496・輝金の決闘
第496話になります。
よろしくお願いします。
キルトさんの提案をリカンドラさんに手紙で送ると、翌日には返事が届いた。
答えは、了承。
そこには『願ってもないことだ』という喜びの言葉と、手合わせの日時と場所についても書かれていた。
(やっぱりね)
リカンドラさんは、提案を受けると思ったよ。
彼の遠征での討伐目標を全て倒してしまったキルト・アマンデスの強さは、つまり、その魔物たちより上にある。
強さを求めるリカンドラさんにとって、より強敵と戦えるのは、むしろ望むことなんだ。
うん。
(迷惑をかけたことも、これで許してくれるかな?)
彼の返事に、キルトさんも「そうか」と頷いていた。
そして翌日。
キルトさんと一緒に、僕、イルティミナさん、ソルティス、ポーちゃんの4人も手合わせに指定された場所へと向かった。
そこは、王都から3キロほど離れた古い遺跡だ。
すでに調査も終わっている遺跡で、誰も訪れる者はいない。
そして、その遺跡には、古い闘技場があったんだ。
「来たか」
森の中に造られた古い石畳の円形闘技場には、すでにリカンドラさんとレイさんの2人が待っていた。
リカンドラさんは、獰猛な笑みを浮かべていた。
(……待ちきれないって感じだね)
キルトさんを先頭に、僕らも闘技場にあがる。
「そなたがリカンドラか。今回は、そちらに多大な迷惑をかけてしまったようじゃの。本当に申し訳なかった」
そう言って、キルトさんは頭を下げる。
リカンドラさんは、
「はっ」
と笑った。
「そんなことは、もうどうでもいいさ。あのキルト・アマンデスと戦える、その方が俺にとっては何倍もありがたいことだからな」
その心を表すように、彼の赤い瞳はギラギラと輝いている。
強い闘志だ。
それを受けて、キルトさんも笑った。
「そうか」
そうして彼女の指示で、僕ら4人とレイさんは、闘技場を降りた。
闘技場にいるのは、キルトさんとリカンドラさんの2人。
そして、
シュララン
リカンドラさんは、腰ベルトの左右に差していた紅白の2本の短剣を鞘から抜いた。
(えっ?)
僕は驚いた。
彼が構えたそれはタナトス魔法武具であり、本物の殺傷武器だ。
ただの手合わせじゃないの?
てっきり、木剣とか使うと思っていたのに……。
イルティミナさんとポーちゃんは瞳を細め、ソルティスは「ちょっと!?」と抗議の声を上げる。
レイさんも、
「リカンドラ?」
と問いかけるように名を呼んだ。
「すまねぇな」
彼は、キルトさんから目を離さずに、そう謝った。
「滾っちまって、抑えが利かねぇんだ」
「…………」
「俺は兄貴の強さに憧れて、冒険者になったんだ。これまで何度挑んでも、兄貴には一度も勝てなかった。それでも、いつか俺が勝ってやると目標に決めていた」
リカンドラさんの兄貴。
それは、今は亡き金印の魔狩人エルドラド・ローグさん。
「だが、兄貴は死んだ」
彼の声は、低く沈む。
「もう挑むことはできない。けれど、今、目の前には、その兄貴と互角……いや、それより強いと言われる『キルト・アマンデス』が立っている」
その沈んだ声が、一気に燃え上がった。
リカンドラさんは笑って、
「全力で挑ませてくれよ。なぁ、いいだろう、鬼姫様よ?」
そう願った。
そんな彼の姿を、キルトさんは黙って見つめていた。
「エルの弟……か。なるほど、その強さへの渇望は、兄よりも上のようじゃの」
ガシャッ
彼女は、背負っていた『雷の大剣』を手にした。
巻きついていた赤い遮雷布をほどくと、その黒い大剣を肩に担ぐようにして、腰を低く落として構える。
(……うわ)
背筋が震えた。
リカンドラさんの願いに、キルトさんもタナトス魔法武具を用いることで応えてみせたんだ。
ソルティスが、
「ふ、2人とも、本気で殺し合う気?」
と、姉の腕を掴んだ。
イルティミナさんは、闘技場に立つ2人を静かに見つめながら、
「そうではないのでしょうが、万が一の場合は、死亡することもあり得る……それを双方が受け入れ、認めたということでしょう」
そう答えた。
レイさん、ポーちゃんもその決断を受け入れたのか、2人の戦いを静観する構えだ。
ソルティスは「そんな……」と困惑した顔だ。
助けを求めるように、こちらを見る。
僕は言った。
「キルトさんを信じる」
怖くないと言ったら嘘になるけど、キルトさんが決めたのなら、それを尊重したい。
ギュッ
手を握り締める。
ソルティスは「マール……」と呟いた。
それから、彼女も覚悟を決めた顔になって、
「わかったわ」
と頷いた。
そうして僕らは全員、闘技場に立つ2人を見つめた。
キルトさんの無言の答えに、リカンドラさんは狂喜するような笑みを浮かべ、2本の短剣を前方へと構えた。
ピリッ
空気が引き締まる。
最強と謳われた元・金印の魔狩人と、そのあとを継いだ現役の金印の魔狩人の戦いが、今、目の前で始まろうとしていた。
◇◇◇◇◇◇◇
「っりゃあ!」
裂帛の叫びを響かせながら、リカンドラさんが黒い疾風となって、キルトさんに襲いかかった。
(速い)
