495・早急の帰都
第495話になります。
よろしくお願いします。
「いったいどうなってるんだ、お前の所の鬼姫様はよ!?」
ダンッ
怒りのこもった声と共に、赤毛の青年――リカンドラ・ローグさんは、目の前の机に拳を叩きつけた。
(ひぃ……っ)
その音と気迫に、僕は身を竦ませてしまう。
そこは王国最王手の冒険者ギルド『黒鉄の指』の建物内にある応接室の1つだった。
品の良いソファーと机、調度品の並んだ部屋には、今、僕とイルティミナさんが迎えられていて、対面のソファーにリカンドラさんとその相棒のレイさんが座っていた。
事情を聞けば、彼が怒るのも無理はなかった。
リカンドラさんは『金印の魔狩人』として、先月から王国南部に遠征が予定されていたそうだ。
3つの討伐クエストの同時受注。
2ヶ月ほどかけて、それを各地で順次完了させていく遠征の旅だった。
対象には『名付き』の魔物もいたそうで、リカンドラさんたちも下調べや準備を入念に行ったんだって。
だけど、いざ遠征を始めたら、
「そいつら全部、あのキルト・アマンデスがぶっ倒してやがった!」
とのこと。
それまでの準備も、ここまでの遠征の時間も全てが無駄になってしまった。
(そりゃ怒るよね)
特にリカンドラさんは『強さ』への渇望が強くて、そのために、より手強い魔物との戦いを求めている節もあった。
余計に怒りも増すだろう。
僕らとしては、
「ごめんなさい」
「申し訳ありませんでした」
イルティミナさんと一緒に、深く頭を下げるしかなかった。
実際、僕らに責任はない。
だけど、今は離れていても、キルトさんは僕らの大事な仲間だし、尊敬する師匠なんだ。
代わりに頭を下げるのは、当然だった。
そんな僕らに、リカンドラさんは余計に苛立ったように「チッ」と舌打ちして、机をガンと蹴っ飛ばした。
「リカンドラ」
隣にいた短い銀髪の美女レイ・サルモンさんが、たしなめるように名を呼ぶ。
レイさんは、リカンドラさんの相棒だ。
彼の兄であった金印の魔狩人の仲間だったこともあって、彼の教育係みたいな立ち位置でもあった。
リカンドラさんは「ふん」と視線を外した。
レイさんは苦笑して、
「すまないな。リカンドラも本当はわかっているんだが、どうにも感情が収められないみたいでな」
と、こちらに謝ってくる。
大人な対応をしてもらえて、少し安心する。
だけど、悪いのはこっちなのだ。
「ご存じかも知れませんが、キルトには王都への呼び出しがかかっています。本人にも謝罪をさせますので、どうか、それまでお時間をください」
とイルティミナさんは、また頭を下げる。
僕もそれに倣った。
レイさんは頷いた。
リカンドラさんは「ケッ」と毒づいていたけれど、それ以上、僕らに文句を言うことはなかった。
ただ、
(大丈夫かな?)
僕は少し不安だった。
キルトさんは放浪している。
街には御布令が掲示されているだろうけど、小さな村とかを転々としていたら呼び出されていること自体に気づかない。
もしかしたら、時間がかかるかも……。
2ヶ月に1度は顔を出す、って約束してくれてるから、遅くとも来月には戻ると思うけど、どうなるか。
(はぁ……)
ちょっと、ため息がこぼれてしまうよ。
落ち込む僕と真面目に謝罪するイルティミナさんの様子を見て、レイさんは、少しだけ表情を和らげた。
そして、
「まぁ、キルト・アマンデスの行いが間違っているとも言い切れないからな」
と、言ってくれた。
(え?)
