494・鬼姫キルトという名の災害
第494話になります。
よろしくお願いします。
レストランの同じ席について、僕らは、詳しい話を聞くことにした。
椅子に座った僕は、
「討伐対象の魔物がいなくなるなんて、そんなことあるの?」
と首をかしげる。
イルティミナさんは、少し考えて、
「滅多にあることではありませんが、対象の魔物が大移動をしてしまって、人の生存圏外へと行ってしまうことはありますね」
と教えてくれた。
(じゃあ、今回も?)
僕は、ソルティスとポーちゃんの2人を見た。
「違うわ」
「…………(フルフル)」
2人は、首を横に振った。
そして、
「原因は、キルト」
と言った。
……はい?
「キルトって、あのキルトさん?」
「そ」
頷くソルティス。
「私たちより先に、キルトは南に向かっていたでしょ? その道中で、たまたま街に立ち寄って魔物の存在を知って、それでその魔物を倒しちゃったみたいなの」
「…………」
「…………」
僕は唖然。
イルティミナさんも目を丸くしている。
ソルティスは頬杖をついて、「はぁ~」とため息をこぼした。
「そりゃ、私たちが到着するまで数日あるし? その間、街の人は困っているし? それを助けたい気持ちもわかるけどさ? でも、受けたクエストがなくなるのは、こっちも困るわ」
(それは、そうだよね)
僕らは、その報酬でご飯を食べているんだし。
僕は聞く。
「じゃあ、今回、2人は赤字?」
「ううん。一応、依頼者の都合によるクエスト取り消しってことで、違約金は払われたから黒字。でも、予定より少ない収入よね」
「そっか」
でも、気持ちは複雑だよね。
ソルティスとポーちゃんも、命懸けの戦いが待っていると覚悟してたはずなのに、それが突然なくなっちゃったんだから。
イルティミナさんは苦笑する。
「キルトらしいというか、本当に自由人になってしまいましたね」
「うん」
「本当よね~」
「…………(コクッ)」
僕らも苦笑してしまった。
せっかくなので、今回はクエスト成功させたばかりの僕らの奢りということで、そのまま食事会をした。
「ラッキ~♪」
と、ソルティスの機嫌も直ったみたい。
(よかった、よかった)
笑顔のソルティス、ポーちゃんとは、食堂で別れた。
それから僕とイルティミナさんは、冒険者ギルドの受付で『赤熱の巨人』の討伐報告を済ませて、報酬を受け取った。
赤い報酬カードをもらう。
「では3日ほど、ゆっくりしましょうね」
「うん」
次のクエストまでの休息の話をして、僕らは笑い合った。
そうして、冒険者ギルドをあとにする。
次のクエストは4日後、南方の鉱山に現れたという『岩喰い虎獣』の討伐だ。
3日間は、のんびり過ごした。
そして4日目。
僕らは装備を整えて、家を出ると、冒険者ギルドへと受注手続きのために訪れた。
その受付で、
「申し訳ありません、イルティミナ様、マール様。今回の『岩喰い虎獣』の討伐クエストは、対象の魔物がいなくなり、キャンセルとなってしまいました」
と、受付嬢のお姉さんに謝られた。
…………。
……はい?
◇◇◇◇◇◇◇
唖然となる僕とイルティミナさんに、事情が説明された。
「…………」
「…………」
それを聞いた僕らは、何とも言えない顔になった。
5日前、目的の鉱山近くの町で、鉱山夫たちが酒場で飲んでいる時に、銀髪の美女が同席していたそうだ。
そこで『岩喰い虎獣』に困っていることを愚痴ってしまった。
「ふむ? ならば、わらわが倒してこよう」
と、銀髪の美女。
報酬は、お酒を1杯奢ること。
酔っていた鉱山夫たちは、冗談だと思って了承した。
結果、
「翌日、その銀髪の美女が『岩喰い虎獣』の生首を持って来たそうです」
と、顔色の悪い受付嬢のお姉さんが言う。
…………。
……キ、キルトさ~ん?
(困っている人を助けたいのはわかるけど……ちょっと、やり過ぎじゃないかな?)
イルティミナさんも嘆息する。
結局、僕らも先日のソルティスたち同様、違約金をもらって、そのクエストに関することは終わりとなった。
代わりに、次の『金印の討伐クエスト』を前倒しで受注した。
やれやれ。
「予定と変わってしまいましたが、仕方ありませんね」
「うん」
僕らは、苦笑し合った。
そうして王都ムーリアを出発して、新たな討伐クエストをこなしに行った。
…………。
…………。
…………。
3週間ほどで、無事にクエストを終わらせ、王都に帰ってきた。
冒険者ギルドに戻ると、なんだかギルド内の空気がいつもより慌ただしいような感じがしていた。
(???)
気のせいかな?