速さだけなら、イルティミナさんやキルトさんに優るとも劣らない。
そこから繰り出される2本の短剣の攻撃は、もはや視認することも難しいレベルで、それなのにキルトさんは、それをあっさりとかわしてみせた。
ヒュゴッ
どころか、後の先のカウンターで斬りかかる。
「っっ」
リカンドラさんは、床に摩擦の白煙を上げる勢いで急停止し、身を捻ってそれを回避した。
バチチン
大剣が通り抜けたあとに、青い放電の筋が残される。
剣をかわしたリカンドラさんは、そのまま追撃しようとして、
「!」
けれど、通り抜けたはずの大剣が即、振り戻ってきたのに気づいて、後方へと跳躍した。
ドゴォン
闘技場の床が砕け散る。
これぞ、キルト・アマンデスの恐ろしい剣技だ。
超重量級の武器でありながら、その凄まじい筋力と技量によって、まるで短剣みたいな速さで振り回してくるんだ。
リカンドラさんは、初見でよくかわしたと思う。
「……へっ」
その表情に、恐怖と歓喜の笑みがこぼれた。
キルトさんは、
「よくかわした。なかなか速いの」
まるで、弟子を採点するかのように言う。
(余裕だ……)
その1度の斬り合いだけで、僕はわかった――キルトさんの方が、リカンドラさんよりも強いって。
ソルティス以外の3人も気づいたと思う。
もちろん、リカンドラさん本人も。
けれど、彼の表情に諦めはなく、むしろ挑戦的な輝きが満ちていた。
「まだまだ行くぜ!」
ダンッ
床を蹴り、肉薄する。
僕の目には、彼の姿が黒い残像みたいに見えていて、先ほどよりも一段上のスピードになったみたいだ。
カッ キン ガガンッ
キルトさんの周囲で、火花が散る。
彼女の手にある『雷の大剣』の動きも、もはや黒い残像みたいに見えていた。
キルトさんの青い雷光。
リカンドラさんの魔法武具が放つ氷と炎。
剣戟の火花に混じって、それらが闘技場の上に、無数に生まれては消えていく。
凄まじい戦いだった。
リカンドラ・ローグさんは、紛れもなく『金印の魔狩人』に相応しい強さを見せていて、けれど、それはキルト・アマンデスには通用していなかった。
(……キルトさんが異常なんだ)
改めて思う。
もしこの世界が、前世のゲーム世界だったなら、彼女は『勇者』と呼ばれるような特別な存在なんだろう。
人類の突然変異。
そんな風に、誰かが言っていたっけ。
リカンドラさんの二刀流の動きは、同じ剣技を追い始めた僕には、とてつもない高みに見える。
まさに完璧だ。
でも、キルトさんは、その彼の剣技を真っ向から上回ってみせていた。
(…………)
それなのに、リカンドラさんは楽しそうだった。
まるで子供が大人に甘えるみたいに。
いつも抑え込んでいた全力を解放して、それを全て受け止めてもらえることが嬉しいみたいに。
……そっか。
きっとそういう相手は、これまで彼のお兄さんしかいなかったんだ。
そのエルドラドさんが亡くなって。
リカンドラさんは、久しぶりにそういう相手に出会えたのかもしれない。
そして、
「ぬん!」
ガキィイン
キルトさんが、リカンドラさんに匹敵するほどの速さで踏み込み放った一撃は、リカンドラさんの両手から2本の短剣を弾き飛ばしていた。
闘技場の床に、短剣たちが突き刺さる。
無手となった赤毛の青年に、キルトさんは、自身の『雷の大剣』を突きつけた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
リカンドラさんは、汗まみれだった。
大きく肩を上下させ、呼吸を乱すほどに消耗している。
一方、キルトさんは、少しだけ呼吸を速くしていたけれど、それだけだった。
力量の差。
それは、もはや一目瞭然だった。
リカンドラさんの赤い瞳が、目前に立つ銀髪の美女を見つめる。
「は……ははっ、はははははっ!」
彼は笑いだした。
とても満足そうな、清々しい笑顔が弾けていた。
そのまま地面に座って、彼は青い空を見上げる。
「あぁ……強いな、アンタ」
そう呟く。
キルトさんは『雷の大剣』を引き、その青年を見下ろしながら、頷いた。
「そなたもな」
「けっ」
キルトさんの賞賛に、リカンドラさんは苦笑する。
キルトさんが手を差し出した。
気づいたリカンドラさんは、その手を掴み、キルトさんに引っ張られて立ち上がる。
そんな彼女の美貌を見つめて、
「負けたぜ、キルト・アマンデス」
そう敗北宣言。
キルトさんもリカンドラさんの視線と言葉を受け止めて、「うむ」と頷いた。
(決着、だね)
見届けた僕らも、闘技場に上がって、2人の元へと駆け寄った。
レイさんは、相棒の赤毛の青年の元へ。
僕ら4人は、本当に頼もしい仲間である銀髪の美女の方へ。
「勝ったぞ」
彼女は笑った。
僕らも笑う。
青い空の下、古の闘技場で人知れず行われた2人の強者の名勝負は、こうして幕を下ろしたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、来週の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