「彼女が先に魔物を倒したということは、それだけ魔物に困っている人々の被害を、我々よりも食い止めているということだ」
それは……。
確かに、レイさんの言う通りだ。
討伐依頼が出されるということは、魔物に困っている人がいるということ。
その人たちにすれば、より早く討伐してもらいたいし、より安い金額で済ませたいのは当たり前で、キルトさんはそれに応えているだけなのだ。
まさに英雄。
だけど、そういうことをされてしまうと、今度は、僕ら冒険者の生活が脅かされてしまうんだ。
レイさんは言う。
「キルト・アマンデスがいることで、大勢の人々が救われているのは間違いない。だが、彼女1人に依存するような現状は、やはり健全とは言えないだろう」
……うん。
「どこかで折り合いを付けなければ、な」
そのためにも、キルトさんが帰ってきたら、しっかりと話をしてもらいたいとレイさんは話を締め括った。
僕らは大きく頷いた。
リカンドラさんは、赤毛の髪をバリバリと手でかいて、
「くそったれが」
と呻くように呟く。
それは僕らにではなく、ここにいない鬼姫様に向けられている声みたいだった。
そうして話は終わり、僕とイルティミナさんは最後にまた頭を下げて、『冒険者ギルド・黒鉄の指』をあとにしたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
それから5日後、御布令を見たキルトさんからの手紙が届いた。
書かれていたのは、謝罪の文面。
それから、手紙が届いてから10日前後ぐらいで、王都ムーリアに帰れるだろうという連絡だった。
(よ、よかった)
僕らとしては、一安心だ。
他の冒険者ギルドに謝罪行脚をしていたギルド長のムンパさんも、その手紙を読んで、安堵のため息を盛大にこぼしていたよ。
それからの10日間は、ちょっと待ち遠しかった。
僕、イルティミナさん、ソルティス、ポーちゃんの4人は、予定していたクエストを延期して、キルトさんの帰りを待った。
そして10日後。
とても蒸し暑い真夏日に、
「すまぬ、帰ったぞ!」
旅の汚れもそのままに、キルトさんは『冒険者ギルド・月光の風』へと帰ってきた。
「キルトさん!」
僕らは、すぐに彼女に飛びついた。
キルトさんは驚き、それから、笑って僕らを受け止めてくれる。
けど、すぐに申し訳なさそうな顔になって、
「すまなかったの、そなたら。まさか、それほどの影響を与えているとは夢にも思わず、迷惑をかけた。わらわとしたことが、本当に迂闊であったの」
と謝られてしまった。
(……キルトさん)
その様子を見るに、本当に彼女に悪気はなかったらしい。
ただの善意で。
すぐに倒せる魔物だったから、倒していっただけ。
そんな感覚だったみたいだ。
……名付きの魔物は、そう簡単に倒せるはずないんだけど、そこは一般的な冒険者の僕らとキルトさんの感覚の違いだったのかもしれない。
(う~ん?)
強すぎるっていうのも難しいね。
キルトさんが本当に反省しているみたいなので、僕らは、責めるような言葉は口にしなかった。
彼女は、ムンパさんとも話して事情を伝え、
「キルトちゃんに振り回されるのは、慣れっこだから」
と、笑って許してもらえたみたいだ。
とはいえ、それは身内の話。
そこから数日間、キルトさんは、他の冒険者ギルドをムンパさんと一緒に訪れて、きちんと謝罪していったそうだ。
英雄の謝罪である。
そして、各冒険者ギルドの損害も、違約金などのおかげで最小限だったため、無事に謝罪は受け入れてもらえたそうだ。
(はぁ、よかった……)
その報告を受けて、僕ら4人は笑い合った。
キルトさんは、
「本当にすまなかったの」
と、まだ申し訳なさそうな様子だったけれど、もういいんだよ、と僕らは笑った。
それから、リカンドラさんのことも伝えると、
「そうか、エルの弟か」
と、キルトさんは呟いた。
「会ってくれる?」
謝罪の約束をしてしまったことを確認すると、「うむ、もちろんじゃ」と頷いてくれた。
そして、
「せっかくじゃ。それほど強さを求めておるのなら、今回の謝罪も兼ねて、わらわがそのリカンドラとやらと手合わせをしてやろうではないか」
と、思わぬ提案をしてくれたんだ。
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