クエスト完了報告を済ませると、
「イルナ姉、マール、ちょっといい?」
この間と同じようにソルティス、ポーちゃんの2人と出会って、呼び止められた。
2人の様子を見ると、偶然ではなく、僕とイルティミナさんが帰ってくるのを待っていたみたいで、再びレストランで話をすることになった。
人に聞かれたくないのか、隅っこの席だ。
注文していた飲み物を置いて、店員さんが去ってくのを見計らってから、ソルティスがテーブルに身を乗り出してきた。
「キルトがやばいわ」
潜めた声。
(……やばい?)
僕らはキョトンした。
ソルティスはその美貌をしかめながら、
「キルト、王国南部を旅しながら、そっち方面にいる有害な魔物を次々に討伐していっちゃってるみたい。おかげで『月光の風』が請け負った討伐クエストの2割もキャンセルになってるわ」
と言った。
◇◇◇◇◇◇◇
(……は?)
予想外の内容に、僕は目を丸くしてしまった。
「2割も?」
「そう。それも『月光の風』だけで。他の冒険者ギルドの依頼も含めたら、もっとかもしれない」
「…………」
「…………」
僕とイルティミナさんは、言葉を失ってしまう。
それから説明された内容は、こうだ。
討伐対象となる魔物を先に倒してしまう行為は、それが偶発的なものであるならば、本来、問題行為とはならないそうだ。
キルトさんも偶発的だ。
だけど、彼女の場合、問題は、その討伐数だった。
元金印の魔狩人であり、人類最強ともいわれるキルト・アマンデスの強さは、常識を超えていた。
殲滅速度が速すぎる。
それこそ、他の冒険者が数日かけるような討伐を、即日であっという間に終わらせてしまうのだ。
それによって積み重ねられた数は、『月光の風』の討伐クエストの2割に相当してしまった。
たった1人で2割だ。
冒険者換算だと、20~30人分の働きになるという。
本当に常識外れの強さ。
現状、違約金が支払われるので、冒険者ギルドも、冒険者も損はしていない。
けれど、本来よりも収入が低下する――それが『月光の風』全体の2割のクエストで発生しているというのだ。
「え……大丈夫なの、それ?」
僕は問う。
ソルティスは呆れたように答えた。
「大丈夫なわけないでしょ?」
このまま収入の低下が続けば、ギルドの経営や冒険者という職業全体の報酬が見直されてしまうかもしれないそうだ。
……キルトさん、影響ありすぎだ。
言葉もない僕らに、ソルティスはため息をこぼしながら、
「今、ムンパ様が王国にかけ合って、キルトさんに王都の冒険者ギルドまで顔を出すよう、全国に御布令が出されたわ」
と教えてくれた。
そ、そっか。
(……まるで指名手配だね)
ちなみにソルティスとポーちゃんは、なんと2連続で討伐クエストがキャンセルになったとか。
話を聞いた僕とイルティミナさんも、予約が入っている金印クエストを確認してみると、王国南部方面のクエストは軒並みキャンセルとなっていた。
うわぁ……本当に?
「早くキルトを止めないと、真面目にやばいわ」
ソルティスが呟く。
僕らも神妙な顔で頷くしかなかった。
(キルトさん、早く御布令に気づいてくれないかな?)
そう願うしかない。
しばらくは、南部以外の地域のクエストを受けるしかないという話をしたりして、ソルティスたちと別れた。
◇◇◇◇◇◇◇
翌日、クエストが終わったばかりの僕とイルティミナさんは、数日間のクエスト休暇に入った。
(しばらくは、2人でのんびり過ごそう)
そう思っていたんだけど、
「あら、手紙が来ていますね」
「え?」
裏面を見ると、差出人は『リカンドラ・ローグ』とあった。
昨年、シュムリア王国の最も新しい『金印の魔狩人』となったリカンドラさんだった。
ピッ
イルティミナさんは、ペーパーナイフで封を開け、中身を確認する。
「…………」
その顔がしかめられた。
(???)
どうしたんだろう?
気づいたイルティミナさんは、僕にも文面を見せてくれる。
そこに書かれていたのは、『キルト・アマンデスの件で話がしたいので、自分の所属している《冒険者ギルド・黒鉄の指》まですぐに来て欲しい』という内容だった。
…………。
その文字は、かなり乱暴だった。
そこから『怒り』の感情が伝わってくる。
「…………」
嫌な予感。
正直、行きたくないなぁ……と思った。
チラッ
イルティミナさんの表情を窺うけれど、彼女も同じ気持ちのようだった。
無視する?
(でも、そうしたら、きっと向こうからこっちのギルドに乗り込んできそうだよね)
「はぁ……仕方がありませんね」
イルティミナさんは嘆息する。
指定された日時は、今日の午後だ。
僕とイルティミナさんは支度を整えると、重い足取りで待ち合わせの『冒険者ギルド・黒鉄の指』へと向かった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




