497・今後の方針について
第497話になります。
よろしくお願いします。
戦い終わって、キルトさんは『雷の大剣』に遮雷布を巻いていく。
リカンドラさんは腰に両手を当てて、乱れていた呼吸を整えながら、そんな彼女を見つめていた。
「なぁ、キルト・アマンデス」
不意に声をかけた。
キルトさんは「ん?」と顔をあげる。
「兄貴と比べて、俺はどうだった? 今の俺と兄貴が戦ったら、やはり俺が負けると思うか?」
と問いかけた。
その瞳は、真剣だ。
キルトさんはそれを見つめ返し、少し考えてから、こう答えた。
「わらわが最後に手合わせをした時のエルドラド・ローグと比べたら、残念じゃが、そなたの方が弱いであろうの」
「……そうか」
リカンドラさんは、自嘲気味に笑う。
「じゃが」
キルトさんは、言葉を続ける。
「それは『金印の魔狩人』として数年間、活動したあとのエルドラド・ローグじゃ。奴が『金印』に昇印した初年の時に比べれば、今のそなたの方が明らかに強いぞ」
リカンドラさんは、目を見開いた。
彼は『金印の魔狩人』となってから、まだ1年が経っていない。
キルトさんは笑った。
「その後のエルの強さに追いつけるかは、今後のそなた次第じゃろうて」
それは希望の言葉。
リカンドラさんは、それを噛み締めるように頷いた。
「あぁ」
それから、
「いつか、アンタにも追いついてみせるさ。初めて見た時から、アンタも俺の目標の1つだったからな」
そう力強く言った。
キルトさんは、目を丸くする。
その言葉の意味に気づいて、他のみんなも同じ顔をしていた。
(あ、そうか)
思い出した僕が、代表するように聞く。
「そういえば、リカンドラさん、前にキルトさんと会ったことがあるんだっけ?」
「あぁ、あるぜ」
彼は頷いた。
皆の視線が、キルトさんに集まった。
キルトさんはたじろいだ顔をして、それから視線を彷徨わせ、最後は諦めたように息を吐く。
「……すまぬ。覚えておらぬ」
と謝った。
リカンドラさんは苦笑した。
「だろうな。まぁ、14~15年も前の話だからなぁ」
少し寂しそうに呟いた。
リカンドラさんの話によれば、若かりしキルトさんが『金印の魔狩人』に昇印した時、彼の兄エルドラドさんがお祝いのため、会いに行ったことがあるそうだ。
「その時、俺も一緒にいてな」
と、リカンドラさん。
当時の彼は、まだ成人前の少年だった。
その頃の彼は、まだ冒険者ではなく、けれど、キルトさんはその強さで世間的にももう有名になっていて、ぜひ会ってみたかったそうなんだ。
初めて見た彼女は、とても美しかった。
生命力に満ちていて、立っているだけでも凛としていて、その強さが波動のように伝わってきたのだとか。
リカンドラ少年は、気後れして兄の前には出られなかった。
でも、兄であるエルドラドさんは、そんなキルト・アマンデスと普通に会話を交わしていて、そんな兄を羨ましく思った。
「それで俺も『冒険者』になりたい、と思ったわけだ」
リカンドラさんは、そう笑った。
兄とキルトさん。
彼は、2人を目標にして冒険者となり、より強さを渇望していったんだ。
(へぇ……)
つまり、キルトさんとの出会いが、リカンドラさんの思いの原点だったんだね。
僕らは驚いた。
キルトさんも「そうであったか」と呟いている。
そんな銀髪の美女を見ながら、
「案外、アンタは、俺にとって初恋の相手だったのかもな」
と、懐かしそうに告げて、笑った。
(え?)
