 戦争!?


 その単語に、僕は強い驚きを覚えた。


 ムンパさんは、静かに頷いた。


「現時点では、確かなことは言えないけれど、その可能性をレクリア王女とアーノルド国王陛下は考えているみたいよ」

「…………」

「…………」


 僕とイルティミナさんは、言葉もない。


 やがて僕は、


「……いったい、どこと戦争するっていうの?」


 絞り出すように呟いた。


 イルティミナさんは悲しげに僕を見て、その真紅の瞳を伏せる。


「竜人という種族は、自分たちが最も優れた存在だと信じる者たちです。であるならば、恐らくは、同じドル大陸にある国々への侵略戦争でしょう」


 そんな……。


 第2次神魔戦争が終わって、ようやく平和になったのに。


(それなのに、今度は同じ人類で殺し合うの?)


 信じれない……。


 ムンパさんも悲しげに微笑んで、


「あの戦いから、もうすぐ3年。良くも悪くも、人が何かを忘れ、何かを始めるにはおかしくない期間なのかもしれないわ」

「…………」


 僕は、唇を噛む。


 でも、忘れちゃいけないことだってあるじゃないか……っ。


 そんな僕の髪を、イルティミナさんが慰めるように撫でてくる。


「竜人は、他種族を同じ『人』とは思いません。そして第2次神魔戦争も、アルバック大陸で起きたもの……彼らにとっては、遠い地での出来事なのでしょう」


 そんな理屈、理解したくもないよ……。


 僕はうつむいたままだ。


 ムンパさんは、


「もし戦乱が起きても、それはまずドル大陸になります。私たちシュムリア王国は、最も遠い位置にあり、その戦争からは無縁でいられるかもしれません」


(!?)


 僕は、顔を跳ね上げた。


 そんな他人事みたいに思えない!


(だって、ドル大陸には、アーノルドさんたちの暮らすヴェガ国や、ティターニアリス女王の治めるエルフの国もあるんだよ?)


 思わず、僕はムンパさんを睨んでしまった。


 それに困ったように微笑み、


「でも、多くのシュムリア王国民にとっては、それが真実なの」

「…………」

「だけどね、レクリア王女様は、それでもアーノルド国王陛下の願いを受け入れ、ヴェガ国やエルフの国のために動かれるつもりみたいだわ」


 あ……。


 ムンパさんは、大きく頷いた。


「マール君たちが繋いだ縁、それを大事にされてるみたいね」


(……レクリア王女)


 僕は、心の中で遠い王城にいるお姫様に感謝した。


 もちろん彼女は王族だから、そうすることがシュムリア王国のためにもなると判断してのことなんだろうけど……それでも、素直に嬉しかった。


 イルティミナさんも「そうですか」と微笑んだ。


 ムンパさんは柔らかく笑って、


「具体的には、まだ何をどうこうという時期ではありません。けれど、今後、そういうこともあると2人には知らせておきたかったの」


 そう僕らの呼び出し理由を教えてくれた。


 僕とイルティミナさんは頷いた。


 遠いドル大陸での戦火の可能性、それは本当にならなければいいなと切に願う。


(けど、現実は厳しいから)


 心構えだけは、しておかないといけないんだ。


 その時には、きっと『金印の魔狩人』であるイルティミナさんも動かなければいけないはずだから。


「…………」

「…………」


 僕とイルティミナさんは、視線を交わす。


 お互いに、覚悟しておこうという意思が伝わっている。


 キュッ


 無意識に、僕らは手を重ねていた。


 そんな僕らの1つとなった手を、ムンパさんが優しい眼差しで見つめている。


 そうしてギルド長室での話は終わり、僕とイルティミナさんの夫婦は、ようやく自分たちの家への帰路につくことができた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 久しぶりの我が家に帰った夜は、疲れもあったので、イルティミナさんと一緒にそのまま朝まで眠ってしまった。


 翌朝、イルティミナさんに頬にキスされて、目が覚めた。


「ふふっ、おはようございます、マール」


 悪戯な笑顔。


 僕は寝ぼけた頭のまま、


(イルティミナさんはいつ見ても綺麗だなぁ)


 そう思いながら、僕からは唇にキスを返してあげた。


 イルティミナさんの驚いた顔はとても可愛くて、その朝も、とても心地好く起きることができたんだ。


 朝食は、イルティミナさんが作ってくれていた。


 それを食べながら、


「いつも美味しい。ありがとう、イルティミナさん」

「ふふっ、いいえ」


 僕の言葉に、彼女ははにかむ。


 そうして夫婦で楽しくお喋りをしながら、その日の朝食の時間も過ぎていった。


 クエストも終わったばかりなので、しばらくは休息日の予定だ。


 イルティミナさんは美しい鼻歌を響かせながら、庭にある物干し竿に洗濯物を干していて、僕は縁側で、奥さんの歌を楽しみながら、使った装備の手入れをしたりした。


 たまに視線が合うと微笑み合う。


(……幸せ)


 ずっとこんな時間が続けばな、と思ってしまう。


 昼食の準備をする前に、商業区まで2人で買い出しに出かけようかと話していると、来客があった。


(誰だろう?)


 玄関の扉を開けると、


「やっほ、マール」


 そこにいたのは、紫色の柔らかな髪をポニーテールにしたソルティスだった。


 後ろには、ペコッと頭を下げるポーちゃんもいる。


 僕は驚き、笑った。


「いらっしゃい、2人とも。2人もクエストから帰ってたんだね?」


 ソルティスは頷いて、


「えぇ、3日前にね。イルナ姉たちも昨日、帰ってきたって聞いたから、ちょっと寄らせてもらったわ」


 と教えてくれた。


 そんな話をしていると、イルティミナさんも玄関にやって来て「まぁ、ソル」と嬉しそうな顔をした。


 ソルティスも「イルナ姉ぇ」と笑顔で姉に抱き着いた。 


 仲良し姉妹の抱擁だ。


 僕とポーちゃんは顔を見合わせ、微笑みながら、そんな姉妹を眺めたんだ。


 ソルティスがお土産に持ってきてくれたお茶菓子を早速、開封して、イルティミナさんが用意してくれた紅茶と一緒にテーブルを囲んだ。


 他愛ない話をしていると、


「あのね、イルナ姉、マール。ちょっと2人に相談があるの」


 ふとソルティスが言った。


(え?)


 僕とイルティミナさんは驚いたけれど、ソルティスの表情は真剣だった。


 ポーちゃんは、そんな少女の背中にさりげなく手を触れさせている。


 少し心配そうな顔だ。


 どうしたんだろう?


 そう思う僕とイルティミナさんに向かって、ソルティスは、


「最近、私ね、通りを歩いている時とか、いつも誰かに後をつけられてるような感じで、ずっと妙な視線を感じるの」


 と不安そうに切り出した。

ご覧いただき、ありがとうございました。


ここで、更新についてのお知らせです。

年内の更新につきましては来週の12月29日(水)まで、更新再開は来年の1月10日(月)を予定しております。


皆様、年末で忙しいことと思いますが、もしよかったら、お時間のある時にでも、またこうしてマールたちの冒険物語をご覧になって頂ければ幸いです♪



※次回更新は、来週の月曜日0時以降です。どうぞ、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ マールからすれば、ヴェガ国からの要請に応えようとするシュムリア王国と王女の姿勢に感謝って感じですかね(*´-`) [一言] ソルティスもストーカーに付き纏わ…
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