僕らは思わず、リカンドラさんを見つめてしまう。
キルトさんもギョッとした顔だ。
そんな僕らに気づいて、
「昔の話だぞ?」
リカンドラさんは、どこか呆れたように付け加えた。
そ、そっか。
(ちょっとびっくりしちゃったよ)
レイさんも安心したように息を吐いていて、それから「?」とそんな自分を不思議がるように、自分の胸に手を当てていた。
キルトさんは、むず痒そうな顔で、
クシャクシャ
豊かな銀髪をかき回している。
「何にしても、こうして手合わせできて良かったぜ。自分の現在地を確認することもできたからな」
ギュッ
リカンドラさんは頷きながら、両手を握り締めた。
……うん。
その表情を見ていて、この人はまだまだ強くなると思った。
僕も負けてられないな。
キルトさんも頷いた。
「満足してもらえたのなら、こちらとしてもありがたい」
元々は、自分が迷惑をかけたことの謝罪代わりみたいなものだったからね。
双方が納得できたのなら、よかったよ。
(うんうん)
キルトさんとリカンドラさんは握手を交わして、それを僕らも笑顔で見守ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「しっかし、キルトって相変わらず強いわよね」
王都への帰りの竜車で、ソルティスが頭の後ろに両手を回しながら、呆れたように言った。
キルトさんは「ん?」と顔をあげる。
竜車には、僕とイルティミナさん、キルトさん、ソルティスとポーちゃんの5人が乗っていた。
リカンドラさんとレイさんは、別の馬車である。
そして、ソルティスの呟きに、僕も心の中で頷いた。
(うん、確かにね)
現役の『金印の魔狩人』を圧倒するなんて、本当にどれだけ強いのか。
なんか、慣れちゃってたけど、
(本当、規格外だよね)
キルト・アマンデスという人物の強さは。
僕の隣で、同じ現役の『金印の魔狩人』であるイルティミナさんも『うんうん』と頷いている。
「引退してからも衰えるどころか、より強くなるというのは、現・金印の私としても立場がありません。もう少し自重して頂きたいものですね」
と嘆くように言った。
「そう言われてもの」
キルトさんは困った顔だ。
僕も苦笑してしまう。
歴史上、シュムリア王国には何人もの『金印の冒険者』がいただろうけど、キルトさんの強さは、間違いなく、そのトップ5には入るはずだ。
いや、もしかしたら、歴代1位かも?
そんな英傑と同じ時代に生まれ、同じ『金印』として比べられるイルティミナさんとしては、愚痴の1つも言いたくなるものかもしれない。
ソルティスも苦笑いしながら、
「それでキルト、今度はどうするの?」
と聞いた。
キルトさんは首をかしげる。
「どうする、とは?」
「このまま、また旅を続けるのか……って話よ。同じことになったら困るでしょ?」
とソルティス。
そこには、また一緒にいられたらという願望もあったのかもしれない。
けど、キルトさんは、
「続けるぞ」
と、あっさり答えた。
僕らはちょっと驚いたけど、
「実は、その辺のことは、すでにムンパと話し合っておっての」
と、キルトさん。
それによれば、キルトさんは今後も旅を続けるけど、緊急性の高い状況でなければ、むやみに魔物には手を出さないと約束したのだそうだ。
そのことは、他の冒険者ギルドに謝罪に行った時にも、各ギルド長たちに伝えたんだって。
(そうだったんだ?)
僕らは驚いた。
でも、
「キルトさんは、それでいいの?」
僕は聞いた。
元々、キルトさんは、より多くの人を助けたいという思いで冒険者を引退し、旅をすることにしたんだ。
それなのに……。
イルティミナさん、ソルティスも同じ思いなのか、キルトさんを見つめている。
でも、キルトさんは笑った。
「構わぬ」
「…………」
「自由に生きると決めていたが、それも『社会に迷惑をかけぬ』いう前提が必要じゃ。きちんと線引きはしなければいけなかったのじゃよ」
冒険者たちの生活。
それを脅かしてまでの自由は許されないと、彼女は自粛したんだ。
ただキルトさんは、
「まぁ、クエスト自体がなくならぬ程度に、対象の魔物を少~し弱らせたり、数を減らしたりしておくぐらいは構わぬであろ?」
と悪戯っぽく片目を閉じて、付け加えた。
…………。
僕らは呆れた。
でも、そうすることで、魔物などの被害に遭っている人たちも助かるだろう。
冒険者たちの命を落とすリスクも減らせる。
なんていうか、
(キルトさんらしいね)
僕は苦笑してしまった。
また、今後はキルト・アマンデスがどの方面に行く予定なのか、前もって冒険者ギルドに報告する義務もできたそうだ。
そちら方面では、もしかしたら、クエストが消滅する可能性があるということで。
(……まるで台風情報だ)
でも、彼女の存在感は、それぐらいあるものなんだろう。
ゴトゴト
竜車は揺れながら、王都を目指す。
その車内で、窓から差し込んだ光に、キルトさんの豊かな銀髪がキラキラと輝き、その綺麗な横顔が照らされていた。
僕とイルティミナさんは、それを見つめ、そしてお互いの顔を見る。
「…………」
「…………」
つい苦笑し合ってしまった。
広い大地に伸びた街道を、そんな僕ら5人を乗せた竜車は、ゆったりゆったりと進んでいった。
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※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。